桜咲き誇る春の空。
心地よい陽気に穏やかな風が気持ちいい。
新しい環境に浮わついた空気。
下ろし立ての新しい制服。
普通のヒトからしてみればすごく心踊るんだろう。
だけども僕はそんなこと全くなかった。
下ろし立ての制服は僕の表皮の湿り気で既にグチョグチョ。
浮わついた空気が周辺でざわつきに変わる。
春風に舞った桜の花弁は身体中に張り付き鬱陶しい。
満員電車なんて何もせずに痴漢扱いを受けかねない。
そんなこと考えたくもないので、ママ先生にも勧められ下宿を始めることに。
自転車で40分。
家賃2万2千円。
築17年木造アパートの一室。
水道、電気、光熱費込みの驚きの価格。
いささかご都合主義を疑う展開だけど、ここの大家さんは『仲良し園』のOBなんだそうだ。
『仲良し園』から出なければならない年齢になっても社会的に安定した収入を得ることができない卒園生はたくさんいる。
そんな卒園生が安定した収入を得ることが出来るようになるまで間借りするのがこのアパート『ほのぼの荘』
『仲良し園』のOB有志による差し入れの絨毯爆撃。
周りの部屋の住民も全員見たことあるヒトだけ。
卒園生の全員が入居している訳ではなさそうなので部屋には余裕はまだある。
社会の厳しさに触れたせいなのか『仲良し園』でいた頃よりも皆、優しい気がする。
ヒトは変わることができる。
その実証を見ることができた気がする。
僕もあの女性に相応しいヒーローになるため、落ち込んでいたテンションを内心で鼓舞する。
そして景気良く雄英への道を自転車で立ち漕ぎで進んでいく。
人目になるべく入らないようにしている習慣で、雄英に着いた時間は余裕のある時間帯だった。
駐輪場で張り付いた桜の花弁をなるべく落として校舎内へ入っていく。
教室には一番乗りになってしまうと、次に来る人間と二人きりになってしまうと非常に気まずい。
トイレの個室で時間を潰すとしよう。
この方法の唯一の欠点は便器がぬるぬるになって次に使うヒトに不快な思いをさせかねないところか。
トイレに行くにもゴム手袋を持参しなければならないのは面倒だけど。
ゴム手袋を着用しなければトイレットペーパーが上手く取れないのは本当に不便な個性だと我ながら思う。
程ほどに時間を潰して、トイレットペーパーを使い個室を綺麗に掃除して廊下へと出る。
ざわざわと廊下に喧騒が満ちてきたところで教室へ向かう。
クラスは1-A。
丁度、廊下へと出たところでモサモサ頭の子が1-Aと繰り返しながら前を通りすぎる。
彼に着いていけば迷わずにたどり着けそうだ。
モサモサの子はついてくるこちらが気になるのか、心なしかソワソワしている。
社交的な性格ではないのか、話しかけてくる様子はない。
むしろ話しかけて欲しそうな雰囲気だ。
しかし、僕も社交的ではないので当然無言。
二人で沈黙のまま廊下を進んでいく。
教室にたどり着き、モサモサの子は心なしかホッとした顔になったが、扉を開けようとして中から聞こえてきた声に凄く気落ちした顔をしている。
とても表情豊かだ。
見ていて楽しい。
メガネの子がモサモサの子に絡んでいる間に、自分の席を探して着席する。
若干の視線を周囲から感じるけど、応じる程ではない。
モサモサの子は続いてポワポワした子に絡まれている。
異性慣れしていないのか真っ赤になってあたふたしている。
こちらにも聞こえてくる会話の内容から2人は同じ試験会場だったみたいだ。
喋ってる二人の声を他所にチャイムの音が放送される。
他のヒト同様、着席して教師の到着を待とうと思っていると下の方から声が聞こえる。
ミノムシがいる。
ミノムシがお小言を述べていく。
...どうやらミノムシが担任の先生のようだ。
体操服と思われるジャージを寝袋から取り出し、着替えてグラウンドに集合する旨を説明される。
人肌暖かいジャージ。
男子でもクルものがあるけど、女子はあれは嫌なんじゃないかなぁ...
まぁ僕が着たらすぐにグチョグチョになるんだけど...
グラウンドに集合した僕らを待っていたミノムシ先生改め、相澤先生曰く、今から個性把握テストなるものをするようだ。
目付きの悪い子にハンドボール投げをするように促す。
ヒーローを目指しているのか怪しい罵声と共に個性が発動して、爆風に煽られた玉は勢いよく空を行く。
結果は705.2m。
個性を活用した身体能力測定。
純粋な身体能力の高い異形系個性持ちからすれば、それほど特別な感じはしない。
けど、増強系や発動系の絡んだ複合系個性の子達からするとそれはとてもワクワクすることなんだろう。
浮わついた空気。
モサモサの子は対照的に焦っているのが、少し気になる。
そんな空気が気に障ったのか、相澤先生は結果が最下位の生徒は除籍処分にすると宣言した。
ポワポワの子が抗議の声を上げるが相澤先生は意に介さない。
放課後にマックで談笑...
ちょっとしてみたい気もするけど、あの女性の隣に立つ為、最下位にだけはなれない。