マルロクマルマル、目覚ましが鳴る。
予備のものも含めて2つ、アラームを止めて起き上がる。
(眠るっていうのにも随分慣れたわねぇ)
鉄の身体では味わえない、全身に血が巡る感覚を覚える。
顔を洗って身嗜みを整え間宮に向かう、朝の早い時間帯から開いている間宮は艦隊の台所として訓練や出撃よりも優先して展開される小料理屋だ。
それは何も間宮に艦娘としての自覚がない訳ではない。
ただ、艤装が準備出来ていないのだ。
艦娘が居ても艤装を用意するのは妖精だ、そして彼らは常に気まぐれでこちらの欲しい装備をくれるとは限らない。
(早く用意しなくちゃね)
「おはよう叢雲さん」
その為には昨日来たばかりの新米提督をなんとか使えるようにして艦隊を運営しなければならない。
ただ、思わず怒鳴りつけてしまうのは不味かった。
「あの、叢雲さーん?」
別に、嫌われる事を恐れたのではない。
彼の気を損ねる事で仕事の手を抜かれるのだけは避けなければ。
あの掴み所のない男の好みをいち早く掴む、その為には
(最悪色仕掛けでも使って)
「叢雲さん、難しい顔してるけど考え事?」
「うっさいわね、あんたのこと考え事てんのよ」
(そう、この間抜けそうな奴を・・・をん?)
声の方を向くと藤丸立香がそこに居た。
「あ、ついでに青葉さんも居ますんで忘れないでくださいね〜」
「げぇ、青葉」
「おっと、ずいぶんなご挨拶ですね提督代行さん。けれど、今日の私は気分がとてもいいので水に流してあげちゃいます」
そう聞いた叢雲が露骨に顔をしかめる、長くはない付き合いだが青葉の気分がいい時は鬱陶しくなることを知っていた。
「それよりも叢雲さん、今の『提督の事しか考えられない』ってどういう事ですかスクープですか!?」
「そんな言い方してないでしょう!?」
「青葉さん、捏造とかは記事にしたらだめだよ?」
「それはもう気をつけますとも!!」
「ちょっと、記事って何よ」
「実は青葉、提督にお願いして新聞部を作ることになったのですよ!」
青葉が言うには、昨日提督が着任した事を知り今朝方突撃取材を敢行。
取材の後、やりたい事が無いか尋ねられ「記者になりたい」と答えたそうだ。
「それで鎮守府のなかで起きたこととかを鎮守府新聞部にして貰おうと思って」
「初回は提督についてスクープですよ! 朝食がてら取材しようと思いまして」
「悪いけどそれは今度にしてちょうだい」
「え、独り占めですか?」
サッとメモ帳を取り出す青葉に首を振る。
「違うわ、この提督には早く仕事を覚えて貰わないといけないの、今日から私と一緒に行動して貰うわ」
「やっぱり独り占めですね!!」
メモにペンを走らせる青葉にげんなりとするが今更止めても無駄だろう。
「ね、叢雲さん。朝食の間だけですから取材させて下さいよ〜」
「俺も、仕事はちゃんと覚えるからお願い出来ないかな?」
「好きにしなさい、その代わり仕事でも手ェ抜かないわよ」
「という訳で、第1回青葉新聞部の取材ですよー! あ、間宮さーん朝食Aセット下さ〜い」
「いえーい。 俺はトーストとベーコンエッグお願いします」
叢雲は目の前で繰り広げられるやりとりを見ながら卵焼きを口に運ぶ。
青葉は提督にいくつか質問をして提督は頷いたり、たまに訂正を入れて返している。
年齢に身長、体重から前職のことや会話のなかから気になったことなど話題が広がっていく。
(青葉ってこんな楽しそうに喋る奴だったかしら)
いつも冗談こそ言うものの何処か言葉が硬いと言うか、今の青葉はまるで言葉が弾んでいると言うべきだろうか。
そういえば、この食事処を始めた頃の間宮にも似たような感覚を覚えたものだ。
「じゃあ提督ってたくさん海外に行ったことがあるんですねぇ」
「まあね、どこも面白いところだったよ大変なことも……たくさんあったし」
だから、なぜか知らないけれど。
楽しそうに笑う2人の姿がとても眩しくて。
「いいなぁ、青葉も行ってみたいです」
「そうだねぇ、いつか行って見ようか」
ダンッ!!!
いつの間にかテーブルを殴りつけていた。
「叢雲さんどうしたの? 怖い顔してるよ?」
「なんでも無い。もう取材は十分でしょう? いくわよ提督」
「え、うわっちょ待って! 間宮さんごちそうさまでしあたたたたたた! もっと優しく引っ張って!!」
『やりたい事があったらいつでも言ってくれ』
その言葉が喉の奥に張り付いたように重ったるいものに感じられた。
今回は後半を一人称視点にして見ました。
気軽に心情を表現出来るのでこれからは一人称が増えるかもしれません。