「この企画書、あんたが考えたの?」
叢雲は執務室に着くなり渡された書類に目を通した後、赤ペンを使って添削を始めた。
「まずここ、字が間違ってるし句読点がおかしいわ。
ほら、ここはちゃんと跳ねないとダメじゃない。
こっちだって同じ意味の言葉を2回も使ってるから文章がおかしくなってるわ」
「ヤメロォ! そんな子供向け通信教育みたいな修正しないでぇ!」
「ならしっかり間違えないように書きなさい。
それでこの企画書だけど、一応鎮守府の運用に関する規定には目を通してあるみたいね?」
提督の机の上に広げられた辞書のような本を見つける。
「確かに鎮守府を運営する上での諸々の決まりは解決、と言うかすり抜けてあるわね。
これを一晩で考えたならあんたのこと少し見直したわ、根性は一丁前にあるみたい」
提督に渡された草案は3つ。
まずは通信機能を搭載したドローンを使った前線の監視を強化すること。
これは妖精の技術を用いている艤装の技術を使えば可能だろう。
問題は艦娘たちの訓練・教育形態の見直しとそれに伴う鎮守府の大改装計画の部分だ。
「確かに鎮守府の運営はほぼ治外法権の働く土地よ。
決まった項目をクリアして大本営から許可が降りさえすればこの案も通るでしょうけど。
問題は資材と人材ね」
大本営は申請さえ通しておけば運営に必要な資材は融通してくれる事がある。
ただそれは、『通常の運営に必要な』資材に関してだ。
今回のような運営とは関係ないものに支援してくれるような余裕はないだろう。
「維持費も人手を集める為の人件費もあんたが負担しなきゃならないのよ、それはどうするの?」
「それは最近任務をこなしてるおかげで少しずつ余裕が出てきてるからそれを使って、足りない分は俺の貯金から切り崩して建設する。
人件費については、任せろ。
むっちゃくちゃ優秀なのに驚くほど安くて済む人材に心当たりがある」
「そ、そうなの? なら問題無いと思うわ、もちろん問題を起こした時は全部あんたの責任になるけれど」
けへへへへ、と笑う上司に薄ら寒いものを感じながらも自分の覚えている範囲で提督の計画に問題がないか照らし合わせる。
「ん、これなら大本営も許可を出すでしょう。
ただし、人手だけは私もどうしようもないからなんとかしなさいよ?」
「よぉかったーー、もしダメだったらどうしようかと思ったから」
「はいはいお疲れ様。
それなら早速今日の分の執務をして貰おうかしら、と言いたいとこなんだけど流石に限界が来てるみたいね?」
「いやいや、全然大丈夫っすよ? まだまだイケるって」
「目を開けてるのも辛そうなクセになに言ってんのよ、私はこの企画書を送って来るからその間だけでも仮眠しちゃいなさい。
そのかわり、帰ってきたら容赦なく起こすから」
提督の頭を押さえつけて机に俯かせると、さほど抵抗せずに大人しくなった。
もぞもぞと、腕を枕にして蹲る背中を軽く叩いてやる。
「ねぇ、1つだけ聞かせてもらえるかしら?」
「んー? なんすか」
「私たちの戦力不足で教官になる人を呼ぶのはわかるわ。
けど、今回の企画書だと国語とか数学とか、『普通の科目』の教導までするのはなんでかしら?」
「なんでって、べんきょー出来た方が後で役立つかもしんないだろ?」
「後でって、なんの後よ」
「戦争の後に決まってるでしょ」
叢雲は、一瞬だけ思考が止まるのを自覚した。
この男は、深海棲艦との戦いが終わったその先を考えていたらしい。
それがいい事なのか、それとも集中力が足りないのか今の叢雲には判断しきれなかった。
「そうすれば、艦娘としてじゃなくても潰しがき、く……」
「人間じゃない私たちの未来なんか気にするんじゃないわよ、全く」
静かに寝息を立て始めた提督の髪をクシャッと撫でる。
それなのにこの
(ま、当分はコイツの相手をする事になるでしょうけどね)
執務室の電気を消して執務室を後にする。
午前中ならほとんどの艦娘は訓練か自室で休んでいるだろうし、わざわざ執務室に近づく艦娘もいないだろう。
預かった企画書をデータとして転送する為に通信室へと向かう。
執務室から少し離れた所にあるので面倒だが、そうなっているのでしょうがない。
提督の改装計画の時に近くに移して貰えないだろうか。
「あら? 叢雲さん通信室に御用ですか」
「大淀、あんたまた通信機弄ってたの? よくもまぁ飽きないわね」
通信室に入ろうとすると中から眼鏡を掛けた艦娘、同僚の大淀が出てくる所だった。
なんでも古いラジオや通信機が好きだという大淀は普段から時間を見つけては通信機のあるこの部屋に籠っている。
「ええまあ、趣味のようなものですから。
それよりも、叢雲さんも通信機に興味が出ましたか?」
「ちーがーうーわーよー、提督が鎮守府を改造するつもりらしいからその内容を大本営に送るのよ」
「提督が、ですか?」
「必死に考えたみたいでね、素人にしてはちゃんと書式通りに書いてあるのよ」
「よろしければ私が送信しておきます、預かりましょうか?」
手を出してくる大淀、確か彼女は非番だった筈だ。
休みに仕事のことをさせるのも悪いだろう。
「折角だし、自分でやるわ。
メール打つ練習だとでも思うから、ゆっくりしときなさい」
「……そうですか、では私はこれで失礼します」
「ええ」
大淀を見送ってから、通信室のパソコンの前に着き電源を入れる。
自分の活動した時代には馴染みのないものだが、少しずつ覚えていけばいい。
「よっし、やるわよ!」
おかしな提督の元で働くのだ、ならば自分も少しくらい変わってやるのも悪くないだろう。