貴女の隣に立つ為に   作:ウルタールの猫

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闇鍋(神話風狂気を添えて)

夢を見ている。

小さい頃よく見ていた夢だ。

最近起こった僕の身近な出来事が大きな画面を通じてすごいスピードで早送りされている。

 

誰かと一緒にその画面を眺めている。

会話はない。

けど気持ちで通じている気がする。

一緒に見ている人はとてつもない存在で。

彼が身動ぎするだけで僕という存在は消し飛ぶだろう。

 

寝苦しさを覚えて意識が浮上する。

僕は目には見えない巨大な何かが、僕が産まれた時からずっと僕の事を見ている事を知っている。

 

僕の一挙一動を片時も目を離さず見ている。

揺蕩う微睡みの中での些細な暇潰し。

夢を通じた精神交信。

多分僕以外の人にこれが起これば、心が壊れてしまう。

久々に気絶したからだろう。

何が起こったのか興味を牽いてしまったみたいだ。

 

こころの中で呟く。

大した事はありませんでしたよ。

何かあればちゃんと御呼び致します。

ですので、それまで御休みください。

 

気絶の直前の記憶を思い返す。

一昨日、僕は戦闘訓練を終えて空きっ腹を抱えて闇鍋パーティーの支度を手伝っていた。

闇鍋とは言ったものの、僕以外は成人も過ぎた大人達だ。

 

分別のある食品がそろっていた。

南極近海まで遠洋に出ていたというOB達の帰港もあっての季節遅れの鍋パーティー。

 

取れたてのマグロのお刺身初めてとした良い出汁を出す深海魚類の海の幸。

他にもスーパーで買ったのであろうおおよそ鍋に入りそうな葉物野菜や豚肉、つくね、ウインナーなんかの肉類。

 

ここまでは良かった。

 

熱せられた香りは時季を外していても食欲を誘い、訓練でカロリーを消費して悲鳴をあげていた胃袋が早く物を入れろと急かしてくる。

しかし。

 

しかしだ。

 

闇鍋に何でも入れても良いという暗黙の了解があったとして、アレは、アレだけはダメだ。

ソレはクーラーボックスから取り出された。

 

それまで確かに存在していた鍋の魚介の香りを、一瞬で形容しがたい異質な物へと変容せしめた。

香り、薫り、匂い、臭い。

嗅覚が察知できるソレを最大限に、可能な限り、むしろ限界を越えてマイナス方向へ振り切る。

 

焦げ付かないようにお玉を入れる感触も粘度が上がり、ドロリといった擬音が相応しい。

時折、沸点に近いのかゴポリと音を立てて臭気を辺り一帯にブチ撒けた。

 

もはや鍋の中身は食物の色彩ではなく、絵画や壁画などの美術、表現といった分野において、キャンパスや絶望といった表情に塗り固まっている。

黒、漆黒、タールのような。

ソレに該当しそうな単語は脳内に列挙されるものの、何れも的を外しているようにも感じた。

 

しかし、何処かで見た記憶が確かにあった。

あれはいったいどこで見た色だったんだろう。

思い返しているとー食物を無為にはできない。

 

沈黙が支配していた食卓に不意にそんな一言が躍り出る。

...嘘だろ?

 

一瞬脳が別の物音を誤認して、そう聞こえたのか疑った。

 

周囲を見ると同じ思考の住民やOBが驚愕を表情に表しつつ目線を走らせている。

...これで聞き間違えやショックによる幻聴の線は消えてしまう。

 

ー食物を、無為には、できない。

 

一言一言が苦渋に満ちた大家さんの声。

本意ではない。その想いがありありと伝わってくる。

各々の器へと取り分けられる。

 

目の前に置かれたそれらから立ち上る蒸気が目に染みる。

拒否も逃亡できない空気が場を支配する。

 

ここを追い出されては路頭に迷ってしまう。

それは他の住民達もそうなのか決意に満ちた表情だ。

それに食べられないものを鍋に入れるなんてこと大人はしないだろう。

 

こんな見た目と臭いだが味わい深いのかもしれない。

納豆、キムチ、くさや、シュールストロミング。

臭いが強烈だが愛される食品は数多い。

これもそういった類いの味なのかもしれない。

 

嫌がる本能を誤魔化して。

途中で止まると絶対にムリだ。

味覚は口内、もっと言うなら舌上でしか感じることができない。

なので口、喉、食道を大きくし丸呑みにする。

 

制止する声。

喉元を通り過ぎる異物感。

世界を満たす臭気。

明滅する視界。

 

そこで思い出した。

彼の側にいた黒いスライムのような生物を。

アレだ。

 

記憶はそこで途切れている。

 

枕元の携帯がLEDランプを光らせ通知を告げていた。

マシラオ君達からメッセージが来ている。

 

内容は僕の体調を気遣ったものやノートを貸してくれるといったもの。

 

ハッとして日付を確認すれば、アレから丸々一日が経過していたみたいだ。

学校へは大家さんから体調不良だと連絡が入ったようだ。

 

1日とはいえ、皆から遅れてしまった。

明日以降も頑張ってこの遅れを取り戻さなければ。




作品内で本来なら描写したかったのですが、主人公のクトゥルフ神話技能値が足りなかった為、後書きにて補完致します。
実は今回ショゴスを食べてSANチェックに失敗し、気絶してしまったのは主人公がクトゥルフ様御本神ではないからです。
主人公はプレゼントマイクのように生まれつき個性が発現したクチ。
個性は模写、本来なら目の前の存在とそっくりに変身する個性。
しかし、産まれたその日に世界中のカルトが全く気づけないレベルで不意に星辰が良い感じに揃ってしまった。
ルルイエが浮上することもできないほどの微妙なソレでした。
その時に御本神に精神干渉を受けてそのショックで現在の姿で固定されている。
という次第でございます。
御本神様とはたまに変わったことはない?と夢の中で世間話する仲。
姿形が自分そっくりというかそのままでかくなった姿なので、主人公は親戚だと思っています。

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