魔法科高校の魔術使い   作:快晴

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第3話

「これで準備は終わりだな」

 

入学式を終えた翌日、士郎はいつものように九重やその弟子達の朝食を用意していた。

 

「そろそろみんなを呼びに行こう」

 

エプロンを外して黒いインナー姿になると、士郎は厨房から庭へと向かう。

 

庭に着くと、そこでは達也が大の字で地面に寝転び荒い息を整えているところだった。

これに対して彼と戦っていたであろう九重は、汗を流しつつもまだまだ余裕の表情を残し、深雪にタオルとコップを貰っている。

 

「おはよう深雪。

達也の方は今日も盛大にやられたみたいだな」

「おはようございます、士郎さん」

 

三人に近づいた士郎はまず深雪に挨拶をする。

それに続いて地面に寝転ぶ達也にも挨拶替わりに言葉をかけたのだが、どうやら相当に九重との鍛錬が効いているらしく、直ぐには答えが返ってこなかった。

 

「士郎くん? なんで僕には挨拶しないのかな?」

「九重も今朝、私に挨拶をしなかったではないか」

「あちゃー、バレてたか」

「当然だ。厨房という結界の中で、私がつまみ食いをする輩に気づかないはずがないだろう」

 

士郎の答えに九重が頭を掻きながら「僕もまだまだ修行が足りないな」と呟く。

 

ただ、九重が厨房の中で士郎を欺くには、少なくともAランク以上の気配遮断スキルが必要になるだろう。

 

「僕が士郎くんを破るのが先か、それとも達也くんが僕を倒すのが先か、うん。これから先が楽しみだ」

 

確かに、いつか達也が九重を倒す姿を想像するのは悪くないが、盗み食いのスキルを上げると言っているような前者には、幻想を抱いたまま溺死してもらいたい。

 

「おはよう士郎、さっきは無視してすまなかったな」

「別に謝る必要はない。私は挨拶をしなかったことに怒ってるのではなく、盗み食いを働いたことに怒っているのだからな」

 

士郎の視線を受けた九重が、おどけた様子で深雪の後ろに隠れる。

 

隠れられた深雪はと言うと、なんともいえない笑みを浮かべながら、ただただ壁に甘んじていた。

 

「それよりお兄様、そろそろ朝ごはんにしませんか? 先生と師匠もよろしければご一緒に」

 

この時、深雪が士郎のことを師匠と呼んだのは、久しぶりに料理の採点をしてもらいたかったからだろう。

 

こうしていつもの朝が過ぎていき、朝食を食べ終えた士郎は、後片付けを九重の弟子に任せ、一人、自身の店「コペンハーゲン」へと向かった。

 

「おはよう。マスター」

「おお、士郎くんか」

 

士郎がマスターと呼ぶこの老人は、本名を田中義彦という。

 

もともと、この店のオーナーだったのだが、年をとり体力的に限界を感じたため、アルバイトとして働いていた士郎に半年ほど前に店ごと譲ってくれた。

 

「昨日から学校が始まったんだろ?

家も近いわけじゃないんだ。仕込みはわたしがしておくから、朝は無理して来なくていいんだよ」

「無理などしてないさ。

マスターにこの店を譲ってもらった身として、当然のことをしているまでだ」

 

それにこちらもこの程度で壊れるような、やわな鍛え方はしていない。私を満足させたければ、この三倍は持ってきてもらいたいものだ。

 

「そうかい。それじゃ後はお任せしようかな」

 

士郎の返答に嬉しそうな笑みを浮かべながら、マスターは帰りの支度を始める。

 

「ケーキの生地はもう焼きあがって保管してるから、後の軽い下準備だけはお願いするね」

「了解した。マスターの心遣い感謝する」

 

そう言い残したマスターは、店を出て自身の家へと帰っていった。

 

「さて、私も残りを終わらせるとしよう」

 

そこから30分、開店に必要な準備を終わらせた士郎だったが、時計の確認を怠ったため、この後走って学校に登校することとなった。

 

 

 

 

 

身体強化の魔術を使った結果、士郎はどうにか、予鈴が鳴るのと同時に教室に入れた。

 

「遅かったな士郎」

「おはようございます、士郎さん」

 

急いで自身の机を探して席に着くと、達也が隣に、美月がその後ろに座っていた。

 

「おはよう美月。

少々、店の下準備に熱が入ってしまってね。

おかげで走って学校にくるハメになった」

「うん? 店ってなんの話だ」

 

ここで士郎の知らない人物が口を挟んでくる。

 

大方、私が来る前に知り合った、新しい友人といったところか。

 

「なに、この学校から少し離れたところでカフェをやっていてね。今朝はその下準備をしていたんだ。良ければ今度なにかご馳走しよう」

「ほんとか‼︎」

 

凄まじい食いつきだな。

まあ、この年代の男が食事に飢えているのは当然か。

 

「俺は西城レオンハルトだ。結構、長い名前だからレオって呼んでくれ」

「了解した。私は衛宮士郎という。呼び方は好きにしてもらって構わない」

「おう。よろしくな士郎!」

 

この後すぐに本鈴がなり、この学校の総合カウンセラー兼、クラスの担当教師となった小野遥という女教師が、オリエンテーションに関する説明を進めていった。

 

「達也、士郎、昼までどうする?」

 

オリエンテーションで指示された内容を済ませていると、達也の前に座るレオが話しかけてきた。

 

「ここで資料の目録を眺めているつもりだったんだが……OK、付き合うよ」

 

なんとも達也らしい返答に、楽しそうに輝いていたレオの目が、実に分かりやすく曇った。

 

「士郎はどうするんだ?」

「私はもう少し履修の登録を考えたい。

店の都合を考えて出来るだけ無理がないようにしたいのでね」

 

納得したように頷くレオだったが、一緒に回りたいところでもあったのか、明らかに落胆の表情を見せる。

 

「ただ、こちらが終わり次第合流しようと思う。どこに行くのか教えてもらっても構わないか?」

 

それを聞いたレオの顔が少し明るくなった。

 

まるで犬だな彼は。

 

同じことを考えていたのか、達也もそんなレオを見て苦笑いを浮かべていた。

 

「工房に行ってみねぇか?」

 

ほう、意外だな。レオのことだから闘技場に行くと予想していたのだが。

 

「へぇー、あんたが工房なんて言うとは意外ね」

「うるせー。オメーもどう見ても肉体派だろ、一人で闘技場にでも言ってろ」

 

突然会話に入ってきたエリカ。

そしてそのまま軽い口論が徐々にヒートアップして行く。おそらく知り会って間もない間柄なはずなのに、どうしてここまで仲が悪いのか、士郎は不思議で仕方がなかった。

 

「さぁ、それより行きましょう! 時間が勿体無いですし!」

 

結局、見かねた美月の仲裁が入るまで、二人の舌戦が終わることはなかった。

 

ただ、その終戦も一時的なものだったようで、無事、履修を終え士郎が合流した時には、既に戦いは再開されていた。

 

 

 

 

 

午後の専門過程見学も終わり下校時刻。

早く帰って店を開くため、達也たちと別れて先に帰ろうとした士郎だが、校内で落し物をしたという生徒に出会い、その探し物を手伝った結果、今もこうして学校の敷地内にいる。

 

帰りも走りか、と思いながら少し早めに歩いていると、なにやら見知った顔が騒ぎを起こしていた。

 

まったく、こんな大勢の目の前で彼らは恥ずかしくないのか?

 

騒がしい友人達に心の中で毒を吐きながら、士郎は状況の分析を続ける。

 

相手は……、昼間の一科生か。

となると、深雪と一緒に帰ろうとした達也達に難癖つけたというところだな。

 

「うるさい! 他のクラス、ましてやウィードごときが僕たちブルームに口出しするな!」

 

あらかた分析が済んだところで、一科生が言ってはならないことを口にした。

 

「同じ新入生じゃないですか。あなたたちブルームが、今の時点で一体どれだけ優れているというんですか」

 

これに対して真っ向から反対した美月の声は、決して大きくなかったにも関わらず、不思議と校庭に響く。

 

「……どれだけ優れているのか、知りたいなら教えてやるぞ」

「ハッ、おもしれえ! 是非とも教えてもらおうじゃねぇか」

 

まさに売り言葉に買い言葉、レオの挑戦的な言葉に対して、ついに一科生がCADに手をかけた。

 

「だったら教えてやる!」

 

その言葉とともに相手はCADの銃口をレオへと向けるーー

 

が、彼の行動はここで止まった。

 

気づいた時には空を見上げ、肺の中にある空気を全て吐き出していたからだ。

 

「悪いが、個別授業はよそでやってくれないか」

「「「士郎(くん)(さん)」」」

 

……この一科生のCAD、特化型だな。

こんなものを感情に任せて振り回すとは。

 

「士郎、先に帰ったんじゃなかったのか⁉︎」

「校内で人助けをしていてね。別に嘘をついた訳じゃないぞ。それとエリカ、その物騒なものをしまってくれ」

 

士郎の言葉で初めてエリカが警棒を握っているのに気づいたレオが、「おわっ、お前、そんなあぶねぇもん持ってたのか」とやや大げさに驚いた。

 

「もう、士郎くんと違ってうるさい男ね」

「なっ⁉︎ 誰だってそんな物騒なもん持ってたら驚くに決まってるだろ‼︎」

 

倒れたままむせ返る一科生と、突然現れた士郎のことなど忘れて再び口論をする二人。

 

ぎゃあぎゃあ騒ぐのは構わないが、私の知らないところでやってもらいたい。

 

そんな状況に誰もが唖然としている中、士郎の視界に、女生徒が腕輪型の汎用型CADを操作するのが映った。

 

ーーしまった!

 

咄嗟に動きを封じようとしたが、目の前の二人が邪魔でその場を動けない。

 

起動式が展開され、士郎がやむなく魔術を使おうと自身の魔術回路に魔力を流した時、女生徒の展開した起動式が打ち砕かれた。

 

「止めなさい! 自衛目的以外の魔法による対人攻撃は、校則違反である以前に、犯罪行為ですよ!」

 

声の主人を確認した女生徒は顔面を蒼白にしその場でよろめく。

 

よく術式を撃ち抜いた人物の顔を確認すると、この学園の生徒会長、七草真由美その人だった。

 

「あなたたち、1ーAと1一Eの生徒ね。

事情を聞きます。ついて来なさい」

 

そして、真由美の隣に立ち、硬質な声音でそう告げるのは、風紀委員長の渡辺摩利だ。

 

既に起動式の完成したCADを持つ彼女の姿から、士郎たちに拒否権が残されていないことがよくわかる。

 

「すみません、悪ふざけが過ぎました」

「悪ふざけ?」

 

凍りついた空気の中、達也の発言に摩利の眉が軽く顰められる。

 

「森崎一門のクイックドロウは有名ですから、後学のために見せてもらうだけのつもりだったんですが、あんまりに真に迫っていたもので、思わず手が出てしまいました」

 

なんとも口がよく回るものだ。

 

その後も達也の弁解は続き、結局今回の件は不問となった。

 

 

 

 

 

騒動が終わり、すぐさま店へと向かった士郎は、なんとか一時間遅れで店を開くことができた。

 

あのまま何の弁解もなく風紀委員に捕まっていれば、この程度の遅れでは済まなかったので達也には感謝せねばなるまい。

 

「いらっしゃいませ」

 

ドアベルの心地いい音を聞いて反射的に頭を下げる。

 

すると目の前には、今日あまり顔を合わせたいとは言えない人物達がいた。

 

「君は確か」

 

まず口を開いたのは風紀委員長の渡辺摩利。

 

「衛宮士郎です。先ほどは失礼しました」

 

一応、業務中ということなので普段の口調より丁寧な言葉を選ぶ。すると、なぜか隣にいた真由美が口に手を当て、くすくすと笑いだした。

 

「失礼ですが、何かおかしなところがあったのなら教えていただいても?」

「いえ、おかしなことはなかったわ。

ただ、あなたの喋り方があまりに違い過ぎて」

「……席に案内する。ついてきたまえ」

 

「あら、もうやめてしまうの?」とからかった様子で尋ねる彼女を無視し、二人を奥のテーブル席へと案内した。

 

案内を終えた士郎は、キッチンへ戻り、サービスのケーキを皿に切り分ける。

 

「お待たせした」

「うん? 私達はまだ注文をしていないぞ」

「先ほど先輩方には迷惑をかけたのでね。私からのお詫びと思ってくれ」

 

そう言われて顔を見合わせた二人は、士郎の出したケーキを口に運ぶ。

 

「うぅぅん⁉︎ なにこれ美味しい‼︎」

「確かにこれは、うん。ほのかに香る桜の香りと柔らかな甘みがなんとも心地いい」

 

そこからは夢中でケーキを頬張る二人、そして数分後、あっという間に皿は空っぽになった。

 

「満足していただけたかね?」

 

食後の紅茶を注ぎながらそう尋ねると、ようやく我に帰った二人が、やや頬を赤めながら賞賛の言葉を述べた。

 

「それは良かった。今のは新作でな。

味の感想を聞きたかったところなんだ」

「もしかして、これは士郎くんが?」

「当然だろう。ここは私の店だからな」

 

それを聞いた二人の驚いた顔を、士郎は未来永劫忘れることはないだろう。

 

「君は一体何者なんだ」

 

士郎の淹れた紅茶を飲みながら、呆れたような口調で尋ねる摩利。

 

「聞いた話によれば、私達が駆けつけるまえに森崎を叩き伏せたのは君だというじゃないか」

「知っていたのか」

「当たり前だ。これでも風紀委員長、情報はいくらでも入ってくる」

 

確かにあれだけ人目につく場所での出来事だ、どれだけ隠そうとしても必ず情報は漏れるだろう。

 

「それだけじゃないわよ摩利、士郎くんは達也くん同様、入学試験で七科目平均、九十三点の成績優秀者よ」

 

それを聞いた摩利は、より興味深そうに士郎の顔を覗いてくる。

 

「別に私は大した人物ではない。

取り入って大きな才能がなかったから、自身にできることをできるだけ努力した結果がこれだ」

「普通に言ってるけど、それはそれですごいことよ」

「まったくだ。自身を知り、自身にできることを極めるのはなかなかできることじゃない」

 

どういう訳か私の株が上がっていないか?

 

その後、士郎が出した紅茶を飲み干した二人は「また来るわ」と言葉を残して店を出ていった。

 

 


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