魔法科高校の魔術使い 作:快晴
魔法科高校、第三演習室。
生徒会役員と風紀委員長が見守るその中で、本日、二度目の一科生と二科生との試合が始まろうとしていた。
「まさかお前が勝負を受けるとは思ってなかった」
「ほう? どうしてそんなことを言う」
士郎の質問を一度鼻で笑った森崎が、私怨のこもった瞳を向けながら吐き捨てる様に答えた。
「当然だろ。不意打ちしかできない様な臆病者に、真っ向勝負なんてできるはずがないからな」
あまりにも安すぎる挑発。
士郎は心の中でため息を漏らす。
まだあのことを根に持っているのか。
後ろを取られた自身の未熟さを棚に上げて、一方的に相手を責めるのは、あまり関心できることではないぞ。
そんな士郎の気持ちなど露知らず、その後も安い挑発という名の暴言が続いた。
視界の端で深雪が達也に動きを止められたところを見るに、士郎よりも彼女に対して挑発が効いているようだ。
「おい森崎、それ以上の挑発は暴言とみなすぞ」
流石に森崎の挑発が過剰であると思った摩利が、口を出すことでようやく静寂が訪れた。
「二人とも準備はいいか?」
「はい」
「問題ない」
士郎たちの返事を聞いた摩利は、数秒時間を開けたあと開始の合図を告げた。
それと同時に動いたのは森崎だった。
得意のクイック・ドロウですぐさま起動式を展開する。
これに対して士郎がとった行動は何もなかった。
ただその場に立っているだけ。
次の瞬間、完成された起動式から、士郎に向けて無数の圧縮空気弾が殺到した。
「「「なっ⁉︎」」」
あまりの呆気なさに外野はおろか、魔法を放った森崎本人ですら声を上げる。
が、放たれた圧縮空気弾は、どれ一つとして士郎の身体に当たることはなかった。
なぜなら……
「CADで切り裂いただと‼︎⁉︎⁇」
そう。士郎は魔法を切り捨てた。
圧縮された空気は切り裂かれたことで分散し、彼の身体に攻撃が当たることはない。
実にシンプルな理由。だが、シンプルである
が故に森崎はそれを認識し、納得することができない。
「七草会長……」
「ええ、達也くんの時と同じで魔法は使われていないわ」
ただの身体能力。
それだけで魔法という絶対的な力が覆される。
そのショックは、一科生という、魔法が優れているが故に到達する地位にいる森崎にとって、耐えられない事実だった。
「くそぉぉぉ‼︎‼︎」
連続で起動式を展開し次々と士郎へ攻撃していく。だが、当然どれも当たらない。
ことごとく士郎の手により切り裂かれ、圧縮空気弾は分散していく。
時折、士郎の身体に届きそうな攻撃もいくつかあったが、その全てが紙一重のところで躱されていた。
この時、森崎が一科生というプライドを捨て、正面からの攻撃に拘らなければ、淡い希望ではあるが、少なくとも掠らせる程度の攻撃はできたかも知れない。ただ、自身が一科生であることに大きな誇りを感じる彼に、二科生である士郎に向けて、そんなことができるはずはなかった。
「そろそろこちらも行かせてもらう」
次の瞬間、雨のように飛んでいた圧縮空気弾を、時に切り裂き、時に躱していた士郎が森崎の目の前に迫っていた。
咄嗟に後ろに跳び退き、振り払われた腹への一撃をなんとか躱す。
だが安心するのも束の間、目と鼻の先に、士郎の手から投げられたCADの一方がこちらに飛んできていた。
いくら魔法でないとはいえ、CADはそもそも機械で構成され、それなりの重量が存在する。それが人間の手によって投げられ飛んできているのだから当たればタダでは済まされない。
まだ整いきらない身体を無理に捻って躱す。
その際にぶちぶちと嫌な音が聞こえた気がしたが、森崎は無視して模擬戦に意識をもどした。
なぜなら、この時、森崎はCADを一つ失った士郎に対して好機だと考えたためだ。
今なら手数で押し切れる‼︎
先ほどの攻撃の際、すべてを切り裂くのではなく、いくつか躱すことでやり過ごしていたのが、飛んでくる圧縮空気弾を捌ききれないためだと考えたのだろう。
森崎は得意のクイックドロウで再び起動式を大量に展開すると、士郎に向けて魔法を放とうとした。
「がはっ‼︎」
突然の衝撃。
身体が弾かれる中、首だけ後ろに捻り確認すると、そこには先ほど躱したはずの、士郎のCADがあった。
何故投げたCADが戻ってくる‼︎
答えとしては、士郎の持つCADにはあの夫婦剣と同じ特性を持つよう魔術による改造が施されているからであった。
「終わりだ」
その言葉を最後に、森崎の意識は暗闇へと消えた。
CADを事務所に預け直した後、士郎たちは風紀委員会の本部に案内された……が。
「汚すぎる」
「むっ、それは少し言い過ぎじゃないか?」
本気でこれが少し言い過ぎだと思っているのか‼︎
ぐちゃぐちゃに散らかった資料、そこら中に転がっているCAD、これではどこぞのゴミ屋敷と言われてもなんの違和感もないくらいだ。
「済まないが、ここを片付けさせてもらう」
あまりにも悲惨な部屋に、同じように耐え難いものがあったのか、無言で手を貸してきた達也と二人で、士郎は風紀委員会本部の掃除を始めた。
ーーそして十五分後
「……ここ、風紀委員会本部よね」
部屋に入ってきた七草の、開口一番のセリフがそれだった。
「ふっ、私を満足させたければこの三倍は持ってこい」
「どうして士郎くんは今日一番の笑みを浮かべているのかしら」
部屋と士郎の顔を見比べて頭にクエスチョンマークを浮かべる真由美、そんな彼女に向けて、摩利が、「いきなりご挨拶な」と少し怒りをあらわにしていたのはどうでもいいことだ。
「それより、二人の委員会へのスカウトは成功したのかしら?」
「いや……、達也くんは成功したんだが」
そう言って士郎に対して摩利から疲れたような視線が向けられる。
「どうかしたか?」
「どうかしたかじゃいないよ士郎くん。
掃除中に何度も声をかけたのに……」
むっ、どうやら掃除に集中し過ぎたらしい。
「それは済まなかった。
ただ、その内容というのはもちろん風紀委員会の所属についてだろ? すまないが断らせてもらう」
そんな士郎の態度に苦笑いを浮かべる真由美。
一方、摩利はというとプルプルと震え、今まで散々無視されたあげく、スッパリと断りを入れられたことに対する怒りを噛み殺しているところだった。
「いったいどうしてか教えてもらえる?」
隣で爆発寸前になっている風紀委員長に変わって真由美が士郎に尋ねてくる。
「どうしてもなにも、私には店があるので放課後に時間が割けないということだ。
もし仮に、風紀委員長殿がそれでも構わないと言うのなら、入ること自体は構わない。だが、風紀委員会の中で二科生である私を特別扱いするのは、達也が風紀委員に入ったこととプラスで、一科生からのイメージダウンに大きく繋がるぞ」
その後も長々と自身が入ることによるデメリットをあげると、怒りに震えていた摩利から、驚いたような視線を向けられた。
「士郎くん、意外にちゃんと考えてくれてたんだ」
「委員長、さすがにそれは士郎に失礼です」
まあ、こういった扱いには慣れているので気にはしない。
「それで、結局先輩方はまだ私の引き抜きを行うのかな? 先ほど話したデメリットを理解した上で、なお誘ってもらえるのなら私も期待に応えようと思うが」
そう答えた士郎だったが、自身のメリットを一言も話さず、デメリットのみを丁寧に説明されてしまえば、それが本音でなく、建前であることはここにいる誰もが容易に理解できた。
「はぁ、わかった。達也くんを引き込めただけでも良しとしよう」
「そうか。残念だ」
この時、士郎は忘れていた。
今まで味方だった人物が既に敵陣に回っていことを。
「なら委員長、士郎にはボランティアという形で手伝って貰えばどうでしょう?」
「……ほう」
達也の言いたいことを理解した摩利が士郎に向けて不敵な笑みを浮かべる。
…………失言だったな。
「確かに、士郎くんにやる気があるのにこちらの都合で断ってしまうのは何とも忍びない。
そうは思わないか真由美?」
ここで会長への絶妙なパス。
もちろんそれを取り損ねる彼女ではない。
「ええそうね。
風紀委員の仕事に、ボランティアを募ったなんて前例はないけれど、達也くんがすでに一つ前例を破っているのだし、今更二つになったところで大した差はないわ」
完璧な微笑みを向けてそう告げた真由美を見た時、士郎は遠い世界の赤い悪魔を思い出さずにはいられなかった。
「だ、そうだ。会長の許可も降りたことだし、もちろん快く引き受けてくれるよな、士郎くん?」
くっ! この一件、忘れはしないぞ達也。
そんな恨みのこもった士郎の視線を、いつも通り涼しい顔をした達也が、まるで、一人だけ逃しはしないと言いたげな瞳で見返していた。
「……わかった。その提案を受けよう」
やった。と、ハイタッチを行う二人。
何とも可愛らしいが、乗り気ではない士郎からすれば目の前でやってほしくない行動だった。
「ただし、私はさっき言った通り自身の店の関係もある。私が来れるのは火曜日と木曜日だけだと思ってくれ」
「ああ。士郎くんはあくまでボランティアだからな。そこまでの強制はしない」
摩利の許可を取ったところで、士郎は風紀委員本部を後にした。
「おっ、士郎じゃねぇか」
「おかえり〜、士郎くん」
鞄を教室に取りに戻ると、そこにはレオとエリカの姿があった。
正直、この二人だけで一緒にいるなんて意外だと士郎は思ったが、もちろんそんなことは口にしない。
「二人は帰ってなかったのか?」
すでに外は暗くなり始めており、校内にあるライトもちらほらと灯りがつき始めている。
レオはまだしも女の子であるエリカは、すぐにでも学校を出た方がいい時間帯だ。
「ああ、さっきまでこいつのせいで先生に怒られててな」
「人のせいにするなんて。
なんて器が小さい男、だからあんたはモテないの」
「何を!」「あら、図星だった?」と、口喧嘩を始める二人、ここまでくると彼らは前世で何か因縁があったのではないかと思わざるを得ない。
「あっ。そういえば士郎くん、昼に言ってた話はどうなったの」
ただ、今回の口喧嘩は長く続かなかったようで、レオから視線を外したエリカが士郎に、風紀委員会の話ついて聞いてきた。
「まあ色々あってね、私はボランティアという形で、週に二回手伝うことになった。
達也の方は完全に風紀委員として所属がきまったな」
その返答にエリカは意外そうに声をあげ、レオの方は嬉しそうに声をあげた。
「でも、士郎はなんで正式な委員じゃなくてボランティアなんだ?」
「この間、レオに説明したが私は店を開いているからな。それをおろそかにして店を潰すわけにはいかない」
「確かに。私としても士郎くんのあのケーキが食べられなくなるのは嫌だから、その選択は正しいと思う。あー、思い出したらまた食べたくなってきちゃったな〜」
頬に手を当てうっとりとした表情を浮かべるエリカ。それをを見たレオは、彼女に伺うように尋ねた。
「……なあ、士郎のケーキってそんなに美味いのか?」
「ええ。少なくともそこらへんのケーキじゃ我慢できない身体にされるわね」
自身の料理が褒められるのは素直に嬉しいが、エリカの言い方を聞くと、素直に喜べそうになかった。
「なあ士郎、今からお前の店に行っていいか?」
「悪いがレオ、今日は店を閉めていてな。
友人の頼みとはいえ、個人のためにやたらと店を開くことはできない」
ガクッと肩を落とすレオ。
相変わらず実に感情が分かりやすい。
思ったことをすぐ表に出してしまうのは悪い癖だが、感情を素直に表現できること自体はレオの美徳だと士郎は考えている。
「ただ、代わりに明日好きなケーキを一つ作って来てやろう。レオにはまだサービスを行っていなかったからな」
「えっ本当か⁉︎ やりぃーー‼︎」
「やった。士郎くん、明日は楽しみしてるね」
「ちょっと待て、どうしてエリカの分も用意することになっている」
さも当然かのようにしているエリカだが、士郎は一度も彼女のケーキも用意するとは言ってない。
「チッチッチ、士郎くん。
そこに美味しいケーキが一つしかなければ、私は間違いなく奪い取るよ」
なんとも潔い強奪宣言。
士郎は諦めたようにため息をついた。
「わかった。それなら明日、美月や深雪の分のケーキも焼いてこよう」
エリカにケーキを作る以上、彼女達に作らないわけにもいかない。
こと甘いものに関して、女性は凄まじい執着を発揮するからな。
特に美月、彼女は士郎のケーキをかなり気に入っている。彼女の性格を考えて恨まれるということはないだろうが、見ていてこちらの心が痛くなるのは、容易に予想できた。
「なら士郎、俺はチーズケーキを頼めるか?」
「了解した。楽しみに待っていてくれ」
レオのリクエストが決まったところで、士郎は「それではまた明日」と教室を出ようとしたが、エリカに呼び止められた。
「あれ? 達也くんたちを待たないの?」
「ああ、風紀委員に入る手続きを済ませるらしい。先に帰ってくれとのことだった」
それを聞いたエリカは、自身のバックを掴むと士郎の隣に寄って来る。
「そっか。なら私も一緒に帰ろっかな。
士郎くん、護衛よろしく」
「レオには頼まないのか?」
「だめだめ〜、あいつにお願いしたらそのまま襲われちゃうわよ」
「誰がお前なんか襲うか‼︎
てか、お前だったら護衛なんて要らないだろ‼︎」
確かに、森崎との一件で見せた彼女の動きを思い出せば、護衛など相手が余程の達人ではない限り必要ないだろう。
「確かにそれは一理あるが、レオ、彼女はそれでも女性だ」
「あれ、士郎くんの言葉に少し棘がある気がするのは気のせいかな?」
「ああ、気のせいだ」