魔法科高校の魔術使い   作:快晴

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第8話

 

学校の屋上、士郎はそこから学内の監視をしていた。

 

今、講堂の中では公開討論会が行われており、士郎の耳につけたイヤホンから、討論の内容が流れてきている。

 

討論自体、かなり終盤に差し掛かっているが、明らかに生徒会に対する共感が強く、このまま進めば同盟組は満足できる結果を得ないまま討論会は終了するだろう。

 

「それだけで終わるはずはないがな」

 

校門に止まる数台のワゴン車を見ながら呟く士郎。おそらく、あの中には武装したエガリテの一員たちが乗っている。

 

では何故その車を何もせず士郎が放っているかというと、あくまで自分達が正当防衛を行なったという事実を作るために、先手を相手に取らせる必要があるからだ。

 

後手に回るしかない士郎がワゴン車の観察を続けて数十分、丁度、真由美の宣言が終わりインカムに拍手と思われる雑音が入って来た時だった。ワゴン車から次々と武装した集団が現れ、校内に侵入する。そして、実技棟に差し掛かったところ、数人の侵入者が仲間を先に進ませその場に止まると、校舎に向けて焼夷弾と思わしき物体を投げた。

 

ドゴォォォン

 

凄まじい轟音が校内に響き渡る。

 

「ーー投影開始(トレース・オン)

 

それと同時に士郎は自身の魔術回路に魔力を流し、黒弓と矢先にゴムのついた矢を投影した。

 

狙うは焼夷弾を投げた侵入者。

ではなく、その反対にいる女生徒達を襲おうとしている集団。

 

相手の頭に照準を合わせ、つがえた矢を躊躇なく放つ。

 

ゴンッ

 

数秒の時間差の後、侵入者の頭に見事に矢は命中し、そのまま意識を刈り取った。

 

突然の襲撃にうろたえる侵入者達。

自分達を狙撃する相手を懸命に探しているようだが、立て続けに放たれた士郎の矢によって、全ての侵入者達がその場に倒れた。

 

次は向こうか

 

再び襲われている生徒を見つけた士郎は矢をつがえてすぐさま放つ。

 

彼の矢は一矢として外れることはなく確実に相手を戦闘不能にしていった。

 

そして、しばらくの間、つがえては放つを繰り返した時、屋上に通じる扉が開き、三人の侵入者が現れた。

 

「ーー投影開始(トレース・オン)

 

黒弓を消した士郎は、新たに刃を潰した干将・莫耶を投影する。

 

突然消えた弓と、突然現れた双剣に一瞬怯んだ侵入者達であったが、すぐに立て直し士郎に襲いかかる。

 

後衛の二人が魔法で隙を作り前衛の一人がナイフによる肉弾戦でそれをつく。烏合の集かと思いきや中にはまともな連中もいるようだ。

ただの生徒であればまともな応戦するまでもなくやられていただろう。

 

だが生憎のところ士郎はただの生徒ではない。

 

襲い来る魔法による攻撃を紙一重で躱し続け、ナイフによる斬撃は干将・莫耶を使い受け流す。

 

膠着状態が続き、相手に焦りが見え始めた時、士郎は受け身ではなく自身から攻めることで、相手のナイフを弾き懐に隙を作った。

 

「ハッ‼︎」

 

間髪を入れずに蹴りをたたき込むと、相手の身体が、後衛二人の位置まで吹き飛ばされる。

 

「ーー投影開始(トレース・オン)

 

夫婦剣を消した士郎は、再び黒弓とゴムのついた矢を投影、流れるような仕草で後衛の二人に向けて矢を放った。

 

仲間がやられたことで対応の遅れた二人は、士郎の攻撃に反応することができない。

蹴りによって先に意識を失った侵入者同様、残りの二人もそのまま意識を失った。

 

少し手間取ったな。

 

黒弓を消して黒服についた埃を払った士郎は、すぐに学内を監視できるポイントに戻り、初めに焼夷弾が投げられた場所を確認する。

 

するとそこでは、達也に深雪、レオとエリカが合流しており、侵入者たちは既にその場で気絶していた。

 

士郎は一度、達也たちから視線を外し、周囲の警戒を行う。その時に、図書館付近で小競り合いが続いているのを確認すると、達也に向けて無線を繋いだ。

 

「達也、私だ」

『士郎、どうしたんだ?』

「図書館前で侵入者達との戦闘が続いてる。

おそらく今回の本命はこっちだ」

『やはりそうか……

助かった。士郎もこちらに合流するんだろ』

「いや、合流はできそうも無い」

 

士郎の視線の先、そこには増援と思われる新たなワゴン車が校門に停車を始めていた。

 

『……そうか。そちらは頼んだ』

 

状況の予想がついた達也が士郎にそれだけを告げて無線を切った。

 

……さて、それではもう一仕事するとしよう。

 

屋上から飛び降り、音も無く地面に着地する。

 

「ーー投影開始(トレース・オン)

 

そして再び黒弓を投影すると、今まさに、こちらに向け押しかけて来る集団を鋭い眼光で睨みつけた。

 

I am the born of my sowrd(我が骨子は捻れ狂う)

 

そのまま一つの矢を投影する。

まるでドリルの様な螺旋を描くそれは、矢というよりも剣に近い。

 

ただそれもそのはず、彼が持つその矢は、もともと、ある英雄が使っていた剣なのだから。

 

士郎はそれを弓につがえるとこちらに向かう集団の少し前に照準を合わせーー

 

ーー放つ。

 

やや弧を描く様に飛んだ矢は狙い通りの集団少し前方の地面に突き刺さる。

 

士郎の攻撃に怯んだ様子を見せた侵入者達だったが、何も起こらないと分かると、矢を飲み込んでこちらに向けて進んで来た。

 

壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)

 

突然の爆発。

 

これに巻き込まれた侵入者の多くは再び立ち上がることは叶わず、そのまま地面に倒れ伏した。

 

「さて。今ので半数が減ったが、君たちはどうするんだ?」

 

侵入者たちに動揺が広がり、一瞬でやられた仲間たちの姿が彼らの動きをその場で固まらせる。

 

「……返答なしか。まあいい。

もともと君たちをこの場から逃すつもりはないのだからな」

 

士郎は黒弓を消すと両手に干将・莫耶を投影する。

 

「心して掛かってくるがいい。そこから先は地獄だぞ」

 

その一言で恐怖を振り払う様に襲いかかる侵入者たち、数にしておよそ15。これに対して士郎は一人。圧倒的に有利なのは侵入者達にも関わらず、彼らの表情はどれも絶望的なものだった。

 

 

 

 

 

「嘘だろ……」

「これは想像以上ね」

 

図書館の沈静化が終わり、敵のアジトに乗り込むことが決まった達也達が校舎を出た時、そこにあったのは三十にもおよぶ侵入者を縛りあげベンチに腰をかける士郎の姿だった。

 

「ようやく来たか……うん?

どうしたんだそんな大人数で」

 

部活連代表の十文字に剣術部主将の桐原、

そして美月を除いたいつものメンバーとは、随分、物騒なメンツだ。

 

「これからエガリテの連中にお礼参りに行くんだが、士郎も一緒に来ないか?

達也も戦力が多いに越したことはないだろうし」

「私も賛成。出来れば士郎くんが戦うところを見てみたい」

 

これから敵地に乗り込むとは思えない言い草だ。これではまるで、放課後の寄り道に誘われている気分になる。

 

士郎は二人の勧誘を聞いて、他のメンバー、主に桐原と十文字に向けて視線を送る。

 

「俺は司波兄に乗っかった身だ。聞く必要はないぜ」

「俺もだ。今回の采配は全て司波に任せてある」

 

……これは少し予想外だったな。

十文字先輩は分からんが、桐原先輩に関しては二科生である俺のことを嫌がると思ったんだが

 

「それで、私の参加は構わないのか?」

「必要ない。と言いたいが、備えはいくらあっても足りない。よろしく頼むぞ」

「くっくっく、まったく君は素直じゃない」

 

そう言うと士郎はベンチから立ち上がり、達也達と共に十文字が用意した車へと向かった。

 

 

 

 

 

ドゴン

 

鈍い音をあげて大型のオフローダーが閉鎖された工場の門扉を突き破る。硬化魔法が得意なレオがいるからこそできる荒技だ。

 

とはいえかなりハイレベルな魔法を要求されたレオは、集中力の多大な消費にかなりへばっている。

 

「それで達也、これからどうすればいい」

「レオはここで退路の確保。

エリカと士郎でレオのアシストと逃げ出そうとするやつを始末してくれ」

「了解した」

 

その後、他のメンバーに役割を説明した達也たちは、薄暗い工場の中へ進んでいった。

 

「……士郎くん」

「なんだ」

「士郎くんは、達也くんの言葉をどう思った」

 

達也の言葉。それはおそらく逃げ出そうとする相手を捕まえるのではなく、始末しろと言ったことだ。

 

「適切な判断だと思ったな」

 

ある程度、予想していた答えだったのだろう。

エリカの表情に特に変化はない。

 

「エリカだって、それが最善だと分かっているのだろう」

 

普段の立ち振る舞いを見ても、エリカはかなりできる人間だ。その彼女であれば相手を捕まえることが、ただ殺すことに比べて圧倒的に難しい事ぐらい理解しているだろう

 

「うん、分かってる。

分かってるけど、達也くんがそれを躊躇いなく言ってたから、少し思うところがあってね……」

「幻滅したか?」

「まさか。このご時世、魔法師なんてやってれば一つや二つ、人に言いづらい事があって当然だよ」

 

彼女の言う通り、どの時代、どの世界でも、特別な力を持つ者は他人から、意思に関係なくその力を利用される。

 

士郎自身も生前はその力を都合よく使われ、最終的には全てを自身に擦りつけられ、命を奪われた人物の一人だ。

 

「ならどうしてそんな浮かない顔をしてる」

「……士郎くんが即答したから」

「……」

「その時私、士郎くんも達也くんと同じ場所に立ってるんだって感じた。

優先順位をつけて、守りたいもののためなら躊躇いなく優先度の低いものを切り捨てる、そんな場所に」

 

そう。英霊エミヤと司波達也という人物はよく似ていた。二人とも人間にとって大事なところが壊れていて、二人とも、自身のことなどどうでもよい。ただ己の優先すべきこと、それさえ守られるのなら、彼ら二人は自らの命すら犠牲にする。

 

「私、自分でもよくわからないけど、多分達也くんや士郎くんのことをすごく気に入ってるんだと思う。まだ出会って数週間しか経ってないのにって思うかもしれないけど、私の場合はその数週間ですら珍しいからね」

「……」

「そんな時に、達也くんと士郎くんが本当にいる場所を感じて私、少し遠いなって思ったんだ」

 

……遠いか。

確かに達也が立つ世界、ましてや私の世界は通常とは逸脱している。

 

「あっ、だからってこれから二人と距離を置こうと思ってるわけじゃないよ。

むしろ士郎くんたちといればいろいろと退屈しなさそうだし」

 

少しシリアスになったかと思えば、いつもの様にどこか鋭さを残した笑顔を見せるエリカ。

 

このさっぱりした部分が実に彼女らしい。

こういった感性を持ち合わせる友人ができたことは、士郎たちにとって実に幸運なことなのかもしれない。

 

「やれやれ、厄介な友人を作ってしまったものだ」

「むっ、士郎くん、その言い方は少しひどいんじゃない?」

「すまない。つい本音がでた」

 

ピキッという音が聞こえた。

まさに爆発寸前、今にでも襲いかかってきそうなエリカだったが、その後に続いた士郎の言葉ですぐにそれは沈んでいった。

 

「だが、私達の様な人間にとって、君の様な友人がいることは救いになる。これからも達也のことをよろしく頼む」

「士郎くんはよろしくしなくていいの?」

「ああ。君と一緒ではどれだけケーキを奢らねばならないか分からないからな」

 

拳が飛んできた。

 

「冗談だ。それよりレオはどうした?

先ほどから姿が見えないが」

「ああ、あいつならほら」

 

エリカの足元、気を失ったレオがうつ伏せに倒れている。

 

「これは?」

「疲れてた様だから休んでもらった」

 

休んでもらったって、休ませたの間違いのだろう。

 

「エリカは少し、レオの扱いが酷すぎないか?」

「そんなことないって。こいつはこれぐらいで丁度いいのよ」

 

エリカに足蹴にされるレオ。それを見た士郎は彼に対する哀れみを隠すことはできなかった。

 

「そ、そうか。それより私は少しこの場を離れたいのだが、構わないか?」

「何? トイレ?」

「たわけ。あれだけの騒音を出したにも関わらず敵が一人も来ないのは不自然すぎる。

この場を任せられるなら周囲の偵察をしたいんだ」

「なるほど。そういうことならお願いするわ」

 

エリカの許可がでたところで早速、工場内の索敵を始める。レオが気を失っているためできる限り早く済まそうと思っていた士郎だが、索敵を続けることでその必要もないことが分かった。

 

周囲に敵影がない。

どこか一点に戦力を集中させているのか?

 

範囲を建物の中にも広めて、尚も索敵を続けていく士郎。そして、いくつかの建物をあたったところで中から人間の気配を感じた。

 

一人…… 誰だ。

 

ドアを少し開けて中を確認する。

 

……深雪。

 

そこは氷結の世界。

二桁にも及ぶ人の形をした氷の彫刻、それを凍てつく様な視線で見つめる彼女。その異様すぎる光景は、まるでそこだけ時間が止まっているかの様な錯覚を起こさせる。

 

士郎は今度こそしっかりとドアを開けて中へと入る。パキパキと氷が砕けていく音を聞いて、深雪が背を向けたまま言葉を発した。

 

「誰ですか……」

 

淑やかに尋ねるようなその言葉、その奥に潜む本当の意味は言わずともすぐにわかる。

 

「私だ、深雪」

 

逆らって氷漬けにされるつもりなど毛頭ない士郎は、素直に深雪の質問に答えた。

 

「何があったか知らないが、ニブルヘイムとはまた、随分と派手にやったものだな」

 

その言葉に深雪の肩がほんの少しだけ揺れる。

 

「士郎さん……」

 

どこか寂しげに士郎の名を呼ぶところから、彼女自身、この光景を少しやり過ぎてしまったと思っているのだろう。

 

士郎はそんな深雪に近づくと、顔を伏せる彼女の額に向けて指を弾いた。

 

ばっちぃぃん‼︎

 

「っつ〜〜〜‼︎⁉︎

いきなり何をするんですか士郎さん⁉︎」

 

まさか額を指で弾かれるなどとは思っていなかった深雪は、涙目になりながら士郎に抗議する。

 

「なに、少しやり過ぎた弟子にしつけをしたまでだよ」

 

これに対して士郎は、さも当然かのようにそう告げた。

 

これにより、深雪はようやく気がついた。

 

感情に流されて、愚かにも危険な魔法を使った。そんな自責の念を抱える自身を救うために、士郎はあえて叱ってくれているのだと

 

深雪は、問い詰めるように近づいていた士郎から、一歩身を引く。

そして、一度深呼吸をすると、いつもの彼女の姿で頭を下げた。

 

「お叱り、ありがとうございます士郎さん。

お陰で頭が冷えました」

 

士郎は彼女の頭を少し乱暴に撫で回す。兄以外に身体を触れられることに抵抗を感じる深雪だが、時に厳しく、時に優しい、士郎の暖かなその手を不快に感じることはなく、むしろ心地よいと感じるほどだった。

 

………本当にありがとうございます。

士郎さんの様な方がお兄様のご友人になってくださって。

 

その後、士郎と深雪が達也たちと合流すると、すでに司一の身柄は拘束されていた。

片腕の肘から下をを失い、股を濡らしながら失神しているというなんとも哀れな姿で。

 

こんな人物のせいで自分たちがせっせと動いていたのかと思うと腹立たしい気持ちにもなったが、なにはともあれ、こうして無事に今回の騒動は終了した。

 


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