実技試験が終わって、仮眠を保健室でさせてもらった後、自宅への帰り道を鍛練をかねてランニングをする。
一定の速度を保ちながら持久力の底上げだ。
この頑丈な肉体は相応のタフネスも有している。
それでもサボるとすぐに下腹が弛んでくるのでシェイプアップが秘めたる目的でもある。
ただでさえ容姿に優れていないのだから。
嫌われそうな要素は極力排するべき。
ただ漫然と走るのも退屈なので思考を重ねる。
彼を知り、己を知れば百戦殆うからず。
彼を知らずして、己を知るは一勝一負す。
彼を知らず、己を知らざれば戦う毎に殆うし。
遥か昔、中国の思想家の言葉らしい。
情報分析の重要さを説いている言葉だ。
哲学や思想家の言葉は得てして個性が溢れる前の時代の物が得てして的を得たものだと感じる。
現代の思想家達を貶す意味合いじゃあない。
古い言葉は大事なこと以外を削ぎ落としたスマートさと、他の言葉を駆逐してきたパワーがあるんだ。
そうしなければこの時代まで伝わらなかったのかもしれない。
思考が横道にそれてしまった。
優勢するのは対峙するまで詳細が分からない敵ではなく、自己分析だ。
個性分類学的には僕の個性は複合型個性と大別される。
一つめは見るもおぞましいこの異形。
超常社会でも一際異物感を放つこの見た目はヒーローというより、ヴィランに見えてしまう。
対峙した相手に威圧感を与えるには申し分はない。
けど、助けに来た相手には恐怖しか生まれないのはマイナスかもしれない。
ツルリと禿げ上がった頭部。
タコを思わせる瞳と口元から生える無数の触腕。
今は細かい動作は2本でしかできていないけれど、コツさえ掴めればできそう。
表皮は苔むしたかの様な緑色で常にジットリと湿り気を帯びている。
冬の乾燥時期位では問題ないけど、ヘアドライヤーや扇風機などの風に対しては弱い。
風使いだけではなく、強力な物理攻撃で発生する風にも注意した方が良いかもしれない。
筋肉は硬度の高いゴムのような高反発で下手に殴ったのなら逆に手首を痛めかねない。
料理をしようとして包丁で切りそうになったけれど、薄皮が切れただけだった。
刃物の通りも良くないみたいだ。
背中からはコウモリのような羽毛のない羽が生えている。
身体の大きさ次第では飛行することもできるけど、飛翔は苦手で滑空の方が得意だ。
手からは鋭い鉤爪があるけど日常生活には不便で仕方がないので極力短くしている。
二つめが先ほどの実技試験で使った伸縮自在。
触腕、翼、腕、任意の箇所を肥大化したり、逆に縮小化したりできる。
縮小化に関しては完全になくすことはできない。
後は全身を巨大化させる事もできる。
けど、これには大きなデメリットがある。
どんな状況であろうと眠くなってしまう。
全身を巨大化させるデメリット、睡魔。
眠気を感じずに行動できるのは約一分間。
なんとか堪えて三分間は活動できるけど、それ以上はいつの間にか寝てしまっている。
巨大化した分の約60倍の時間寝れば、眠気はスッキリと晴れる。
その3分の1で眠気を我慢しつつ行動できるようになったのはここ数ヶ月の進歩だ。
ざっと洗い出したけど、メリットに対してデメリットの少ない良個性と言えるけど...
すれ違う幼児に散々泣かれるのを傍目に足を進める。
小さな子供がこちらを指差し母親が慌てて隠す。
散歩中の犬が吠えかかるのではなく尻尾を丸めてプルプル震えている。
...もう慣れた。
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一週間の時が流れた。
ランニングに触腕の制御の練習を重ねるけど、集中力が続かない。
そんな日々を送っていたが、孤児院にて合格通知を受け取った。
てっきり、通知を直接受け取った、子供達のリーダー格が何かしら嫌がらせでも仕掛けてくるかと思っていた。
しかし、そんな様子はまるでなく、本人に改めてお礼を言おうと視線を流せば、青い顔をして弁明しながら自分の部屋へ駆け出していった。
...解せぬ。
封筒の中には投影機が入っていた。
投影を開始すると筋骨隆々で全体的に金色をした、触角の様な前髪が特徴の画風の違うナイスガイが現れる。
見慣れたヒーロースーツではなく、黄色いジャケットにネクタイ姿。
いくら国立高校とはいえNo.1ヒーローを使い合否発表を行う雄英の資金力とNo.1ヒーローの多忙さに唖然としたが、オールマイト曰く、今年から雄英の教師になるとのこと。
これはこれで驚くべきことではあるけど、雄英のブランド力の強化には余念がないという思いが強い。
胡座をかかない、常にイケイケな前傾姿勢の運営方針だからこそ、長年ヒーロー養成機関としてシェアNo.1を独走し続けているのだろう。
躓いた時どうなるのかはすごく怖いが...
そんな事はさておき、僕の試験結果は無事合格。
機械を倒したことで得るヴィランポイントと人の為に行動したレスキューポイントの合算制で採点されていたようだ。
ヴィランポイントが60点
レスキューポイントが10点
合計点数70点。
機械を淡々と相手取っていたので、レスキューポイントの伸びがよろしくないようだ。
この10点も最後の巨大機械との戦闘による足止めをしたという点が評価されたらしい。
結果として街に僕の個性で発生した被害を差し引かれての数字みたいだ。
恐らくは、巨大機械を相手取っていた間に他の機械を淡々と処理していたならば、もっと加点があったのかもしれない。
過ぎた事だけどこの点数なら何人か上がいてもおかしくはないと感じる。
けれどもこれで計画のスタートラインに立つことができたのだから、今は喜ぶべきなんだろう。
ママ先生に受験結果の報告をするために自室を後にした。