悪魔の妖刀   作:背番号88

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本日2話目


13話

 逆転され、攻撃権が回ってこない状況。

 

「SET! HUT!」

 

『シャトルパス成功ー!! 20ヤード前進!!』

 

「SET! HUT!」

 

『パンサー選手、ランで8ヤード前進!!』

 

「SET! HUT!」

 

 ………

 

『シャトルパス成功!! タッチダーゥン!!』

 

 試合時間、残り3分。

 エイリアンズ、ランとパスの波状攻撃でもって、デビルバッツの守備を圧倒し、追加点。

 18-26。泥門、更に突き放される苦しい展開。

 

(止める。これ以上一点も入れさせない)

 

 デビルバッツでひとり、変わらぬパフォーマンスを見せる長門村正。その気合いに今は、怖れではなく畏れを抱くエイリアンズだが、1人でアメフトは闘えない。そして、尊敬するからこそ最後まで手を抜かない。

 

「パンサー!」

 

 オヴライエンのキックの寸前でホーマーが、パンサーにボールを回す。

 ボーナスキックを潰そうとタックルされながらも跳び上がった長門は、そのフェイクに引っかかり、遅れた。

 自分の脚では、間に合わない。そして、パンサーを止められるのは――

 

 

 ~~~

 

 

 長門君はまだ、諦めてない――

 逆転されて皆の気持ちが切れかかったけど、まだ試合は終わっていない。

 僕だって……長門君のようなプレイや、パンサー君みたいな走り方はできないけど、僕の走り方で、勝つ!

 

(勝って、ムサシさんを……!)

 

 押し合うラインを回り込むように走るパンサーさんを先回りして、進路に割って入る。

 

「!」

 

 それに反応したパンサーさんは咄嗟にこちらへ腕を向ける。

 腕で押して、躱す。

 腕を使われたら、押し返す力は僕にはない。

 でも、両腕を使ってがっちり守ってるボールは、その腕で押す一瞬だけ隙のある片手持ちに変わる。

 

 

 試合途中で急成長するルーキーは、パンサーだけではない。

 

 

(この一瞬……この一瞬の隙を逃さず、長門君はさっきパンサーさんからボールを奪った!)

 

 

 『黒豹』は、見逃した。

 野生で恐るべきは獰猛な肉食獣だけではない、追い詰められた草食獣もまた時に信じられない力を発揮する。

 

 

 ~~~

 

 

 瞬間の4秒2。

 光速の世界に入ったアイシールド21――小早川セナが、パンサーからボールを叩き落とした。

 

 

 ~~~

 

 

 エイリアンズのエースランナー・パンサーのランプレイを、阻止。

 そして、全力の全速疾走を行ったアイシールド21は、そこで倒れた。

 

「よくやった、アイシールド21」

 

 一旦、ベンチに下がったが、今のプレイに泥門は持ち直した。

 

「三度もやってくりゃ、こっちだっていい加減に慣れんだよ!」

 

 三度目の『オンサイドキック』を行ってきたエイリアンズだったが、一糸乱れぬとまではいかなくとも、一丸となってボール奪取に望む。

 先頭を切ったパンサーに、長門が壁となり、気迫を前面に押し出して阻む。結果として、ワットは着地ポイントまで間に合わず、ボールがグラウンドに落下するのを許してしまう。

 

「長門やセナが死力尽してんのに、俺がここでへばってるわけにはいかねぇ!」

 

 楕円形(アメフト)のボールは、バウンドが不規則(イレギュラー)だ。とてもそれを事前予測することはできない。エイリアンズのエースレシーバー・ワットの眼力でも見極められない。一度、慎重にブレーキをかける。

 しかし、ノンストップで飛び出した80番、泥門のエースレシーバーはボールが地面に跳ねる前に飛び出して、それが確かにバウンドしたボールの軌道先であった。

 

 泥門デビルバッツ、ボールを奪取に成功。

 

 

「SET! HUT!」

 

 泥門オフェンスプレイを開始。

 ――しかし、その直後に迫る漆黒の影。

 

 

「ブリッツは貴様らだけの専売特許ではない。――行けーっ!!! パンサー!!!」

 

 

 パンサーが、守備を放棄して、泥門の投手・ヒル魔を潰しに突っ込んだ。

 途中、ランニングバックに入っていた石丸がブロックに入るが、無重力の走りはそれをすり抜ける。

 

「さっきはやられたけど、今度はこっちが――!」

 

 監督の指示に、全力で応える。アポロからの声援が後押しとなったかのようにさらに加速したパンサー。

 ブリッツは、パワーだけでなく、スピードも重要。

 相手からのサックに慣れた移動型クォータバック・ヒル魔でも、このパンサーほど速い選手と対峙した経験はなかった。

 

「糞っ!」

 

 ボール確保が間に合わず、ヒル魔がボールを落とし、そのこぼれ球をパンサーが拾う。

 

「このままタッチダウンで……14点差勝ちだ!」

「アメリカに帰れるー!!」

 

 試合開幕での泥門のプレイの意趣返しであるかのように、アイシールド21のように、エイリアンズのパンサーはそのままタッチダウンを狙う――しかし、

 

 

「セナとモン太が死力で紡いだこのチャンスを、そう易々とは逃さん!」

 

 

 最後の難関『デーモンブレード』。

 この試合、一度も抜けていない相手。この男を抜かなければ、パンサーはタッチダウンできない。

 

(筋力じゃ『デーモンブレード』には勝てねー。間合いも向こうの方が腕長いし、巧い。躱す。一度追い抜ければ、手の届かないところまで一瞬で突き放してみせる!)

 

 でも、どうやって抜く?

 ただ最短距離を行く走り方では捕まる。何度となく捕まってきた。いくら脚で勝っていても、その動きを読まれているのでは意味がない。

 どうすれば――

 

 

「脚だけでなくもっと全身のバネを使って走れ! それが貴様ら黒人……ナチュラルボーンスプリンターに与えられた天性の才能だろうが!」

 

 

 それは、黒人に敗れ、憎み、だからこそ彼らの走りを脳裏にこびりついたように熟知する白人、アポロが激しい感情と共に吐いたパンサーへのアドバイス。

 この瞬間、『黒豹』は、変わる。目の色から、その走り方まで。

 

(斜めに沈んだ……!!)

 

 曲がりながら身を深く沈める。

 人間の目は、タテ・ヨコは追えてもナナメの動きに弱い。今のパンサーは、その反応が追い辛い角度で潜り込んだ。

 全身のバネを使って、壁を突破する――

 

 

 ~~~

 

 

 超一流になるには、天才だけでは叶わない。

 優秀な指導者に巡り合って、真に開花できるのだ。

 それまでずっと独学で練習してきた『黒豹』は、このアポロという師の言葉で一段上のステージに上がる。

 

 しかし、それはパンサーだけではない。

 優秀な指導者にしごかれた天才は、もうひとりいる。

 

 

『お前には俺達『二本刀』にはなかった身長(タッパ)がある。だから、俺が手を伸ばしても届かなかったものを掴めるはずだ』

 

 

 かくん――と。

 仰向けに倒れるような、重力を味方につけた後方への超速の重心移動。長門村正が体を倒しながら身を捻って伸ばした手、その指先が、パンサーが持つボールの縫い目にかかり――

 

「お゛お゛お゛お゛お゛お゛――――ッッッ!!!」

 

 弾く。

 

「よくやった糞カタナ!」

 

 こぼれ球を、ヒル魔が抱え込んで、泥門ボールを確保した。

 

 

 ~~~

 

 

 ――村正!

 

 人種の“壁”を超えて、あの『黒豹』を止めてみせた。

 一度、追い抜かれれば、この大和でも手に触れることが叶わなかった相手を、止めてみせた。

 思わず、椅子から立ち上がってしまう。鷹たちから視線が集まるが気にせず、幼馴染の顔が映し出されるテレビに指をさす。

 

「村正……やはり、君こそが俺の一番のライバルだ」

 

 

 ~~~

 

 

 タッチダウンは阻止したが、もう時間はない。

 このプレイできるチャンスは、できてあと二回。二回のプレイでタッチダウンを決めなければならない。

 

「次もまた『電撃突撃』をエイリアンズが仕掛けてくる可能性も捨てきれねぇ。――長門、お前がランニングバックに入れ」

 

 作戦が、決まった。

 

 

 ~~~

 

 

 泥門のエースランナー・アイシールド21はまだベンチで横になっている。

 しかし、こちらがパスプレイを潰す『電撃突撃(ブリッツ)』を仕掛けた印象はぬぐいされないだろう。あわやタッチダウンを貰うところだったのだから。

 80番、88番へのパスも慎重にならざるをえなくなかったはずだ。

 

 そこで、デビルバッツは、タイトエンドにいた88番……『デーモンブレード』ムラマサをアイシールド21のいたランニングバックの位置にまで下げた。

 

(奴を使ってのランプレイ……『掃除作戦(スイープ)』か)

 

 高等技術『無刀取りストリッピング』でもってパンサーからボールを奪取してからのあの『燕返しカット』で、一気にタッチダウンを決めたムラマサ。

 泥門の中で、あの男だけは高校レベルからすでに逸脱している。あれほどの走行技術があるのなら、ランプレイも任せられる。パスターゲットを一枚減らしてでも、ブリッツを回避して、着実にヤードを稼げる。

 

(しかし、パンサーに『掃除作戦』は通用しない)

 

 いくつの壁があろうとも無重力の走りですり抜け、ブロッカーに守られたランナーに食いつく。

 『デーモンブレード』は、アイシールド21よりもパワーこそがあるがスピードはないので確実に捕まえられるはずだ。それでもパンサーを引き摺ったまま走るだろうが、それでもいずれは潰れる。

 

「いいか、パンサー。絶対に腰にしがみついて、『デーモンブレード』が脚を止めるまで死んでも離すな」

 

「はい! アポロ監督、必ず『デーモンブレード』を仕留めてみせます! 見ててください!」

 

「……いけ。さっさとフィールドに出ろ」

 

 

 ~~~

 

 

「SET! HUT!」

 

 デビルバッツの攻撃が始める。

 センター・栗田からスナップされたボールをクォータバック・ヒル魔が受け取り、それをランニングバック・長門がすれ違いざまにハンドオフされた。

 監督アポロの予想通りの『掃除作戦』。

 エイリアンズのディフェンスはすぐに対応。大外に逃げるランナーを、セーフティ・パンサーが追いかける。

 

「フゴッ!?」

 

 ブロッカーのひとり小結がそれを阻もうとするも、リーチの差で勝っている手を使い、最小限の動きで躱す。

 

(ムラマサがカットを切る間も与えないくらいのスピードで、一気に……!)

 

 全身のバネを使って――跳ぶ。

 狙った獲物に一直線。パンサーはしっかり腕を腰に回して、捕まえた。

 

 そう、捕まえた。

 あっさりと。

 何も曲がりやフェイントを入れてくる気配もなかった。

 パンサーの全速力、勢いのついた人間砲弾を真っ向で受けたのだ。これはいくら何でも倒せる。

 

「いや、最初から抜くつもりはない」

 

 パンサーに下半身を抑えられながら――長門の上半身が、その筋肉が膨張するかのように力が入った。

 

3(スリー)――2(ツー)――」

 

「え……これはまさか――!?」

 

 泥門が積んできたエイリアンズの『シャトルパス』対策。

 その特訓で、『電撃突撃(ブリッツ)』の練習で相手投手役を務めていた長門村正は、必然的にひとつの技……力技を覚えていた。

 

 

「あの選手、『ストリッピング』だけでなく、『ハーフバックパス』までやれるのか!?」

 

 

 『ハーフバックパス』

 クォーターバックが後衛のプレイヤーにボールを回し、それを受けた後衛がフォワードパスを投げるトリックプレー。

 ただクォーターバックが投げるよりも、守備側がランプレーへの対応をより進めた時点で、パスに切り替えるため、成功すれば大きなゲインを稼ぐことができる。

 投手ではない専門外のプレイヤーによるパスプレイであるため成功率は低いとされているが、長門村正は、多芸多才。

 ブロックにキャッチ、そして、ラン。それから、パスもできる。

 何度となくブリッツを受ける投手、仮想ホーマー役を務めていた長門村正は、その本人、エイリアンズの超長距離弾のマッスル発射台ホーマー・フィッツジェラルドと同じように、倒されながらも上半身の力で超ロングパスを、この一月で習得していた。

 

1(ワン)――0(ゼロ)!!」

 

 エイリアンズのお株を奪う超ロングパス、『ハーフバックシャトルパス』。

 ボールは夜の星空を駆けて、逆サイドにいる、ノーマークの、泥門のエースレシーバー・モン太が走り込む先へ――

 

(いや、落下地点までの距離、今のバテバテの80番の脚じゃ遠すぎる。パス失敗だ)

 

 『シャトルパス』のキャッチ役を務めてきたワットがベンチからの軌道を予測する。――しかし、そこはキャッチの達人、何よりも捕球にかける執念が管制塔の予測を上回った。

 

「絶対捕る! ムキャアアアア――!!」

 

 前に跳んで、腕を伸ばす――その大きく広げた手に超長距離弾が入った。

 

「おおおおおお!!」

 

 通った。パス成功。

 泥門デビルバッツ、これで一気にゴールラインまで残り10mのところまで前進して――

 

『デビルバッツ、なんとモン太への『シャトルパス』で大量ヤードを獲得! ――そして、おおっと! アイシールド21が復活したぞ!』

 

 

 ~~~

 

 

「ごめん。途中で抜けちゃって……」

 

「いいや。それよりも、走れるのか?」

 

「うん。王城戦の時は4秒2(トップスピード)を出した後はしばらく歩くこともできなかったけど……」

 

「あれから脚力がついたんだな。ま、当然か」

 

 ほとんど素人だったころから今日まで練習を重ね、そして、たった30分間とはいえ、急な石段を一ヶ月、欠かさず往復し続ければ、いやでも脚力がつく。

 少し休んだだけでも回復できるだけ力がついてきているのだ。

 

「糞チビ、ちったぁ休んだんだから体力回復してんだろ。今の泥門で全力でプレイができんのは、糞カタナとテメェだけだ」

 

 デビルバッツはほぼ全員、疲労困憊。特にモン太はさっきの超ロングパスキャッチに全力疾走したせいで、目が白んでいる。

 

「だから、テメェらで一気に決めろ」

 

 

 泥門が最後のチャンスにかけたプレイは、『掃除作戦(スイープ)

 それも今回は長門がリードブロックに参加する。アイシールドと並走しながらリードブロックをしてきたライン陣は、疲労の度合いが大きいが、長門が入ることで層を厚くする。

 

「十文字、黒木、戸叶、大吉、それから石丸先輩、最後は勝って終わらせてやりましょう」

 

 そして、時間的に最後のプレイが始まる。

 まず、ヒル魔からボールを回されたのは、ランニングバックの位置に入ったままの長門。彼が持ったままランプレイを開始。

 

 先ほどのビックプレイ、『ハーフバックパス』の牽制があって、気力で立っているような状態のモン太にもマークがついて、守備力は割かれている。

 『掃除作戦』を突破し得るパンサーも、パスを警戒し、迂闊に接近せず、セーフティとしてゴールラインの前から動かない。

 

「お前は最後の相手をするまで後ろで休んでおけ」

 

 そういって、長門はブロッカーに指示を出しながら、セナを後ろにつかせてゴールラインに向けて走る。

 王城戦で進を相手した時と同じように。二人乗り自転車のように、前を行く長門の動きに合わせながら、アイシールド・セナも走る。

 

「やられても構わない! 盾の仕事は自分が犠牲になって、一瞬でも敵を足止めすること!!」

 

 そして、十文字……最後の一枚が、相手ディフェンスにぶつかっていったところで、二段ロケットは発射する。

 

「行け、アイシールド21――!」

 

 軽くバックパスして、長門村正は、エイリアンズのディフェンスタックル、ニーサン・ゴンザレスと当たり、『マッスルバリヤー』に風穴を開ける。――そこへ、アイシールド21は飛び出した。

 

(抜く! 今度は僕が、アメフトを始めてから積み上げてきた僕の走りで、パンサーさんを抜く……!)

 

 フィールドで、勝負をつけよう! ――その約束を今こそ果たす。

 

 石蹴り。ずっとしてきたブレーキをかけずに走る練習。そして、急に歩幅を縮めて、1歩でジグザグに踏み切る長門村正のお手本。

 この積んだ鍛錬が芽吹かせるものは、悪魔の走り。

 

(消えた――!?)

 

 走りながら、消えた。

 目の前で幽霊のように霞んで、アイシールド21の姿をパンサーは見失う。

 そして、パンサーを抜き去ったアイシールドはその足でゴールラインを踏み締めた。

 

 

『タッチダーゥン!!』

 

 

 ~~~

 

 

 24-26。エイリアンズに2点リードを許しているデビルバッツ。

 残り時間もあとわずかで……でも、ボーナスゲーム、トライフォーポイントが残っている。

 

 ゴール前3ヤード(2.7m)から、キックかタッチダウンを狙う。

 キッカー不在の泥門にキックはなく、またキックではもらえるのは1点。

 

「2点差ある。キックじゃ入れても負けだ」

「タッチダウンで同点狙いだね」

 

 そして、タッチダウンは2点――

 

「ゴール前で小細工は通用しねぇ。全員でど真ん中に突っ込むぞ」

 

 敵陣まで僅か2.7m。

 パワーで押し切る!!

 本場アメリカの強豪チーム・NASAエイリアンズに真っ向から力勝負を挑む。

 

「最後に決めるのはテメーだ。いつもみてーにステップで横に避けようとか考えんなよ」

 

「ちょっとでも避けたり躊躇ったりしたら止められちゃうからね。真っ直ぐ思いっきり突っ込んで!!」

 

 助言を送るヒル魔さんと栗田さん。

 そして、長門君が、肩に手を置き、

 

「ここに書かれた21の数字が前を向いていれば、必ず勝てる。――奴らにはない、身軽さを武器にしろ、セナ」

 

 

 ~~~

 

 

(みんなすごいよ……あの頃は、本場のNASAエイリアンズと真剣勝負ができるなんて思ってもなかった。だから――ここは僕が道を開く番だ!)

 

 ――HUT!

 ボールをスナップすると同時に、己のすべてを燃焼させ尽くすつもりで力を振り絞る。

 

「フンヌラバァア!!」

 

 エイリアンズもこちらの作戦は読んでいる。

 オフェンスチームのホーマーも入れて、パワーのある面子で固めている。ベンチプレス160kgの高校日本最高峰のパワーを持つ栗田良寛を筆頭にこのより分厚い『マッスルバリヤー』を押し込むが、やはり詰まる。

 

「うお゛お゛お゛お゛――――ッ!!!」

 

 センター・栗田の背中に向かって、ボールを持った長門が突貫。

 栗田に次いでパワーがあり、そして、アイシールド21に次ぐスピードを持つ、スピードとパワーのバランスの掛け算ならば、エイリアンズを含めてこのフィールドでトップの選手。強引な中央突破にこれほど適した選手はいない。

 圧倒的な身体能力でもって体当たりをかます強烈すぎる後押しを背に受け、栗田はさらに押し込み――――――しかし、ゴールラインまで辿り着けない。

 

「いいや、ロケットシャトルも二段式だろ?」

 

 ふわり、と。

 長門村正の手から優しいトス。素人でも取れるボールが拮抗するラインの真上に。

 

 ――そこへ、弾丸スピードで飛びつくアイシールド。

 

「何ィイイイイイ!!? まさか、空中でボールを捕るつもりなのか……!?!?」

 

 ガッチリボールを抱えて、真っ直ぐ突っ込む。そして、両肩の21の番号を前に向ける。

 

 

「お前の脚なら行ける!! ――()べっ!!」

 

 

 アメリカをぶっ飛ばせ! 40ヤード4秒2の人間砲弾――『スカイ・デビルバットダイブ』!!

 

 

 身軽さを武器に、翼が生えたかのように飛翔した二段式ロケットは、敵陣(ゴール)に着地した。

 

 

 ~~~

 

 

 26-26。

 延長戦はなし。泥門選手の大半がガス欠でこれ以上の試合が厳しい、怪我をするかもしれないと『月刊アメフト杯』を企画したアメフト編集部からストップが入って、延長戦はないこととなった。

 泥門デビルバッツ対NASAエイリアンズは引き分けに終わったのである。

 

(延長戦やれば99%負けるだろうから実質負け。しかしそもそも今の泥門では敵わない相手に引き分け。そして、まだアメフト始めて間もない新人たちが得た経験値もデカいし、個人的には大金星だ。ヒル魔先輩の狙い通り、強豪との一見無茶な試合が、最もスパルタな特訓ってことだ)

 

 しかし、勝つ。圧勝できなかったから、武蔵先輩との約束(かけ)は果たせなかった。

 だが、いずれ、泥門が強くなれば……戻ってきてくれる。そう望みは捨てない。

 

「明日からたっぷり練習できますね」

「夏休みだもんね」

 

「合宿とかやるのかな」

「当然努力MAX! もっと強くなんねーと!」

 

 この試合を糧にまたさらに前進する。その成長の兆しが芽生えたところで、相手チーム・エイリアンズが挨拶に来た。

 

「ナイスゲーム」

 

 試合が終われば、ノーサイド。

 友好的にこちらへ握手を差し伸べるのは、パンサー。その後ろにはホーマー、ワット、ゴンザレス兄弟らが控えている。

 

「『負けたよ。一度も抜けなかったなんて初めてだ。最後のは自信があったんだけど』」

「『まさか本当にここまでコテンパンにパンサーを負かしちまうとは思わなかった。それに俺の『シャトルパス』までやってくれるとは。脱帽だ、『デーモンブレード』』」

 

「『今日、パンサーを止められたのは経験、引き出しの多さだ。このまま延長戦をやっていれば危うかった』」

 

「『いや、今日の試合は俺に有利過ぎた』」

「『コイツ途中出場でスタミナ有り余ってたかんな』」

 

 グリグリとホーマーがパンサーの頭を撫でる。

 それから、パンサーはアイシールド21……セナへも手を差し出す。

 

「『面白い走りだった。最後はやられたよ! あの爆速ダッシュ……どんなトレーニングで身に着けたんだい?』」

 

 ……それは流石に通訳しないでおいた。

 気になるだろうが、パシリで鍛えたとは言い難いので、曖昧にぼかして応えておいた。

 

「『日本最強ランナーは、進とI.Cのどっち?』」

 

「日本で一番強いランナーは、お前か、進清十郎か、と訊いているぞ」

 

 パンサーの言葉を通訳するとアイシールド……セナは、少し考えた後、こちらを見て、言った。

 

「僕だって、僕の走りで、進さんに勝とうとしてる。――それに、長門君も、抜きたい」

 

 それに、長門は目を瞬かせて、セナの外さぬ、冗談ではない視線を受けて、苦笑を零してから、パンサーに通訳する。最後までちゃんと。

 

「『今度は同じ条件で闘おう。今度はもう抜かれない!』」

 

 

 ~~~

 

 

 ……とこれで、終わりとはいかない。

 

「爽やかに締めたとこ悪いがな。約束は守ってもらう」

 

「あれ?? うちらのパスポート……」

 

 結果は引き分け。

 両チームとも公約に掲げていた10点差以上はつけられなかったわけで……悪魔の笑みを浮かべるヒル魔先輩の手には、何故かNASAエイリアンズのパスポート全員分が。

 

「帰国不能」

 

「Noooooooo!!」

 

 何の躊躇もなく他人のパスポートを、シュレッダーに放り込んだ。

 パスポートの再発行は、およそ一週間。それまで、彼らは日本観光しなければならなくなった。

 

「『貴様らはどうなんだ。即日日本退去じゃないのか!』」

 

 で、他所のチームに罰ゲームを下したヒル魔先輩は、身内だからと言って容赦してくれるような……そんな人ではない。

 監督アポロの厳しい追及にも、ヒル魔先輩は悪魔の笑みを浮かべたまま、のたまった。

 

「おーそうだった! テメーらの帰国便、もういらねーだろ?」

 

 この先輩は、どこまでも本気であった。

 

 

 ~~~

 

 

「大丈夫セナ? 唸されてたけど……」

 

「あー、良かった。まもり姉ちゃん。怖い夢見たよ。何かヒル魔さんに日本退去とか言われて、いきなりみんなでアメリカ行きなんていうありえない……」

 

「いや、それは夢じゃなくて現実だぞ、セナ」

 

「アリエナイー!!」

 

『当機は成田発。テキサスヒューストン行き。離陸後も機体が安定するまではシートベルトを外さないでください』

 

 そうだ、アメリカへ行こう、と空の旅。

 前の席で叫ぶ主務(仮)を幼馴染のお姉さんにおまかせしつつ、企画者に長門は訊ねる。

 

「……ヒル魔先輩、何か予定とかはあるんですか? 宿泊先とか」

 

「無し! 泊まる金なんざねぇぞ。全部現地調達!」

 

 悪魔な先輩のスパルタ具合はこちらの想定の斜め上を行くようだ。

 

(大和、お前が体感してきた本場の世界……アメフトに限らずアメリカそのものを知ってくることになりそうだ)

 

 

 して、スタッフマネージャーを含めると人数に倍以上の差があるデビルバッツとエイリアンズ。パスポート喪失した彼らの帰国便を使わせてもらったにしても、だいぶ余りが出るようで。

 ガッポリキャンセルで空いた分、とある高校のアメフト部が夏休みシーズンにまとめて席が取れるようになっていた。

 

「今、セナとまも姉の声が聴こえたような……」

「ひと眠りするわ。鉄馬……5時間くらいしたら起こしてやってくんね?」

「(コク)」

「いざ男のテキサスへ! ワイルドガンマーンズ!」

 

 とある東京地区春季大会のダークホースが。

 

 

「兄さんがアメリカにいるって情報……本当なのかしら?」

 

 とある家出少年を探すその妹が。

 

 

「勝手にアメリカに行ってごめんなさい、お父さん! でも、村正君……がいる泥門デビルバッツ! 太陽スフィンクスに圧勝し、あのNASAエイリアンズにも引き分けた今急成長中の高校アメフトチームが、どんな合宿をするのか知りたくて! 密着取材を!」

 

 とある女子高生アメフトライターが。

 

 奇遇にも泥門と同じ便に乗り合わせていた。

 

 

 ~~~

 

 

「約束だからな。二度と()()()()()()()()()()()

 

「……はい」

 

 試合は、10点差をつけて勝つどころか引き分け。

 プレイも、アイシールド21に最後抜かされて、『デーモンブレード』を最後まで抜けなかった。

 監督アポロの期待に応えることができなかった。だから、もう皆の、レオナルド・アポロのいるエイリアンズにはいられない。これは仕方のない事なんだ。

 

「新聞に宣言しちゃった、『NASAエイリアンズは二度とアメリカの地を踏まん』は、大丈夫なんですかね?」

 

「チーム名を変える。今日からウチは『NASAシャトルズ』だ!」

 

「うわー小学生級の言い訳!!」

 

「うるさい!」

 

 エイリアンズのバスで、騒がしくするチームメイトと監督。

 ひとりバスの外で立つパンサーはこの場を立ち去ろうとした……その最後に見収めようとした憧れた元NFL選手の背中が、誰にとは言わずに、

 

 

「『NASAシャトルズ』のランニングバック。新ユニフォームの20番は――着る気があるなら空けておく」

 

 

 どうしても入りたかった。

 あのレオナルド・アポロさんのチームに!

 

「NFLは甘くねぇぞ! 今まで以上にしごいてやるから覚悟しとけ!!」

 

「はい!!」

 

 ――あの一時だけで、夢は、終わらなかった。


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