貴女の隣に立つ為に   作:ウルタールの猫

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僕に足りないモノ

さっきまでの浮わついた空気が張り詰めていく。

仮にもあの高倍率の筆記試験、実技試験を潜り抜けてきたエリート達。

その表情は好戦的で、気概に満ちている。

 

気になるのはやっぱりモサモサの子。

焦燥感と絶望感がない交ぜになった表情。

あの受験を勝ち抜いて来ているのなら身体測定で不安を覚える必要はないのでは...?

 

...人の心配よりまずは自分が除籍されないように頑張らないと。

 

 

 

50メートル走。

 

スタートへ食らい付く瞬発力と地面を蹴りだす筋力。

理想的な姿勢を維持するインナーマッスル。

要は筋力が重要なのだ。

 

走者の順番は五十音順。

好成績はメガネの子で3秒04。

ふくらはぎがエンジンになっており、推進力をそのまま脚力として利用しているようだ。

推進機関が足だけだからバランス悪く不安定な姿勢になりやすそうだが、鍛え上げた上半身でしっかりとバランスキープが出来ていた。

 

ただ、その表情は納得できていなさそう。

50mではトップスピードまで持っていけていないのかもしれない。

 

後の子は五秒代以降ばかりで速度に本格応用できない個性なんだろう。

 

かく言う僕は完璧な反応でもって理想的なスタートダッシュ。

クラウチングスタートの姿勢からフォームを安定させて、全力疾走。

一歩一歩、地面を抉り飛ばす程、踏みしめ大地を蹴る。

スパイクがないので足が滑る。

筋繊維一本一本へ無駄な力の伝達を行わさせず、全てのエネルギーを推進力へと変える。

 

結果は3秒45。

中学生の時より少しだけ早くはなったけど、大差はない。

スタート後の反応の良し悪しでタイムが前後するぐらいだ。

このタイムは素の筋力が発動系のヒトや増強系のヒトと比べて優れている。

それだけのことだ。

だから何故そんな奇異の目で見ているのか分からない。

 

続いて握力。

握力は最も単純で純粋な筋力が問われる。

腕を肥大化させて、999を叩き出す。

もっと上の数字が出ると思ってたんだけど、相澤先生曰くエラーを起こしているとの事で記録は測定不能とのこと。

 

だからって相澤先生まで化け物を見る目を止めてほしい。

 

第三種目の立ち幅跳びは、走り幅跳びと違って慣性での推進力を得ることができない。

つまりは純粋な脚力と空中で姿勢を維持する必要最低限筋肉が必要になる。

バランスを調整した上で縮小化。

普段よりスリムな状態で飛ぶ。

筋肉が薄くて心許ない。

 

記録は上々。

 

トラックのレーンを使って反復横飛び。

これもスリムな状態のまま挑戦。

 

これについては、小回りが効かなくて思ったよりも数字が伸びなかった。

 

ボール投げは再び元の体型に戻して純粋な筋力で投げ飛ばす。

 

踏み込みの力を背筋、上腕筋、腕を伝いボールに余すことなく力を伝達。

納得のいくフォームで投げ切ったが、目付きの悪い子より飛距離は出なかった。

 

自分の順が終わって何人かの後にモサモサの子がサークルへと入った。

相当追い詰められた表情だ。

ポワポワした子、メガネの子も心配そうに見ている。

メガネの子と爆発の子が何やら話をしている。

そんな中での第一投。

 

モサモサの子は覚悟の決まったという、凛々しくてそれでいて狂気のこもった表情だ。

あまり良い表情とは言えない。

...何かを狂信している?

狂信の元に自分の身体を犠牲に。

 

止めないと、そう思ったときには投げ終わっていた。

しかし、結果は何もなかった。

当然ボール投げは行われた。

その結果は46m。

あんな表情で投げた結果がこれ...?

想像と現実のギャップに混乱する。

ヒトの表情を見て心理状態を見透かすことは物心ついてからの癖だ。

これについては下手な心理学者よりも精通している自負がある。

 

今モサモサの子は起こるはずの事が起こらず混乱してそして起こらなかった事実に絶望に近い表情をしている。

ということはモサモサの子は何かするつもりだった。

何らかの妨害が入った...?

 

個性の発動を消す個性。

あっておかしくはない。

誰が使った...?

何の為に...?

 

思考を重ねていると、モサモサの子が言うには相澤先生はイレイザーヘッドというヒーローで個性の発動を消す事が個性らしい。

 

...はじめて聞いた。

 

あの女性が所属する業界であるヒーロー業界。

業界研究としてある程度の事は調べた。

有名どころはともかく、まだまだ細かいヒーロー名などは抑えきれていない、と痛感する。

相澤先生もアングラ系ヒーローとやらで、メディア露出を極端にしていないようだ。

僕に足りない物が少し見えた気がする。

 

そのまま相澤先生と少し会話の後にモサモサの子が再びサークルへ入る。

 

追い詰められて暗い表情をしている。

何か考え事をしているのか小声で唱える様に思考を整理している。

徐々に瞳に力が戻ってくる。

 

狂信ではなく憧れの、なりたい自分へなるための決意。

 

それはそれはとても良い表情をしていた。

 

 

 

全て競技が終わりモサモサの子は祈るように目をきつく閉じている。

彼は結局、ボール投げ以外には目立った成績を残していない。

彼も夢を持って雄英に来たのだろう。

憧れに近づく為なのかもしれない。

理想を叶える為なのかもしれない。

 

こんなに表情豊かに一喜一憂する、その想いの源泉を知ることなく別れるのは酷く惜しいと感じた。

 

相澤先生は時間が勿体無い結果を一括で発表した。

 

最下位の除籍は嘘だ。

君たちの本気を引き出す合理的虚偽だ。

 

この二言を添えて。

 

 

 

案の定、モサモサの子は良いリアクションをしている。

仲の良さそうなポワポワした子、メガネの子も良いリアクションだ。

 

これからの学校生活。

楽しくなりそうだ。

 

ちなみに僕は2位だった。


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