魔法科高校の魔術使い   作:快晴

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第11話

 

九校戦が開催される前々日、その日は各校の選手たちが集まる立食パーティーという名の、プレ開催式が開かれる。

 

真由美の家事情による遅刻や、送迎バスにトラックが突っ込んで来たりと、多少?のトラブルに見舞われた一高代表たちではあったが、無事に現地に到着し、このパーティーに参加していた。

 

そしてそのパーティー会場で、我らがブラウニーも給仕係としてせっせとバイトに励んでいた。

 

流石は自称、執事スキルEXと言うべきか、先ほどから凄まじい速度でドリンクがなくなり、給仕を再開して十分と経たないうちに既に五回の補給を行なっている。

 

「そこの給仕さん、飲み物をもらえるかしら」

 

その言葉を聞いて士郎が振り返ると、そこには我らが一高の生徒会長、七草真由美の姿があった。

 

「かしこまりました、七草お嬢様」

「ありがとう」

 

ドリンクを受け取った真由美は完璧な笑みを浮かべながら士郎にお礼を言う。これが未熟な頃の彼であれば顔を赤く染めて大いに彼女にからかわれていただろう。

 

「さてと、士郎くん、どうしてこんなところで給仕係なんてやってるのかしら?」

「なに、別段大した理由ではない。ただのアルバイトだ」

「アルバイトって、士郎くん、ここは普通の施設じゃないのよ」

 

現在士郎たちがパーティーを行なっているのは普通のホテルでない。あくまで国防軍の演習場に付属する施設だ。そんな場所にアルバイトで来たなどと答えられれば、誰だって今の真由美の様に呆れた顔をするだろう。

 

「同級生の友人にコネがあってね」

「コネ…… なるほど」

 

その一言を聞いて真由美の頭の中に一人の人物が浮かんだ。

 

「千葉エリカさんね」

 

エリカの家、千葉家は自己加速・自己加重魔法で知られている名門で、警察及び陸軍の歩兵部隊に所属する魔法師の約半数が直接・間接に千葉家の教えを受けているとされている。海軍や空軍においても白兵戦が想定される部隊においては千葉一門より教官の派遣を受けることが多いため、実践部門に対する千葉家のコネとはすさまじいものなのだ。

 

「そう言うことだ。それより会長、こんなところで私に油を売っていていいのかね?

一高の生徒会長であると同時に、十師族の当主の娘である君なら、来賓の大人たちとの挨拶もあるんじゃないのか?」

「ええ。でも今は少し休憩中。

あまり良い言い方じゃないけど、優先順位の高い人たちのところにはもう伺っているから、しばらくは大丈夫よ」

 

流石は七草家の長女、こういった場での振る舞いには慣れているということか。

 

「それにそろそろ老師の挨拶も始まるから」

 

九校戦の選手としてではなく、アルバイトの一環としてこの場に来ている士郎には関係のないことだと思い給仕に没頭して忘れていたが、現在も壇上の上では来賓の人物たちが挨拶の言葉を述べている。

 

「ほう、この場に来ているのか」

 

そして、真由美の言うことが正しければ、もうじきかつて世界最強の魔法師として目され、現在の十師族という序列を獲得した人物でもある九島烈が登場するようだ。

 

この人物、普段はほとんど人前に姿を表すことがない。だが、どういう訳か毎年この九校戦にだけには顔を出すことが知られている。

 

もちろん士郎が本人を直接目にすることは初めてであったが、魔法の勉強をしている際に多くの書籍にその名前が記載されていたことから、名前だけはよく知っていた。そのため、かつて最強と呼ばれた魔法師が、いったいどんな人物であるのかということには少なからず興味があった。

 

まさか、実は女性だったということはあるまいな……

 

かつての自身の経験からそんなことを考えていた時だった。司会者がその名前を呼び、壇上にパーティードレスを纏い髪を金色に染めた若い女性が現れた。

 

「えっ⁉︎」

「…なるほど」

 

思わず声をあげた真由美と同様に、一瞬、眉を顰めた士郎であったが、すぐに、その女性の後ろに一人の老人が立っていることに気がついた。

 

最小の力で最大の効果を生み出す。

さすがはかつて「最高」にして「最巧」と謳われた「トリックスター」と言ったところか。

 

未だに呆けた表情の真由美に、士郎は女性の後ろを見るように促すと、ここでようやく彼女も九島がすでに壇上に立っていることに気がついた。

 

真由美が九島の存在に気づいてすぐ、ドレス姿の女性が脇へどきライトが彼のことを照らし出す。

 

九島の存在に気づいていなかった周りの選手たちからは、突然現れたかのように見えた彼を見て大きなどよめきが起きた。

 

「士郎くん、良く気がついたわね」

「大したことではない。うちにもああいった手口でつまみ食いをしようとする坊主がいるものでな、慣れというやつだ」

「つまみ食い? 坊主?」

 

士郎の言葉を理解できずに首を傾げる真由美。

この場にもし、達也か深雪がいれば納得した様子で頷いていただろう。

 

「ハックション‼︎‼︎

う〜ん…… これは士郎くんに噂でもされてるのかな?」

 

なんとも鋭い坊主であった。

 

「まず悪ふざけに付き合わせたことを謝罪する。今のはちょっとした余興だ。魔法というより手品の類。だが、手品のタネに気づいたのは私の見たところ七人、いや、正しくは六人だけだった」

 

九島が士郎と真由美に少しだけ視線を向けた。

 

「さすがね。私が士郎くんに教えてもらったことまで気づくなんて」

「まあ、向こうは初めから意識して会場の人物を観察していただろうからな。

気づいて当たり前と言えば当たり前だ」

 

口ではそう答えた士郎であるが、多くの選手やスタッフが入り混じるこの会場の中で、一人一人の細かな表情の変化や自身に向けられる視線の数から、どれだけの人数が自身の存在に気づいているのかを把握することが容易でないことを理解している。

 

それにも関わらず、士郎が真由美に真実を伝えたことにまで気がついた九島に、内心では再び感心していた。

 

「つまり、私が君たちの鏖殺を目論むテロリストだった場合、それを阻むべく行動出来たのはその六人だけということになる」

 

会場が静寂に包まれる中、その後も九島の言葉は続いた。

 

その内容からは、魔法の等級よりも魔法の使い方が重要であるという、すなわち魔法をあくまで道具と割り切っているという九島の考えが伝わってくる。

 

「ーー魔法を学ぶ若人諸君。

私は諸君の工夫を楽しみにしている」

 

一斉とはいかなかったが、戸惑いながらも聴衆の全員が手を叩いた。

 

そして、その例に漏れず士郎も同じように拍手を送る中、彼の視界に、口元に微かな笑みを浮かべ同じように手を叩く達也の姿が映っていた。

 

 

 

 

 

懇親会も無事に終了した次の日、いよいよ明日から始まる九校戦に向けて、選手は英気を養い、技術スタッフや作戦スタッフは最後の追い込みをかける中、そんなこととは無縁の士郎は昨日に引き続きアルバイトに勤しんでいた……

のだが。

 

「ああ、ここにいましたか。

士郎くん、十時になったので今日はもうあがってもらって構いません。ああ、あと、十一時まででしたら温泉を使ってもらっても構いませんので、残りの二人にも伝えといてください」

「……分かりました。お先に失礼します」

 

士郎がここでアルバイトをしている時間はおよそ四時間。高校の授業が終わってから店を営業している平日の勤務時間も似たようなものだが、彼の場合は店のすべてを一人で行っているうえに、店を閉めた後も翌日の下準備や支出の計算を行なっている。そのため実際に仕事をしている時間と質が、これよりもう少し増えてくる。

 

ただ、本来であれば一日中、店を営業していたいと考えている士郎からしてみれば、それですら少なく感じている。

 

それにも関わらず、今、士郎が一日に働いている時間は四時間で、仕事は誰でもこなせるような簡単なものばかり。

 

つまり何が言いたいかというと……

 

「働き足りない」

 

たった一日、四時間労働になっただけでこのセリフ、もはやワーカーホリックである。

 

いつものように自身の執事スキルEXを利用してホテルの仕事を勝手に手伝えばいいのでは?

と思わなくもないが、そこはさすがの国防軍の演習場に付属する施設、至るところの管理が行き届いており、はっきり言って士郎の出る幕がなかった。

 

くっ、せめて厨房に入れれば……

 

と、考える士郎。

たしかに彼の実力をもってすれば厨房に入ることも可能かもしれないが、いくらコネがあるといえど国防軍の付属施設ではアルバイト仕事が限界なのは彼自身もわかっていることであった。

 

「仕方がない、一度部屋に戻って、幹比古とレオに合流してから風呂にでも行くとしよう」

 

士郎としては別に一人でもよかったのだが、流石に自分だけ温泉を使って幹比古とレオの二人は部屋の浴室というのも気がひける。

 

というよりあの時、残りの二人に伝えてくれとは言われたが、エリカと美月の二人にも話が伝わっているのだろうか?

 

「………」

 

一応、メールで確認しておくか。

 

「あ、士郎さん」

「む?」

 

そう思い士郎がポケットから携帯を取り出そうとしたところで、聞き覚えのある声が正面から聞こた。

 

「ほんとだ。士郎さん、こんばんは」

「こんばんは、士郎さん」

「ああ、雫とほのかに深雪……」

 

そこまで言って士郎が言葉を止めたのは、いつもの三人の他に二人の人物がいたからだ。

 

「うん? なになに、みんなの知り合い」

「知り合いもなにも、エイミィ、士郎さんは私たちと同じ一高の生徒よ」

「えっ⁉︎ そうなの」

「しろう…… ああ」

 

深雪の言葉を聞いてまじまじと士郎の顔を見つめるエイミィと呼ばれる女生徒、そしてもう一人はその隣では何やら思い出す様に口に手を当てている。

 

しばらくエイミィと呼ばれる女生徒に士郎が観察されていると、もう一人が何かを思い出したかの様に相槌をうった。

 

「あなたがあの士郎さんか」

「えっ⁉︎ なに、スバルも知ってるの⁉︎」

「いや、知ってるのは名前だけさ。

何度か深雪たちの会話で出てくる名前だったから覚えていたんだ」

 

ふむ、いったい私が深雪たち三人の会話の中でどう言われているのか少し気になるが、今は軽く自己紹介をした方が良さそうだな。

 

「はじめまして。私は一年E組の衛宮士郎というものだ」

「こちらこそ。僕は一年D組の里見スバル、以後お見知り置きを」

 

随分と芝居がかった挨拶をするスバルと握手を交わした士郎は次にエイミィと呼ばれる女生徒の方を見た。

 

「おっと失礼、私は一年B組の明智英美、よろしくね衛宮くん」

 

なるほど英美だからエイミィか。

 

随分と安直なあだ名だなと、失礼なことを考えながらも士郎はスバルの時と同様に英美と握手を交わした。

 

「さて、自己紹介も軽く済ませたところで、深雪、君たちはこんな時間にいったい何をしてるんだ? 明日からは九校戦の本番だろうに」

「少々みんなとのお話が盛り上がりまして、今は地下の温泉が使えると聞てみんなで入りに行くところです」

「なるほど、そういうことなら風呂に入った後は湯冷めしないよう暖かくして早く寝るんだぞ」

「はい。お気遣い感謝します」

 

その後、二言三言、深雪たちと言葉を交わした士郎は自室に戻っていった。

 

ーー地下人工温泉女湯ーー

 

「ところでさ、深雪と衛宮くんってどういう関係なんだい?」

 

英美によるほのかへのセクハラ、三高の一条の話が終わり、深雪の異性のタイプに話が移ったところで、スバルが思い出したかのように士郎の名前を口にした。

 

「あっ、それ私も気になる!

さっき二人で話してる時も随分と親しげだったし、もしかして?」

「残念だけど英美が思っている様な関係ではないわ」

 

それを聞いて明らかにがっかりとした様子を見せる英美。

 

「でも、ただの友人ってわけでもないんだろう?」

 

だが、英美の言う通り、先程の二人の会話を見ていたスバルが食い下がる様に続けた。

 

「まあ、たしかに掛け替えのない人ではあるけれど」

「「おお⁉︎」」

 

深雪の反応に大いに沸き立つ英美とスバルの二人。

 

「士郎さんはお兄様が気を許せる数少ないご友人ですし、私の料理の師匠でもありますから」

「「「「師匠‼︎⁇」」」」

「えっ、深雪、士郎さんが師匠ってどういうこと⁉︎」

「あら、言ってなかったかしら?

私は一年前から士郎さんに料理の弟子入りをしてるんだけど」

「聞いてない」

 

英美とスバルとは違った意味で深雪の言葉を捉えていた雫とほのかの二人も、続いた彼女の言葉を聞いて思わず他の二人とともに驚きの声をあげた。

 

「料理の弟子入りって、衛宮くんの料理はそこまですごいのかい?」

「士郎さんが作るケーキはすごく美味しい」

「私も、雫と一緒でケーキしか食べたことはないけど、あのケーキの味にお店をやっているのを考えると、美味しくても不思議じゃない」

「えっ⁉︎ 何、衛宮くんってお店やってるの⁉︎」

 

雫が英美の言葉を聞いて店の名前を教えると彼女の興奮がもう一度段階上昇する。

 

「コペンハーゲンって、最近うちで有名になってるお店じゃん⁉︎」

「僕も知ってる。今度行ってみようかと思っていたんだが、まさか衛宮くんがやってる店だなんて」

 

まさかの出来事の連続に驚きを隠せない様子を見てくすりと笑った深雪は英美とスバルの二人に提案した。

 

「それなら今度みんなでお店に行きましょう。きっと士郎さんならサービスしてくれるから」

 

その答えに対する二人の答えはもちろんYES。

この時の彼女たちの頭の中には、すでに深雪の異性のタイプなどよりも、衛宮士郎とはいったい何者なのかということで埋め尽くされていた。

 

 

 

 

 

場所は変わってホテルの外、部屋に戻りレオと合流した士郎は、幹比古が部屋を出たと聞いて、行き違いにならないようレオには部屋に残ってもらい、幹比古のことを探していた。

 

携帯を持っていればこんなことをせずに済むのだが、あいにくと幹比古のそれは部屋におかれていた。

 

さて、この時間に幹比古が部屋を出たのはおそらく鍛錬のためだろうからな、いるとすればこの辺りなのだが。

 

人気のないところを中心に士郎が歩いて幹比古を探しているといくつかの気配を感じた。

 

……数は五、いや六か。

最後の一人はかなりの腕だな。

おそらく五人のうち一人は幹比古だろうが、少し気を引き締めた方がいいか。

 

改めて詳しく気配を察知したした士郎はいつでも襲撃に耐えられるように備えながら、気配の集中する場所へ足を早める中、暗闇の中で三つの光の輝きを士郎の目が捉えた。

 

今ので三人の気配が消えたな。

残りは三つ、一つは未だに残りの二つに気配を悟らせていない。ここは先に未だに気配を隠している方を叩いた方が……うん?

 

二つの気配のうち一つが離れるのを感じた後、今まで気配を隠していた方が突然それを解いた。

 

いったいどういうことだ?

 

頭に疑問を浮かべながらも足を止めることなく士郎が光源に到着するとようやくその答えが分かった。

 

「なるほど、今まで気配を消していたのは少佐でしたか」

 

そして今この場を離れたのが幹比古。

 

「士郎」

「私の気配も捉えていたか、第二特尉」

 

陸軍101旅団・独立魔装大隊・第二特尉、藤村切嗣。

 

それがこの世界での衛宮士郎という人物の存在を証明するにあたって作られた、士郎のもう一つの名前であった。

 

「こうして顔を合わせるのは随分と久しぶりになるな」

「ええ、私は第二特尉という立場を頂いてはいますが、それを知っているのは少佐を含めたごく僅か、無闇に顔を合わせるわけにもいきませんから」

 

おそらく士郎が風間と直接顔を合わせるのは一年ぶりにもなる。

 

士郎がここまで風間と接触を行なっていないのは、衛宮士郎という人物が異世界の人間であり、この世界では考えられない魔術と呼ばれる特殊な能力を使えることを知っているからこその彼からの配慮であったが、ある意味で司波達也という人物よりも特殊で貴重な存在である士郎を公にしないためには当然の行動でもある。

 

「そうだな。変わりがないようで何よりだ」

「お気遣い感謝します」

 

士郎と風間の社交辞令のような挨拶が終わったところで、達也が足元で倒れている侵入者たちの後片づけを願い出て、風間がそれに対して頷いてみせる。

 

「しかしこいつら、何が目的なのでしょう」

「さてな。犯罪者の相手は我々の仕事ではないが……この連中、予想以上に積極的だな。技量も想像以上だ。達也、士郎、とばっちりには十分、気をつけろよ」

「ええ、ありがとございます」

「了解した」

 

こうして風間と別れた二人は、それぞれ自身の部屋へと戻った。

 

この時、達也を一緒に地下の温泉に行かないかと誘った士郎だが、やんわりと断られたため、一度レオと合流し、しばらくして部屋に戻って来た幹比古とともに温泉で汗を流して、一日を終えた。

 


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