悪魔の妖刀   作:背番号88

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10話

 お菓子のプリッツを突き付けながらヒル魔先輩が出した打倒NASAエイリアンズ特別作戦の課題は、ブリッツを習得するというものだ。

 

「ブリッツ……長門君がディフェンスで突っ込んだりするアレのこと?」

 

「そう。斬られる前に斬る、といった感じの攻撃型守備だ」

 

 延期となった『月刊アメフト杯』までの一ヶ月で守備のイロハを叩き込む。

 敵は本場の強豪。今まで通りでは勝てないかもしれない。のだが、

 

(本当に、猛を……本物のノートルダム大のアイシールド21を圧倒した走りを見せる『黒豹(パンサー)』に球拾いをさせるとは……宝の持ち腐れもいいとこだぞ)

 

 ヒル魔先輩が見つけてきてくれたエイリアンズの練習風景の映像記録には、監督から球拾いしかさせてもらえない黒人、パンサーの姿が映されている。

 鋭い走りをする小早川セナは黄金の脚だが、パンサーの軽やかな走りもまた黄金の脚だろう。

 最後に残された記録によると、ベンチプレス70kgで、40ヤード走は4秒5……となっているが、40ヤード走で4秒3の進清十郎にも勝るとも劣らぬ脚を持つアイツに“人種の差”というのを味わわせた相手なのだから、それ以上に成長していると考えるべきだ。想定とすれば、やはりセナが4秒2の光速の走り……いや、ひょっとするとセナですら追いつけない相手かもしれない。

 そんな全身がしなるムチ、体重ゼロの軽いステップ、『無重力の脚を持つ男』、それがパトリック・スペンサーなのだ。

 

 しかし、NASA校アメフトチームのアポロ監督は、『黒豹』を試合で使うつもりはない。一度もエイリアンズの公式試合に出したことがないのだ。

 よって、泥門が重点を置いて対策を積むのは、パスだ。

 

 エイリアンズのクォーターバック、ホーマー・フィッツジェラルド。

 ベンチプレス130kgの強靭な肉体に、強肩。敵の意表をつくようなパスや、頭脳的なテクニックよりもマッスルボディを駆使した力押しのパスを得意とする投手で、彼が放つ超ロングパスは、『シャトルパス』と異名がつくほど。超長距離弾故に、コントロールはあまり良くなく、パス成功率はさほど高くはないが、それでもフィールド中央からでも一発タッチダウンを狙うことができる。

 パス成功すれば即得点という恐ろしい大砲。

 正確性が無いという欠点を埋める……シャトルを無事着陸させるための管制塔の如き役目を持つレシーバー、ジェレミー・ワットがその眼力でもって荒れ球ロングパスの落下点を迅速かつ的確に解析し、最短距離で行く。

 これが、NASAエイリアンズの得点パターンになっている。

 

 この相手チームの得点源である『シャトルパス』対策としてヒル魔先輩が提唱したのが『ブリッツ』である。

 

 広いフィールドを走る相手レシーバーのワットの40ヤード走は4秒8……泥門の中で追いつけるのは、長門とセナのみ。それもできればバック走でマークについておきたいのなら、全員無理だ。セナは足が速くとも後ろ走りの技術はないし、長門は5秒の壁を切るのは難しい。

 そして、『シャトルパス』がコントロールがないために着地点を見極めるのが難しいパスで、それを熟知してポイントまで最短距離で走ることができるワットは記録以上に速く感じることになるだろう。

 だから、パスを投げさせる前に、潰す。

 敵の壁を破って突進。超長距離弾の発射台たるホーマーから『シャトルパス』が発射する前に倒す。

 それは基本、前衛のラインの仕事なのだが、『ブリッツ』は後衛も持ち場を放棄して投手を潰しに行く戦術なのだ。

 一応何人かは後ろに残すのだとしても、後ろの守備ががら空きになるから、()るか()られるかの博打になる。

 

「というわけで、仮想ホーマー役を演じる糞カタナをぶっ潰しに行け」

 

「誇張がありますねー、ヒル魔先輩。別にやるんですけど」

 

 ブロックにキャッチ、それにランとパスまで幅広くキック以外はできる、特化型(スペシャル)プレイヤーの多い泥門では珍しい万能型(マルチ)プレイヤーの長門村正が、エイリアンズのクォーターバックを模倣して、それを練習相手に潰すという特訓。

 泥門のクォーターバックはヒル魔先輩だが、身体能力を加味するとこのホーマー役には俺の方が向いている。

 

「ホーマーは、強肩だが移動型のクォーターバックじゃない。記録では、40ヤード走5秒6で、相手を躱せるほど器用でもないようだ。だから、存分にタックルをぶつけることができるだろうし、向こうもそれを心得ている」

 

「長門君、いいの……?」

 

「問題ない。『シャトルパス』は見たところ力業だ。特別なテクニックは必要ないみたいだし、ビデオからでも8割方は真似られるな」

 

「そうじゃなくて、これから全員で長門を潰しにかかるんだぞ?」

 

 なるほど。

 こちらの身の心配をするアイシールド21(セナ)とモン太だがそれは無用だ。

 

「『生傷の輪』と同じと思えばこっちにとっても練習になる。……それに前にも言ったことがあるが、今のレベルのモン太たちでは10人いたところで俺の相手にはならんよ」

 

「ムキッ」

 

 この己の実力に自信たっぷりと乗せた挑発じみた物言いに、モン太だけでなく、十文字、黒木、戸叶、大吉らも目に火が点いた。

 そうだ。遠慮なくかかってもらわないと練習にならない。試合では相手選手を容赦なく潰しに行ってもらわないと困るのだから。

 

「さあ、来い――」

 

 

 ~~~

 

 

「ブリッツMAX!!」

 

 僕の前で、ホーマー役の長門へ一番槍で飛び掛かったのは、モン太だ。

 壁役の栗田さんを避けて、パスを投げる前に長門君の腰へがっちりとタックルを食らわせてくる。

 決まった……とブリッツ特訓を受けてる皆が思ったけど。

 

「甘いな、モン太」

 

「ぬわにぃ!?」

 

 長門君は倒されながらも上半身だけで思いきり腕を振って、パスを投げた。そう、ロングパスを。

 ワット役……球拾いのレシーバーをしてもらってる雪光さんが、その長距離弾道で飛んできたボールをキャッチ。

 それはもしそこから走られたら、ここからでは追いつくのに間に合わずにタッチダウンされる距離で、長門君がその現実を確かに告げる。

 

「そうだ、試合ではこんな風に一発タッチダウンで『シャトルパス』は決まる」

 

 長門君はモン太の次に、十文字君、黒木君、戸叶君、小結君を相手にしてきたけど、その誰からもタックルを受けながらもロングパスを投げ切ってみせた。

 

「っ、くそ……!」

「小結のタックルでも効かねぇのかよ!」

 

 自分も長門君に体当たりをしたけど、一番パワーのない僕では押し倒すこともできなかった。

 タックルをも無効化する肉体。まるで長門君が見せる、相手からタックルを食らっても構わず走り続けるあの力強い、アメフトの原点とも言えるラン……そう、アメリカンフットボールの本場は、タックルを食らわせただけで止められるようなものではなかった。

 欧米人は東洋人とは骨格からして違う。彼らのような強靭な筋肉があれば、今の長門君のような芸当もけして不可能ではないのだ。

 

「クォーターバックの潰し方が間違っている」

 

 一巡、ブリッツをされてきた長門君が、服についた砂埃を払いながら、口を開いた。

 

「アメリカンフットボールには多様なポジションがあるが、同じボールを持つ後衛でも、ランニングバックとクォーターバック……走り屋と飛ばし屋はする仕事が違うから、その弱点も変わってくる」

 

 弱点……?

 なんだろうか。長門君がそこで口を閉ざしたので、壁役をしてるアメフトの先輩である栗田さんに自然みんなの視線が集まった。

 

「え、弱点? ……そんなのあったっけ」

 

「糞デブは、細かいことは関係ねぇほどのパワーをもってるからその辺疎いんだよ」

 

 ヒル魔さんがきょとんとする栗田さんのケツを蹴り上げるのを見て、長門君は溜息ひとつこぼすと、こちらを見た。

 

「『電撃突撃(ブリッツ)』にはパワーも大事だが、投手の弱点を突くにはスピードもまた欠かせない要素だ」

 

 スピードも、重要?

 それに、走り屋と飛ばし屋は仕事が違う……

 

 走り屋であるセナはあんな腰にしがみつかれたら満足に走れなくなって止められる。でも皆がタックルを下半身の腰に食らわしてきたけど、それでも長門君の上半身、肩や腕は無事だからロングパスを投げられていた――あ。

 

 長門君が出してくれたヒントが頭の中で噛み合った。

 

「次……僕が最初に電撃突撃に行って良いですか?」

 

「ほう……いいぞ、来い」

 

 投手の弱点。当然それは向こうも承知しているからそこだけは守ってくるはず。――だから、守る暇もないスピードで突っ込む。

 そして、ホーマー役の長門君がロングパスを放つタメを入れようと大きく振り被った右腕――そこに全速力で飛びついた。

 

「っ!」

 

 長門君はパス体勢のままこちらを振り落とそうと体を揺らしてくるけど、必死にしがみついて腕を離さない。

 どんな凄い人だって、右腕だけを掴まれたら投げられない!

 

「フン……ヌラバッ!!」

 

 思いっきり力を込めて引っ張り……それでついに長門君からボールを零させた。

 

 

 それが正解だ――

 

 腰にタックルしてから投手を倒し切るまで一秒。下半身に頼らずともロングパスを投げられるプレイヤーには、その一秒があれば十分だ。

 だから、肩や腕――発射口を直接潰しにかかるのが、クォータバック潰しの鉄則。

 

「腕キャーッチ!!」

 

 セナのやり方を見て学習した面々は、早速腕や肩狙いで突撃し、パス失敗させていく。

 当然、練習のように壁役が一枚だけでただ立っているだけの案山子ではないが、それでも全員がブリッツの仕方を理解することができた。

 

 

 ~~~

 

 

 ロッカールームを増設したりとしているが、泥門のアメフト部のトレーニング器具はそれほど充実しているわけでもない。

 けれど、弘法筆選ばず。それも練習する者には変わりないのだとその光景を見てセナは思い知らされる。

 

 時折、聞こえるその重い音と鎖がガチャリと鳴る音は、長門君が打つグラウンドに設置された等身大の、バンプの練習にと用意されたサンドバックが軋む音だった。

 ……むやみやたらに打ち付けているのではない。深く思案し、練りに練り上げてから、打つ!

 

 ――それは音というよりは、深く低い振動。汗の粒が飛び散り、砂埃の浮かぶ空気がぶわっと跳ね上がり、その重みを暗に語る。一撃必殺を体現した見事な正拳だった。

 モン太が『デス・クライム』で挑む際にその正拳バンプを貰って悶絶することがあるけど、実際に体験しなくても衝撃は見るだけで伝わってくる。

 だが、長門君はどこか納得がいかないらしい。薄く目を瞑り、……力の籠め方や呼吸を深さ浅さを整え、時には近頃忙しなくなったセミの鳴き声を聞く間すら与えるように、再び、打つ。

 

 素人が見れば、それはまるで休み休みやっているように見えるのだろうが。……それを横目に見ながら自らもトレーニングに励むセナには、その練り込んだ一撃に畏怖を超えた尊敬の念すら感じているのだった……

 そう、進さんと同じ、スピードもパワーもあるけど、それ以外の何かがある。

 

 それはもはや、肉体のトレーニングというより、精神のトレーニングの領域に違いない。その途切れぬ集中力こそ、長門村正の強さの秘密なんだろう。

 他の練習においても長門君は皆と同じメニューをこなしているけれど、そこに注ぎ込んでいる集中力、意識の密度が違う。

 

 

「よし!」

 

 身近な目標を思い浮かべてから、早朝の個人練習『石段昇降』に望む。

 ストップウォッチを押し、栗田さんの実家・孟蓮宗の石段を駆け昇る。思いの外、走り難い。段の高さが一定ではないし、途中にある足休めの踊り場でまたペースが狂う。

 

「距離的には大したことないんだけどな……」

 

 上まで昇り切ったところで、ストップウォッチのボタンを押す。

 それから石段を駆け降りる。行きと帰りに差が出ないよう少しスピードを緩めるように意識して。

 

「長門君はどっちに合わせても良いって言ってたけど」

 

 常識的に考えれば、楽な下りより、キツい上りのタイムに合わせる方が無理なく往復できる。が、しかし。

 

「それじゃ、トレーニングの意味がないような気も……」

 

 という事は降りるときのタイムに合わせるべきか。いやいや、もしもそうなら、最初から長門君はそういう指示を出したに違いない。あえて『どちらに合わせても自由』なんて言ったのは、然るべき理由があるからではないか。そもそも、全速を出す必要はないとまで言ったのだ。タイムさえおなじなら、ゆっくりでもいい、と。

 はっと気が付くと、すっかりスピードは落ちていた。余計なことで迷っていたせいだ。結局、それなりの速さで駆け降りることになってしまう。石段の真下でストップウォッチを止める。ぴったり行きと同タイム。

 

「危なかった。帰りの方が遅くなっちゃうとこだった」

 

 もう一度、とストップウォッチをリセットし、全力で石段を駆け上がる。不規則な段差に慣れてきたのか、初回に比べてペースが上がっているのがわかる。上についてストップウォッチを止めて、回れ右。

 “一段抜かし”ができれば楽なのだが、“全部の段をきっちり踏む”と言う条件が付いている。そこでふと思う。

 

「もしかして、タイムだけ合わせればいいってわけじゃないのかも……ペースが常に一定でなきゃダメとか」

 

 だとしたら、途中で速度が落ちたり、立ち止まったりするのもNGということにもなる。

 『ヘルタワー』でも延々と階段を上っていたけれど、あれには障害はあっても制約はなかった。でも、これは色々と考えさせられる。

 

 そういえば、あのビデオで見たパンサー君は、ビルとビルを跳んでいくパルクール『ビル・トゥ・ビルジャンプ』を幼いころ続けてきたという。

 なら、セナもこの『石段昇降』を頑張りたい――そう、あの軽やか走りと自分の走りを試合で比べてみたい……!

 とそんな考え込んでいる間もストップウォッチは時を刻んでいる。

 

「……ってタイム! 止まっちゃってた! ちゃんと集中しなくちゃ!」

 

 結局セナはまたも急いで石段を駆け降りる。

 時間を間に合わせるのにもっと速く走らなければと気持ちは焦るが、うまくいかない。不規則な段差に足を取られそうになる。思うように走れないのがもどかしい。速く走ろうとしても、足が思い通りに動かせないのだ。

 足が……? わかった! ブレーキかける時と同じ姿勢になってる!

 孟蓮宗の石段は普通の階段よりも段差が高い。そのせいで、前傾姿勢が取りにくい。ちょうど急ブレーキをかける時のように、上半身が反り気味になっているのだ。いくら脚を速く動かそうとしても、止まろうとするときと同じ力が働いてしまう。

 

『長門の走りは、手本にするにはうってつけだ』

 

 そう、王城戦で、ヒル魔さんが言っていたのを思い出した。

 

(そう、長門君はもっと全身を巧く使って走っていた……!)

 

 重心を落とす。膝のバネを最大限に使う。この段差の高い石段でも普通の階段を走る時の姿勢に少しでも近づけることができれば、もう少しだけでもスピードアップできれば――

 もっと膝を使って。重心を低く。

 一気に加速して石段を駆け降りるセナ……だったが、

 

「あ、やっちゃった……」

 

 止めたストップウォッチの計測時間は、昇り降りピッタリというには少し早すぎてしまった。

 

「もっとちゃんと自分の走りを意識して!」

 

 

 30分ほどの『石段昇降』を終えたときには予想以上に疲れ果てていた。歩く度に、足元ががくがくと揺れるような感覚が消えない。ペース配分も何もなく、がむしゃらに石段を駆け昇り、駆け降りるというのを繰り返したせいだ。それから、考えさせられながらやる特訓はなんだか倍疲れる。

 この後にも練習があるのに、すっかりバテバテだ。

 

「明日は、もうちょっと控えめにしとこ……」

 

 それから時間のチェックもマメにしなきゃ、と付け加える。石段の往復に熱中するあまり、既に30分が経過しているのに気づかなかった。

 

「そうだな。あまり時間を忘れて遅刻しては姉崎先輩に怒られるぞ」

 

「うわっ!?」

 

 声をかけられて、階段の真下に自転車に跨った長門君がいることに気付いた。ビックリし過ぎて小心者(ビビり)なセナは腰を抜かしかける。

 

「あー、すまん。驚かせるつもりはなかったんだが、いや、途中から見ていたのに気づかなかったのか?」

 

「う、うん……途中から何だか無我夢中で……」

 

「それは見てれば解ったな。――ほれ、乗ってけ。学校まで送ってやる」

 

 バテバテなセナにくいっと指差す長門君。彼が乗っていた自転車は何と二人乗り用だった。

 

「これって、観光地とかでよく見る二人乗り専用の……」

 

「温泉街の旅館の親方から気に入られていただいた改造車だ。脚力とバランス感覚を鍛えるにいいから通学に使わせてもらってる。ああ、セナは漕がなくていいぞ。疲れてるみたいだし」

 

 なんだかすごい。

 でも、さすがに漕がずに楽するのは罪悪感がある。

 ので、ペダルを踏み締め――重っ!?

 

「言っただろう。これはトレーニング用にチューンされた改造車。ギアは市販のよりも重いし、総重量で500kgはある」

 

「500kg!?」

 

「それと、二人乗り用自転車は前後に長いから車体を思いっきり横に倒さないとカーブを曲がり切れないから、漕がなくてもいいけど俺に合わせて重心を移動させてくれ」

 

 長門君はひとりでもこの重量級自転車を漕げる、セナはそのプラスアルファの重りの役目なんだろう。

 

「遠慮するなセナ。時々、リコにも乗ってもらっている」

 

 ちょっとその情報はなんだか逆に乗りにくくなった気がしたけれども、長門君も『階段昇降』後に無理しなくていいから休めというし、セナは呼吸を合わせた重心移動にだけ付き合うことに。

 

(でも、何だかこうしていると試合みたいだな)

 

 リードブロックする長門村正の後ろを走るときと、この二人乗り自転車の状況が似ている。

 先陣を往く彼の動きに合わせて、セナも走る。あの進さんを相手にだって、道を切り開いてきたのだ。そう思うと心強い背中で……

 

「そうだ。聞こうと思ってたことが……」

 

「?」

 

「ムサシさんってなんで辞めちゃったんですか?」

 

 ――ブレーキがかかり、自転車が止まる。

 あれ? 何か地雷を踏んじゃった? と不安になったセナであったが、長門は再び漕ぎ始めながら、口を開いた。

 

「悪いが、それは先輩たちの事情になる。俺の口からは何とも言えんな」

 

「そ、そうなんだ……あ、でも、アメリカ戦で圧勝できれば戻ってきてくれるって――」

 

 ――キキィィッ! と急ブレーキ。

 つんのめってしまったセナだったが、長門の顔はそれ以上に驚いていた。

 

「なんだと……おいセナ、本当に武蔵先輩はそういったのか?」

 

「うん。そうだけど、考えてくれるって言ってくれたよ」

 

「そうか……。いや、考えてもらうだけでも――よし! セナ、スピードを上げるぞ! しっかり掴まっておけ!」

 

「ええええっ!?」

 

 気合のギアが一段と上がった長門村正の急行自転車は、並走していたバイクも突っ切る速さであった。

 

 

 ~~~

 

 

 本場アメリカのNASAエイリアンズ戦に向けて、練習に励む泥門デビルバッツ。

 そして、『月刊アメフト杯』を三日後に控えた部活練習後、栗田先輩が学校に近い家・孟蓮宗に泊り込みができるよう取り計らってくれた。

 なので、長門、モン太、セナ、大吉は試合までお世話になると決めた、その日。練習帰りの後に、“何かが掴めそう”だとセナが『階段昇降』をやっていると、黒豹の刺繍の入ったヘアバンドを拾い……

 

「BINGO――!!」

 

 それを探していた黒人の青年……NASAエイリアンズのパンサーと遭遇した。

 

 

 その後、なんやかんやとあって、互いに日英通訳として、日本通のワットとアメリカで暮らしていた帰国子女な幼馴染を持って英語も堪能な長門が入って、意気投合。

 寺の法事で余った、アメリカ人も知る日本のメジャー料理・寿司が大量にあったので、それを肴にしてパンサーと共に行動していたエイリアンズの面々と宴会することに。

 

「『俺はアイシールド21と闘いたくて来たんだ。でもって……絶対に勝たなくちゃいけねー』」

「ビデオの走りを見たアイシールド21と競い合いたくて日本行きを決意した。そして、将来は大金を稼ぐNFL(プロ)になるためどんな相手にも負けられない、とパンサーは言っているぞセナ」

 

「デビルバッツだって負けられない。みんながムサシさんを待ってるんだから」

「……『こちらも負ける気はない。仲間のために』」

 

 パンサーとセナ、黄金の脚をもつ者同士の通訳をしていると、今度は長門へ向いた。

 

「『そして、アイシールド21だけでなく、日本史上最強のラインバッカー・セイジュロ・シンと互角に渡り合った『デーモンブレード』……君にも会いたかった』」

 

 『デーモンブレード』……長門村正の通り名である『妖刀』の英訳版である。本場アメリカでの自身の評価が気になる長門だ。あとでリコに情報収集してもらおうか。

 

「『出してもらえる可能性は低いと思う。でも、アポロ監督に試合に出してもらえたら、俺と1on1で勝負してくれ!』

 

「『俺も、エイリアンズの『黒豹』には、前々から興味があった。話を聞いた時からアメフトで試合ってみたいと』」

 

「『それなら――!』」

 

「『だが、チームユニフォームを貰えていない今のパンサーでは俺を抜くことはできない』」

 

「『……!』」

 

 それは勝利宣言というより、端的に事実を述べたような文句であった。近くで聞いていたホーマーとワットもその発言には目を見開く。英語のわからないセナは話についていけないが、場の空気からなんとなく感じ取る。

 

「『おい、パンサーを舐めんじゃねぇぞ。試合には出してもらっちゃいないが、エイリアンズの真のエースだ』」

 

「『わかっている。彼は黄金の脚を持つランナーだ。資質だけでも十分にトップクラス……それでも、世界で戦うには一人では限界がある』」

 

「『なんだと! そりゃ俺達エイリアンズがパンサーの足を引っ張るって言いたいのか!』」

 

「『違う。そうではない』……ん?」

 

 アルコールが入って赤ら顔ながらしかめっ面のホーマーと言い合う長門が、そこで席を立つ。

 

「『すまない。電話だ。席を外させてもらう』」

 

「『おい、待ちやがれ!』」

「『ホーマー、落ち着け』」

 

 ホーマーが止めようとするもそこはワットに制されて、長門が居間を出てしまう。残されたセナはあわあわとしながらもパンサーに弁明、日本語で。

 

「その! 長門君は悪い人じゃないです。ヒル魔さんと比べてよっぽど……いや、別にヒル魔さんが悪い人ってことじゃないんですけど、とにかく良い人です。そのパンサー君をバカにするようなことはけっして……!」

 

 拙いながらも必死にフォローを入れるセナ、その通訳をワットがしてくれて、ホーマーもドカッと腰を落とす。それからテーブルに置かれた瓶を取って、

 

「『空気が湿気ちまったが、宴会なんだし飲んで盛り上がろうぜ。ほら、パンサーもいつまでも気にしてんな。そっちの坊主もコップ持て』」

 

 パンサーとセナのグラスに、とくとくとお酒を注ぐ……

 

 

 ~~~

 

 

『やあ、長門』

 

「お前か、大和」

 

『何やら騒がしいけどパーティでもしてるのかい?』

 

「ああ、本場アメリカ要素を取り入れた和洋折衷なホームパーティを開いている」

 

『そうなのかい? そりゃあ、席を外させるような真似をさせて申し訳ないね』

 

「そう思うなら早く用件を言ったらどうだ」

 

『ちょっとした激励さ。あのNASAエイリアンズと試合するんだろう?』

 

「お前が教えてくれた原石、『黒豹』とやれるかはわからないがな」

 

『……試合、見ているよ。ナイター放送されるみたいだしね』

 

「これはまた一層無様なプレイはできなくなったな。……ああ、それと、一応言っておこうか、春季関西大会、帝黒アレキサンダーズ優勝おめでとう」

 

『ふっ。君とパンサー、どちらも俺を負かした相手だけれど……ライバルの君がいる泥門デビルバッツの健闘を祈っておくよ』

 

「大和、お前が体感してきた本場の世界を知ってくる」

 

 

 ~~~

 

 

「まもりさん! 俺必ず本庄選手みたく!」

 

 と仏像に抱き着くモン太。

 

「『そうだ! 男は全身でぶつかっていけ!』

 

 と乱闘騒ぎを起こしてるホーマー達エイリアンズの面々。

 

「ZZZ……」

 

 栗田先輩はお腹が満腹になって眠ってしまい、大吉はそのお腹の上でぐっすり寝落ちしてる。

 ちょっと目を離した間に、宴会はカオスになっていた。

 とりあえず長門は事態の収拾をする前に状況説明ができそうなワットに訊ねる。

 

「……『セナとパンサーがいないが、二人はどこへ行ったんだ?』」

 

「『あはは……ホーマーがお酒を飲ませたら急に走り込みに行っちゃった』」

 

「『おい』」

 

 

「高校生が酒とは何事だ!!」

 

「痛ってー!!」

 

 その後、長門に簀巻きにされてふん縛られた酔っ払い連中は、孟蓮宗の管長(一番偉いお坊さん)である栗田先輩の父親に説教され、

 

「どうして動物園にいるんだお前ら……」

 

 夜中に走り込みに行ったセナとパンサーは動物園で無事に見つかり回収された。

 

 

 ~~~

 

 

 7月20日19時に行われる高校アメフト日米戦『月刊アメフト杯』。

 今回泥門デビルバッツが対戦するチームは本場アメリカの強豪校NASAエイリアンズ。

 来日早々大学のチームと現地調整のための親善試合をしたそうだが、73-0で大差の圧勝劇を演じ、本場の貫録を見せつけた。

 ボディー、パワー、テクニックのすべてが高く、将来のNFL候補たちが放つ才能の煌きは、遥か銀河の彼方に瞬く星々と同じ……

 というのが、熊袋リコから教えてもらった月刊アメフト誌の取材原稿での評である。編集部は、本場アメリカの強大な肉体にぶつかって、日本人の学生選手が怪我しないかひやひやしているらしい。それくらい両者の体格差は格が違う。

 

 その中でも注目する選手は、『シャトルパス』のマッスル発射台ことホーマー・フィッツジェラルドと着弾点を正確に把握する管制塔ジェレミー・ワット。

 それから、その『シャトルパス』を支えるライン陣の中でも絶対不沈の超大型宇宙防衛船ガードのニーサン・ゴンザレスは、身長195cmと2m弱もあり、体重は131kgで破格の肉体的強さを誇る。……誰かのため大きく役に立つ男でありたいと願って、『大便(大きくて便利、という意味で)』という漢字の刺青を腕に掘っている。

 その弟のラインバッカー、オットー・ゴンザレスは侵入者を撃ち落とす小型宇宙船。身長169cmで体重69kgとエイリアンズの中では最も小柄だが、その分小回りが利き、超機動小型宇宙船として戦果を挙げてきている。……こちらは小さくても役に立つ男という意味で、『小便』という兄同様、取り返しのつかない入れ墨(タトゥ)をしてしまっている。

 

 そして、指揮するのは元NFLの実績を買われ招聘されたレオナルド・アポロ監督。今、試合開始前にこちらの代表を務めるヒル魔先輩と握手を交わしながら和やかに挨拶をして……

 

「『興味深い映像をありがとう。あまりに幼稚な内容なんでオムツでもしているかと思ったよ』」

「『妄想激しいな。その若さで痴呆か。老人用オムツをしとけよ。ベンチで垂れ流さねぇようにな』

 

 ……いる。

 R18指定な俗語(スラング)を交えながらだが、実に愉快気にヒル魔先輩はアポロ監督を煽っている。元プロ選手相手でも悪魔な先輩はいつも通りである。

 

「『調子に乗るなよ黄色猿。約束は覚えてるだろうな。ウチに10点差で勝てなけりゃ……』」

 

「『即日日本退去。――だが、テメーらこそ忘れちゃいねぇだろうな! 10点差で勝てなきゃアメリカに戻らねぇってな!』」

 

 この日米決戦にはお互いに負けられない理由がある。長門もこの情報を聞き付けたお隣さん(リコ)に『村正君! あ、アアアアアメリカに引っ越し(いっ)ちゃうんですかっ!?』と大変心配された。

 

「ああ。猛……お前とやるまで、どのチームが相手だろうと黒星を重ねるつもりはない」

 

 

 ~~~

 

 

「一人の人間には小さな一歩だが」

『NASAエイリアンズには勝利への一歩だ!』

 

 

 ~~~

 

 

「We’ll……」

『Kill them(ブッ殺す)!! Yeah―――!!』

 

 

 ~~~

 

 

 ――いきなり『シャトルパス』がくる。

 

 試合開始前にもヒル魔先輩が煽りに煽った。あのアポロ監督の性格上、初っ端からホーマーに『シャトルパス』の指示を出してくる。

 だから、こちらも対策として練習した『ブリッツ』を仕掛ける。ただし……

 

「糞カタナ、わかってんな?」

 

「わかってますヒル魔先輩。一撃で仕留めます」

 

 

 ~~~

 

 

 NASAエイリアンズのラインは、日本最重量の太陽スフィンクスの『ピラミッドライン』とは違う。

 跳ね返す。

 重さだけではなく、あまりに強靭な上半身を持つアメリカ人の体格をもったラインは、もはやただ敵の攻撃を受けるだけの壁ではなく――発射台の投手への攻撃を全て跳ね返す『マッスルバリヤー』。

 これには泥門ラインマンたちも組み付くだけでも一苦労で、後衛から電撃突撃を仕掛けるための道を作るにも時間を要する。

 この敵を寄せ付けない屈強なライン陣があるからこそ、発射台の投手ホーマーは超ロングパスのための力を溜めることができる。

 

3(スリー)――2(ツー)――」

 

 しかし、この『マッスルバリヤー』で守護されるのは、発射台(ホーマー)のみ。

 

 

 ~~~

 

 

 ジェレミー・ワットが日本通になったきっかけは、名門フェニックス校のエースだった東洋人カケイに、完敗したことだ。

 あの長身とリーチでワットは全部止められてしまった。それで短絡的だが“今サムライがすごい!!”と日本文化に興味を持ったのである。

 

 そして……今、そのカケイと同じ長身でリーチのある東洋人、『デーモンブレード』ムラマサが、ワットのマークについていた。

 

 当然、警戒していた。

 カケイを知っているワットは、東洋人が相手でも侮ることはないし、この『デーモンブレード』は、あのシンと同格のプレイヤーと評される、この泥門デビルバッツの中で最も警戒すべき相手なのだ。

 あの流された映像で、彼が氷板を空手チョップで木端微塵にしたインパクトは忘れがたいモノ。ホーマーも『デーモンブレードの四肢は銃刀法違反している』と恐れ戦いていた。

 

 でも、カケイがミラクルだったとすれば、ムラマサはミステリーであった。

 

「―――」

 

 SET! HUT! コールが終わってすぐ、眼鏡の奥の目を眇め相手の動きを注意深く観察していたワットは――反応できずに、心臓のある左胸を穿たれていた。

 

 何が起こったのか理解不能のまま、管制塔(ワット)、陥落する。

 

 

 ~~~

 

 

 今、相手エースレシーバー・ワットに長門村正がしたのは、『バンプ』。

 ただし、“無拍子(ノーモーション)で放った”どつき。

 

 どんなに速くても人間、少しは、反応はできる。

 しかしこれは反応すらできない。何せ予備動作がないのだ。

 

 人は見たことがない動きを認識できない。

 たとえば、鉄棒を見たことがない人に逆上がりを披露すると、『鉄棒にぶら下がって、次の瞬間に降りていた』と思ってしまうそうだ。

 それと同じで、“起こり”のない行動は、人間の意識から外れてしまう。

 腰から肩、肩から腕へ、といった連動する力の動きではなく、一斉に体全体を動かすと見慣れない相手には認識できないのだ。

 

 アメリカンフットボールを含む西洋の体術は捻じったり、うねったり等、まるでムチのような動きで、威力はあるが予想がしやすい。

 一方、長門村正が取り入れている日本武術の動きは魚群が一気に向きを変えるようなもので推測し難い。

 きっと傍目から見てれば、ワットがぼけっと突っ立ったまま長門に倒されたようにしか見えなかっただろうが、ワットからすれば長門が何をしたのかわからなかったことだろう。

 

 そして、長門村正の正拳突きは、プロテクターを纏った相手を一発で沈めるだけの威力がある。

 

 まさに、瓶の後ろに隠れていた相手をその瓶ごと一刀両断せしめた、夢想の剣戟を見舞う『瓶割』の如きバンプだ。

 

 

 ブリッツに参加しない長門村正が与えられた仕事は、『シャトルパス』の落下地点を最も熟知するエースレシーバーを潰すこと。

 管制塔が機能停止すれば、シャトルは無事に着陸することはできないのだ。

 

 もちろん他にもエイリアンズにはレシーバーがいるが、ワットほど眼力に優れているものはいない。

 パス成功率は一段と下がり、超高弾発射に慎重になる。今から普通のパスに切り替えるべきか、迷いが生まれる。

 それが、発射まで数秒の時間を稼ぐ――

 

「ワット!?」

 

 『シャトルパス』を受け取るはずの管制塔レシーバーが、地面に膝がつきそうなくらいガタガタになっていた。あれではとても長距離を走らせるロングパスをキャッチすることはできない。

 その光景を目撃したホーマーは判断に迷い、また新たなパスターゲットを探そうとして、動きを止めてしまう。

 

 それが致命的であった。

 

 『マッスルバリヤー』を抜けた一人のデビルバッツのプレイヤー。

 アイシールドをつけている小柄な、力のなさそうな選手だ。

 唯一、警戒すべきだったのは88番の『デーモンブレード』。しかし、ワットを潰されたのは惜しいが、そのために『デーモンブレード』はホーマーから離れた位置にいる。

 ホーマーは己の筋肉体(マッスル)に自信がある。あの21番ならばタックルをもらっても無理やり投げられる。

 そう判断して、大きく腕を振り被ろうとした――――瞬間の急加速。

 

 足を蹴った反動で派手にフィールドの土砂を跳ね飛ばして、一気に最高速に達したアイシールド21が『シャトルパス』の発射台目前まで接近する。

 

「なにィイイイイ!!?」

 

 なんだあの最後の加速!

 しかもアイシールドは一直線に、ホーマーが守る隙も与えずに、ボールを持った右腕に飛びついて、奪取した。

 

 『シャトルパス』が、21番の流れ星(シューティングスター)に倒される。

 そして、その勢い止まらず。

 

 

「止ーめーろー!!」

 

 ベンチからアポロ監督が叫ぶ。

 こぼれ球を抱えたアイシールドがタッチダウンを狙って爆走する。

 

「ひぃマッスル来た!!」

 

 立ち塞がるエイリアンズで最も屈強なゴンザレス。その前で、急停止。

 

(ビッグ)……」

 

 そして、

 

「――便(ユースフル)!!」

 

 大きな手を両サイドから動きの止まった21番のショルダーパッとに入れ込むように挟み捕まえようとしたゴンザレスだったが、スカッと空振った。

 それは撮影していたカメラマンも見逃すほどの、急加速。

 先ほどのホーマーの腕を捕えたプレーと同じ。目の前で突然スピードが変わる。

 

 チェンジ・オブ・ペース。

 停止したかと思えば、次の瞬間にトップスピードで駆けている。

 これが、アイシールド21の“鋭い走り”の正体。

 

 ビビッて腰が引けてたかと思いきや、高校最速のプレイヤーを置き去りにする日本最速を叩き出したり、スピードにムラがある。

 そのムラが偶然にもチェンジ・オブ・ペースとなっているのだ。

 ビビりでパシリな小市民は、アメフトの世界では英雄だった。

 

「これ以上行かせ」

「させん」

 

 最後のひとり。

 オフェンスチームのランニングバックで後ろへ控えていたレオナルド・ピットがアイシールドに迫ろうとするも、エースレシーバー・ワットを潰してから前に駆け出していた長門村正が壁となり遮る。

 

 これで、彼の走りを阻む者はいない。

 

 

『タァッチダ~~ゥン!!』

 

 

 ~~~

 

 

 泥門デビルバッツ。

 本場アメリカの強豪校を相手に先制点。これは、すごい。

 でも……

 

「どうしたんだい、大和」

 

 同じ一年生で一軍になったチームメイトがこちらの表情を見て訝しむ。

 あの己が手放さざるを得なかった最強ランナーの称号たるアイシールドをつけ、そして、己が認めた長門村正(ライバル)にリードブロックされながら連携を取るあの21番……

 

「いや、鷹。少し妬いてしまってね」

 

 帝黒へ勧誘した時に想像した光景そのものだった。長門村正とは誰よりも試合をしたいと望んでいる相手だけれども、つい羨ましく思ってしまい、それが顔に出てしまった。

 

「しかし、村正。今ので、檻に閉じ込められている『黒豹』が活気づいたみたいだ」

 

 

 ~~~

 

 

 エイリアンズは、誰もついて来ない。

 最後は長門君に助けてもらったけれども、自分のスピードで抜ける。パワーを怖がることはない!

 

 ゾク! とした、肉食獣に睨まれたかのような寒気にセナが察知した方へ反射的に振り向く。

 すると、キックのポールに彼は、()()()()()()()

 

 パトリック・スペンサー――『黒豹(パンサー)』が、独走タッチダウンを決めたアイシールド21……セナを先回りして、駆け上ったポールの上から見下ろしていたのだ。

 

 そして、しばらく、黄金の脚をもつ者同士は、視線を絡み合わせるように相手の顔を注視する。

 

「今の一瞬でベンチからポールまで移動するとは、凄まじい脚だ」

 

 その睨み合いに割って入った長門によって、張り詰めたその空気が霧散。すぐに審判が駆け付け、勝手にポールに登ったパンサーを注意する。

 その背中を見送りながら、ポツリとセナは零す。

 

「出て、こないかな」

 

「ん?」

 

「出てこないかな試合に」

 

 出てきたら、危険な相手。

 圧勝しないとムサシ先輩を連れ戻せないし、そもそも負けてしまえば日本から追放されてしまう。

 それはわかっている。けれど、進さんと闘った時のように、脚が落ち着かない。“勝負してみたい!”って訴えているかのように。

 その好敵手と接敵した感動を傍目で見ていた長門は羨ましがるように目を細めて、

 

「アメフトは勝ったものが望みを叶えられる世界だ」

 

「長門君?」

 

「パンサーを試合に出してやりたいのなら、あのアポロ監督の目を覚まさせるほどに圧勝すればいい。己のランは『黒豹』以外には追い付けぬ脚だと見せつけてな。つまりはそういうことだ」


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