DS - ダイアグラナル・ストラトス -   作:飯テロ魔王(罰ゲーム中)

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なんとか間に合いました。
今回は仮想側とそのとりまき中心のお話。
現状思いついた限りの伏線はだいたい揃った感じ。いつもよりちょっと長くなりました。
もう1話説明回を入れれば、ようやく仕込み完了ですが、説明回はどうしても文字数食ってしまう(今回誰得9300字)

自分的には1話につき15~20分(アニメ1話分)ぐらいで読み進められる文字数で、2~3話で一つの節とし、読んでいる人が理解していけるような構成を考えています。
文才ないけど。構成力もショボいけど。

そして今頃気づいた。DSOに関する設定を上げてない!(今更


00-08 暗躍する者達

 ドイツとデュノアが行動を始めた頃、千冬は一人ヤケ酒で呑んだくれていた。

 

「まったく、やる事成す事裏目に出る」

 

 良かれと思って紹介した、国内初となるR2導入の総合進学案内。そこで一夏がISを起動させるなど思いもしなかった。

 幸いにも弾と数馬の行動が吉と出て、最悪の事態は回避できた。すぐに束に連絡し、裏から手を回して貰って事無きを得たが、それぞれの行動が少しでも噛み合わなかったらと思うとゾッとする。

 そこにIS学園があったからなのか、自分がいたせいでこんな事になったのか。

 

 ――自分に心配かけまいと、一夏がどんな生活をしていたのかを知ってから、何とかしようとあれこれと手を尽くした。

 だが行動すればするほど裏目に出て、一夏に余計な負担をかけさせる。

 

 第2回モンド・グロッソでは心身共に消えない傷痕を残し、どのツラ下げて一夏に会えばいいのか解らなくなり、一夏の医療費稼ぎを理由にしてドイツの教導の誘いで1年ほど距離を取った。

 その際、IS教導の一環としてDSOを紹介した事さえ、一夏を始めとした皆に負担を強いる事になった。

 あの頃は一夏もリハビリが終わった直後にも関わらず、何か大きな事件に巻き込まれたというのを知り、自分がいなくなった事を知った鈴がアレコレと一夏の身の回りの世話をしてくれた。

 足掻けば足掻くほど、全てが裏目に出る。総合進学案内も一夏の懐事情を知り、内心大慌てで紹介してみればこのザマだ。

 

「あの時、束の提案に乗るしかなかったが――」

 

 束の案で織斑家の箒滞在を許可したが、一時的な防衛網を構築したに過ぎない。

 箒が一夏の傍にいれば、どの国も手出しができない。日本政府が発令した要人保護プログラムも、モンド・グロッソの悲劇以降、その計画も(てい)のいい人質だという声もあり、日本政府に疑念の目が向けられている。そんな時に一夏を含め、箒に何かあれば各国政府は黙ってないし、最悪の場合は束が動く。

 ヘタに二人に手を出し、束が動けば第三次世界大戦の始まりだ。どこの国だってそんな展開は望まず、互いが互いの動向を監視し合う、絶対的な防衛網。

 

 そこまで見越しての箒の滞在だが、あくまで一時凌ぎでしかない。ひとつ間違えれば二人揃って誘拐される可能性もある。次善の策も必要になってくるが、今の千冬にそんな事ができる伝手(つて)もなく、半ば現実逃避気味に酒を(あお)る。

 

「…………」

 

 よくよく考えると一つあった。信頼できるが信用できない、とびっきりの所が。

 

「……いやいや、あそこはダメだろ」

 

 自分で考えて自分で否定する。あそこに頼れば一夏の命()()は保証できる。が、他がダメだ。ヘタをすれば既成事実などの工作をされるぐらいはありえる。

 千冬になついていたあの銀髪少女など、DSOをプレイして女性らしさを覚えたのはいいが、あざとさまで覚えたから絶対一夏に言い寄る。むしろ向こう(DSO)でアプローチを仕掛けていても不思議じゃない。

 そうなると、やはり自分が何とかするしかないが、一介の教師などができる事はたかが知れているし、その関連で頼れる所となれば、日本政府の息がかかっている場所ぐらい。

 あの事件以降、日本政府と(たもと)(わか)った千冬からすれば、どれだけ誠意を向けられても『何か裏があるのでは』と疑って見える。

 現状、束と連絡が取れるというのは強みと言えば強みだが、それだけだ。

 

「結局は偶然、ないしは全く別の何かに期待するしかない、か」

 

 いざという時に限って役立たずになる自分が腹立たしい。

 唯一人の家族の幸せを願えば苦労を掛け、よかれと思って進路を紹介すれば異常事態に発展する。まるで誰かが一夏を追い詰めようとしているようだ。もしくは一夏を使って自分を追い詰めたいのか。

 

「……馬鹿馬鹿しい」

 

 おかしな考えだと割り切り酒を煽る。しかし後日、意外な形で諸々の懸念は払拭されることになる。

 

 

 

***

 

 

 世界初の男性IS操縦者が発見された翌日から、政府は個人の自由意思で男性のIS適正検査の募集をかけた。しかし――

 

「一週間で検査を受けたのは、たった5人?」

 

 総務省総合通信基盤局高度通信網振興課第二分室。通称仮想課所属の菊岡(きくおか)誠二郎(せいじろう)はAR展開された報告書を見て、その募集結果に呆れた。

 

「はい。男性はISに対して忌避感を覚えているようで」

 

 予想通りの展開なのか、菊岡に悲嘆の色はない。あの事件は男女間の溝を明確化したような事件だ。DSO(ゲーム)ならともかく、その象徴たるISに、戦争に繋がる可能性があるものに自分から関わろうとする者などそうそういるわけがない。

 

「僕的には、ネタとか嫉妬心とかで100人ぐらいは集まると思ってたんだけど」

「さすがに自分の命を懸けてまでネタに(はし)る人もいないと思いますが」

 

 菊岡の言葉に、安岐(あき)ナツキが苦笑する。彼女は防衛省からの指示で自衛隊より出向、という形でこの仮想課に配属された。が、実の所は昨今の女尊男卑に異を唱えた事で役職を追われ、態のいい厄介払いでここに回されてきた。

 

「僕としては楽な仕事で特別手当が貰えるから、現状維持でもいいんだけどね」

 

 IS適正者の募集を仮想課が担当する事になったのは、一夏の背景を知った各国が、過去の話を持ち出しこぞって日本を非難。政府はその対応に奔走(ほんそう)するハメになり、手の空いた仮想課に仕事が回って来たからだ。

 昨今のVRブームに加え、オーグマーのAR展開。各国の産業スパイを警戒して組織された仮想課は、当初こそ出世コースの筆頭かと思われたが、ISの台頭によって男女間の礫圧が明確化した。

 お蔭で回ってくる仕事は誰でも対処できそうな苦情の対応や、せいぜいが悪質プレイヤーの摘発ばかり。鳴り物入りでやって来ても、実務を知れば誰もがやる気を失い、しがない公務員の顔になっていく。

 昨今の仮想犯罪に対応目的で設置された仮想課だが、今となってはまともな仕事も回ってこない窓際族と化している。

 

上層部(うえ)からはなんと?」

「特に何も。今回の適性検査はイチカ君のお蔭で形だけで終わりそうだ」

 

 政府としても二人目の男性IS操縦者など、()()出て来て欲しくはないのだろう。世界初の男性IS操縦者発覚の影響は思いの外大きかった。

 

「……モンド・グロッソの悲劇から来る遺恨は、意外と根深い様ですね」

 

 他国も男性を対象にIS適性検査を行ったが、結果は日本と似たり寄ったりだ。ただでさえ少なくなりつつある男性に、『ISに搭乗してみませんか?』などと言っても来る訳がない。

 何せ過去に大惨事を起こしたISだ。DSO(ゲーム)と違い、スポーツとは銘打っても実際に殺し殺される可能性があり、女尊男卑の象徴ともいえる代物。そんな場所に好き好んでやって来る男など、常識で考えても狂人の類に見られる。

 

「こうなると、織斑千冬を通して説得を試みるしかないんだけど……」

「そちらも難しいでしょうね」

 

 あの事件以来、かの世界最強(ブリュンヒルデ)との溝は大きい。未だ根強いファンもいるだけに、今回の話を持ち込めばどうなるか。

 一夏を説得できる唯一の家族ではあるが、なんともタイミングが悪い。現時点で彼女に説得させれば、世間はどこに目が向き、誰を悪と定義するかなど、考えるまでもない。

 

「現時点では、政治的にも世論的にも悪手か」

「はい。篠ノ之博士に先手を打たれたのが痛いですね」

 

 文部省と経産省が絡んだR2適用の総合進学案内。その会場内でモンド・グロッソの悲劇の被害者と箒の接触。

 当初こそ、かつての幼馴染というのでスタッフもそこまで目くじらを立てる事もなかったが、その少年が世界初の男性IS操縦者となった事で話が変わった。

 

「流石は篠ノ之博士といったところか。まさかこういう方法でこちらの動きを縛るとは」

「普通に見れば悪手ですよね、コレ」

 

 束が千冬に提案した、箒の織斑家滞在。まさか政府が用意した要人保護プログラムを逆手に取られるとは思いもしなかった。

 彼女は大胆にも自身の妹が世界初の男性IS操縦者の幼馴染であり、かつて懇意(こんい)にしていた経緯から、箒の意志で織斑家に滞在する旨を諸外国にリークした。

 彼女が一夏の側にいる限り、箒にかけられた要人保護プログラムが逆にネックとなり、こちらは表立って一夏に交渉する事ができない。だからといって箒を強引に織斑家から引き離せば、一夏は政府に悪感情を持つだけでなく、篠ノ之束を敵に回す危険がある。

 更には要注意人物が二人揃っている以上、こちらは護衛を張り付けなければならず、それも織斑家関係者に見つからない様にしなければならないというオマケつき。見つかれば他国に付け入る隙を与え、護衛という名目で大手を振って交渉する理由ができる。

 事実、この一週間は他国のエージェントが織斑家の周りをうろついているようで、お互いがお互いを監視し合う監視網が完成。傍から見れば大博打にも見える奇策だった。

 

 現状、直接の干渉は絶望的といっていい。

 逆手を取って篠ノ之家にかけられた要人保護プログラムを外す、という策もあるにはあるが、現時点ではそれも悪手だ。一般人となった彼女を保護する理由がなくなり、諸外国が確実に横槍を入れてくる。

 

「それと、気になる事がひとつ」

 

 言いつつナツキがARウィンドゥを展開。先日、自衛隊経由で届いた報告書を表示すると、それを菊岡の方に向かって飛ばす。

 菊岡は(いぶか)しげにその書類に目を通す。が――

 

「っ! この一週間で非合法のIS関連組織が!?」

「はい。二日前には亡国機業のメンバーであるスコール・ミューゼルがアメリカで確保されました」

 

 世界各国に潜伏する非合法組織、それらが未確認の存在によって幾つも潰されているという報告書。その内容に菊岡も驚いた。

 特に亡国機業は世界規模で展開する犯罪組織。そのメンバーもようとして知れず、スコール・ミューゼルはかつて米軍に所属していた事から、最重要危険人物(ブラックリスト)にも()る亡国機業のメンバーだ。

 それだけでなく、各国でも存在しか知られていないような大物非合法組織。それがこの一週間だけで40以上が摘発、もしくは壊滅している。

 これまで各国も非合法組織の摘発に躍起になっていたが、一週間という短期間でこの数は異常ともいえる。この数から推測すると、行動しているのはおそらく複数、それもISを所持していると見るべきか。

 これだけ大々的に動いて足取りが掴めないなど、それしか考えられない。

 

「彼が表立ったからか」

「わかりません。しかし、彼に対して極秘裏に接触しようとした組織が優先して潰されてるので、関連性は高いかと」

 

 考えられる所は幾つかあるが、最有力は篠ノ之博士、次点で織斑千冬の関係者と見るべきだろう。彼女はドイツでISの教導を行った経緯もある。

 

「……確かドイツはIS訓練の一環として、DSOでの仮想戦闘を取り入れていた筈だ」

「はい。そこで織斑君――いえ、イチカ君と接触している可能性があります」

 

 となると、未確認の正体は軍関係者、ないしはそれに関係する組織。上層部はそれ以外も視野に入れているか。

 

「これは、相当ややこしい話になりそうだ」

 

 織斑一夏という個人が、ここまで顔が広いとは思いもしなかった。

 世界最強(ブリュンヒルデ)の弟とはいえ、一介の中学生――それが自分達(政府)の認識だった。しかし、フタを開いてみれば様々な組織が彼の背後をうろついている。

 篠ノ之箒が織斑一夏と共にいるのも、当初は一時的な対策として考えていたが、流れがこうも変わってくると事は一筋縄でいきそうにない。

 こちらでも手は打っておいたが、仮想でも現実でも中途半端で終わってしまう可能性が高い。

 

「……頼むから、どこも暴走しないでくれよ」

 

 疲れた顔で菊岡が呟く。

 それが淡い期待でしかないと知りながら。

 

 

 

***

 

 

 その頃、数馬ことエクエスはクラン『ゾルダート』から離れ、ある区域にいた。

 『ガングレイヴ』というその場所は、かつてSAOやALOと並ぶ人気を誇ったVRゲーム『ガンゲイル・オンライン』――通称GGOであった場所。

 DSOの台頭により、GGOユーザーの大半がDSOに流れ込み、大手スポンサーもそちらへと移行した。

 それによってこのゲーム最大の魅力(ウリ)であったVR上でのリアル()マネー()トレーディング()が逆にネックとなり、運営するザスカーの経営を圧迫していく。

 結果、半年と経たずにGGOを運営していたザスカーが経営破綻を起こし、存続を強く望んだGGOユーザーの声を受け、レクトがザスカーを買収。GGOをサーバーごとDSOに取り込み、DSOの一部でありながら、DSが使えない戦闘区域として確立された。

 

 銃をメインにしたゲームの名残、故に『銃の墓場(ガングレイヴ)

 ここに来るのはかつてのGGOユーザーか、アバターの地力を鍛えたい物好き、もしくはある事情を抱えたプレイヤーぐらいで、DSの魅力にとりつかれた一般プレイヤーはイベントでも起きない限り見向きもしない。

 それ故に、傷物を始めとした悪質プレイヤーの潜伏場所としても知られ、現実・仮想問わず、あらゆる情報を集められる場所として、脛に傷持つプレイヤーも出入りしている。

 

 エクエスがここに来た理由は、ここであるプレイヤーと会う為だ。

 その人物と待ち合わせる為、ガングレイブで最も物騒な酒場として有名な『イエローフラグ』に向かっている。

 その酒場は物好きなプレイヤーが、圏外と呼ばれる戦闘区域に建てられ、血の気の多いプレイヤーが所構わず戦闘を起こす事でも有名だった。

 エクエスは何かの作品が元ネタでこういう場所に建っている、というのを小耳にはさんだが、その作品を見た事がない彼にとって、ここはただ『物騒で面白い酒場』という認識でしかない。

 扉を開けて店内を見回すと、既に結構な人数が席についている。客達は今入って来たエクエスを見ると、様々な反応を示す。

 

 動かない者、黙って見送る者、気にしない風に装った者。

 ゾルダートのエクエスはそれだけ名の通ったプレイヤーだという証左だが、その視線を一顧だにせず、カウンターに目当てとする赤毛の後ろ姿を確認すると、堂々とした態度で店内を進み、何事もなかったかのようにカウンターに腰を下ろした。

 

「待たせたか?」

「テキトーにひっかけてたから気にすんな」

 

 苦笑しつつ、NPCに酒を注文。すぐさま目の前にバーボンの瓶とナッツの皿が置かれ、ショットグラスを口につけた。

 隣の男は気にする事なく、同じく手元にあるスコッチを口に含む。

 電子ドラッグの技術を応用した仮想世界の酒は、味覚エンジンの進化によって風味もある程度再現され、アルコール特有の酔いさえアミュスフィアの制御範囲内で疑似的に再現される。

 泥酔という事態がなく、安全に酒の風味を堪能できる仮想世界の飲酒は、ユーザーにも評判がよく、一時期衰退した酒市場も活発になった事もあり、双方から高評価で受け入れられている。

 現実では未成年のエクエスは、仮想世界とはいえ通常なら酒が呑めるはずもなく、圏外にあるイエローフラグだからこそ呑めた。アルコールに似た酩酊感はデバフとなるため、圏外にあるイエローフラグだからこそ、この味を堪能できる。

 実際、ここにある酒は全てが正規品から外れた“もどき”で、この辺も元ネタに似せているらしいが、ここに来る連中は『呑めればなんでもいい』と考える連中ばかりだ。

 

「ヴェクター、情報は?」

 

 ヴェクターと呼ばれた男は小型のウィンドゥを展開、それをエクエスの方に飛ばす。

 

「今の所、情報はロシアとアメリカが例の未確認を追いつつ、それを隠れ蓑に自分達のコゲつきも処理する気だ」

「それはご大層なこって」

 

 エクエスはウィンドゥに表示された情報を流し読み、自分のもつ情報とすり合わせていく。

 

「こっちはお姫様を通してイチカのレポートをドイツに流しておいた。今頃、上層部はあれこれ暗躍してるだろうな」

「お前も悪党だな」

 

 お互い様だろと笑いつつ、ウィンドゥに情報を加筆。それをヴェクターの方に投げ返す。ヴェクターがそれに目を通していると、横から新たなウィンドゥが割り込んでくる。

 飛んできたのはエクエスの逆側。二人揃ってそっちを見ると、隣にランクスが座っていた。

 

「追加情報。現実(リアル)じゃなくて仮想(こっち)の方だけど」

 

 いつの間に来たのか気付かなかったが、(もたら)された情報は予想通りのものだった。

 

「ラース、グロージェン()ディフェンズ()、シャムロックに動きアリか」

「日本とアメリカ、それにロシアがバックにいるぞ、そこ」

 

 

現実(リアル)で接触が難しいなら仮想(DSO)で。

 

 少し頭が回ればどこでも思いつく手だ。火力主義のアメリカと画策大好きなロシア、脛に傷ある日本が動くのは想定できた。できてはいたが、こうも動きが早いのが腑に落ちない。

 

「ラースは仮想課が監督してるのは知ってるからいいとして、GDとシャムロックが動くのはなんでだ?」

「GDはグロージェン・ディフェンス・システムズっていうPMCの社員が運営するクランで、国家安全保障局(NSA)と繋がりがある。シャムロックは以前ALOで何かの研究をしていたとかで、確かロシアの連邦保安庁と繋がりがあったはずだ」

 

 ヴェクターの疑問にエクエスが答える。グロージェン・ディフェンス・システムズは、かつてSAOで暗躍した疑惑があるPMCで、疑惑を否定している最中に社員数名が強盗に殺害されたニュースで話題になった企業だ。証拠こそ出なかったものの、現在もネット上では警戒されているクランだ。

 この辺の情報はローラによって(もたら)されたからこそ、エクエスが知っている情報だが、シャムロックは名前と背後関係しか知らない。

 

「……思い出した。シャムロックはALOでクラウド・ブレインとかいう演算システムの構築を研究してたんだ。オーグマーに搭載されたディープラーニングの出現で、より安全で効率よく研究できるってんで、ひと月と経たずに研究が中止されたんだ」

 

 ヴェクターの情報にいろんな意味で驚く。クラウド・ブレインとは人の脳の演算能力をネット上でクラウド化し、共有することで集合知性による大規模演算処理システムを構築する研究だったと思い出す。

 それに対してオーグマーのディープラーニングは、別方向からのアプローチで装着者の趣味や嗜好を学習・蓄積していき、その情報を収集して人間の感情を理解し、先読みや予知に近い演算処理システムを搭載したAIクローラーを生み出す研究が行われている。

 

 結局、それもオーグマーが勝利してクラウド・ブレインは忘れ去られたわけだが、それならシャムロックが動く理由も見えてくる。

 

「もしかして、中止されたクラウド・ブレインをエサに、イチカをロシアに?」

「それはないと思うよ」

 

 エクエスの読みをランクスが否定する。考えられる手段がそれしかないが、まだ何か情報があるのだろうか?

 

「クラウド・ブレインの研究そのものが凍結された際、アメリカから召還された研究者とロシアには確執が生まれてね。研究の再開は絶望的って話だよ」

「さすがは御曹司。その手の情報も持ってるか」

「ヴェクター程じゃないよ」

 

 抜かせ、と呟きスコッチを口にする。二人は揃って苦笑し、ランクスもNPCにブランデーを注文する。

 

 ヴェクターは生粋のVRゲーマーで、古くはSAOからプレイする古参。イチカ以上に方々に顔が利き、集める情報もかなりの精度を持つ。それだけでなく、技量はイチカを超え、DSOのランクはファストの5。実力派揃いの大手クラン『ディビジョン(師団)』を率いる長でもある。

 

「とにかく、仮想(こっち)は俺達でなんとかなるにしても、現実(リアル)の方はお姫様に相談だな」

「イチカには随分世話になってるからね。僕も出来る限り手を尽くしてみるよ」

 

 こうして三人が集まったのは、イチカを中心として、良くも悪くも仮想世界に影響が及ぶのを見越していたからだ。

 イチカも有事になれば、仮想世界(こちら側)で仲間を助けるべく行動を起こすだろう。自分をその勘定に入れず、かつこちらの行動を先回りして。

 そんなの親友を自称するエクエスやランクスは許さないし、彼と関わりのあるプレイヤー達も許さない。DSOのみならず、あらゆる仮想世界でこうして情報を有する者達がチラホラと集まり、エクエスとヴェクターがまとめ役として収集していた。

 今回ランクスは、偶然知った情報を持ち寄る為、ここに現れた。そしてこの二人はランクスの現実(リアル)を知っている。というより、数日ほど前にエクエスを通じて事情を教えられた仲だ。

 以来、時々だがランクスは様々な情報を(もたら)している――イチカの相棒として。

 

「現実の方は、僕の方でもある程度掴んでるからいいとして、仮想の方は?」

小姐(シャオチェ)の連中が一時期騒いでた」

 

 ヴェクターが新たにウィンドゥを開き、ランクスに飛ばす。そこには小姐を始めとした悪質系(ローグ)プレイヤーの名前がズラリと並んでいる。

 

「これは?」

「小姐を中心に、悪質系(ローグ)が何か計画してるらしい。そいつはこっちで調べた限りで結託した悪質系(ローグ)プレイヤーの名簿」

 

 サラッと何でもない事の様にとんでもない情報を出し、そのウィンドゥを反転。そこにはまた別の名前がズラリと並んでいる。

 

「こっちは戦闘に参加できる連中。イチカの名前とローグ狩りって言ったらゾロゾロ参加してきた」

「それはまた……」

 

 驚きと共に納得もする。イチカは『白の傭兵』の二つ名で知られる通り、清廉なプレイスタイルを通す雇われとして名が通っている。メルセネール・ブランを手にする以前から通してきた、彼なりの矜持であり信念。

 どれだけ高い報酬を積まれても悪質プレイには手を染めず、逆にタダ働き同然であっても納得すばそちらにつく。行きずりで助けたプレイヤーをも含めれば、どれだけ恩を感じているプレイヤーがいるか。

 実際、イチカのプレイスタイルに触発されて正統派(ヒロイック)に転向するプレイヤーもいて、ヴェクターが率いるディビジョンもメンバーが幾度となく助けられた。

 

「で、その参加者の一部がこんだけ」

 

 ヴェクターが店内を指差す。ランクスが慌てて店内を見回し、二人と店内を交互に見て硬直する。

 

「え? あの……はぃ!?」

 

 突然すぎる話に、ランクスの頭がついてこない。

 

「あのな、部外者いる所で、これだけ重要な情報扱うワケないだろ?」

「詰めが甘いと思うぞ、ランクス」

 

 店内にいるプレイヤーの数は、ざっと見ても30人はいる。言い分は尤もだが、それら全てが協力者など、誰が思いつくものか。

 ひとしきり話を理解してくると、今の話がどれだけ大事なのかも解ってきた。

 

「つまり、場合によっては仮想世界で大戦が起きる、と?」

 

 二人は無言で頷いた。

 




ロスト・ソングのクラウド・ブレイン、オーグマーのディープラーニング、組み合わせると色々使えると気付いてこうなりました。真っ先に思いつくのがISのアレとか。
更に新キャラも追加。ヴェクターが何者なのかは後々わかります。もう気付いてる人もいるかもだけどw

菊岡を始めとした仮想課も登場。完全に絡むかというと微妙な立場ですが、今後説明とか必要になれば出番あるかも。MORE DEBANのメンバーも本編で出せそうです。

イエローフラグは完全にネタ。酒場というものを求めた所でパロった名前を出そうと思いついたので。

Q:GGOはこの世界では存在しない?
A:DSOの台頭で潰されました。
 DSOのR2が存在する以上、RMTがあると条件がかぶってしまい、当初はGGOにもR2適用とか考えていたのですが、それならいっそDSOに組み込んで舞台を変えない方がいいかなと考えてこの結果に。

Q:GDSの役員って?
A:アリシゼーションで出てきたガブリエル・ミラーと不愉快な仲間達。
 この世界ではSAOがデスゲームでなくなった影響でボロが出てしまい、主要メンバー諸共消されてます。

Q:シャムロックはアメリカじゃなかった?
A:独自設定でこの位置に。
 この世界の裏社会ではクラウド・ブレインの存在はディープラーニングと同じくらい重要なファクター。表向きは研究が中止されています。セブンを始めとしたLSメンバーは今後出て来るかは不明。HFは触りしかやってないので組み込むのが難しいです。

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