悪魔の妖刀 作:背番号88
「行けー、
開幕から相手の攻撃を潰し泥門が先制。
続くプレイで、デビルバッツのライン・十文字が相手の袖を掴んで引き倒す『不良殺法』を炸裂させて、エイリアンズのクォーターバック・ホーマーに迫る。
(腕を狙って……!)
果敢な、いやそれを通り越した無茶な守りを捨てた攻めの姿勢。
「ぐっ……」
ロングパスの構えを取っていたホーマーだが、それをキャッチすべきワットも先と同様に『デーモンブレード』のバンプに沈められている。管制塔がいなければ、飛んだシャトルは無事に着陸できない。
仕方なく、ホーマーはまた発射口である腕を掴まれる前に、ボールを投げ捨てる。
エイリアンズ、パス失敗。ブリッツとバンプでもって、『シャトルパス』を投げ辛くさせている。
ここは、『シャトルパス』にこだわらず、フォーメーションの左サイドにいるワットとは逆の右サイドにいるもうひとりのレシーバー、シーヴァー・コリンズかタイトエンドのサム・アンドレリッチへ普通のパスを送るか、もしくはランで迫ることも視野に入れるべきであるが、
「イエローモンキーの分際で、我が『シャトルパス』にケチをつけおって……だが今にも泥門の守備は崩壊することになる」
――本場の知略でもって、“ぎゃふん”といわせてやろう。
監督アポロはチームの代名詞である超ロングパスの出鼻を挫かれたのが我慢ならない。何としてでも誰にも止められない『シャトルパス』をこのナイターフィールドの星空を翔けさせてやる。
「思った通りの展開になりそうですねヒル魔先輩」
「『
負わせている仕事量を減らすために、皆をまとめるリーダーシップには栗田良寛、プレイでの助言などの
超ロングパス対策のブリッツ、しかしこのままエイリアンズがこのブリッツにやられっ放しはありえない。
「青! 27!」
『SET!!』
監督アポロの一声に、即座に開始プレイにつくエイリアンズ。
「いい? もう!?」
「おい待てよ! まだこっち作戦タイム……」
慌てふためく泥門陣。
まだ作戦が決まっていない泥門はこのまま無策でエイリアンズの攻撃に対処しなければならない。
お前らの弱点は、ベンチに指揮官や主務がいない事だ。
監督アポロが見据えるフィールドむこうの泥門ベンチにいるのは、控え選手と菓子をつまみながら雑務をこなす女子マネージャー。あと犬。このグラウンドはペット持ち込み可なのか?
指揮官はやはりフィールドにいるあの口汚いクォータバックなのだろう。だがそれもこちらが時間を与えずにフォーメーションにつけば何も口出しする余裕もなくなる。
一方、エイリアンズはベンチからあらかじめ決めてある暗号を伝えれば作戦会議省略でも指揮できる。
「作戦決めずに動けるほどベテラン揃いのチームかな?? なあ猿知恵指揮官!」
強力な手足がいようとも、それを動かす頭脳次第で、名刀も鈍刀に成り果てる。
「ブリッツ2人だ! 真ん中の2人ホーマーに突っ込め!!」
相手の真正面で、口頭で作戦を伝えるヒル魔妖一。当然その怒鳴るような大声は、デビルバッツだけでなくエイリアンズにも聴こえている。
「そ、そんな大声で……」
「時間ねーんだからしゃあねぇだろ。どうせ日本語ならバレやしねぇ!」
甘く見たね……
エイリアンズのワイドレシーバー、ジェレミー・ワットは日本語にも理解のある日本通だ。彼はすぐに片手を背中にやって、指を二本曲げるハンドサインを、クォーターバック・ホーマーへ送る。
“中央から2人、ホーマーに突っ込んでくる”
オーケイ!
中央から2人もブリッツに行ったら、中央はがら空きになる。忌々しいことに88番がワットにマンマークしているが、ならば逆サイドにいるもうひとりのワイドレシーバーのコリンズを中央に走らせる。そうすれば誰もいない場所で悠々と……
~~~
「へ……?」
中央に人が多い、泥門の守備。
そう、誰も、ブリッツに突っ込んでいない。あの指示とは逆に中央の守備をガチガチに固めているのだ。
(そうだ、そういえば、彼は僕が日本通だというのを知っているはずなのに……!)
ムラマサ……先日の日米宴会にて互いに通訳をした相手の語学力くらい当然理解しているはずなのに、先の司令官の失態に何も文句がなかった。
つまり、これは
「こんなに敵いちゃパスできねぇ……!」
エイリアンズ、二度目の攻撃、パス失敗。
~~~
「おーっしゃ、作戦通り! ヒル魔先輩の演技にうっかりつられそうになったし、サインだけはよく見ておかないとな」
「バレるかと思ってヒヤヒヤしたよ……あんなブリッツの人数そのまんまのサインじゃ、バレちゃわないかな大丈夫かな……」
泥門もまたあらかじめに暗号を決めてあった。
『ノーハドルでこられた時は、
とヒル魔妖一の事前に承知しているはずの味方も騙されかけるほどの演技力でもって、攪乱。
「黄色猿にコケにされてたまるか! もう一度ノーハドルだ!」
~~~
「よーし『
エイリアンズ三回目の攻撃。
迫真の名演技でもって指示を飛ばす司令塔だが、それがフェイクなのはエイリアンズ側も承知。きっとどこかに隠れたサインがあるはず……
「ええええ、ぼくがつっこむのかー、たいへんだぞこれわー(棒読み)」
と、相手チームに残念な大根役者がひとり。
80番は、ちらちらと視線を横に……そんな怪しい目線の先を辿ってみて、監督アポロは失笑する。
なるほど、出してるのがバレなきゃ簡単なサインで構わんわけだ。
「『
80番が見ていたのは、司令塔……の指。叫んで視線を上に誘導していたのだろうが、あの80番の目線でバレバレだ。ヤツは腰下まで落としたその右手、人差し指と親指で丸を・・・…そう、数字の
これが、サイン。
そう、さっきもあの手をしていて、『電撃突撃』の人数はゼロだった。
ククク! よくまあこんな小細工まで……だがしょせんは猿知恵だ。
「赤! 35!」
“誰も突っ込んでこない。ゆっくり溜めて『シャトルパス』飛ばせ”
「オーケイ!」
監督からの暗号による作戦指示を了承したホーマー。
ワットは『デーモンブレード』のマークが張り付いているが、成功率が低くとも、もうひとりのレシーバー、三年先輩のコリンズは、10か国語を話す超IQの戦士であり、その視野の広さはワットに次ぐ。
そう、『シャトルパス』の管制塔はひとつだけじゃないのだ。
そして、マークについている相手コーナバック・80番のブリッツフェイントに惑わされることなく、右サイドのワイドレシーバー・コリンズはまっすぐ走り上がる。
誰もホーマーへブリッツに来なければ、じっくり待てる――はずだった。
「――って、めちゃめちゃ来とるー!!!」
泥門、ブリッツ3人を突入。
この特攻の勢いに『マッスルバリヤー』が強引に破られて、デビルバッツのタックル・小結大吉が、ホーマーにサックを食らわせた。
「そんな……バカな!! なぜだ!! 確かに指でサインを……」
~~~
「ところでその指なんですかヒル魔さん?」
「バカ用の罠だ」
「相変わらず細かい所でも狡いですねヒル魔先輩」
ヒル魔妖一のハンドサインに意味はない。
先ほどデビルバッツ80番・雷門太郎が見ていたのは、ヒル魔妖一のさらにその先のフィールド外……泥門ベンチである。
「いつまで食ってんだ糞マネ」
そこには、お菓子の
「自分が食いたくて“3”にしたんじゃねーのか?」
「またそういう……ちゃんと考えたの!」
「そうっすね。姉崎先輩の戦術は上手いです。アメフトを理解し、相手チーム全体をよく見てなきゃこうも綺麗に嵌りませんよ」
「つってもつまみ食い風紀委員だけどな」
「い……いつの話よ!! 忘れてもう!」
……プリッツ・3本=ブリッツ・3人のサイン。
泥門の秘密暗号は実に単純であった。
「んで、糞カタナ。しっかり種は蒔いてきたんだろうな?」
「ええ、おかげさまでしっかり布石は打てました。次で刈り取りますよ」
~~~
「あ……の……! ク…ソアマ……!」
監督アポロも女子マネージャーの菓子によるサインに気付いた。
「またノーハドル行きますか?」
「………」
女子マネージャーは菓子をしまって、ビデオカメラを手に取る。
本数は0、すなわち、『電撃突撃』は来ないことになるが、しかし、今度はこれが騙し……?
今度は、控えの選手が声出ししながら何か見せびらかすように菓子のプリッツを一本掲げてみせているし。ついでに犬がベンチの横でクソを三個してる。汚い。あとで片付けさせろよ!
「ケケケケケ」
そして、あのクソ生意気な若造が高笑いをしている。
「小細工合戦はやめだ! 実力なら――黄色猿に『シャトルパス』が破られてたまるか!!」
ラインの『マッスルバリヤー』がしっかりしている限り、そう易々と発射台であるホーマーにブリッツされることはないのだ。
問題は、
「ワット! 何をしている! 88番のマークはまだ振り解けんのか!」
「いえ、カケイの時のようにやられっ放しではありません。だいぶ、『デーモンブレード』の動きも読めてきました。もうこれ以上同じ手は食いません」
「よーし。なら次は抜けるんだな?」
「はい!」
ムラマサの無拍子で来る動きに、初見では対応できなかった。
しかし、その見慣れない動きでも、ここまで連続して喰らえばイヤでも身体がタイミングを覚えてくるというもの。
それにワットは日本文化にも精通している(ネット映像で演武の映像を見ている)と自負している。
だから、『デーモンブレード』の動きの原理にも気づいたし、慣れてきた。
「本当に行けるのか、ワット」
「任せてよ、ホーマー。『デーモンブレード』は達人のサムライだけど、僕だって東洋の古武術を勉強しているからね。マークを躱してみせる」
「つっても、あんなの通信教育じゃねーか」
心配そうに声をかけてくるホーマーに、ワットは胸を叩いて自信ありげに答える。
「大丈夫だよ。“
「言ってくれるなおい。よっしゃ、一発タッチダウンを決めてやろうぜ!」
景気よくホーマーとワットがグータッチしてから、オフェンスフォーメーションにつく。
小細工なし。たとえ何人来ようがゴンザレスたちラインの『マッスルバリヤー』は強固で、エースレシーバー・ワットは何が何でもフィールドに出てみせると宣言した。
「SET! HUT! ――HUT!」
そして――
(見切った!)
試合開始直後に、ノーモーションで打ってきたムラマサのバンプをワットは、躱し、た。
チリッと僅かにユニフォームを掠らせてしまったが、それでも直撃は回避。
「よし!」
初撃は避けられた。でも、まだ油断はできない。
アイシールド21の爆走ランに隠れがちだったけど、『デーモンブレード』の脚も相当速いんだ。きっと40ヤード走は4秒8のワットよりも早いはず。
だから、後ろは振り向かず一直線に思いきり全力疾走――
(ワットが抜けた!)
視界の端で、左サイドより管制塔レシーバー・ワットが前線に駆け上がるのを、ホーマーも捉えた。
その意気に応えんと発射台クォーターバック・ホーマーはより気合いを入れて身を捻り、超長距離弾『シャトルパス』を放つ右腕に力を篭め――
~~~
NASAエイリアンズ、四回目の攻撃失敗。泥門デビルバッツに攻撃権交代。
~~~
『ノーハドルでこられた時は、
古武術を取り入れた動きは、通信教育程度で見切れるものではない。
ワットは“動きが遅く見えるようになった”と感想を述べたが、それは実際にこれまでの守備で、長門村正が一打一打ごとに『瓶割バンプ』を手加減をしていたからである。
徐々にバンプの動きを緩めていき、“見切らせた”と思わせて、最後の四回目をわざと躱させる。
そうして回避に成功したと思わされたワットは、脇目を振らずに真っ直ぐ抜けただろうが、長門村正はそれを追わずに単身敵陣へ『
そして、ポジション位置。
ワットは左サイドに配置されたワイドレシーバーで、右利きの投手であるホーマーは、ヘルメットで狭くなった視界でどうしても左目側に死角ができてしまう。
つまり、左サイドレシーバーのワットのマークについていた長門は、その死角に入り込みやすい位置にいると言える。
「ケケケ、一番『シャトルパス』の成功率が高いワットを無視すれば一発タッチダウンの危険度がデカい。
――だからこそ、無視する……!!」
エイリアンズは最初、デビルバッツの中で最も危険なプレイヤーは長門村正だと考えていたはずだ。実際、これまでの試合で彼が最もブリッツを決めてきている。あのスピードとパワー、それにタックルのテクニックは、欧米人のマッスルボディをもってしても脅威だ。
だけど試合が始まれば、彼はエースレシーバー・ワットをバンプで封じるためにマークについていた。だから、『
「作戦ってのは、『そんな作戦はない』って思いこませたらその時点で勝ちなんだよ」
この四回目のラストチャンス。
これほど『
「ガッファ……!! 息ができな……!?!?」
『シャトルパス』を放とうとしたホーマーは、左目の死角より、それも“起こり”のない『縮地』の体術とその長身長腕を活かした長門村正の『蜻蛉切タックル』に、その厚い筋肉の鎧を貫かれた。
「
~~~
『攻撃権交代! 泥門、見事にエイリアンズに作戦勝ち! 『
「ぶわっはっは、さっすが進直伝の『スピアタックル』だな」
「いや、大田原さん、進は別に泥門の彼にタックルを教えてませんよ」
「しかし、本来、日本人とはパワー差の大きいアメリカ人を一発で仕留めるなんてね。……一度、食らったことがあるけど、彼のタックルの威力は相当なものだ」
私立王城高校。
トレーニングルームに設置されたテレビでチームメイトたち、大田原や桜庭と試合観戦しながら、高見は以前の王城戦で突かれた脇腹をさする。
すると片手で懸垂に励んでいた進が口を開く。
「大田原さん、あれはもう自分の技ではありません。長身と
「進……」
達人技の重心移動は一朝一夕で身につけられるものではないし、何よりも進と長門とでは身長と腕の長さに差があり、それは体を鍛えたところで伸ばせるものでもない。
――だから、身に着ける。今以上の“槍”を。
そして、あのアイシールド21が突入した光速の世界にも……
~~~
守備でエイリアンズを止めることに成功しているが、泥門は攻撃のチームだ。
『お前らに『
日米決戦までの一ヶ月間で、後衛が『電撃突撃』を習得させる傍らで、前衛の十文字、黒木、戸叶、小結もまた特訓を重ねていた。
『ボールキャリアー……アイシールド21が走るルートを確保するためのブロック。勢いと共に頭と腕の三点ヒットで力強く相手を押して、走路を切り開く。たとえ、押し負けようとも弾き飛ばされずに相手にしがみつけ。これは相手を倒すことではなく、ボールとの間に身体を入れ続ける事こそが“勝利”だ』
『シャトルパス』への守りの対策が後衛の『電撃突撃』ならば、これは『マッスルバリヤー』を破るための攻めの手段。
先のランプレイで、スピードならばアイシールド21が勝っていることは実証された。
怖がらずにダッシュで突っ込めば、抜けられる。そう、アイシールド21自身も確信を得ている。
しかし、爆速ダッシュだけで突破できるほど本場の強豪の守備は容易いものではない。一人を抜き去ろうが、敵はまだいるのだ。
そもそものパワー差があるので、ブロックなしでは抜けない。長門がいてもその身一つでは、カバーし切れないだろう。
そこで、『
攻守境界線上のブロックの並びの後ろをボールキャリアーが横切って、大外に周り込むパワープレー。ランニングバックと一塊になって行動するライン組が相手タックルを掃き清めて、走路を作る。
『これは、息の合った団体行動が必要不可欠、すなわち連携ができるラインマンでなければうまく機能しない』
その言葉に何かを感じ取ったのか。自分たち全員が評価されることを望む十文字は、意欲的に長門の指南を受けた。
そして、今、
「アイシールド……先輩??」
「へ??」
十文字達3人が正体を知らないとはいえ、いきなり先輩呼びされて外れた声を出してしまうアイシールド(セナ)。
「いや僕もその一年だから……」
「てめーはすげーよ。少しでも隙間作ってやれば抜いてっちまう。それに比べて俺らはまだまだ実力が足んねぇ。長門のようにアメリカの奴らをぶっ倒したりはできねぇ。でも――思い知らせてやらなきゃなんねぇ奴らがいるんだ」
だから、頼む。
黒木や戸叶や……俺らが何とか一瞬でもブロックするから、死ぬ気でルートに身体入れるから、抜いてくれ。
~~~
『10ヤード前進! 泥門ファーストダウン!』
ライン組の『掃除作戦』で『マッスルバリヤー』をこじ開けた僅かな道を強引に突破して、アイシールド21は連続攻撃権を獲得できるだけの距離を稼いだ。
このプレイに、会場の歓声が湧いた。
アイシールド21……I・Cだけでなく、それを支えたラインマンたちにも惜しみのない拍手が送られる。
「まだまだ、だが。力の差がある中でよくやったな」
十文字らにリードブロックを指南した長門は、彼らの活躍に笑みを浮かべる。
アイシールド21のスピードを活かせる『掃除作戦』はデビルバッツに適した作戦だ。現在、エイリアンズにサシでアイシールドについていける選手がいない以上、深めで護るしかないので大量にヤードを稼げる。それも、ランだけでなく、ブロックに参加していない長門へのショートパス、そして、逆サイドに駆け上がるモン太へのロングパスがある。
『ファーストダウン!』
そして、アイシールド21のランを中心としたデビルバッツの怒涛のオフェンスは連続でファーストダウンを獲得していく。
勝って、パンサーくんと走りの勝負を……!
不規則な段差に偶に来る物や人、その中で往復と共に同じタイムで昇り降りするのは難しく、一足一足ごと状況を瞬時に判断して、ルートを決めていかなければならない。セナが孟蓮宗の石段を一定の速度を保ちながら往復できるようになったのは一昨日になってやっと……ほぼ一ヶ月かかった。
「小さいからって……ナメンナヨッ!」
エイリアンズの50番のユニフォーム(ゴンザレス(弟))が視界の片隅を掠める。
来る……!
急角度で右へと曲がる。伸びてくる腕を
きっとこれが、長門君が教えようとしてくれた事……!
本能的に避けたり、カンに頼ったりしているだけでは、この先、NASAエイリアンズのような強豪チームには対応し切れなくなる。
執拗に追い縋るゴンザレス(弟)だったが、スイープの壁役のひとり小結君がタックルして捕まえてくれた。それを視認しながら、加速。チェンジ・オブ・ペースによる鋭い走りでひたすら、一ヤードでも前へと進む。
『ファーストダウン!』
時折にヒル魔のカメラマンから見ても騙される渡したフリからのパスも織り交ぜてくるので、ランだけにディフェンスを集中させず、覚醒したアイシールドのランは止められない。
『ファーストダウン!』
怒涛の連続攻撃。流れは完全に、泥門デビルバッツ。
「何やってる!! 黄色猿如きに……!」
ラインバッカー・ゴンザレス(弟)を投入するなどスピード重視の起用をするも、エイリアンズに今の泥門デビルバッツの勢いを止められず。
すべての音が消えた世界の中で、アイシールド越しに映った景色は、ゴールポストだけ。
『タッチダーゥン!!』
ホイッスルと共にアイシールド21・小早川セナに聴覚が戻ってくる。
スコアボードが、12-0に変わった。泥門デビルバッツ、NASAエイリアンズに10点以上の大差をつける。
~~~
「――監督、お願いします。俺を試合に出してください」
正座で両手を前につけ、頭を地面ギリギリまで下げるパンサー。
その見下ろす頭に、監督アポロは、ぺっと唾を吐く。
「何言ってんだ? 球拾いが。ユニフォームを与えられてないヤツを試合に出せるはずがなかろう」
エイリアンズが負けている。
マスコミに10点差以上で勝てなければ、2度とエイリアンズがアメリカの地を踏むことはないと公言してしまっている。
でも、まだ試合は終わっていない。前半で、十分巻き返せる。
しかし、状況は監督アポロの思うようにはいかない。
先程のプレイを契機に、あの『デーモンブレード』は、『シャトルパス』の要であるレシーバーとクォーターバックの厄介な楔となっているのだ。
ムラマサが死角からホーマーをブリッツしにいくかもしれないから、ワットは警戒し、思い切り走りに行けなくなる。
かといって気を抜けば、ワットもバンプで沈められる。あの無拍子の打撃は見切って躱すことはできないし、重心移動を巧みに使う初動の速い突撃は隙を見せたらお終いだ。
超ロングパスが迂闊に放てなくなってしまった。これでパス主体のエイリアンズの攻撃力は大幅に落ちる。
(まずい。まずいぞ……!)
結局、エイリアンズが前半の時間をめいいっぱい使ったオフェンスでもゴールラインを割ることはできなかった。
そして、この前半の間、パンサーはずっと監督アポロの前で下げた頭を上げない。
「いつまでそうやってる! 俺は黒人は……」
監督アポロはそこで息を呑む。
土下座をするパンサーを真似するように、NASAエイリアンズの選手全員が彼の後ろで、アポロに頭を下げていたのだ。
「僕たちからも頼みます」
チームの稼ぎ頭である管制塔レシーバー・ワットが懇願する。『シャトルパス』の発射台で、エイリアンズの代名詞であるホーマーもそれに続く。
「仲間だから出してやって欲しいってことだけじゃないスよ。こりゃパンサーの脚無しじゃ勝利するのもキツめだ」
「ぐっ……」
それは、監督アポロも理解している。泥門の『
「最初で最後のチャンスをください。もしチームの期待に応えられなければ――チームを辞めます」
その、パンサーの言葉は、アポロの意識を過去へと飛ばした。
“最初で最後のチャンスをください”……それは、かつてNFL時代のアポロが所属チームのオーナーへ言ったものと同じだった。
レオナルド・アポロ。
『人の3倍練習する男』と呼ばれていた、凡才の星。
しかし、彼が今年こそ開幕スタメンに入れるかもしれなかった年に、チーム・アルマジロズに、名門46rSのエースランナー・モーガンが電撃移籍した。
彼は、黒人。生まれ持ってのバネが違う。同じポジションであったアポロは、入ったモーガンに押し出されるように、チームからお払い箱となってしまう。
『一試合だけ、モーガンと比べてもらえませんか』
その時に、オーナーへ嘆願した。
『最初で最後のチャンスをください! それでモーガンよりダメなら、大人しくチームを去ります!』
……だが、チャンスは、与えられなかった。
その必要はないよ。
悪いがキミに“チャンス”はもうないんだ。
「パンサーのヤツは、球拾いしながら俺らの3倍練習してました。試合で試してやってください!」
意識が、
……黒人は、今でも忌々しい。白人だけの最強チームを作りたくて、今のNASAエイリアンズがある。
でも、次にアポロの口から吐かれたのはその主義に反するものだった。
「…………いいだろう、この試合だけだ」
気の迷い。きっと慣れない異国に来て、調子が狂ったに違いない。そう、監督アポロは咥えた葉巻を噛む。
「ホント、ですか!? この俺がエイリアンズのユニフォームを……!」
「ゴチャゴチャ言ってねぇでさっさと出ろ! 俺の気が変わらんうちにな!」
イライラして葉巻を折ってしまう。
しかし――どうしても――黒人だけれども――このかつての自分にされたような仕打ちを――したく、なかった。
「ただしアイシールドとデーモンブレードを抑えられなかったら、その時は……」
「はい!」
そして、『黒豹』を閉じ込めていた鉄格子が、今、開かれた。
~~~
キックオフから後半開始。
エイリアンズのサッカーの母国イギリスからの転入生で正確なキックを売りとするキッカー、トマス・オヴライエンのキック。
飛んできたボールをがっちりキャッチしたのはモン太。
「約束通りだ。フィールドで戦える!」
――それを目掛け、ついに檻から飛び出した『黒豹』が駆ける。
そこまで立ちはだかる壁は二枚、栗田と小結がボールキャリアーであるモン太を守らんとする。
しかし。
そんな壁など。
初めからなかったかのように。
『黒豹』パンサーは、二枚の壁を、真っ直ぐに、突っ切った――
「いいいいいい!!?」
栗田と小結をすり抜けたように目前まで迫ってくるパンサーに動揺したモン太は、一瞬の隙を突かれ、ボールをパンサーに奪取された。
「止めろ糞チビ! テメーが最終防衛線だ!」
爆裂加速する黄金の脚。
いきなり最高速に入るアイシールドは、ボールを奪ってそのままタッチダウンを狙ってくるパンサーの背中を追いかける。
しかし、相手もまた、同じ黄金の脚を持つ者、パンサー。
彼の心は、猛追してくる相手選手のプレッシャーに……歓喜を、覚えた。
独りの走り込みとは違う。
俺をブチ潰そうと襲い来る強敵。そう、これがアメリカンフットボールだ!
できる!
アメフトができる!
パンサーを全力で追いかけるアイシールド21……小早川セナは、初めての経験を味わう。
全速で追う敵が、自分を引き離していく絶望感を――
(そうなったか。セナは、瞬間的にしか最高速を出せない。対して、『黒豹』は黒人の筋肉を持つ
無重力のような軽いステップで敵を躱しながら、トップスピードを維持し続けたパトリック・スペンサー。
「勝負は、こっからだ!」
審判のタッチダウンコールが高らかに会場に響き渡った。
エイリアンズの逆転の号砲が上げられた。
エイリアンズが着実にトライフォーポイントのボーナスキックを決めて、続くキックオフ。
パンサーを警戒して、リターン距離を稼ぐことは叶わなかった泥門だったが、前半、エイリアンズの守備網をぶち抜いた『掃除作戦』を敢行する。
アイシールド21を複数の壁が守護する。
『パンサー君、何とブロックを躱して……』
しかし、『無重力の脚を持つ男』は、アイシールド21の激しい走りとは対極。
“すり抜けてる”と錯覚するほど最小限の
十文字、黒木、戸叶の3人のブロッカーに止められることなく、アイシールド21へタックルを食らわした。
『デビルバッツのスイープ破れたり!!』
~~~
攻撃権が、NASAエイリアンズに移る。
効果的だった『掃除作戦』が、たった一人の選手によって潰された。
でも、リードしているのは、泥門。12-7で、ワンタッチダウン差で覆ってしまうが、それでも勝っているのはデビルバッツ。
そして……
「糞カタナ……」
「わかっています。良くない流れですね。――断ち切ります」
「あいつに目にモノを見せてやれ!」
クォーターバック・ホーマーからボール回しされたパンサーが矢のような中央突破を敢行。
ゴンザレスたちが開けてくれた道を通ると、真正面に彼がいた。
『――俺を抜くことはできない』
コーナバックからラインバッカーの位置に入った『デーモンブレード』ムラマサ。パンサーに勝てないと宣告した相手。
前半のプレイで彼が強いのわかる。でも、勝負、するんだ……! この一騎打ちを逃げるわけにはいかない!
「おおおおおおおお!!」
腕を使い、軽やかなステップで、最短距離を通り抜ける。
パンサーの目には、そのルートが映っている。デイライト。一流のランナーに見える、敵の隙間からさす光、ゴールラインまでの光り輝く道筋が。
オリンピック100m決勝は、黒人だらけであることから証明されている。
人間は生まれつき平等ではない。決して越えられない壁がある。そう、パンサーはまさしく天賦の才を持つ、最強のランナーだ――
「しかし、パンサー、やはり貴様は俺を抜けん」
スパン――とパンサーの目に映っていたデイライトが、