魔法科高校の魔術使い   作:快晴

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第12話

 

 

いよいよ始まった九校戦、一日目の競技はスピード・シューティングの決勝までとバトル・ボードの予選が行われる。

 

スピード・シューティングは三十メートル先の空中に投射されるクレーの標的を魔法で破壊する競技で、制限時間内に破壊したクレーの個数を競い合う。いかに素早く正確に魔法を発射できるかが重要なこの競技に、士郎の知り合いでは真由美と雫が出場する。

 

今はちょうど、真由美の試合が始まろうとしているところで、十師族の一角が出場するとあってか、会場の熱気は最初から頂点に達そうとしていた。

 

……いや、ここまで熱気に溢れている理由は別にありそうだな。

 

観客席の最前列、明らかに純粋に十師族の実力をその目に収めようとしているのではなく、邪な目でこの試合を目に焼き付けようとしているのが分かる。

 

まあ、真由美のルックスと、その近未来映画のヒロインのような服装から健全な男性陣が沸き立つのは分からなくもない士郎であったが、その中に混ざる女性陣についてはまったく理解が及ばなかった。

 

「お〜い士郎く〜ん、こっちこっち」

 

観客席の後方、こちらに手を振るエリカを見つけて士郎はそちらに向かう。

 

「こんにちは士郎さん」

「こんにちは深雪、君たちも一緒だったのか」

 

アルバイトでやってきたエリカ、美月、幹比古、レオの前列に、深雪、達也、ほのか、雫の姿もあった。

 

「ああ。士郎はどうして遅れてきたんだ?」

「少し迷子の男の子を見つけてな」

「一緒に両親を探していたわけか」

 

もちろん先に席に着いていたエリカ達が子供を見捨てきたというわけではない。

 

士郎がトイレで少し皆と別れた帰りに、一人でいるその子供を見つけたため、電話でエリカ達に先に席に向かうよう伝えていたのだ。

 

「士郎くんも水臭いよね、迷子の両親を探すのなら私たちも喜んで手伝うのに」

「その子が随分と賢い子でね。

両親の特徴を細かく教えてくれて、探すのに時間もかからなそうだったからな」

 

実際、両親を探すのには十分とかからず、エリカ達と合流することの方が時間を有したほどだ。

 

「それより、そろそろ始まるようだぞ」

 

士郎が幹比古の隣に腰を下ろして数秒後、静まり返った観客席に緊張感の波紋が広がる中で、開始のシグナル点った。

 

軽快な発射音と共にクレーが空中を翔け抜ける。

 

「早い……!」

 

遅いな……

 

標的の飛翔スピードに対するものか、それを打ち砕いた真由美の魔法に対するものなのかは分からないが、思わずそう呟く雫の後列で士郎は真逆のことを考えていた。

 

五分間で百個、つまり不規則に打ち出されるとはいえ、一つ一つのクレーの間隔は平均して三秒もある。クレー自体のスピードも大したこともない上に十師族を名乗る彼女の実力を予想すれば……

 

「……パーフェクトとはね」

「あの程度のスピードとクレーの間隔なら、当然の結果だろう」

 

呆れ声で呟いた達也に続いた士郎の一言で、空気が凍った。

 

「あの程度って士郎くん……」

「士郎、知覚系魔法も無しに肉眼だけであれら全てを完璧に捉えられるのはお前くらいだ」

 

エリカと達也の呆れた反応は当然のことだ。元サーヴァントの当然と一般人の当然を一緒にされては困る。

 

「会長さん、クレーを打つ魔法の他に知覚系魔法まで併用してたんですか?」

 

驚きの声を上げた美月と、同じような表情をしている周りへの、達也の説明が始まった。

 

「遠隔視系の知覚魔法『マルチスコープ』。

非物質体や情報体を見るものではなく、実体物をマルチアングルで知覚する、視覚的な多元レーダーのようなものだ。会長は普段からこの魔法を多用しているぞ?」

 

気づかなかったのか?と目で問われ美月はブンブンと首を振った。

 

「全校集会の時なんか、この魔法で隅から隅まで見張っていたんだけどな。レアなスキルではあるが……肉眼だけであの射撃は無理だと思わないか?」

「確かに無理」

 

即座に応じた雫に士郎は苦笑いを浮かべた。

 

「だろうな。それこそさっき言った通りできるのは士郎くらいだ」

 

美月の疑問と達也の説明で一度は離れた視線が再び士郎の元に集まる。

 

元は自分で蒔いた種とはいえ、達也は私に何か恨みでもあるのか?

 

そう。実はある。

達也がエンジニアとして九校戦への出場が決まった時、舞台の上で深雪から勲章を受ける達也の姿をニヤニヤと見ていた士郎のことを彼は忘れていなかった。

 

 

 

 

 

バトル・ボードは人工の水路を長さ一六五センチ、幅五一センチの紡錘形ボードに乗って走破する競争競技。ボードに動力はついておらずら選手は魔法を使ってゴールを目指す。他の選手の身体やボードに対する攻撃は禁止されているが、水面に魔法を行使することはルールの範囲内となる。

 

この競技に出場した摩利は開始早々、四高選手の自爆戦術まがいの水面爆発が行われたが、スタートダッシュを決めた彼女がそれに巻き込まれることもなく、他校の選手と大きく差を開き独占状態でゴールした。

 

その後、一度達也と別れアルバイトメンバーと昼食を済ませた士郎達は、再び達也と合流しスピード・シューティングの女子決勝トーナメント会場に訪れていた。

 

「会長の試合は無駄に人気だな」

 

人混みが苦手というわけではない士郎ではあるが、流石にこれだけ一箇所に人間が溢れかえっていると思うところがある。

 

「無駄って…」

「幹比古大丈夫か? 顔色が悪いように見えるが」

 

士郎に対して何か言いたげなレオであったが顔色が悪い幹比古に士郎が言葉をかけたことでそれは途切れた。大丈夫という旨を伝えたいのか、片手をあげてこちらを制してくるが弱々しい動きからやせ我慢であることが容易にわかった。

 

「仕方がない、悪いが私は一度、幹比古をホテルに連れて休ませてくる」

「そんな、士郎に悪いし一人で…」

「こんな人間を一人で歩かせられる訳がないだろ」

 

言うが早いか、士郎は幹比古に肩を貸すとそのままホテルに向かい始めた。

 

「まったく、昼食を食べた後そのまま休んでおけばいいものを」

「すまない士郎。十師族の一人である会長の試合だから、どうしても生で見たくてね」

「確かに気持ちは分からなくも無いが、まだ九校戦は初日だ。七草会長以外にも十師族は十文字に一条も残っている。こんなところで体調を崩して後を見れないと言う方が愚かなことだ私は思うが」

「ははは… 確かに士郎の言う通りだ」

 

士郎の言葉を受けて弱々しく答える幹比古。

彼が無理をして会場に足を運んだのには、別の理由もあるのだろうが、士郎がそれを口に出すことはない。

 

「………士郎はさ、選手に選ばれなくて悔しくないのか?」

 

しばらくホテルへの道を歩いていると、幹比古の口からポツリと聞こえた。

 

「なんだいきなり」

「いや、会長のスピード・シューティングの試合の時の口ぶりからして、士郎の本来の実力ならあれくらい簡単にできるんじゃないかと思って」

 

本来の実力か……

 

「その質問に対しては悔しくないと答えておこう」

「どうしてだ…… 士郎には自信もあるんだろ?」

「どうしても何も、選ばれなかった。

その結果が私の本来の実力を表している。

いくら自分に自信があろうとなかろうとそれを評価するのは他人だ。本当なら、本来ならばという言葉は言い訳にしかならない。そこに現れた結果がすべてだ」

 

それを聞いた幹比古の肩が大きく揺れた。

 

「幹比古、君がいったい何に悩んでいるかは知らないが、これだけは言っておく、前に進むためには、過去のことにこだわっていないで新たな一歩を踏み出すべきだ」

「………」

 

この後、ホテルまで二人が再び言葉を交わすことなかった。

 

さて、幹比古を無事に部屋に届けたことだ、私も会場に戻って達也たちと合流しよう。

 

九校戦に来ることを散々渋っていた士郎ではあるが、こうして現地に来てしまった以上は、実力者たちから存分に魔法を学ぶ機会にしようと考えていた。

 

「へぇ……、随分とおもしれぇ格好をしてるじゃねぇか」

「⁉︎」

 

この声、まさか⁉︎

 

振り返った士郎の視線の先、自販機の上で愛用の朱槍を肩に担ぎこちらを見下ろしていたのは……

 

「ランサー」

「へっ、久しぶりだな、アーチャー」

 

周りを確認し、人気がないないことを確認した士郎は今更ではあるが干将と莫耶を投影する。

 

「おっ、やるってのか?

お前に声を掛けたのは戦うためじゃねぇんだが、そっちがその気なら歓迎するぜ?」

「………」

 

獰猛な笑みを浮かべるランサーを無言で睨みつける士郎。

 

ほんの数秒、張りつめるようなその時間が続いた後、士郎は手に持った干将・莫耶を消した。

 

「なんだ、やらねぇのか。

久しぶりに少しは歯ごたえのあるやつと戦えると思ったんだがな」

 

自販機の上から降りたランサーは一度は片手で構えた槍を再び肩に担ぎ直す。

 

「………ランサー、どうしてここにいる」

「へっ、それを聞いて俺が素直に答えると思ってるのかよ」

「もちろん思ってなどいない。

だが、初めに戦うつもりはないと言ったのはそっちだ。戦う以外に目的があったからこそわざわざ声をかけてきたのだろ」

「まあな」

 

数秒の沈黙の後、ランサーが開いた。

 

「俺が今日てめーに声をかけたのはマスターからの命令だ。この世界で受肉を果たしたお前の顔見知りに伝言を伝えろってな」

 

私のことを知っているだけではなく受肉を果たしたことまで知っているのか……

 

「……そうか、それでその伝言というのはなんなんだ」

 

次の瞬間ランサーの言葉を聞いた士郎は自身の目を大きく見開いた。

 

「それじゃあ、たしかに言伝は済ませたぜ」

 

そう言って空気に溶ける様に姿を消すランサー。一方の士郎はというと、その場を動かずただ立ち尽くすのみ。どれくらいの時間が経っただろうが、遠くから聞こえてくるブザーの音でようやく士郎は正気に戻ったかのように、会場に向けて足を動かす。

 

まさか、もう一度あの言葉を聞くことになるとはな……

 

もう一度。いや、今回のは少し違ったが、遠い昔、それこそまだ未熟だった頃の士郎はランサーから伝えられた言葉を聞いていた。

 

セイバーと出会い、遠坂凛によって連れられた教会で言われたその言葉……

 

 

 

 

 

ーー喜べ少年。君の願いは再び叶うーー

 

 

 

 

 

「これは、九校戦どころの話ではなくなって来たな……」

 

こうして、彼の、衛宮士郎として一度は叶えたその夢が、新たなFateとして二度目の始まりを告げる

 


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