DS - ダイアグラナル・ストラトス -   作:飯テロ魔王(罰ゲーム中)

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新年あけてましてバレンタイン前!(挨拶
プロローグ終盤とあって文字数多い。お年玉とバレンタインのダブルパンチで1万2千字オーバーだぜヒャッハーw
(訳:年末年始から新卒関連のデスマーチの合間に書いてたので頭ブッ壊れてます)

一方の忘れられてた桐ヶ谷さん達とその後のラウラ達。この騒動もようやく終わりが見えてきました。が、どうにも一筋縄ではいかないようで……


00-21 逆転劇は予想外と共に

「随分と騒々しいわね」

「やっぱ何かあったんスかねぇ」

 

 オフィスに置いてきぼりにされた桐ヶ谷(きりがや) (みどり)のボヤキに、茂村(しげむら) (たもつ)が律儀に答えた。

 彼女は先日の一夏の功績をスッパ抜いた事で賞賛され特別ボーナスも得たが、同僚達からすれば出し抜かれたもので、あっという間に嫉妬と警戒の対象となった。

 故に、周りから半ば監視に近い形で行動を逐一見られ、今回の騒動も偶然ラウラと一緒に行動する一夏のクラスメイト(数馬)を見かけ、彼女の琴線に何かが引っかかり行動を起こそうとしたが、そのタイミングで周りから色々仕事を押し付けられ出遅れてしまった、というわけだ。

 

「全く、ブン屋なら他人の足引っ張らないで実力で対抗しろっての」

「そんなの直接言って下さいよ。あの人達、自分の無能を棚に上げて被害者ヅラしてんスから」

 

 出張(でば)っていった同僚達は何も事情を知らないので、今頃は事件の痕跡を追うだけで四苦八苦してることだろう。

 

「とっくに言ってやったわ。そしたらコレよ」

「マジっすか……」

 

 予想外のクズっぷりに、一時期似たような行為をしていた茂村も辟易(へきえき)する。彼女と共に行動していた茂村もそのアオリを受け、二人揃ってオフィスに取り残され雑用を手伝うハメになったが、本人は「バイト代が出るならどちらでもいい」と楽観的だ。

 そうして残った二人は、押し付けられた仕事を片付けてしまうと手持ち無沙汰(ぶさた)となり、新たなネタを求めて翠は学業の成績などから織斑一夏の足跡を辿(たど)り、茂村はDSOプレイヤーということもあってネット関連からイチカの功績を洗い出していた。が、翠の方は早々に行き詰まり、茂村の方は情報の多さから未だ調査を続け――茂村の手が止まった。

 

「なんだよ、これ……」

「どうしたの?」

 

 青ざめた表情の茂村が気になり、モニタに表示された表示されたブラウザを見る。が、表示されているのは奇妙なコードの羅列と5桁の数字。これだけでは何が何だかよくわからない。

 

「これって?」

「以前調べた織斑一夏のバイト関連を調査してたんですが――IS関連のメカトロニクス技術が出てきたんです」

「はぁ!?」

 

 改めてコードの羅列を見る。よく見れば前半は国連のコードナンバー、後半はISの型式。ならその横にある5桁の数字は何なのか。

 

「この横の数字は?」

「信じられないでしょうが、これが織斑一夏――いえ、イチカに支払われた報酬額です」

「それがどう……ッ!?」

 

 言われて二度見。5桁、ということは1000までの切り捨てで表記され、報酬は数千万単位かと思われたが、単位に『k』がついておらず、支払われたのが円かドルかさえわからない。

 

「これ、支払いはドル?」

「多分ですが、日本円だと思います。ドルやユーロで支払われたなら、どこかに外貨両替の履歴が残るはずですし」

 

 信じられないが、これらの報酬は一つにつき数万円だという。普通に考えれば全て使われなかったけど、お情けでお小遣いを貰ったのだろうか。

 

「これ全部お倉入りだったってコト?」

「いえ、全て各国の最先端技術として発表されています。コレやコレなんか、つい先日起動実験を行ったばかりですよ」

 

 話を聞くと目眩(めまい)がしてくる。これが本当なら最先端技術を不正価格で入手し、国際規模の特許トロール(※1)を行ったことになる。

 

「それだけじゃないんです」

 

 言いつつ、ブラウザのタブを操作。そこに表示されたのはまた違うコードと4桁の数字、更にはその横に当然の如く『k』の単位。これも彼が生み出した技術の報酬なのだろうか?

 

「依頼した研究室や企業、イチカの技術を切り売りして報酬を得ています。その利益は1件につき数千万ドル以上――」

「んなっ!?」

 

 あまりの悪行に()頓狂(とんきょう)な声を上げた。ここまであからさまな特許トロールが今まで表沙汰になってこなったのが不思議なくらいだ。

 叫びそうな気持ちをなんとか落ち着け、冷静になって報道方法を考えるが、どう考えてもここだけで扱いきれる話ではない。

 

「こんなネタ、あたし達だけじゃ大きすぎるわ……」

 

 話題がデカすぎて一介のブン屋がスッパ抜けるような話ではない。かといってこのまま伏せていい話題でもない。

 モノは国際規模の特許トロールだ、表沙汰になれば追求するマスコミ関係者がどれだけ出てくるか。その先駆けに立てるチャンスを目の前にして黙っていられるワケがない。

 

「どうします?」

「どこか、ネット関連に強い所と共同発表できればいいんだけど、あたしの知り合いにそんなのいないし」

「あ、僕知ってます」

 

 翠が悩んでいると、茂村がとあるサイトを新規タブで表示。そこはMMOトゥデイという、VRに触れた者であれば必ずお世話になるといっていい程の最大手サイト。数多(あまた)の企業も参入し、サイト自身もクランを抱える程の一大コンテンツを築き上げている。

 

「ここの管理人、僕の親友(マブ)なんですが、話を持ち込めば手を貸してくれるかも知れませんよ」

「すぐコンタクトをとって。こんな大物、絶対(のが)せないわ!」

 

 ここであれば、これだけ大きな話を振ってもビクともしない。それどころか、周りを巻き込む形で有志が裏取りを行い、ネタの信憑(しんぴょう)性もしっかりしてくれるだろう。

 翠の脳内では数々のメディア賞が駆け巡り、業界にその名を残せると浮かれ、小躍りした。

 

 ――故に、茂村が(いびつ)な笑みを浮かべていた事にも気づかない。

 

 

 世界が震撼する、最凶のカウントダウンが始まった。

 

 

 

***

 

 

 

 ラウラ達は目的地に到達すると同時、いつ連絡をつけたのか、反対方向からドイツのバックアップ要員が現れた。が、そこは既に混戦の真っ只中だ。

 黒いコンバットスーツを着た大人数の男女が、二人一組(ツーマンセル)でテロリストを相手に大立ち回りを繰り広げている。銃火器こそ見えないないものの、テロリストに対して人数が倍近い。手には木刀や杖、トンファーなどを装備し、安定した連携で危なげなく対峙(たいじ)

 その動きは素人の連携によくある一瞬の停滞(ていたい)もなく、かといって軍人特有の人海戦術による波状攻撃でもない。個々のチームが独自の部隊を作り、互いが互いをフォローしあう、人海戦術にも似た奇妙な連携ができている。

 

「彼らは一体――」

「詳しい話は後。こっちだ」

 

 困惑するエーリヒをスルーし、弾と数馬が先頭を走る。向かう先は、目先にある地下遊歩道の出入り口。反対側にいる友軍もこちらの動きに気づき、乱戦の地域を避け、外周を回る様に大きく迂回して目的地に近づいて来る。

 

「っ!? 伏せろぉ!!」

 

 弾の慌てた声に数馬が近くにいたラウラを引っ張り、弾もクラリッサをタックルする勢いで抱えて横に飛ぶ。

 エーリヒも頭からスライディングしつつ地に伏せると、その上を銃弾が通り過ぎていく。エーリヒは立ち上がることはせず、その場で射線から射撃位置を割り出し即射撃。どこを狙っているのかわからないような照準(エイム)にも関わらず、放たれた2発の銃弾は的確に襲撃犯の肩を撃ち抜き、更には後ろから追従してきた二人目も手の甲を撃ち抜かれ銃を取り落とした。

 

「急いで遮蔽物(しゃへいぶつ)のある所へ!」

 

 エーリヒが銃を構えながら殿(しんがり)を務め、反対側から来るバックアップ要員もカバー。弾達は目標の地下遊歩道の出入り口へと到達。そのまま階段を飛び越えて中に入ると、銃弾が雨霰(あめあられ)と撃ち込まれ、弾達は更に奥へ奥へと追いやられていく。

 途中、十字路に差し掛かり、そこを曲がった所で手榴弾(フラググレネード)の爆風が通路の横を吹き抜けていく。弾達はその爆音を利用し、壁に張り付いて息を潜めて追撃を警戒するが、向こうも追手が来たのか、こちらにやってくる気配がないのを知って一息ついた。

 

「ったく、ここは日本だっての。映画の撮影なら他所(よそ)でやれよ」

「まさか街中でグレネードまで使うとは」

「それだけ悪態つけるなら、大丈夫そうだね」

 

 エーリヒは残弾を確認しつつ、二人の胆力(メンタル)に内心舌を巻いた。

 銃を見た事もない一般人なら、最初の銃声でパニックになっていてもおかしくないというのに、悪態をつけるほど精神状態は安定している。VRでこういう経験があるのだろうか?

 

「今の銃撃は一体?」

「多分、別働隊で動いていた武装班でしょう。日本では一般人の銃火器の所持は違法ですから」

 

 ラウラの質問にクラリッサが答え、エーリヒは合流したメンバーの確認をする。

 

「こちらで脱落したメンバーは?」

「いません。ですが装備の回収はタイミングが合いませんでした」

 

 メンバーを見回しつつ、そうかと答えて頭の中で現状の装備を確認。

 頭数こそいるものの、準備していた装備一式もなし。今まともに使える武器はエーリヒが手にするFPGのみ。クラリッサはともかくとして、メンバーは日本の中高生と同世代の女性ばかり。 ISは3機あるとはいえ、向こうにISも現れず、先に使ってしまえば過剰戦力で、コラテラル・ダメージで二次被害でも発生したら目も当てられない。

 更にはキレ者とはいえ、一般の中学生もいる。このまま荒事に突入するのはあまりにリスクが大きい。

 向こうでは先程の男女が足止めをしているのか、幾つもの銃声が鳴り響いている。先程見た限りでは彼らは銃火器を所持しているようには見えなかったし、都合よく増援が来るとも限らない。

 

(……1機ぐらいなら、使えないこともないか?)

 

 チラリとクラリッサに目配せした直後、ズズンと遠くで地響きが鳴る。まるで砲撃戦のような振動に、まさかという懸念(けねん)鎌首(かまくび)(もた)げた。

 

「チッ、あっちが先に来たか」

「敵の増援か?」

「半分正解。予備部隊(イレギュラー)が先に来たみたいだよ」

 

 予備、という数馬の言葉にラウラは先程触り程度とはいえ、敵戦力が増えるようなことを言っていたのを思い出す。

 

「もしかして、連中は仮想敵も投入する事で合法的に本命を投入する口実を作る気なのか?」

「本ッ当、微妙な正解だけ当てる才能だけはあるな、このポンコツは」

 

 ラウラの中途半端な優秀さに弾は呆れ、ラウラは弾の悪態にジト目で返す。

 確かにラウラは指揮官としての適性はあるが、能力的には中隊長、もっといえば現場指揮官がせいぜいだろう。現にこういう戦術としての判断は的確だが、全体の流れを把握する戦略となると、途端に的外れな答えで行動し、ドイツですらその動きを利用している節がある。

 この残念さはラウラの個性だが、同時に爆弾でもある。今の内に修正できなければ、いずれ取り返しのつかない事態を起こしかねない。

 

「中佐、これはもう」

「ああ。責任は私が取る、ISの使用を――」

「その前に、こちらの話も聞いてもらえますか?」

 

 切羽詰(せっぱつま)ってきたところへ、通りの反対側から銀髪の少女(クロエ)が現れた。

 

「君は?」

「クロエ・クロニクルと申します。正式な挨拶は後ほど」

 

 こちらへ、と告げて(きびす)を返すと、弾やラウラもそれに続く。エーリヒ達は顔を見合わせるが、切れる手札がない以上、今はついていくしかない。

 

「マジェスタ――いや、現実(こっち)じゃクロエか。君がこっちに来れたってことは」

「はい。予定とは少し違いますが、あちらと合流しました。予備の装備も一式用意していると」

 

 数馬の質問に淡々と答えているが、エーリヒやラウラ達は話についていけず、ラウラが数馬に近づく。

 

数馬(エクエス)、マジェスタは何を言っているのだ?」

「弾が言ってただろ、ある程の度準備はできてるって」

「それは場所だけではなかったのか? それにあの戦闘集団――彼は一体何者なのだ?」

 

 そういえば言ってなかったなと思い出し、改めて数馬は弾を紹介する。

 

「彼は五反田(ごたんだ) (だん)。DSOではヴェクターってプレイヤー」

「は!? 魔王?」

「ディビジョンのクラマスですか!?」

 

 意外すぎるビッグネームに、ラウラ達は()頓狂(とんきょう)な声を上げた。

 

 ヴェクターといえば、VR界隈(かいわい)では知らぬ人はいないと言われる程の有名人で、実力派揃いの大手クラン“ディビジョン”を率いるクラン長であり、ランクはファストの5。

 プロシーンで活躍するプレイヤーとも正面からやりあえる、名実共に世界最強クラスの実力者。DSOでは『魔王』の二つ名で呼ばれ、低レベルプレイヤーのキャリーのみならず、初心者・中級者への解説や実況、プレイやマナーの講座も行う人格者で、VR古参プレイヤーの一人でもあり、プレイ歴の長さから数多(あまた)のプロチームとも交流がある。その関係で企業が開催する大会にも出場経験がある。その繋がりからか、あらゆる方面に知り合いが多い。

 イチカやラウラも初心者の頃から何かと世話になり、イチカに『傭兵』の二つ名を与えた、ある意味イチカとは師弟関係ともいえる人物だ。

 こんな所でそんな有名人と出会(でくわ)すとは思っておらず、ラウラ達は絶句する。

 

「僕達の事も調べたんだろ?」

「あ、いや……数馬達の事は、イチカの同級生だと判明した時点でDSO(そっち)の方は重要視してなくて……」

 

 しどろもどろに答えるラウラの身内贔屓(みうちびいき)に数馬は苦笑。あまりに杜撰(ずさん)な調査に今後が不安になる。

 

「調べるなら隅々(すみずみ)まで調べようね。裏切り者やスパイは時間をかけて身内に入ってくる、って何度も教えたろ」

「ぅ、スマン……」

 

 バツが悪そうにラウラが目をそらすが、数馬はその向こうにいるエーリヒ達をジロリと()めつける。こういう事を教えるのは大人の役目だし、軍人でありながら現実(リアル)の調査を重要視して仮想の方を(おろそ)かにするなど、頭が前時代(レトロ)すぎて逆に心配になる。

 

「ンな話も後回しにしとけよ。今は状況をひっくり返す手札が必要だろ?」

 

 いつの間にか目的地に到着していたのか、そこは郊外にある野球場(スタジアム)だった。

 弾がグラウンドを親指で指差し、その先にはマイクロバスが1台とコンテナトラックが2台。そしてマイクロバスの周りには詩乃(シノン)をはじめとした女性陣と、それを護衛するように武装した集団がいる。

 弾は彼らの横を通り過ぎ詩乃の所に向かった。

 

「弾、とりあえず鈴達にはクロエちゃんと一緒に今の状況を伝えてあるわ」

「ありがとう詩乃さん。危ないことはなかったか?」

「全く。クロエちゃんが優秀で助かったわ」

 

 和やかな雰囲気で二人が話し合っているが、エーリヒ達は何が何だかわからず蚊帳(かや)の外だ。とりあえずこの武装集団だけでも説明してもらおうと弾に聞こうとするが、突然コンテナが開き、中から日本製の量産型IS――打鉄(うちがね)が2機現れた。

 

「ISだと!?」

「こんなものまで準備していたのか!」

「ヴェ――弾、これは一体?」

 

 困惑するラウラを尻目に、武装集団の中から責任者らしき壮年の男がこちらにやって来た。

 

「エーリヒ・ロンメル殿、ですな。私は更識(さらしき)楯無(たてなし)と申します」

「更識、ですか」

 

 混乱するエーリヒの前で、一礼して自己紹介する男に内心面食らう。

 更識といえば日本暗部の総元締めともいえる存在だ。こんな大物との繋がりがある弾が、一介の中学生とは思えなくなってきた。

 

「このオッサンの関係者がラースのクラメンでな、ウチのクラメンにも関係者がいたみたいで、その繋がりから声かけられた」

「……なるほど」

 

 釈然(しゃくぜん)としない部分はあるが、ある程度背景は(つな)がった。

 ラースは仮想課が運営しているし、クラン同士であれば情報のやり取りもそう不思議な話ではない。織斑一夏とその関係者を(ひそ)かに監視するにも、DSOのクランは格好の(かく)(みの)だったわけだ。

 ということは、彼らはDSO経由で更識と接触し準備を進めていたのか。あの広場にいたのも更識の手の者であれば、あの人数と練度にも納得がいく。

 

「時間がないので手短に要件のみを。此度(こたび)の件、我々と共同戦線を張って頂きたい」

「なッ!?」

 

 ラウラにとっては予想外の、エーリヒからすれば予想通りの提案がもたらされた。

 噛み付こうとするラウラを手で制し、詳しい話を聞くことにする。

 

「それは日本政府としてですかな? それとも更識として?」

「どちらかといえば更識として。この騒動に対し、日本政府は後手に回っていまして」

 

 政府の中にこの騒動の関係者がいる、という事なのだろうか。いかな更識とはいえ、日本を裏切るような提案をしないとは思うが、真意が見えない。

 初見の相手にこの様な提案をするという事は、向こうも相当切羽詰まっているのだろうが、何か引っかかる。

 

「時間が許す限りで構いません。そちらの現状と目的を教えていただけますかな?」

「ッ!?」

 

 ラウラたちは警戒していたが、エーリヒの勘がこの提案に乗るべきだと告げている。

 先の弾の説明といい、敵の動きの速さといい、自分達はまだ何かを見落としている――否、彼らも全てを話していないから全貌(ぜんぼう)が見えていない。そんな予感があった。

 

 

 

***

 

 

 

 言いようのない倦怠感(けんたいかん)の中、意識がゆっくりと浮きあがる。

 ここがどこだとか、自分が誰かということを考えるのも億劫(おっくう)で、ふわふわとした感覚にただ流されている。

 サラサラと細かい粒子が(こぼ)れていく音が心地よく、その音を聞いている内に、また意識が沈んでいきそうになる。

 

 ――おい

 

 視界の(すみ)で何かが飛んでいるのに気づき、視線がそちらにいくが、あちこち飛び回ってソレを(とら)えることができない。

 

 ――起きろ

 

 何故か無性に気になり、視線を向ければ向けるほど、だんだん意識が明確になり、自分が誰なのか、何があったのかを徐々に思い出す。

 

 ――随分派手にやられたな

 

 声が響くたび、一夏の意識が徐々に覚醒していく。

 最後の瞬間、何者かに撃たれたという所までは覚えているが、ここがどこなのかわからない。

 もしかして、あの一撃で死んでしまったのだろうか?

 

 ――なに言ってんだ。まだ生きてるよ

 

 根拠はない。が、その声を聞いているだけで自分はまだ生きているんだと思える。そうなると、次の問題はこれからの行動手段だ。

 おそらくだが、あの一撃は絶対防御を抜けて機体にも影響が出ているはず。何か他の方法を探し、事態を収束しなければならない。

 

 ――なら、少しだけ力を貸してやる

 

 「まさか、お前――」

 

 声の主が誰なのか思い出す前に、急速な勢いで意識がどこかに引っ張られた。

 

 

 

***

 

 

 

「まさか、こういうシナリオを用意していたとはねぇ……」

 

 回収したコアを調べた束は、深い、それは深ぁ~い溜め息をついた。

 

「テロリストのIS、未登録の新規コアとはね」

 

 ISコアは篠ノ之 束にしか作れない――それが世間一般における()()だ。

 

 敵はその常識を利用してコアを新造し、束を悪役(テロリスト)に仕立て上げるつもりか、それともそのまま新規コアとして発表し、対抗役(カウンター)として束を祭り上げる気か……もしくは状況次第で使い分けるのか。

 しかもこのコアは束が作ったものを模倣(コピー)したものではなく、制作者自身がしっかり構造を理解して作り上げたもの。

 凡人には違いがわからないだろうが、生みの親である束だからこそわかる微妙な違いがあり、それ(ゆえ)か変わった特性を見せている。

 

「これはこのコアの特性なのか、男性(いっくん)が使ったからなのか、判断に困るね」

 

 それは、戦闘ログをコピーしている最中に気付いた。

 新規コア(ゆえ)か、それとも一夏が使ったからなのか、一夏が使っていたISは既に一夏を主人(マスター)として認識し、猛烈な勢いで何かのデータを吸いあげ、学習し続けている。

 いずれこのコアは一夏の専用として自他共に認知されるだろうが、どのような進化を遂げるのかは束でも予測できない。一夏の希少性と相俟(あいま)って注目度は測り知れず、否が応にも話題の中心となっていくだろう。

 これだけであれば、連中の思惑通りに事が進んでいたが、例の無人機がその思惑を引っ掻き回す。

 

「こっちのは、連中にとっても予想外なのかな?」

 

 回収した無人機のコア。ナンバーを調べてみたが、これは束が用意していた策すら(かす)んでしまうほどの爆弾。これが表沙汰になれば、一夏の問題も論点のすり替えでこちらが有利になるほどブッ飛んだ代物だ。

 こんなのを使う奴に心当たりはあるが、現時点でそこを焦点に行動するのは軽率すぎる。クロエが危惧していた予想外(イレギュラー)も現れたが、敵味方問わずどれも斜め上過ぎた。

 騒ぎがどう転んでも、日本に一夏の居場所がないどころか、ドイツや日本政府の動き次第では国籍さえ怪しくなってくる。千冬に向かって頭脳担当と啖呵(タンカ)をきったが、束自身も半ば脳筋じみた考えで動いていたため、本当に肝心な部分を見落としていた――というより気づかされた。

 

「束さんだけでなく、連中も踊らされてたってコトか」

 

 束だけでなく、ドイツや日本、(くだん)のテロリスト、その背景にいる者達までが、この騒動を仕組んだ黒幕に踊らされている。現実と仮想は別モノと考えていたせいで、こんな状況になるまで気付かなかった。

 だからこそアメリカとロシアが先んじて動けた。対して現地の少年達は、DSOの方でなんらかの情報を得たから動けたか。

 その一方で、一夏が先んじて動いたのはクロエの話で理解できた反面、なぜ敵の動きを把握できていたのか、少年達と通じていたとはいえ、あの更識とかいうのがISまで用意できた経緯が見えない。

 

「…………まさか、ね」

 

 なんとなくの予想は立つが、即座に否定する。その予想はあまりに泥沼過ぎて、敵味方の概念すら怪しくなってくる。

 一夏から話が聞けるなら、何か(わか)るかも知れないが、千冬とクロエが合流するのを待ってから行動しても遅くはないはずだ。

 

『ちりょーが終わったよー! ちりょーが終わったよー!』

「おょ? 丁度いい所に」

 

 間の抜けたアラーム(?)と共に、治療ポッドの上半分が消失し、とりつけられた呼吸器も、全身を浸していた治療液も量子化して消え、あっという間に簡易ベッドに変形。

 ISの量子化技術を応用して治療液も量子化し、髪だけでなくカーゴパンツも濡れた形跡がなく、一見するとただ寝ているだけのようだ。バイタルチェックをしても先程のダメージは消しきれたようだが、過去の手術痕は完全には消しきれなかったようで、古傷の様に残ってしまった。

 一夏は小さくうめき、(まぶた)がゆっくりと開かれる。焦点の合わないぼやけた目で周りを見て、横にいる束を見つけた。

 

「たばね……さん?」

「ひさしぶりだねー、いっくん。気分はどう?」

 

 舌足らずに喋りつつ周囲を見回すと、自分の状況を把握できたのか慌てて飛び起きる。

 

「状況は!? 俺はどれだけ寝てた? ここは一体――」

 

 急に動いたせいか、血の気が引いてバランスを崩し、目の前にある豊かな双丘へと倒れ込んだ。

 

「あ、あれ? なんで……」

「はいはい、ちょーっと落ち着こうねー。今説明してあげるから」

 

 どれだけ動こうとしても、何故か体に力が入らない。束はこれ幸いと一夏を抱きしめ、その豊満な双つの天然クッションに迎え入れた。その感触に動揺も興奮もせず、真っ先に思うのは安堵。

 その柔らかさに一夏は抵抗する気力を失い、全身の力が抜けていく。

 

「いっくんはどこまで覚えてる?」

「えっと、攻撃された所までは。束さんが治療を?」

「そだよ。ちーちゃんも出張ってるから」

「千冬姉が……!?」

 

 千冬の名前が出た所で一夏の表情が変わり、まともに動かない体を無理矢理起こした。

 

「まさかISを?」

「うん。それもちーちゃんに相応しいを束さんがプレゼントしたよ」

「……! テロリスト以外にも、予想外の敵(イレギュラー)がISを展開してませんか?」

「そこまで予測してたんだね。確かにどこの勢力か判らないのがクリーチャーみたいなのを広範囲に――」

「まず、い……」

 

 体力が限界で億劫《おっくう》な体を無理矢理動かし、なんとかベッドから起き上がろうとする一夏を、束は慌てて抑えつけた。

 

「ちょっ、いっくん待って! たった今治療が終わったばっかで体力も回復してないのに」

「時間がない。あいつら展開の早さに合わせて、段階を一つ繰り上げた。このままじゃ千冬姉も、箒達も危ない」

「どういう事さ? いくら段階が繰り上がったって、こっちは戦力が充実して――」

 

 騒いでいる最中(さなか)、室内にけたたましいサイレンが鳴り響く。片手間で束がウィンドウをポップし、外の様子を見ると、例の無人機が2機と、蜘蛛を模したISが海上で戦っている。

 

「アメリカの第2世代機。なんで?」

「アラクネか。それとアレは――DSOの無人機?」

 

 一夏が記憶の中にある機体を思い出せば、該当するのは数多(あまた)の僚機を伴って現れるDSOの無人機。確か量産型の第3世代機で、四機一組(フォーマンセル)で複数のチームを組み、人海戦術による波状攻撃でプレイヤーを追い詰めるタイプだったはずだ。

 

「これを運用してる連中はオタクか厨二病でも(わずら)わせてるの?」

「効率の問題だよ。仮想で運用方法と戦術効果が立証されてて、現実で理論も技術も確立されてるなら、作り上げる技術者(バカ)は出てくるさ」

 

 それに対する問題は幾つかあるが、今はそこを議論する時ではない。束はいろいろ聞きたい所ではあるが、それらをグッと(こら)えた。

 

「束さん、使えるISはある?」

「その体で戦う気!? あれが敵か味方かも判らないのに」

「敵の敵だよ。そしてアラクネの目的だけなら俺達寄り」

「何を根拠に――」

「今の今まで現れず連中とやり合ってる。大方、連中が大義名分で使おうとしてたどっかのテロ組織が潔白を証明する為に送り込んだ戦力の一つだろ。ここで援護に入って助力を求めないと、次はこっちが危ない」

 

 根拠も可能性としては高いし、言ってる事も最もだ。

 だが肝心のISはないし、一夏の体だってまともに回復していない。こちらは完全にバックアップと割り切っていたので、今あるのは軽度の防衛設備と鹵獲したコア、そして破損した機体に桂秋(けいしゅう)白桜(はくおう)の予備パーツと弾薬ぐらい。

 これらを使って今から機体を組み上げるという選択肢もあるが、いかんせん時間がなさ過ぎる。

 何より、一夏を止める為に束はここにいるのだ。こんな状態の一夏を戦場に出すなど本末転倒。

 

「だ――」

 

 ダメ、と口にする前に、横合いから眩《まばゆ》い光。その(まぶ)しさに目を細めながらそちらを見ると、その光源は一夏が使っていたコアからだ。

 

「これって……まさか一次移行(ファーストシフト)?」

「いや、形態移行(フォームシフト)の特性を使った自己形成(セルフォーメーション)(※2)、だと思う」

 

 驚いて一夏を見る。理論的には条件さえ揃えば起きない事はない。ないが、何故そんなのを一夏が知っているのか。

 そんな束に気付かず、一夏は束の腕の中から抜け出し、その光に向かって手を伸ばて、一言「来い」と(つぶや)くと、それに応えてコアが飛んで来て、一夏の目の前で停止する。

 

(間違いない。このコアは完全にいっくんを主人(マスター)として認めてる!)

 

 普通に考えればありえない。ISとパイロットは長い時間をかけてお互いを理解し、初めてマッチングするものだ。

 それがどうしてこの短時間で形態移行(フォームシフト)が可能になる程の理解を深められるのか。一夏といいコアといい、束の理解の埒外(らちがい)にいて興味深くはあるが、今は一夏を止めるのが先だ。

 

「待つんだ。いくら戦力(IS)を得たといっても、今のいっくんが出張る必要は」

「今この状況で動けるのは俺だけだ。今動かなきゃ、全てが無駄になる」

「判りなさいよ! なんの為に皆が動いて――」

「出遅れてるから俺が動くしかないんだろ!」

 

 キレた一夏に痛い所を突かれ、束はビクリと体を強張(こわば)らせる。そんな束を無視して、一夏は外に出ていこうとする。

 満足に動かない体を酷使し、フラフラと頼りない歩みではあるが、その背は束が知る小さな子供ではなくなりつつあるのに気付かされる。

 

「いっくん……」

 

 今の一夏を力ずくで抑えつけるのは簡単だ。出遅れたのだって、ジリ貧になっても相談してこなかった一夏にも問題がある。

 だが、それも周りの大人達が頼りにならないからと言われれてしまえばそれまでだ。何より束にはもう一夏を止める事ができない――その資格すらない。

 

「……わかった、もう止めない。でもその前に」

 

 言いつつ、壁に(あつら)えた棚から幾つかのパウチを取り出す。それは一夏もよく知るゼリー飲料だ。

 

「束さん特製のハイエナジーゼリー。これなら少しは体力も回復するはずだよ」

「ありがとう、束さん」

 

 受け取るなり、早速2つ封を切って喉に流し込む。

 吸収率が高いのか、それほど体が栄養を欲していたのか、摂取するにつれ力が戻って来るのを体感する。それに気付いた束も次々とパウチを渡し、8つめのパウチを飲み込んで胃袋の方が限界になった。

 

「じゃ、行って来るよ」

「後で詳しい話をしようね――逃げたらちーちゃん送り込むから」

 

 しれっと逃げ場のない事を告げられ、疲労とはまた違った疲れを背負い、一夏は外へと飛び出した。

 

 

 

***

 

 

 

 

「さて、と」

 

 手の中にあるISを見る。

 今の今まで待機状態になる事もない、ただの光の玉だが、夢現(ゆめうつつ)の中で聞いた声を信用するなら、こいつは現状を打破できるだけの機体(モノ)だと信じたい。

 

「相変わらず、準備もままならない行き当たりばったり、だな」

 

 加えて、今は死にかけた疲労も上乗せされ、全力を出せるかどうかも怪しい。

 

「少し手を貸すってんだ――期待させてもらうぞ」

 

 とある人物の名を呟き、ISを起動させた。




ようやく(多分気付かれてたろうけど)弾の正体と更識、ドイツに束の合流フラグが立ち、ちょくちょく話題に上がっていた特許トロールの件も秒読み開始。
謎の人物(?)だけでなく、襲撃犯のコアの秘密に一夏がISを使えた理由にも謎が増え、オマケに新型機の登場フラグとかなり盛りました。まだ2つほど伏せ札が残ってますが、序盤でこれだけ問題作っておけば読者に先を読ませず考察でアレコレ楽しむことが出来るんじゃないかと。
それでも先の展開は読ませず楽しめるようにはしたいですが(できてるかどうかは別w

弾と更識パッパを絡めるのは(原作の流れ的に)元々決めていたのですが、ここにワンクッションで仮想課入れれば流れ的にも自然だし、よりカオスになって修羅場も作れると気付いてこの構成に。あの人やあの人を絡めるのは自然になるし、一夏以外の修羅場も生まれやすくなり、ついでにオーディナルスケールに繋げるフラグも建てられます。
惜しむらくはここまで更識の陰をまともに出せなかった事。匂わせる部分は00-08と00-16で仮想課メンバーが出てきた時にチラッと出していましたが、もう少しやりようあったのかな、とも思います。
スパロボっぽいクロス構成はなかなか難しい。単純に構成力がないだけかもしれませんが…

【今回の設定】

※1 特許トロール
特許ゴロやパテント・トロールともいわれ、現在はPAE(特許主張主体)とも呼ばれる、要は企業をはじめとした第三者による特許のパクリ。訴訟が起きると泥沼な上に裁判所から和解を勧められる事例の方が多いみたいで、場合によっては特許パクった方が時効まで争い続け、最終的に特許の期限切れと同時に権利放棄した事例もありました。
これを回避するためにライセンスのみをもった技術事務所や会社を設立する所もありますが、これを利用した企業規模の詐欺行為などもあり、調べると沼だけど事例はマジでネタの宝庫。海外での法律関係のドラマなどでは鉄板ネタで、使われない話を探す方が困難なほど。
今作みたいに安く買い叩いたり、技術を切り売りしていたなんて事例もあり、どれをネタに利用するかの方を本気で悩みました。
日本の方はどうかというと――うん、まぁ…なんというか…その……ゴニョゴニョ

※2 自己形成(セルフォーメーション)

自己修復や形態移行を行う際、経験を蓄積して最適な状態に機体を変化させる(例として白式の多機能武装腕『雪羅』など)。反面、ダメージを負った経験も反映されるため、間違った方向に変化してしまう可能性もあり、一長一短の機能でもある。

原作2巻で鈴&セシリアがダメージを負った際、この辺に言及していて、それを自己解釈で命名。今回のはちょっと違うようで…

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