魔法科高校の魔術使い 作:快晴
国立魔法大学付属第一高校。
高等魔法教育機関として知られ、優秀な魔法師を最も多く輩出しているエリート校。
その魔法学校の入学式、士郎は生徒としてこれに参加していた。
今は丁度、講堂の中央後寄りにある席入学式が始まるのを待っている。
「まさか九重が勝手に申し込んだ試験に、暇つぶしで受けた私が補欠とはいえ合格してしまうとは……」
この学校に落ちた者が聞けば八つ裂きにされそうなセリフだが、全ては事実なのでどうしようもない。それに魔法が使えたとは言え、大した才能もなく、実技がボーダーギリギリだった彼が合格できたのは、一年間、魔法について真面目に勉強していたという理由もあるので、落ちた人間には諦めろと言うしかなかった。
「受かったとは聞いてたが、まさか本当に来ているとはな士郎」
不意に声をかけられる。
視線を隣に移すとそこには士郎の数少ないこの世界の友人がいた。
「達也か、いや、もともと入学するつもりはなかったのだが、九重に学費は払うし、入らなければ寺を追い出すとまで言われてね、仕方なくの選択だ」
「ふっ、この学校に入る理由が仕方なくなのは士郎くらいだろうな」
彼の名前は司波達也、毎朝九重の寺に体術の鍛錬にくることで自然と知り合った。
高校生とは思えないほど大人びた男で、時々彼が年齢を偽っているのではと思うのは珍しいことではない。ただ以前それを口にした時は、九重と達也に声を揃えて「「士郎(君)に言われたくない(だろうね)」」と言われた。
「そう言えば、深雪は一緒じゃないのか?」
「ああ、この後、新入生代表の挨拶があるからな」
なるほど、確かに彼女は魔法師としてずば抜けて優秀だ。きっと今回の入学試験も群を抜いていたに違いない。
「できる妹を持った気分はどうだ?」
「兄として鼻が高い」
「くっくっく、相変わらずだな」
そこからこの場にいない深雪の話でしばらく時間を潰していると、達也の後ろに一人の女生徒が寄って来た。
「あの、お隣は空いていますか?」
まだ席は空いているのになぜかと思った士郎だが、達也が先にどうぞと答えてしまう。
「そちらの方も」
「達也が構わないのなら私も問題ない」
ありがとございますと頭を下げて腰掛ける少女、するとそれに続くように3人の女生徒が続けて椅子に座って来た。
なるほど、横一列に並んで座れる場所を探していたのか。
それなら丁度席が空いていた達也の隣に座ろうとしたのにも納得がいく。
ちなみにそんな状態になるまで二人の隣が空いていたのは、士郎の見た目と、身に纏う雰囲気の異様さから、他の生徒に避けられていたからである。
「あの、私、柴田美月と言います。よろしくお願いします。」
「司波達也です。こちらこそよろしく」
突然の自己紹介、少し驚き固まってしまった士郎に対して、達也は完璧な受け答えをする。
達也が返答してくれたことで変な間が開かずに済んだ士郎は、続いて「衛宮士郎だ」と短く自らの名を名乗った。
「私は千葉エリカ。よろしくね、司波くんに衛宮くん」
その後は自然と自己紹介をする流れとなり、始業式開始までの残り時間、彼女たちとの会話に花をさかせた。
無事に入学式も終わり、IDカードを受け取った士郎は、クラスメイトとなった達也、美月、エリカの会話を聞きながらある人物を待っていた。
「お兄様、お待たせ致しました」
司波深雪、達也の妹にして今年の新入生代表。その上、常人離れした可憐な美貌と淑女の心を持ち合わせた完璧超人だ。
彼女と真っ向から張り合えるのは、私の知る限りあのうっかりやセイバーくらいだろう。
いや、前者に関してはいかんせん心の方が………
そう考えた瞬間全身に悪寒が走る。
まさかな……と思いながらも、あの赤い悪魔なら聞こえていてもなぜか納得できた。
これ以上は、世界線を越えて赤い悪魔の呪いが飛んで来そうだったので、士郎は考えるのをやめた。
そうして意識を外に戻した時、いつの間にか美月とエリカが自己紹介をしており、エリカに関しては、深雪と通じ合うものがあったのか、すっかり打ち解けた笑みを互いに浮かべている。
「どうやら無事に顔合わせも済んだようだな」
今まで達也の周りにいた女生徒ばかりに気が向いて、士郎の存在に気づいていなかった深雪は、口を押さえて大きく目を見開いていた。
「士郎さん⁉︎」
「なにをそんなに驚く、君には合格したと伝えていたはずだが?」
「それはそうですが、以前聞いた時は通うつもりはないとおっしゃってましたので」
「うちの家主に通わなければ家を追い出すと言われてね、仕方なくさ」
そう答えると、深雪は口元を押さえてクスクスと笑う。その一方で美月とエリカは唖然としていた。
「それより深雪、生徒会の方々の用事は済んだのか? まだだったら時間を潰しているぞ?」
「ーーはっ⁉︎ それなら大丈夫よ」
達也の質問に対して答えたのは、深雪の隣に立つ、この学園の生徒会長だった。
最初に少し間があったのは、士郎の発言に美月とエリカ同様に唖然としていたからだろう。
「今日はご挨拶させていただいただけですから。深雪さん……と、私も呼ばせてもらっていいでしょうか?」
「あっ、はい」
「では深雪さん、詳しい話はまた日を改めて」
笑顔で軽く会釈をした彼女はそのまま講堂を出て行こうとする。だが、すぐ後ろに控えている男子生徒はその場から動かなかった。
「そこの一年生、さっきのは本気で言っているのか?」
どうやら私の発言が彼の気に触ってしまったらしい。
「さっきの? ああ、私が学校に通っている理由についてか。なに、あれはちょっとした冗談だよ」
そんな士郎の態度に、より敵意を増して睨みつけてくる男、まさに一触即発、そんな空気が漂った時だった、先ほどの生徒会長が戻って来て、男の耳を掴むとぐいっと引っ張った。
「いてててて‼︎ ちょっ、七草会長なにするんですか⁉︎」
「それはこっちのセリフよ。新入生相手に、はんぞーくんはなにをしようとしてるんです!」
「なにって、七草会長も聞いたでしょうあいつの言葉を‼︎」
「確かに聞きました。私も少し驚いたけど、彼は冗談だと言ったでしょ! だったらいつまでも怖い顔をして睨んでないの‼︎」
まるで弟を叱る姉のようにそう言うと、男の耳をを引っ張りながら彼女は講堂を去っていった。
その際に達也に向けて意味ありげな事を言っていたが、それを士郎が知る由はない。
「さて、帰るとしようか」
なにやら入学早々目をつけられたらしいが、士郎としてはどうでも良かった。
それに、もっと多くの敵意を向けられたことのある士郎にとって、たかだか学生一人のそれは、蚊が刺すほどの効果もない。
「あははは、士郎くんって見た目通りと図太い性格してるんだね」
「何を言っている、私の心など所詮は硝子さ」
「士郎さんで硝子なら、私はもう塵ですよ……」
一方は楽しそうに笑い、もう一方は自虐的に呟く。なんとも混沌とした状況が誕生し、正直、居心地が悪かった士郎はここで一つ提案をする。
「ところでみんな少し時間はあるか?」
「どうかしたのか士郎?」
「なに、皆に要らぬ心配をかけた謝罪をしようと思ってな、もしよければケーキでもーー」
「行く‼︎ 絶対行く‼︎ 早く行こう‼︎」
「あっ、その、私も行きたいです」
「お兄様、どう致しましょうか?」
「いいんじゃないか。せっかく知り合った事だし、友好を深めるのは悪い事じゃない」
ケーキという単語にいち早く反応したエリカの後に、おずおずと答える美月、そして兄との相談で慎ましく決める深雪。
食べ物関係でエリカの反応を見た士郎は、ある騎士王を思い出さずにはいられなかった。
「うーん、美味しい〜」
頬に手を当ててショートケーキを味わうエリカ、今の彼女の顔はまさに至福のひと時を体現していた。
「はい! エリカさんの言う通りとっても美味しいです!」
美月の方も満足しているのか、ややテンションが高くなっている。
「いや〜、士郎くんがよくわからないカフェに入った時はどうなることかと思ったけど、まさかここまで美味しいケーキが出てくるとはね〜」
「はい! 私、ここのファンになっちゃいました!」
「そうか、そう言ってもらえると私も作った甲斐があるというものだ」
時間が止まった。
「あははは、士郎くん、冗談はやめなよ〜」
「冗談などではないぞ。エリカのショートケーキ、美月のいちごのタルト、深雪のガトーショコラ、どれも今朝私が作ったものだ」
ちなみに達也はコーヒーだけでいいとの事だったので、ケーキの類は出していない。
「エリカ、驚く気持ちはよくわかるけれど、それは全て本当よ。もともとここは士郎さんのお店なのだから」
「……もしかして、深雪は知ってたの」
「ええ」と短く答える深雪。
その顔はなぜかどこか誇らしげだった。
ただよく考えれば、もともと士郎と知り合いだった彼女が、この店のことを知っていても不思議ではない。
「士郎さんて、すごい人だったんですね。
私、これなら納得しました」
「納得?」
「はい、士郎さんが冗談とはいえ、仕方なく学校に通ってるって言ったことです。あの時私、実は少しムッとしてたんです」
「確かにね〜、ただこれだけの腕があるんなら私も納得だわ」
実際は、本当に仕方なく学校に通っているだけなのだが…… 少なからず私の発言に怒りを覚えていた二人が納得してくれたのなら良しとしよう。
「ところでさ、士郎くんと深雪ってどういう関係なの?」
ニヤニヤしながら士郎と深雪の顔を交互にみるエリカ。どうやら彼女は二人が恋人か何かと勘違いしているらしい。
「エリカ、言っておくが、私達は決して君が考えているような関係ではないぞ」
「えぇ〜、でもさっきの深雪の誇らしげな顔を見ると、ただの友達とは思えないんだよねー」
やれやれ、いつの時代も学生はこう言ったネタに飢えているということか。
「エリカ、それは士郎さんが私の料理の師匠だからよ」
「料理の師匠?」
そう。彼女、司波深雪は士郎に弟子入りしていた。きっかけは、たまたま九重寺に用事があった達也たちに昼食をご馳走したこと。
彼女は士郎の料理を口にした瞬間、全身に稲妻が走るのを感じたらしい。
「な〜んだ、じゃあさっきのは師匠が認められて嬉しかっただけなのか」
深雪から詳しい話を聞いたエリカは「つまーんなーい」と机に手を伸ばした。
「はあ、そもそも私と深雪では不釣り合いすぎる」
「そう? 私は結構いい線いってると思うんだけどなー。達也くんはどう思う?」
「それを俺に聞くのか……
まあ、どこの馬の骨かも分からない輩に渡すよりも、安心はできるだろうな」
達也め、私達のことをからかっているな?
現に少し笑みを浮かべて反応を楽しんでいる節がある。
「おお⁉︎ お兄ちゃん公認だ」
「そんな⁉︎ お兄様‼︎」
「はわわわ////」
「……勘弁してくれ」
こうして、ちょっとしたトラブルがありながらも、士郎の入学初日は幕を閉じる。