「………………」
お姉ちゃんのドレッサーの前に座り、鏡を見ながら銀色の髪の一房を編む。お姉ちゃんと違って私は器用ではないから落ち着いて丁寧に髪を編む。
右の一房の三つ編みが完了すると、最後に赤いベレー帽を頭に被った。そして鏡を見てニッコリと笑う。
「よし、バッチリ!ローちゃん、これでどう?」
「95%、問題ないかと思います」
三つ編みが完成し、私は首に下げていた“ローちゃん”に感想を聞く。すると赤いペンダントから音声が発せられる。
“彼女”は、ペンダントに付けられているカメラから私の姿を確認し、問いに答えてくれた。
だけど答えが少しばかり気になった。続けて彼女に確認する。
「5パーセントの問題って何?」
「髪を結うのに時間をかけすぎた点です。現在の時刻は16:46、本日の予定はシオンと17:00に駅前に待ち合わせです。家から駅にはユウリの足では20分ほど時間がかかります。どうあがいても遅刻ですね」
ローちゃんは5%の問題を私に説明する。その問題を頭に飲み込むのに私は数秒の時間を有した。
理解した瞬間、私は一瞬で凍りついた。
「5パーセントどころの問題じゃないよそれ!?」
「分かりました。では、先ほどの発言を“0%、問題ないかと思います”と訂正します」
「100パーセント問題しかないね!」
全くもってその通りだけど!!そう叫んで私は家から飛び出した。
その勢いのまま、全力疾走で駅に向かった。
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「ローちゃんのバカー!!なんでもっと取り返しがつく前に言ってくれなかったのー!!?」
「髪を結うのにかなり集中していたので、邪魔したら悪いかなと思って黙ってました。あ、でも。シオンにはユウリが遅れると連絡は入れましたよ、気を利かせて」
私の慌てるさまを聞いて、ペンダントのAI──ロートは淡々と告げる。一応気を利かせて遅れる連絡はすでにしたと。
「そこに気を利かせられるなら、もうちょっと他の面で気を利かせて欲しかった!!もっと早く教えるとか!」
「次は気をつけます」
全く、細やかな気遣いはできるくせに、変なところで融通がきかないんだから!!
ローちゃんと言い合いしながら、私は信号を待つ時間を惜しんで、歩道橋を二段飛ばしで駆け上がる。
「hey!ローちゃん今の時刻は!?」
「現在の時刻は16:58です。あと私を時計代わりにするのはやめてください」
ローちゃんの時報を聞きながら、最後の三段を飛んで降りる。地面に勢いよく着地した際、足からジーンと痺れが身体に駆け巡ったが、気にせず再び駅に向けて走り出した。
「いいじゃない、時計よりはローちゃんはできる女だよ!」
「それ、遠回しに便利な女と言ってないですか?」
「ローちゃんはひねくれすぎだと思いまーす」
この日は、いつも通りの日常だった。
いつも通りに朝起きて、
いつも通りご飯食べて、
いつも通り遊んで、
いつも通りお姉ちゃんと約束して、
いつも通り遅刻して、
いつも通りローちゃんと喧嘩する。
そんな、いつも通り。当たり前な平凡の日常だった。
「異議ありです。誰がひねくれですか誰が」
「それはローちゃんです。異議を却下します……きゃあ!?」
「ユウリ!?」
だけど、いつも通りの平凡は、この日を境に簡単に崩れた。
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地面が揺れた。
耳をつんざく轟音。
人の悲鳴。
気がついたときは、そこは瓦礫の山だった。
「──ゥリ、ユウリ!!」
「っ、ロー……ちゃん?」
「ボーッとしないで!死にたいの!?」
ローちゃんの呼びかけにハッとなって辺りを見渡す。見たことのない虫型のロボットが、街を襲っていた。それどころかその中の一体が私に襲いかかろうとしていた。間近に迫ったロボットの存在に身を強張らせる。
「っ!」
「へ?うわぁ!?」
虫型のロボットが私たちを襲おうとしたそのとき、虫型のロボットの頭上からいきなり白銀の機械人形が現れて、ロボットを押しつぶした。ロボットが落下した衝撃で私はコロコロと地面を転がった。
「いった……今度は何!?」
「“ゲシュペンスト”!?何であれが……こんなところに!?」
「ゲシュ……ペンスト?」
立て続けに起きる出来事に若干苛立ちを隠せず、やけくそとばかりに叫ぶ。痛い、頭打った。
私には機械人形に心当たりはなかったけど、ローちゃんは現れた機械人形に心当たりがあったのかその名を叫ぶ。それが今ここにあることに驚いている様子だった。
「知ってるの?ローちゃん」
「……軍が開発したパーソナルトルーパーです。」
「そういえば、お姉ちゃんがそんなこと言ってたような……」
ローちゃんの言葉に私はお姉ちゃんが軍が開発している“ぱーそなるとるーぱー”について話していたことを思い出す……実物を見たことはないけどそれがコレなの?
「でもお姉ちゃん、その機械人形のこと“幽霊さん”って呼んでたよ。ゲシュペンストなんて名前じゃなかったよ」
ローちゃんが言った名前とお姉ちゃんが言ってた名前が違う。
「“ゲシュペンスト”はドイツ語で“幽霊”です。シオンが言ってた“幽霊さん”は“ゲシュペンスト“の事で100%間違いないと思います」
「お姉ちゃん……“幽霊さん”なんて愛称つけないでちゃんと正式名称言って欲しかった」
「言っておきますが、これは軍の機密事項のはずですからね?一般人に詳しく説明しないでしょう。詳しくなくても
ごめんねお姉ちゃん。ローちゃんを怒らせちゃった。でも口の軽い私に話しちゃったお姉ちゃんが悪いと思います。
「でも丁度いいです、早く機体の中に!」
「ええ!?入れるかわからないよ!?閉まってるし!」
「私が開ける!!早くゲシュペンストの近くに!」
「ええ!う、うん!」
ローちゃんに急かされて、急いで私はゲシュペンストのそばまで駆け寄る。せっせとゲシュペンストをよじ登り、コックピット付近までたどり着くとペンダントが光って、コックピットが開かれた。
「うわ!」
「ハッキングした。早く中へ」
「う、うん」
恐る恐るコックピットの中へ入る。落ち着かない様子で座席に座ると急にコックピットが閉まり、その音に肩を震え上がらせた。
「閉じ込められた!?」
「安心しなさい。私が締めました。ほとぼりが冷めるまでこの中にいましょう。スーパーロボットと比べてパーソナルトルーパーは脆いですが、生身でこの戦場をうろつくよりはマシですよ」
閉めるなら、ちゃんと閉めますよって言ってから閉めて欲しかったな。ホウレンソウは大事なんだよ。
思いっきりの良すぎるローちゃんにちょっとばかし不満を持ちながら、今抱えている不安を伝える。
「敵と間違われない?」
「この機体には高性能のElectronic Counter Measuresそして光化学迷彩が搭載されています。こちらから下手なことをしなければそう簡単に見つかりませんよ
「えっと……」
言葉の羅列を必死に噛み砕いて理解しようとする。いきなり専門的な言葉を言われた為、私の頭上には様々な疑問符が浮かんでいた。
「外、危険。この中、安全」
「オーケーよーく理解したよ!ほとぼり冷めるまでここにいる!」
私が言ったこと、1%も理解してないな。そう判断したロートは単純にこの中にいれば安全だと伝える。ロートの言葉は今度こそユウリに伝わった。
彼女はこの機体の中で外、の戦闘をやり過ごすことを選択した。
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「外、まだ大変だね」
ゲシュペンストの中に閉じこもって数分が経過した。メインカメラが動いてないのか外の様子はハッキリとわからない。けど、外から聞こえる音は収まらず、激しさを増すばかりだった。
不安になった私はキョロキョロと辺りを見渡す、薄暗いコックピットの中で唯一の光源は、目の前のモニターだけだった。
なんの気もなしに私は目の前のモニターに手を触れた。それが呼び水となったのか、突然全てのモニターに電源がついた。
「ひやい!?なに!?」
急に動き出したゲシュペンストに驚いて、私は慌てて辺りを見渡す。
「ユウリ、なにしたの!?コントロールを奪い返されました!」
「何もしてない!画面に触れただけ!」
「それは百歩譲っても“何もしてない”にはなりません!」
突然動き出した機体にローちゃんが慌てた様子で私に問いかけた。そして、私がしたことを言ったら怒られた。
〔データスキャン開始します〕
「は、はい」
コックピット内にアナウンスが鳴り響く、ゴウンゴウンと音を立て、赤い光線がユウリの身体を隅々まで調べていく。
緊張と恐怖で指一本も動かせないまま、スキャンは続いた。
〔生体パターン照合、94.8%一致しました。認証をお願いします」
スキャンと照合が終わると、最初のモニターに赤い認証マークがデカデカと映し出された。その画面を凝視する。
「そのままにしておいてユウリ、迂闊に下手なものを触って今より面倒な状況になったら目も当てられないです。もう一度制御を奪えないか試してみますから押しちゃダメですよ」
ローちゃんは急に動き出したゲシュペンストに警戒して私に触らないよう忠告した。
「ポチッとな」
「人の話は聞きなさい!そういうのは相談をしてから行動!!」
「だって押しちゃダメって言われると押したくなるもん!」
フリかなって思って押してしまった。
思い立ったら吉日を座右の銘にしている私にはローちゃんの忠告は遅かった。
認証マークを押すと、目の前の大きいモニターから外の光景が映し出される。
〔認証完了。搭乗者を“ユウリ・A”と認定します〕
「な、なんで私の名前……」
アナウンスに私は驚きの表情を浮かべる。自分の名前、そして苗字のイニシャルをこの機体は言い当てた。名前は何度かローちゃんが口にしたけど苗字については誰も口にしなかったのに。
〔お帰りなさい〕
「ひゃい!?」
「!!?」
最初のメカメカしいアナウンスから一転して、女性の声がスピーラーから響いた。
〔この子が無事起動しているなら、きちんと貴女の元に届いたのね〕
聞いたこともない声だった。けどその声に、どこか聞き覚えがあった。聞いたこともない声なのに何故か私はその声を知っていた。
知らない声のはずなのに安心感を覚える。声が聞けたことが嬉しくもあった。だけどそれ以上に悲しかった。
その証拠に、私の瞳からは涙が溢れてきた。
「な、なんで?」
混乱しながら涙を拭う。けどアナウンスは混乱する私を待ってくれなかった。録音された音声をただ流し続ける。その内容に私の混乱は加速する。
〔この子の名前は“ミラージュ”、貴女に約束した私の最高傑作、私が“母親”として貴女に残せる最後のプレゼント〕
「え……待って!待ってよ!!」
その内容は今までの状況全てが吹き飛ぶほどのものだった。私は“母”が残した音声に必死になってしがみつく。
「待って、貴女はお母さんなの!?」
「ユウリ……これは録音された音声です。こちらからどんなアクションを起こしても無駄です」
「そんな……」
〔行ってらっしゃい。向こうで……お姉ちゃんと仲良くね〕
その言葉を最後に、音声は止んだ。コックピットの中は静寂に包まれる。
「……ミラージュ、それがこの子の名前」
いきなり現れた虫型ロボット。その虫型ロボットを押しつぶした“ゲシュペンスト”。ゲシュペンストに残された“母”の音声。
まだ、私の頭は混乱している。けど、一つだけハッキリしていることがある。
──この機体は私のものだ。
それだけはハッキリした。
なら、私がやることは決まってる。
「ローちゃん、どうすれば動かせる?」
「……バーニングPTは知ってますね?」
「うん、お姉ちゃんが新しい機体のプログラム作ってるのを見てたし。テストプレイもした」
「基本的な操作はそれと全く変わりません。しかし、実践とゲームを一緒にはしないでください。死にますよ」
「……っ分かってる!」
汗ばんだ手で操縦桿を握りしめると、目の前の小さいモニターに赤い頭巾を被った女性が映った。
「細かい制御は私がします。貴女は貴女がしたいと思うことを。“いつも通り”、ですよ」
「……うん、よろしくローちゃん」
モニターに映るロートにニッコリと笑った。そうだ、いつも通りだ。
いつも通り、私はやりたいことをやればいい。いつも通り、きっとローちゃんがフォローしてくれる。
「えっと君の名前は……確か、ミラージュ……だね。行くよミラージュ!」
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街を破壊していた虫型ロボット──“メギロート”の一体が突然破壊された。それを皮切りにその近くにいた数体のメギロートが次々と破壊される。
そして、何もなかった場所からゆらりと白銀の機体が姿を現した。
「これ以上勝手なことはさせない!」
小さな少女は赤頭巾の力を借りて、“母”からの贈り物に火を灯す。
白き幻影と共に少女は戦場でその力を振るう。