魔法科高校の魔術使い   作:快晴

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第10話

 

場所は「コペンハーゲン」

学校終わりの営業となるため店としては相変わらず遅い開店時間だが、士郎の入れるコーヒーや紅茶、料理や菓子に魅せられた常連たちが訪れてくれることで店内は程よく賑わっている。

 

最近では、美味しい紅茶とケーキが楽しめる店として一高の中でも噂が広がり、それを聞きつけた女子生徒たちの来店によって店の売り上げも大幅に伸びていた。

 

丁度今も、一高の制服を着た女生徒たちが店のドアを開けた。

 

「いらっしゃいませ」

「こんにちは、士郎さん」

「士郎さん、お邪魔します」

 

店に入ってきたのは雫とほのか。

 

「やっほー、士郎くん。ケーキ食べにきたよ」

「エ、エリカちゃん、声が大きいよ」

 

だけではなく、エリカと美月も一緒だった。

 

「深雪は一緒じゃないのか?」

「深雪は生徒会の仕事だって」

「なるほど。そういえばそんなことを言っていたな。さて、座席のことなんだがテーブルがあいにくと満席でね。カウンターで構わないか?」

 

士郎の視線につられて店内を確認したエリカたちは、首を縦に動かした。

 

カウンター席へと四人を案内した士郎は、早速注文を受けた紅茶四人分を用意し、エリカが頼んだショートケーキと一緒に差し出す。

 

「うん。相変わらず士郎さんが淹れる紅茶は美味しい」

「香りがいいのはもちろんですが、なんだか飲むとホッとします」

「ありがとう。私もこれに関しては多少はできると思っているからな、そう言ってもらえると嬉しいよ」

 

差し出された紅茶を一口飲んだ雫とほのかの賞賛に対して、士郎は素直な気持ちを言葉にした。

 

「あれ、二人って士郎くんのお店に来たことあったの?」

「うん。少し前に士郎さんの制服を私が汚しちゃって、それを綺麗にして学校で返した時に、お礼に放課後、紅茶をご馳走しようって誘われたんだ」

「へぇ〜、士郎くんって律儀というかなんというか、ほのかが制服を汚しちゃったにも関わらず、お礼に紅茶をご馳走するなんてほんとに人がいいよね」

 

ショートケーキを口に運んだエリカがフォークの先を唇に当てながら呟いた。

 

「そんなことはないぞ。あの時は私にも非があったからな、ほのかだけに責任を押し付けて、一方的に施しを受けるわけにはいくまい」

「施しって、それじゃあほのかが神さまみたいになってるじゃん」

「女神ほのか… 悪くない」

「ちょっと⁉︎ 何恥ずかしいこと言うのよ雫」

 

雫の一言に顔を赤くして恥ずかしがるほのか。

 

大げさすぎる表現だと感じる士郎だが、光波振動系統の魔法が得意な彼女に、女神という言葉が悪くないと思う気持ちは分からなくもなかった。

 

そんなほのかの女神トークで盛り上がっている四人を他所に、士郎は他のお客の対応に移る。

 

話しで盛り上がる四人も士郎が抜けたことには気づいていたが、店を一人で営業している士郎がずっと自分たちと話し込んでいるわけにはいかないことを理解していたため特に何も言いはしない。

 

しばらくの間、他のお客の対応に専念し、ある程度店内の人数も減ったところで、カウンターの四人が紅茶のおかわりを頼んだ。

ちなみにコペンハーゲンでは紅茶とコーヒーは一杯までおかわりが無料である。

 

「お待たせした」

 

慣れた手つきで四人分のおかわりを用意した士郎はふと頭に浮かんだ疑問をほのかと雫に尋ねた。

 

「そういえば、二人は九校戦の準備を何か始めているのか?」

 

雫とほのかはAクラスの中でも間違いなくトップクラスの実力者。

彼女達が、九校戦のメンバーから外れることは考えづらい。

 

「いえ、私はまだ何も。

深雪はもう練習を始めたと聞きましたが」

「私も。士郎さんは?」

「私か? 私は何もしていないよ。

まず間違いなくメンバーに選ばれることはないからな」

 

戦闘ならば何かできたかもしれないが、魔法を使用したスポーツとなると士郎の力は活かされ辛い。

 

それに、店を持つ身としては風紀委員会でただでさえ減っている営業時間をさらに減らし兼ねない練習などやっている暇はなかった。

 

「そんなことない。モノリス・コードなら士郎さんも選手の候補に入れる」

 

モノリス・コード、九校戦の中でも比較的実践に近いこの競技であれば、たしかに雫の言う通り士郎も候補としては入れそうだ。

 

だが一番の問題は他にある。

 

「確かにそれなら可能性として無くはないが……結局のところ二科生である私にはな」

 

同じ質問をエリカと美月にしなかったのはこのためだ。

 

こうして一科生である二人と仲良くしていると忘れがちだが、一科生と二科生には今でも壁が存在する。

 

学校の代表として他の八校と試合をする九校戦の場に、士郎の力を知らない一科生が彼の出場を快く思うことはまずありえない。

 

士郎が学内で自身の力を示せば話は別だろうが、この忙しい時期にボランティアとはいえ風紀委員会で活動している彼が、自らトラブルを生み出すようなことをするはずがなかった。

 

「なんだか口惜しいよね。

モノリス・コードなんて士郎くんが出たらすっごく面白そうなのに」

「たしかに。士郎さんなら魔法を使わずに試合を終わらせそうです」

 

ほのかの言う通り、戦場次第では魔法も魔術も使わずに士郎であれば試合を終わらせることができるだろうが、やはりそれも、たらればの話だ。

 

モノリス・コードであればエリカも選手として十分適正があると思うがな。

 

自分のことは棚に上げて自身を持ち上げてくるエリカにそんなことを思いながら、士郎は彼女の食べ終えたショートケーキの皿を下げた。

 

「あっ、そうだ。

ねぇ士郎くん、九校戦がある十日間って空いてない?」

「個人的な予定は何も入ってはいないが、私に何か頼みごとか?」

「いや、実は私、ちょっとしたつてがあってさ、九校戦の間、住み込みのバイトをみんなの応援がてらやらないかと思って。

もちろんまだ言ってなかったけど美月やみき、それにあまり気は進まないけどあいつも誘うつもりだったんだけど」

 

なるほど、そういうことか。

 

「悪いが私は遠慮しておこう。

九校戦の応援に一日や二日、日を空けることはできるが十日間の住み込みのバイトとなると、この店がある以上受けるわけにはいかない」

「だよね〜、予想はしてたんだけどやっぱり無理か〜」

 

こういったイベントに誘われるのはありがたいことだが、私はマスターからこの店を託された身だからな。

 

「すまないな」

「ううん、別に士郎が悪いわけじゃないし。

それに、十日間も店を閉めたせいでこのお店が潰れちゃう方が嫌だしね」

 

「その心配はいらないよ」

「なっ⁉︎ 」

 

店のドアの前、そこにはこのコペンハーゲンの元主人、田中義彦ことマスターが立っていた。

 

「マスターいつの間に⁉︎ ドアベルは鳴っていなかったと思うのだが」

「いや、店に忘れ物をしていたことに気がついてね。大したものじゃないし、士郎くんに手間をかけさせるのも悪いから裏口から入ってすぐに帰ろうと思ったんだけど、少し面白い話が聞こえてきてね」

 

ほっほっほと人の良い、優しい笑みを浮かべるマスターに士郎は珍しく唖然とする。

 

確かに裏口から店に入ったのならドアベルが鳴らなかったことにも納得がいくが、だとしても士郎に気付かれずに突然現れたかのように声をかけるというのは至難の技だ。

 

まさか、この人は⁉︎

と疑いたくもなるがこの田中義彦は間違いなく一般人、だからこそ、マスターの登場に士郎は驚きを隠すことができない。

 

「士郎くん、是非行ってくるといい」

「何を行ってるんだマスター、さっきも言った通り一日や二日店を空けるのとは訳が違うんだぞ」

「心配はいらないさ。その間は私が店を任されよう」

 

確かにもともとこの店を切り盛りしていたのはマスターなので、店を預けるということに関しては申し分がないが、流石に自身が出るわけでもない九校戦にバイトと応援という目的のために店を任せるわけにはいかない。

 

「士郎くん、学生生活は一度きりなんだ。

今のうちにいい思い出を作っておきなさい」

「マスター、気持ちは嬉しいが……」

 

やはり申し訳ないと、言葉を続けようした士郎だったが、まるで自分の息子を見るかのような暖かい瞳にその言葉を遮られた。

 

「……はぁ、分かった。

マスターのお言葉に甘えるとしよう。

エリカ、私もそのバイトのメンバーの数に入れてもらってかまわないか?」

「もちろん。もともと誘ったのは私だし、士郎くんが一緒なのはいろいろと心強いからね」

「ありがとう。

マスターも、わざわざ私などのために気を使ってくれたこと、感謝する」

 

こうして、士郎の夏休みの予定に九校戦の応援兼アルバイトが刻まれた。

 

 

 

 

士郎が九校戦の応援兼アルバイトに行くことが決まってから、九校戦に向けた準備は学内でも一気に加速した。

 

各種目の選手も決まり、当然のようにそれに選ばれた雫と、ほのか、深雪の三人は毎日閉門ギリギリまで練習をし、エンジニアとして二科生から大抜擢された達也は、CADの調節と深雪の仕事の肩代わりで毎日遅くまで駆けずり回っている。

 

結局テニス部に所属することになったエリカと山岳部のレオも、色々と下働きをさせられ同じ様な状態だった。

 

そんな一方で、文化部である美月はここ一週間、他のメンバーが終わるのを待っていることが多く、士郎はというと普段と変わらず風紀委員会のボランティアと、それがない日はコペンハーゲンで仕事に勤しむというものだった。

 

「異常なし」

 

風紀委員会のボランティア活動で校内を巡回する士郎であったが、流石に九校戦が近づき、色々と忙しいこの時期に魔法沙汰のトラブルを起こすような輩は現れていない。

 

平和なことで何よりなのだが、選抜メンバーに対する妬みで、いくつかトラブルが発生することを予測していた士郎としては、不謹慎な話、多少、拍子抜けのところがあった。

 

「うん?」

 

そんな中、実習練に差し掛かったところで士郎は足を止める。

 

これは……

この無意識に意識が逸らされようとするこの感じ、人払いの類か。

 

「きゃっ!」

 

違和感に気づいたその時、中から小さな悲鳴が聞こえた。

 

急いで実習棟に入り音源に駆け付けると、こちらに男子生徒から、美月を庇う達也の姿を見つけた。

 

「取り込み中失礼するが、君たちはここでいったい何をしてるんだ?」

「っ‼︎ 士郎⁉︎」

 

士郎の顔を見て、ホッと胸をなでおろした美月に対して、男子生徒の方は、予想外にも彼の顔を確認すると、驚いたように名前を口にした。

 

思いもよらぬ反応に少し眉をひそめる士郎。

だが、改めて男子生徒の顔をよく観察してみると、それが幹比古であることがわかった。

 

「幹比古?

すまないが状況を説明してもらっても構わないか」

「俺が説明しよう」

 

現状、いや、常に冷静な達也がことの流れを説明してくれる。幹比古の方も達也が説明をしている最中に身体から発せられていた敵意が消えていた。

 

「幹比古、君はいったい何を考えているんだ?

確かに君の使う精霊魔法が特殊なのは理解している。だからと言って、結界まで張って人目を気にするのなら、そもそも人が集まる学校で鍛錬を行うんじゃない。今回は達也が居合わせたから良かったものの、もし美月の身に何か起きておれば君は責任が取れていたのか?

それともまさか、自身に責任を取るつもりがあったなどと答えるのではないだろうな?

そんな考えを抱いているとすればーーー」

 

その後、十五分にも及ぶ長い説教が幹比古を襲った。もちろん正座で。

 

「柴田さん本当に申し訳なかった。

達也も柴田さんを守ってくれてありがとう」

 

ぐったりとした様子で頭を下げる幹比古に苦笑いを浮かべる達也と美月の二人。士郎のあのネチネチとしたお説教を隣で聞いていたためか、その視線には明らかに哀れみが含まれていた。

 

「というわけだ。美月も彼を許してやってくれないか」

 

自身にも非があると答えた美月は、そのまま快く幹比古の言葉を受け入れる。

 

この時、魔法の発動中に術者の心を乱すような真似をした美月にも非があると言いたかった達也だが、先ほどまで繰り広げられていた説教を頭の中で思い出し、下手なことを言って巻き込まれるのはごめんだと、口に出すのをやめていた。

 

「良かったな幹比古。仮に深雪に同じことをしていれば達也に八つ裂きにされていたぞ」

 

それを聞いて顔を青ざめさせる幹比古、ではなく美月。達也と深雪の普段の関係を知ってる分ありえない話ではないと思っているのだろう。

 

「待て士郎、いくらなんでもクラスメイトにそこまでしない。それに幹比古の魔法はきちんと制御が働いていた、俺が手を出さなくても美月が怪我を負うことはなかっただろう」

「……達也は術がちゃんと効いてるかわかったんだ」

 

どこか硬い表情の幹比古。

その姿からはどこか自身に対する悔しさが感じらる。

 

「ところで美月はどうしてこんな場所に来たんだ?」

 

達也からの説明で、美月が悲鳴をあげるに至った経緯は理解できたが、未だに彼女が人払いが施された結界に入ってこれた理由がわからない。

 

「いえ、私は青系統の色調の玉が見えたのでそれにつられて……」

 

この発言に対して幹比古の肩が大きく揺れた。

 

「どうしたんだ幹比古?」

「…いや、少し驚いちゃって」

 

幹比古の話によると、波動、つまり精霊と呼ばれる存在を視覚で取えることのできる眼を、彼らの流派では水晶眼と呼ぶらしく、それを持つ人物は神を御する能力を得ることができるのだとか。

 

なるほど、そんな神を御するための鍵が突然現れたのなら幹比古の驚き様ににも納得がいく。

 

士郎の知ってるどこかの誰かさんが、多重次元屈折現象の鍵を友人が持っていると知れば、力尽くでも自身に協力させそうだ。

 

「つまりお前たちにとって美月は喉から手が出るほど欲しい存在というわけだな?」

 

私と同じ様なことを考えたのか、達也の口調が鋭く尖ったものに変わり、幹比古に対して警戒を強める。それに対して幹比古は、自身に美月を利用する気がないことを断言して返した。

 

「さて、話がまとまったところで早く家に帰ろうか。もうすぐ完全下校時刻だ」

「そうだな。俺も深雪を待たせるわけにはいかない」

「もうそんな時間だったのか……

士郎の説教のせいで時間の感覚がおかしくなってたよ」

 

そんな幹比古の言葉を最後に、士郎たち四人は実習棟を出た。

 

 

 


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