【凍結中】その一握の気の迷いが、邪なものを生んだ(旧版)   作:矢柄

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「これより準決勝戦第2試合を開始します。両者、開始位置について下さい」

 

 

私は少し後ろに下がる。カンパネルラは後衛らしくだいぶん後ろの方に位置取った。だが、この程度の障害物のない距離、一対一という状況ではさしたる障害にはならない。

 

 

「双方構え、…始め!」

 

 

開始の号令と共に、私は一気に踏み出す。最高速の一撃を。八葉一刀流・五の型<残月>。相手が武器を持たない相手なので、峰打ちをするために腕をひねる。

 

それが僅かな速度の違いになったが、カンパネルラはそれを体を後ろにそらすことで回避して見せた。

 

 

「あはっ、情熱的だね!」

 

「次っ」

 

 

剣を振るう。初撃を避けられたのは想定内。二撃目、三撃目。たゆまない連撃。袈裟斬り、斬り返し、胴を薙ぎ、上段を叩き込む。

 

そのどれもをカンパネルラは踊るように軽快に回避して見せた。強い。だが、反撃の糸口は与えない。

 

 

「これはすごいな。君なら今すぐにでも《執行者(レギオン)》になれるかもしれない」

 

「しゃべる余裕はあるんですね!」

 

「いやいや誤解だよ」

 

 

私はカンパネルラの意識を上半身に集中させる。攻撃のほとんどを腰よりも上に限定することで、その一撃を最後まで隠し切った。

 

今だ。私は首を狙う振りをして、一気に腰を落としてカンパネルラの足首を狙った。フェイントを織り交ぜた私の一撃に、カンパネルラはジャンプで回避してしまう。

 

 

「そこ!」

 

「これは拙いかなっ!」

 

 

次の瞬間、カンパネルラが指を鳴らす。フィンガースナップ。前方からの強烈な悪意。しかし衝撃が走ったのは背中だった。

 

背中から何かが貫通したかのように、右の肺を貫いて、鮮血をまき散らして、激痛が走った。銃弾!? それは私の後方から狙撃銃を使った凶行。馬鹿な、後ろからの殺気など感じなかったのに。

 

足が止まって血が流れ出す右胸を抑える。カンパネルラはニヤリと笑って後ろの方へ跳び跳ねた。理解しがたい現象。うずくまりそうな体を支えて、とにかく治療を?

 

 

「え?」

 

「ふふ、楽しんでもらえたかな?」

 

 

傷は無かった。あれだけ鮮明に見えた血液はどこにもなくて、ただ胸を抉るような疼痛だけがジクジクと私を苛む。理解する。なるほどこれが、

 

 

「幻術ですか…」

 

「正解。すごいでしょ?」

 

「確かに、しかしこの痛みは本物です。狙えば、心停止だって可能じゃないですか?」

 

「ふふ、どうだろうね」

 

「何故、追撃しないのですか?」

 

「言ったでしょ、君を勧誘しに来たんだって」

 

 

そうして彼はもう一度、フィンガースナップをする。すると、世界が歪みだした。何らかの導力魔法か、あるいは幻術か。その行為に殺気を感じることは無かったが、しかし先ほどの事もある。

 

私は警戒して剣を納刀する。すると、世界そのものの気配が変化しはじめる。そうして世界は異世界に塗り替えられた。

 

 

「またこれですか」

 

「ようこそ。これで二度目かな。ほら、あんまり手の内を周りに見せたくないしね」

 

「周囲の観客の方々は? 会場が混乱しているかもしれません」

 

「ああ、今頃僕と君との戦いを見ている頃だと思うよ。まあ、時間の流れも外とは違うんだけど」

 

「そちらは幻術ですか」

 

「正解。昨日は話を信じてもらえなかったから、ちょっとしたデモンストレーションをと思ってね」

 

 

再びフィンガースナップ。すると、少年の両隣で火柱が立ち上り、そうしてそこから二体の巨大なロボットが現れた。

 

向かって左には人型二足歩行の肩に機関銃を備えた、盾のような装甲を持つ両腕と短いながらも頑丈な足の、どこかユーモラスにも見える鈍重そうな巨大な胴体を持つ、全体的に四角いという表現がぴったりな鉄色のロボット。

 

もう一つが宙に浮く、双腕にも似た円盤状の部位を持つ特殊な鋼色の機体。片方よりも小さくて装甲も薄そうだが、その分機動性が高そうだ。

 

そしてこの二つのどちらもが、今のZCFの技術では再現できないだろうロボットである。もしこれが自律的に戦闘などをこなせるとしたら?

 

 

「これは幻術…じゃない?」

 

「ヴァンガードとソリッドシーカーっていってね。《結社》で運用しているオーバーマペットさ。どうだい、ちょっと相手をしてみないかな?」

 

「やはりそう来ますか」

 

 

剣を構える。まずはあの軽そうな機体から潰しておこうか。そう思った瞬間に、再び少年がフィンガースナップをした。足を銃で撃ち抜かれたような幻想。

 

私の動きはその幻術によって阻害され、初動が遅れてしまい、ロボットが先に動き出す。

 

 

「ふふ、いきなり壊されてもつまらないから。それに手出ししないなんて約束はしていないよね」

 

「そう…ですね!」

 

 

人型ロボット・ヴァンガードの機関銃が火を噴く。私はそれを避けるとともに、抜刀を行った。先ほどのお返しだ。

 

飛ぶ斬撃がカンパネルラに襲い掛かる。それに少年は驚き、避けるものの、脇腹に傷をつける。宙に浮く機体・ソリッドシーカーはその間にヴァンガードの後ろへとまわった。

 

カンパネルラを先に倒すことは難しい。ならば先にあのロボットを破壊すべきだろう。初動が防がれてソリッドシーカーを破壊する機会は逸してしまった。

 

ならば、あの鈍重なロボットを先に黙らせる。ヴァンガードの背中からいくつもの小型擲弾が発射された。私はそれを置き去りにして一気に接近を行う。

 

 

「ふっ」

 

 

機銃掃射。稲妻の歩法でそれを巧みに回避しながら接近を行う。避けられないものは剣でその弾丸を斬り、軌道を変える。そして、一気にその腕ごと機銃を叩き斬った。

 

それでもヴァンガードはもう片方の腕で私を殴りかかってくるが、私はそれをかいくぐり、鈍重な足を斬り飛ばす。

 

すると、ヴァンガードの様子がおかしくなる。私は危険を察知して後退しようとしたその時、後方にいたソリッドシーカーが導力魔法を発動させた。

 

それは見たことのない魔法。どこかレグナートが使用したものによく似た、強力な重力を伴う強烈なアーツ。

 

 

「ああっ!?」

 

 

強烈な潮汐力が私の体を引き裂こうとする。様子のおかしなヴァンガードを中心に強烈な引力が私を逃さない。そして同時にヴァンガードが光を放った。

 

次の瞬間、強烈な爆轟が私を襲う。自爆。私はその強烈な衝撃に吹き飛ばされて、ボールのように跳ね飛ばされる。

 

 

「あら? 大丈夫? 死んでない?」

 

「ぐ…、しくじりました」

 

 

爆発の威力は制限されていたのだろう。しかし身体が悲鳴をあげる。身体の内部には導力魔法による潮汐力が大きな負担をかけた。

 

そして外側は爆発による破片が突き刺さり、氣による強化が無ければ大怪我、意識を失っていたかもしれない。甘く見ていたわけではないが、あんな導力魔法は初めて見た。一点に空間の歪みを生み出し、重力を発生させる。

 

それは『空』の属性に関わる導力魔法だ。現行の戦術オーブメントには搭載されていない『空』の属性の魔法。あの機械はそんなものを使用して見せた。

 

なるほど、デモンストレーションとしては完璧じゃないか。身体は動く。戦術オーブメントを駆動させて水属性の回復魔法を発動させる。

 

 

「油断しました」

 

「へぇ、カワイイのに肝が据わってるね」

 

「うっさいです」

 

 

回復魔法が傷を癒す。限定的だ。私は体に刺さった破片を抜いて力場で出来た床に放り投げる。再びソリッドシーカーが導力魔法を駆動し始める。

 

戦術オーブメントによる魔法攻撃すら可能とするほどの高度な機能を持つロボット。しかも、その魔法は未知のものときた。

 

 

「いいでしょう、出し惜しみは無しです」

 

 

次の瞬間、私は一気に加速した。世界を置き去りにして、そして敵すらも置き去りにする。私はソリッドシーカーのさらに後ろで停止した。

 

裏疾風。風の刃に宙に浮くロボットは切り刻まれ、四分割される。そして案の定そいつは爆発を起こして散った。厄介だがロボット兵器に自爆機能を付けるのは合理的かもしれない。信頼性が確保されればだが。

 

 

「あはは、速いねぇ。流石は《剣仙》の弟子をしているだけのことはあるのかな?」

 

「貴方たちへの認識を改めました」

 

「ふふ、こんな玩具だけど気に入ってくれたみたいだね」

 

 

未知の導力魔法を使用するという事はつまり、彼らが戦術オーブメントを独自開発していることを意味している。

 

これは重大な事実だ。それが可能なら、この世界の十年来の常識がひっくり返されてしまう。何故なら、そんなことを出来るのは本来エプスタイン財団のみだからだ。

 

戦術オーブメントは身体能力の向上と様々な導力魔法の使用を可能とし、結晶回路(クォーツ)を自分で付け替え、組み合わせることによって、その状況に即した導力魔法の使用を可能とする、臨機応変に状況に対応するすばらしい武装だ。

 

それ故に構造や導力魔法の発動機構は極めて精密かつ複雑で、そのリバースエンジニアリングは各国においても遅々として進んでいない。

 

それ故に現在の所、エプスタイン財団が開発・生産・販売を独占的に行っており、競合する勢力は存在しないのだ。

 

よって戦術オーブメントが行使できる導力魔法はエプスタイン財団がオーブメントの機構の中に組み込んだ特定のものだけだ。

 

これはエプスタイン財団からリストとして公表されており、故に未知のアーツが存在することは通常ありえない。

 

しかしあの機械は未知の導力魔法を行使した。そしてあれは幻術ではなかった。ならば、示される答えは限定される。

 

1つは戦術オーブメントには隠された機能が存在する可能性。もう1つが、彼らの組織が独自に戦術オーブメントを改造、あるいは開発・生産を行っている可能性。

 

そしてあのロボット兵器。あれが自律して動いているかは正確には分からないが、少なくとも目の前の少年が操作しているようには見えなかった。

 

地上戦をこなすロボット兵器というだけでも既にXのいた世界の軍事技術を凌駕している。さらに自律性のある人工知能を搭載しているとしたら、それは途方もない話だ。

 

 

「興味を持ってもらえたようだね。うれしいよ」

 

「貴方のこの前のプレゼンテーションでしたか? あれは信じましょう。だからこそ信用できないことがあります。貴方たちは何を目的に動いているのですか?」

 

 

ロボット兵器というのは驚異的だ。だからこそ、あの兵器に見られる無駄が気になる。無人兵器ならば素直に無人の戦車や武装飛行艇を作った方がいい。

 

多脚戦車でも構わないが、二足歩行のあのヴァンガードという機体は無駄が多すぎる。明らかに機動性が低そうだし、そもそもあんな鈍重な二足歩行ロボを作る意味が分からない。

 

ソリッドシーカーは兵装と装甲が貧弱すぎる。あれだけの機体を作れるなら対戦車ロケット兵器ぐらい積載可能なはずだ。

 

アーツを運用可能であることは驚嘆すべきことだが、それ以外に兵装が見当たらないというのも少しおかしな話だ。しかし、あれだけの容量に反重力発生装置を組み込むことは現行のZCFの技術でも不可能と言っていい。

 

あんな非効率なモノを生産する彼らの組織が理解できない。そして彼らの私に出した条件も理解できない。一切の拘束を行わない契約に何の意味があるのか。

 

あらゆる意味で彼らの組織がどのような構造をしているのかが理解できなかった。それはまるで、一つの理想を本当に信じているかのような。

 

 

「狂信者の集団というわけでもなさそうですね」

 

「ふふ、酷い言いぐさだよね。でもまあ、それはあながち間違いでもないかもね。僕らの盟主(マスター)に会ってくれれば話は早いんだけど」

 

「それだけの技術があれば資金源にも困らない…、いえ、まさか、ヴェルヌやラインフォルトだけではなく、ZCFやエプスタイン財団すらも影響下に?」

 

 

まだ傷が完治していない。回復魔法を重複使用して治癒を行う。話に付き合うのは時間稼ぎの意味もあるが、カンパネルラはその事を理解したうえで会話に乗っているようだ。

 

彼にとっては私との勝負は重要ではなく、私を勧誘することこそ本来の目的なのだろう。

 

 

「安心して、ZCFには関わっていないよ」

 

「あまり信用できませんが」

 

「さあ、信じるか信じないかは君の勝手だよ。まあ、僕らの一員になってくれたなら知る機会はあるかもしれない」

 

 

これだけの機械や、おそらくは巨大な武装飛行船を運用するには莫大な資源と人員が必要だ。そして資金も当然必要となる。国家のバックアップがあるとすればどの国か。

 

いや、国家が絡んでいるならその国は今頃大陸の覇権を握っているはずだ。アルテリア法国? いや、馬鹿な。

 

超国家的な組織だとすれば金融に根を張っている可能性がある。だとすればクロスベル国際銀行などが怪しいか。なんらかの国際資本を隠れ蓑にしている可能性は高い。

 

だとすれば目的は利益を出すことだろうか。一見無駄の多いロボットは下部組織の研究機関が作成した試作品のようなものか?

 

 

「一つだけ聞きます。貴方の組織はこの国に害をもたらしますか?」

 

「ふふ、痛いところをついてくるね」

 

「そうですか。理解しました」

 

「エステル君はそんなに愛国心が強かったかな?」

 

「私の好きな人たちが不幸になるなら、そんな選択を選ぶことは出来ません」

 

 

目的のために民間人に犠牲を強いるのは国も同じだったりする。研究に携われば分かるが、医療においては非人道的な人体実験が不可欠であり、戦争や開発においても何の罪もない民衆を犠牲にすることはよくある事だ。

 

それでも、私が拾うと決めた人たちだけは拾いたい。

 

 

「君の判断次第なんだけどね。君が僕らに協力してくれるなら、この国にとっても良い方向に事態を収束させることもできる」

 

「何をするつもりなのかと聞いても、答えないのでしょう」

 

「君が僕らに協力してくれると約束してくれたら話すよ」

 

「胡散臭いです。私の道は私が決めます。お帰り願えませんか?」

 

「ふふ、この場で君を納得させるのは難しそうだね」

 

「不可能です」

 

「でも、手ぶらで帰るのも面白くない。もうちょっと遊んでいこうかな」

 

「……一人で勝手に遊んでいてください」

 

「つれないなあ。一緒に遊ぼうよ。せっかくの武術大会だ」

 

「なら、打ち倒します」

 

「ふふふ、君に僕が倒せるかな、なんてね」

 

 

道化師は嗤う。私は改めて剣を構えた。

 

 

「では改めて、行きます」

 

「うふふ、おいで御嬢さん」

 

 

回復の導力魔法(アーツ)で傷は塞がっている。ダメージも氣脈の流れを調整して残してはいない。あとで反動が出るかもしれないが、一晩眠れば回復するだろう。

 

丹田から氣を練り上げる。麒麟功。体内を巡る力がその潜在能力を強制的に引き上げた。相手を格上と判断して動く。

 

莫大な氣の力を足に集めて一気に加速する。この程度の距離なら一足だ。大気を置き去りにして距離を超越する。

 

しかしカンパネルラは笑いながら指を鳴らした。前方からの悪意は魔弾となって、回避を許さぬ幻の銃弾が私の左足を吹き飛ばした。血が噴き出て、激痛が脳を苛む。

 

 

「はっ」

 

 

私は無理やり笑う。これも幻覚だ。悪意は確かに足に向いていたが、物理的にそんな技はあり得ない。あったのなら、始めから勝てないのだから諦めろ。

 

足は必ず存在する。止まらない、止めない、止まらせない。私は一気に、失った足を無視して剣を抜き、そしてカンパネルラに向かって振り抜いた。

 

 

「あはっ、すごいや」

 

「余所見している場合じゃありませんよ!!」

 

 

失ったはずの足で大地を踏みしめる。存在する。ならばいけるだろう。私はそのままの勢いでカンパネルラを蹴り飛ばした。

 

 

「あだっ!?」

 

 

全力の蹴りがカンパネルラの顔面を捉え、彼はボールのように跳ねながら吹き飛んでいく。私は構わずそれを追う。カンパネルラは口から滲んだ血を腕で拭き取って、にやりと笑った。

 

 

「ならこれでどうかな?」

 

「導力魔法(アーツ)っ、させない!」

 

 

カンパネルラの導力魔法発動を察知する。私は一気に駆け抜けて距離を詰める。戦術オーブメントの駆動には時間がかかる。

 

強力な魔法ならばなおさらだ。私の追撃は戦術オーブメントの駆動よりも早く、カンパネルラの目前にまで迫る。だが、

 

 

「速いね。でもダメ。ちょっと席替えをしようか。シャッフルシャッフル」

 

「え?」

 

 

カンパネルラのフィンガースナップ。その瞬間、私は目を疑った。目の前にいたはずのカンパネルラはおらず、背後のずっと向こう側にその気配を改めて感じとる。これは、テレポーテーション?

 

拙い、戦術オーブメントの駆動が終わる!

 

 

「しまっ!?」

 

 

周囲に炎の蝶が舞いだした。こんな導力魔法は知らない。だけれども、異様なほどに危機感、怖気を感じる。これは拙い。これを喰らったら、すごく拙いことになる。

 

私は懸命にその場所を離れようと横に跳躍する。次の瞬間、光が閃き、轟音とともに炎の蝶たちが引火し、猛烈な熱と爆風を伴って誘爆した。

 

 

「あ、く…ぁ……」

 

「ちょっとやりすぎちゃったかな?」

 

「まだ…です」

 

「おや?」

 

 

水属性の回復魔法を発動させる。テレポーテーションの直後に駆動させていたもので、多少であるが私の体力を回復させ、傷を癒した。

 

しかし火傷が酷い。肌が焼けつくように熱く、痛い。直撃こそ逃れたが、あと少し遅ければやられていた。なんとか立ち上がる。まだ体は動く。

 

 

「うわっ、君本当に9歳なの? 僕と同じでサバよんでない?」

 

「うっさいです。…いきます」

 

 

敵は遠いが、八葉一刀流においてこの程度の距離など問題にならない。私は刀を構えて、彼は腕を突き出して指を鳴らす仕草を行おうとする。

 

精神集中は完璧。この場所は理解した。一気に私は加速して、大気を切り裂く電光のような高速移動を開始する。

 

 

「おっと。すごいっ、もっと速くなるんだ♪」

 

 

フィンガースナップ。次の瞬間、強烈な勢いの炎が私の周囲を舐めるように覆う。私の体を炙る超高温。私はたまらず顔を腕で覆うが、それでも熱は収まらない。

 

だがこれは逆に好機だ。炎は私を覆い尽くし、彼から逆に視認しづらくする。そうして私は切り札を使用した。

 

 

 

 

少女を幻影の炎が包み込んだ。炎は幻。しかしその熱と痛みは本物以上に相手を苛むだろう。それでもエステル・ブライトは突進を止めない。

 

恐るべき速度だ。猟兵団を一個小隊ほど殲滅したらしいが、この分だと本当に戦闘能力だけでも執行者に達してしまうだろう。カンパネルラは本気でそう思った。

 

 

「これでもダメか。なら、こういう趣向は…、え?」

 

 

その時、カンパネルラは目を疑った。目の前にいたはずのエステル・ブライトの姿がどこにもないのだ。そう、この空間は自分が生み出したものなのに、彼女の姿はどこにも見えない。まるで炎と共に蒸発してしまったかのように。

 

馬鹿な、ここは僕の体内と同じだ。にも拘らず、その姿はどこにも見えない。その動揺が、彼に致命的な隙を生み出した。

 

 

「あ…がっ!?」

 

 

突然の一撃がカンパネルラの胴に叩き込まれた。強烈な衝撃。メキメキという生々しい肋骨が粉砕される音を立てて、その重い一撃はカンパネルラの横腹を抉った。

 

それは完全に致命的な一撃。その一撃を喰らってカンパネルラは弾き飛ばされ、地面に転がって、横たわった。そうして彼が生み出した特殊な空間が元の世界に還っていく。

 

 

「私の勝ちです」

 

「ヒュー…、ヒュー…、かはっ、なんて…、すごい…や。この僕が…して…やられるなんて」

 

 

少女がカンパネルラの首に刀を突きつけた。呼吸もままならない。完璧にしてやられた。それは、まったく気配すら感じさせずに放たれた一撃。

 

何が起きたのか、何をされたのか。とにかく分かるのは峰打ちというには強烈過ぎる一撃を横腹に喰らったことだけだった。

 

 

「あ、あはっ、…これは、僕の負けだね。こ、降参だ」

 

 

そうしてカンパネルラは大の字になって芝の上で寝転がった。

 

 

 

 

 

 

「エステルっ、大丈夫なの!?」

 

「あ、はい。導力魔法(アーツ)は便利ですね、火傷も痕も残らずに治ってしまいました」

 

 

攻性幻術による痛みも、あの爆発による火傷も『水』属性の回復魔法により完治している。こういう点において導力魔法(オーバルアーツ)という存在はありがたい。

 

まあ、私を怪我させたのもアーツなのだけれど、あの炎の蝶が誘爆するという魔法は今まで見たことも聞いたこともない。

 

 

「いったい何があったのよ。一進一退の戦いをしてたと思ったら、いきなりアンタたちの位置が変わって、アンタは火傷、ジョバンニって奴は倒れてたし」

 

「それは幻術です」

 

 

観客の多くからはそのように見えたらしい。その辻褄の合わない試合のせいで、試合後は観客席がざわめいて、動揺した空気が流れていた。

 

主審のヒトも酷く狼狽した様子で、最終的には冷静に審判してくれたが、かなり戸惑っていた様子だった。

 

 

「エステル、あの中で何が起きていた?」

 

「見たこともない幻術や導力魔法を使用されました。おそらくは手の内を大勢に知られたくなかったんでしょう」

 

「なるほどの」

 

「それだけか?」

 

「はい」

 

 

ごまかす。彼らの組織が予想以上のものならば、話せば、私以外の人たちが動けば、それだけで知人が危険にさらされるかもしれない。それだけは出来ないから、今は私の胸の中にしまっておこう。

 

もし私だけで対処できないと思ったのならば、父に相談しなければならないだろうが。

 

彼らの技術力は瞠目すべきものだ。そして彼らの組織にはカンパネルラのような使い手が大勢いると考えていい。

 

そして彼らはこの国に、リベール王国に害をなすのだと言う。ならば備えなければならない。対国家だけではなく、超国家的な武装組織への備え。超技術への対抗策。

 

 

「導力だけに頼るのはもしかしたら危険かもしれませんね」

 

「何か言った、エステル?」

 

「いえ、帰りましょうか。明日は決勝戦ですし」

 

「そうだな。栄養があって消化のいいものを食って、ゆっくりと休むといい」

 

「カレーなんてどうですか? 西街区に美味しいカレーを出すお店があるそうです」

 

 

そうして私たちは西街区へと向かう。ちょっとスパイシーなカレーライスに舌鼓を打って、私はその時だけは難しいことを忘れて楽しむことにした。

 

 

 

 

 

 

「いやいや、まいったね。酷い目にあったよ。あの歳であそこまでできるなんて。《漆黒の牙》君よりも強いんじゃないかな」

 

 

道化師は笑う。強烈な一撃は複雑骨折を彼にもたらしたが、それほど体には響いていないらしい。いや、単にやせ我慢の可能性もあるが。

 

道化師は建物の上から月を背にして王都を見下ろす。王都はいまだ喧騒が止まず、都市は生き生きと光を放っていた。

 

 

「でも、やっぱり、彼女は良いな。我らが盟主が目を付けるはずさ。これはもしかしたら、《執行者(レギオン)》じゃなくて《蛇の使徒(アンギス)》にするおつもりかな?」

 

 

道化師は今日の事で少女をますます気にいったらしい。予想外の行動をする存在を彼は好んだ。

 

適当なところで煙に巻いて降参しようかと思っていたが、予想外の実力につい本気を出してしまい、そして負けてしまった。

 

いや、最初から殺す気なら倒せたが、相手もその気だったら勝負はわからなかったかもしれない。

 

特に最後の技はすばらしかった。あれは止められない。本来は彼女の頭脳をあてにしてのスカウトだったが、あれはあまりにも予想外だった。盤を覆された。

 

こんなに楽しいことは無い。こんなに愉快な事はない。勧誘にも力が入りそうな、そんな気分。

 

彼女はエレボニア帝国では『空の魔女』なんて呼ばれている。帝国にとっての災厄となった兵器をこの世に生み出した魔女。

 

『空の女神』と対比されたその呼び名によって、彼女は帝国軍や王侯貴族たちに半ば怪物のような扱いを受けている。

 

沢山の人間を殺し、しかし彼女自身も愛する母親を凄惨な形で奪われた。彼女に関する最新の精神分析においては、彼女が特に力を志向している事が分かっている。

 

その分かりやすく破壊的な傾向は、自分たちの《結社》と親和性が高いと見られていた。

 

 

「今度は博士に頼んで、もうちょっと本格的なプレゼンテーションをしないとね。でも《福音計画》の事もあるし、どう転ぶか分からないなぁ」

 

 

リベール王国を舞台に行われる予定の計画は案の定彼女の機嫌を損ねたらしい。

 

精神分析では愛国心や国家への忠誠心は高いとは言えないものの、王国軍や王家との関わりを深めている彼女が、王国を一時的にでも危機に晒す計画に賛同する可能性は低かったのだけれど。

 

だが彼女を計画に抱き込めば、計画の精度は極めて高いレベルで進行することができるだろう。彼女に配慮した計画の立案をなせば、彼女は乗ってくる可能性もあると見ていた。

 

計画の在り方によっては、リベールを一時的にでも大陸最強の国家に変貌させることも出来るだろう。

 

そう思っていたのだが、ちょっと信用が無かったらしい。

 

 

「まあ、彼女が敵にまわっても、それはそれで面白いかもね」

 

 

そうして道化師は再び笑い、次の瞬間にはどこにもいなかった。

 

 

 

 

 

 

最終日。決勝戦が行われるということで、グランアリーナは昨日以上の熱気に包まれていた。相手はなんというか予想通りモルガン将軍。

 

もう結構な歳なのに参加した王国軍の将兵や遊撃士たちを全員まとめてぶっとばして決勝に危なげなく進んできた。

 

王室親衛隊の隊長という人すら倒してしまうあたり、なんというかリベール王国軍は大丈夫なのかとさえ不安になってしまう。

 

老将軍を止められないとか、逆に軍の恥じゃないだろうか。まあ、リシャール少佐やシード少佐といった、かなりの使い手がいることは知っているが。

 

ちなみに彼らは試合には出ていない。二人ともそこまで自己顕示欲が強いわけではないからだ。

 

そういうわけで、大抵の武術大会はモルガン将軍の独壇場になるらしい。まったく年甲斐の無いお爺さんである。手加減すればいいのに。

 

 

「あのハルバード、当たったら痛そうです」

 

「何弱気になってるのよ。ここまで来たら優勝でしょっ」

 

「簡単に言わないで下さいよシェラさん。昨日は相当苦労したんですから」

 

「でも、相手はお爺さんなんだし」

 

「ユン先生を前にして言える事じゃないですよね」

 

「まあ、そうね」

 

「大丈夫だよエステル。エステルは強いんだから!」

 

「あはは、ありがとうございますエリッサ」

 

 

エリッサとシェラさんに応援されながら、私はみんなと分かれて控室に向かうことにする。その前に、私はユン先生に一礼をした。

 

 

「行ってまいります」

 

「うむ、勝て」

 

「はい!」

 

「父には何の言葉もないのかエステル?」

 

「…行ってきますね、お父さん」

 

「おう、行って来い!」

 

 

そうして私は競技場へと進む。喝采や多くの人たちの声が私を出迎えて、私は青い芝生の上をゆっくりと歩いた。

 

向こう側からは髪や髭が白くなったものの、見る者を威圧するような剛健さを兼ね備えた老将軍が巨大なハルバードを手にして、同じように歩いてきた。

 

 

「お久しぶりです。こうして直接言葉を交わすのは数カ月ぶりですね、モルガン将軍」

 

「壮健のようだな、エステル。しかし嘆かわしい。この場に残ったのがわしのような老人とお主のような年端もない女子とは。王国軍の錬度は地に落ちたか」

 

「リシャール少佐やシード少佐が出場していませんから。お二人がいれば、結果も変わっていたことでしょう」

 

「そう祈るしかないな。じゃがやはり情けない。王室親衛隊も出場していたのだろう」

 

「将軍がその隊長を倒してしまったじゃないですか」

 

「うむ、奴はなかなか見込みがあったな。負けてやってもよかったが、お主との試合が少々楽しみであった。年甲斐もなくな」

 

「将軍は元気ですね。いつまでも軍に残っていてほしい所ですが」

 

「ふん、そんなことが不可能なのは端から承知しておる。カシウスの奴がいれば、わしも安心して軍を退けたものを」

 

「いろいろありましたから。それに、あのお二人は見込みがあるのでしょう」

 

「親衛隊にもう一人、気骨のある者がいるというが。お主が倒してしまった」

 

「ユリアさんですか。彼女の剣は確かに速かったですね」

 

「士官学校では戦技において一位だったようじゃが。ふん、まあ良い。始めるとするか」

 

「分かりました。全力でお相手いたします」

 

 

老人と子供。異例尽くしの武術大会決勝戦。主審が前に出て咳ばらいをした。

 

 

「コホン、これより武術大会、決勝戦を行います。両者、開始位置について下さい」

 

 

少しだけ距離を取る。対してモルガン将軍は前に出たままハルバードの石突をズシンと芝生に打ち付けた。

 

 

「空の女神(エイドス)も照覧あれ…。双方、構え! 勝負始め!」

 

 

号令と共に私と将軍は同じタイミングで踏み込んだ。しかし、その速度は私が上回る。高速の抜刀をもって、私はハルバードを上段に構えたモルガン将軍の下半身を薙いだ。

 

しかし、その一撃は即座に引きもどしたハルバードの柄にぶつかる。峰打ちを狙った剣にこれを断つ力はなく、そして腕力においては将軍が私を上回った。

 

 

「軽いぞ!」

 

 

結果として私の一撃は弾かれ、そのまま将軍は突きを放ってきた。私はそれを体を横にそらすことで回避する。

 

そのまま私は長物の苦手な至近距離に入ろうとするが、将軍が豪快に石突側で横に薙いできて、これを防がれた。次に私は下段からの逆袈裟斬りを放つ。斧の部分で防がれる。

 

 

「せぇい!」

 

 

将軍は間髪入れずに飛び上がり、上段からの強烈な振り下ろしを放ってきた。流石にその一撃を刀では受けきれないと判断して、私はバックステップで一気に距離を取った。

 

強烈な一撃が大地にめり込み、芝の土を抉り、円形のクレーターを作り出す。私はすぐさま納刀し、そして氣を練って一気に抜刀した。

 

 

「行け!」

 

「ぬうっ、甘いわ!!」

 

 

飛ぶ斬撃。大気を切断する衝撃波が将軍に迫るが、将軍は同じように氣を練っていたのか、その闘気をハルバードによる突きで解き放った。

 

将軍の目の前で互いの放った衝撃波が中空でぶつかり、爆発音が鳴り響く。強烈な爆風が生じるが、将軍にひるむ様子はない。私はすぐさま将軍の懐に飛びこんだ。

 

 

「裏疾風」

 

「ぐおっ!?」

 

 

稲妻のような軌道を描く歩法。私の一太刀を将軍はなんとか受け止めものの、彼の背後に回った私の一撃を止めることは出来なかった。峰打ちが強かに将軍の右腕を打ち据える。

 

本当は肩から袈裟斬りを狙っていたのだが、間一髪で腕を入れられた。剣撃と共に放たれた風の刃が将軍の体を切り刻む。

 

 

「大丈夫ですかモルガン将軍?」

 

「さすがじゃな。腕の骨にひびが入ったぞ」

 

「まだ戦えますか?」

 

「ふっ、馬鹿にするでない。篭手を装備していなければ危なかったがな」

 

「まるで中世の騎士のような防具ですね」

 

「かつては胸甲を着込んでいたものじゃがな」

 

 

ハルバードなどの白兵戦用の兵装は導力銃や導力砲の普及により時代遅れとなり、そして戦車の登場で戦場からは駆逐された。

 

それでもこうやって銃を装備する歩兵を上回る戦闘が行える者たちがいるからこそ、この世界では剣や槍などの活躍場所が残っている。不思議な世界だ。

 

 

「では行きます」

 

「来い」

 

 

袈裟斬りより入る。懐に入った瞬間に薙ぎが来ることを予想して、そのまま将軍の背後に回り込む。そのまま剣の間合い、ハルバードには近すぎる間合いを保って連撃を叩き込む。

 

将軍は上手くこれを捌いていくが、幾らかは受け漏らしてしまい、将軍の体に手傷が増えていった。

 

私は上手く距離を取り、特殊な歩法で死角に移動し剣を振るう。終始私のペースかと思われたが、ここで将軍が咆哮を上げた。

 

 

「ぬおおおぉぉっ!!」

 

「くぅっ!?」

 

 

強烈な横一線の薙ぎ。苦手な距離にも拘らず、その薙ぎは将軍の周りに円を描いて死角を消し、強烈な一撃に私はそれを剣で受けざるをえない。

 

私はバックステップにより衝撃を殺すが、それでも強烈な膂力を背景に放たれた一撃に私の両手は痺れてしまう。純粋な力ではどうしても将軍には敵わない。私はハルバードで吹き飛ばされて5アージュほど投げ出された。

 

 

「ぬううぅん」

 

「おっと」

 

 

強烈な横薙ぎのすぐあと、将軍が間髪入れずその年齢を感じさせない速度で跳躍、強烈な闘気を纏ったハルバードによる上段を叩き付けてくる。

 

あれは受けては拙いと横に飛ぶが、その圧倒的なパワーが籠められた一撃は、榴弾でも着弾したのではないかという強烈な爆風じみた衝撃波を周囲に解き放った。

 

 

「これは…」

 

「ぜいやぁ!!」

 

 

これは遊撃士のクルツという人を屠った連撃だ。先ほどの強烈な衝撃波により足が止まってしまっている。私は迫りくる横一線に対して回避できないことを悟り、むしろ迎撃することを選択する。

 

身体を弓のようにしならせた形で力を溜め、そして体内の氣を剣先へ螺旋に集束させ、そして迫るハルバードの斧に対して一撃の突きを解き放った。

 

 

「ぬぉぉっ!?」

 

 

超圧縮された氣は螺旋を描いて剣を包み込み、そして放たれた一閃の突きはハルバードと激しく衝突する。

 

衝突の瞬間に剣先で爆発的な氣が解放され、ハルバードの斧との接触面で激しい火花を散らし、そして斧の一部を破砕したかと思うと、そのままハルバードを将軍の手から弾き飛ばしてしまった。

 

 

「八葉一刀流・六の型《竜牙》。私の勝ちです」

 

 

私は将軍の首に剣を突きつけた。大きなハルバードは宙を回転しながら、十アージュほど向こう側まで飛んで、そして芝生の上に突き立った。

 

ハルバードの斧の部分は抉られて砕けている。武器を失ったモルガン将軍はしばし呆然としていたが、ふっと笑みを浮かべる。

 

 

「なるほど、ここまでとは。ユン・カーファイ殿は相変わらずでいらっしゃる」

 

「元気な老人です。この大会に出ろと言ったのも先生でしたし」

 

「見事。わしの負けだ」

 

「勝負あり! エステル・ブライト選手の勝ち!」

 

 

モルガン将軍が両手を上げたとともに、主審が私の勝利を宣言する。観客席からは歓声と拍手の津波が溢れ出し、少しばかり私を唖然とさせた。

 

勝った。優勝してしまった。その事を正確に理解するのには少しばかりの時間がかかってしまう。なんというか、少しばかり現実感がないというか。

 

 

「どうした、エステルよ。表彰が始まるぞ」

 

「あ、はい。そうですね」

 

 

そうして将軍は笑って私の頭に手を置き、そして踵を返した。壊れてしまったハルバードを引き抜くと、控室の方に去ってしまう。

 

私はそれを見送ると刀を鞘に納め、そして家族とシェラさん、そしてユン先生がいる場所を向いてお辞儀をし、そして観客の人たちにもお辞儀をした。

 

何かカワイイとかそういう声も聞こえてくるが、まあそれはそれとして表彰式が始まる。審判たちと共に現れたのはリベール王家のヒトで、護衛を連れてやってきた。王族のヒトは優勝を記念する盾と

 

 

「エステル・ブライト選手、どうぞ前にお進みください」

 

「はい」

 

「これは可愛らしい剣士だな。君があのエステル・ブライトかね?」

 

「どのエステル・ブライトのことを仰っているかは分かりませんが、私の名がエステル・ブライトであることは間違いありません」

 

「はは、なるほど。リベール王国きっての頭脳が、リベール王国最強の剣士というわけだ。おめでとう。エステル・ブライトに賞金10万ミラと優勝賞品グラールロケットを贈るものとする!」

 

「ありがとうございます」

 

 

そうして優勝トロフィーが護衛の人から手渡された。少し大きなトロフィーで、私の顔が隠れてしまうほどだけれど、持てない程の重さじゃない。

 

 

「だ、大丈夫かね?」

 

「はい、これぐらいなら片手で」

 

「ふむ、意外と軽いのか」

 

 

いえ、一般の常識から言えば重いと思います。そんなちょっとずれた感想を王族の人は言って、改めて笑顔に戻った。

 

 

「そなたに《空の女神》の祝福と栄光を!」

 

 

喝采がグランアリーナを包み込んだ。

 

 

 

 

 

 

「エステルっ、おめでとう!!」

 

「ありがとうエリッサ」

 

「すごいわねぇ、本当に優勝しちゃうなんて。アンタ、やっぱり先生の娘というか、何者なのかしら? 歳とか詐称してない?」

 

「失礼ですね。れっきとした9歳の少女です」

 

 

エリッサが相変わらず飛びつくように抱き付いて来て、私は彼女を抱えて勢い余って横に一回転のターン。シェラさんは笑いながら、なんとなく褒めているのか貶しているのか分からない評価を言葉にする。

 

そして父は私の頭の上に手の平を置いて笑った。

 

 

「よくやったな、エステル。もしかしたら、お前は俺を超えるかもしれん」

 

「さあ、どうでしょうか」

 

「お前にはアレを渡してもいいかもしれんな」

 

「アレですか?」

 

「ああ、優勝祝いだ。楽しみにしていろ」

 

 

父はそんな意味深な言葉を口にする。何か特別なプレゼントをしてくれるのだろうか。

 

まあ、今考えても仕方がないかと思い、私は改めてユン先生に向かい合う。先生の課題である大会の優勝を手にした。彼からどんな言葉を貰えるのだろうか。

 

 

「ユン先生、勝ちました」

 

「うむ、見事じゃった。これならば、わしも安心してお主に奥義を伝えることができる」

 

「奥義ですか?」

 

「うむ、もはやお主に教えるべきことはほとんど無い。わしはお主に奥義を伝えたのち、再び旅に出ようかと考えておる」

 

「旅…、もう剣は教えていただけないのでしょうか?」

 

「教授すべきは与えたといったじゃろう。あとはお主自身の力で剣を研鑽するとよい。まあ、たまには見てやらんこともない」

 

 

私は少し唖然として、そして頷いた。ユン先生の教えが受けられなくなるのは痛手だった。

 

この2年において私がここまで強くなれたのは間違いなく彼のおかげだったし、彼がいてくれればさらなる高みに昇れたかもしれない。

 

しかし、私の我がままで彼を縛ることが出来ないのも事実だった。

 

 

「分かりました。ですが残りの時間、存分に使わせていただきます」

 

「まあ、いいじゃろう」

 

 

 

 

 

 

「エステルさん、本当におめでとうございます」

 

「ありがとう、クローゼ」

 

 

大会の後、私はお城でクローゼと会っていた。お姫様であるクローゼ、実は武術大会を見学していたらしい。

 

おしとやかな彼女らしからぬ行動だが、それにはそれなりの理由があった。クローゼの傍らに立つ女性の親衛隊員。その肩には一羽の若い白隼が止まっている。

 

 

「私もまだまだ未熟です」

 

「ユリアさんの剣、速くて力強かったですよ」

 

「博士には敵いません。しかし、大変勉強になりました」

 

 

なんと、武術大会で戦ったユリアさんはクローゼお付の護衛兼教育係でもあるらしい。

 

私とクローゼはお城のテラスでテーブルを囲みながらお茶を飲み、ユリアさんはクローゼの傍に控えている。ボーイッシュな彼女はなんというか、幼いお姫様を守る騎士という感じで少しカッコいい。

 

 

「私も剣を習ってみようかしら」

 

「クローゼがですか?」

 

「似合いませんか?」

 

「クローゼが剣をとるのは少しイメージから外れます。ですが、クローゼが習いたいのなら応援しますよ。運動にもなりますしね」

 

 

クローゼが剣を取るというイメージはいまいち想像がつかない。とはいえ、フェンシング程度なら嗜みとして有りだとおもうし、温室育ちという感じの彼女にとってはいい刺激になるかもしれない。

 

 

「そうですね、ユリアさんに教えてもらおうかしら」

 

「私にですか?」

 

「いいんじゃないですか? レイピアなら王族の嗜みにもなりますし」

 

「しかし、私は未熟者ですので」

 

「でも、ユリアさんはクローゼの護衛に抜擢されているじゃないですか。士官学校でも実技ではトップだったんでしょう?」

 

「ジークはどう思います?」

 

「ピューイ♪」

 

「ふふ、ジークもいいんじゃないかって言ってますよ」

 

「お、おいジーク…、まったく」

 

 

ジークと呼ばれた白隼は楽し気に鳴く。この頭が良くて可愛らしい隼はユリアさんのお供で、クローゼともとても仲の良い友達らしい。

 

クローゼはジークの気持ちが分かると言っているが、本当にそうなのか首を傾げてしまう。まあ、否定なんてしないし、私もジークに気軽に話しかける。

 

 

「それとも、エステルさんが教えてくれますか?」

 

「私ですか? あまり頻繁にお城に来ることが出来ないのですが」

 

「ふふ、たまにでいいんです。私、もっとエステルさんと会いたい」

 

 

クローゼが私の手を取って見つめてくる。まあ、同年代の友達が少ないと嘆いている彼女だから、そういう気持ちにはなるのだろう。

 

でも、女王宮に入るのにはアポイントメントが必要だし、そう気軽には来れないのが現状だ。

 

 

「ふふ、クローゼの頼みなら断れないんですが、大人の事情というのが邪魔するんですよ」

 

「つれないですね、エステルさん。あんなに情熱的に私の心を奪ったくせに」

 

「クローゼ、そういう誤解を招く発言は控えてください。ゴシップ誌が喜ぶだけですので」

 

「ふふふ」

 

「そういえば、手紙で今度会う時はダンスを教えてくれると約束していましたね」

 

「エステルさんはダンスは苦手ですか?」

 

「自信はありませんね。剣舞なら得意ですが」

 

「なら、一緒に踊りましょうか」

 

 

そうしてこの日、私とクローゼはお城のテラスの上でダンスを踊る。武術大会の優勝の報告を兼ねた逢瀬。そんなお姫様とのちょっとした身分違いの逢瀬を私は楽しんだ。

 

 

 

 

その夜。

 

 

「エステル、ちょっとそこに座りなさい」

 

「エリッサ?」

 

「お城のお姫様と逢引してたんでしょ。私というモノがありながら」

 

「えっと、逢引というか、単に武術大会優勝の報告ついでに遊びに行っただけなのですが。というか、クローゼは友達ですし」

 

「一国のお姫様を呼び捨てにするのが許されているとか…、それで、何をしていたんですか?」

 

「え、いや、一緒にダンスを踊ったり?」

 

「キーッ、うらやまし…、けしからん! エステル! 私たちも踊りましょう!!」

 

「え、いや、エリッサ!?」

 

 

特にオチはない。

 

 

 






活動報告のアンケート終わりました。スーパークルーズ出来るF-15に決定です。なんだこのオーパーツ。ハイローミックス考えなくちゃいけなくなりましたね。


14話でした。


エステルさんの切り札

・圏境
補助クラフト、CP30、自己、基本ディレイ値2000、ステルス・AGL+50%
周囲の気を感知してこれに同化し、無の境地に達することで自己の気配を完全に消す魔技。

みんな大好きアサシン先生の技そのまんまですね。ただし、一度攻撃したら居場所がばれます。クラフトとしては東方人街伝説の凶手さんの「月光蝶である!」を少しだけ改造したものです。
エステルさんはおっぱいが控えめなので回避が高まります。

・竜牙
攻撃クラフト、CP20、単体、威力130、基本ディレイ値2500、技/アーツ駆動解除・確率30%[気絶]・吹き飛ばし(16マス)
八葉一刀流・六の型「竜牙」。高密度の螺旋の氣を纏う超高速の突きで敵を抉り貫く。

オリジナル技とみせかけて明治剣客浪漫譚の超渋いハスラーさんの技のオマージュ。四の型が突き技なのかは知らん。
原作の方で新しいのが出たら数字が変わるかもしれない。技/アーツ駆動解除が欲しかったからとかそんな理由。



今回はゼムリア大陸西部の各自治州について。原作の中では4つの自治州の名前が確認できます。

それぞれクロスベル自治州、レマン自治州、オレド自治州、ノーザンブリア自治州となっていますが、このうちクロスベル自治州は少しばかり厄介な立場にあります。

これは他の3つの自治州がアルテリア法国を宗主国とし、自治権を認められている半独立国であるのに対して、クロスベル自治州は反目し合うエレボニア帝国とカルバード共和国の政治的な妥協によって、七耀歴1134年に成立した、両大国を宗主国とする自治州という立場を背景にしているからです。


<クロスベル自治州>
上述の通りの背景を持った自治州であり、現在はヘンリー・マクダエル市長とハルトマン自治州議会議長の二人がこの自治州の代表を務めています。

このトップが二人というのも両大国による思惑で生み出されたもので、この自治州の政治基盤の不安定さの象徴と言えるかもしれません。

エレボニア帝国とカルバード共和国の係争の主な理由はこの地に埋蔵される大規模な七耀石の鉱脈にあります。

マインツに埋蔵される七耀石の鉱山を巡って両国は常に対立しており、現在の所、両国が自治州境界で大規模な演習を行うなど極度の緊張状態におかれているようです。

このため自治州議会はエレボニア帝国の意向を汲む議員と、カルバード共和国側の議員、そして中立の少数の議員に分かれており、両国による政治的な綱引きの結果として政治腐敗が横行しています。

また、裏社会では両国の有力者の不正の片棒を担ぐマフィアが議員の圧力を背景に大腕を振って蔓延るなど治安も良いとは言えません。

こういった政治的・軍事的な不安定さを抱えるにも関わらず、奇妙な事に金融に関しては突出して発展しており、ゼムリア大陸最大の金融機関である『クロスベル国際銀行(IBC)』の本社が存在し、ゼムリア大陸の金融センターとして、大陸中の資本がこの自治州に流れ込んでいるようです。

クロスベル市は人口50万人の大都市で、位置としてはリベール王国の北東の方角に位置し、エレボニア帝国とカルバード共和国に囲まれる形で存在します。

軌跡シリーズの『零』『碧』の舞台であり、その政治的な矛盾による人々の葛藤が作中の大きな核として描かれています。


<レマン自治州>
ゼムリア大陸中西部に位置する自治州であり、導力革命の発端となったこの世界における重要な土地です。

C.エプスタイン博士による導力器とその基礎理論が生み出された場所であり、博士の遺志を継ぐ形で設立された、世界最高峰の導力器開発研究機関である『エプスタイン財団』の本拠地がこの自治州にあります。

また遊撃士協会の本部もこの場所にあり、このような重要な機関が存在することから、どこかスイスのジュネーヴを思わせる土地と言えるでしょう。


<オレド自治州>
内陸に存在する農耕が盛んな自治州です。秘境と言われており温泉が多いとされている他、大陸横断鉄道が通っているため、将来性が高い場所とされています。

作中では軽く触れられる程度の存在ですが、なんだか軌跡シリーズにおいて最も重要な場所になると作者は勝手に思っていたり。なんか、《結社》の本拠地とかありそうな雰囲気。


<ノーザンブリア自治州>
塩です。

まあ冗談はこのぐらいで、元々はバルムント大公を元首とする北方の独立国でした。なんとなくノルウェーあたりを想像させる場所です。

しかしながら1178年7月1日、公都ハリアスクの上空に現れた数百アージュの高さを誇る巨大な『杭』が落下したことを発端としてこの国は崩壊しました。

《塩の杭》とよばれる黒色のゴムに似た質感を持つこの未知の構造体は、出現したその瞬間から周囲の物質を、空気分子であろうが原子ごと『塩』に変えてしまうというその恐るべき性質により、僅か2日で国土の半分を塩の海へと変えてしまいました。

元首バルムント大公は国民の避難誘導の指揮などを一切行わず、我先にと国外に脱出したためにその権威は失墜。民衆による武装蜂起により公国は崩壊し、民主的な議会を持つ自治州に再編されました。

しかしながら国土の半分を塩にされ、しかも北方の国ですので氷河による浸食により土壌の栄養分はお察しの通り。塩害を含めれば、寒く厳しい自然環境での農耕は極めて困難であることが予想されます。

さらに首都が塩になったので経済と産業の基盤は崩壊、難民の発生によって民衆が貧困にあえぐのはごく自然な成り行きでした。

ということで、旧国軍は開き直って傭兵稼業に精を出すことになり、《北の猟兵》と呼ばれるPMCが主要産業となり、彼らの稼ぐ外貨によって糊口をしのぐ生活を強いられているようです。

作中最大の悲劇に見舞われた国ですが、雰囲気的に鉱物資源は豊かそうで意外に発展の目はあるかもです。


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