艦これ-Grand Order-   作:炭酸飲料

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休日とは人生であると思う。
早朝(義務教育)は根拠のない自信で時間を浪費し、昼過ぎに精力的に行動する。
夕方は完了した予定と未完了の予定を振り返り、夜は死ぬ。


一人前のレディでおねぇちゃんなの!

暁は海原を進みながら双眼鏡を構えた。

妹たちを率いて進む陣形は複縦陣、攻勢よりも回避を重視した隊列だ。

 

「どうだい暁? 何か見えるかな」

「ダメね、ただの黒い海しか映らない」

 

隣を進む次女の問いに答える。

空の色は青く、対する海は深夜のように暗い。

この海域が艦娘のものではなく深海棲艦(バケモノ)たちの領域である証拠だ。

 

「電の方はどうかしら? 何か確認出来る?」

「こっちにもなにも映らないのです」

 

自分の双眼鏡と同様に支給されたソナーを眺める電にも異常はないようだ。

 

「まったく、しれーかんは心配しすぎなのよ! わたしがいればなんとかしてあげるって言ってるのに」

「慎重になるのはいい事だよ雷、それにあの司令官は慎重と臆病の違いを理解しているようだ」

「「それってなにが違うの」です?」

 

自分と末妹の疑問に顎に指を当てて考える。

わかりやすいように説明するにはどうすれば良いのだろうか。

 

「臆病というのは、見えないものを見ないままに恐れる事だ。

そして慎重な者はどうすれば怖くなくなるか知ろうとする事、かな」

「「「???」」」

「そんな顔をしないでくれるかな」

 

この妹はごく稀に難しい言い回しをする事がある、もうちょっと自分のような純真さを見習って欲しいところだが。

 

「そうだな、目の前にすごい怖い犬がいたとしていきなり逃げ出すのは臆病者だ。

ここまではわかるかい? そして慎重な人は、その犬を見て考える。

鎖で繋がれているのか? こちらを狙っているのか? 逃げるならどっちに行けばいいのか?

これを考えて逃げようとする事を言う」

「結局逃げるの!?」

「逃げるのは悪い事じゃないさ、そうすれば友達に『怖い犬が居たけど鎖で繋いであるよ』と教えることが出来るだろう?」

 

なるほど、つまり

 

「どう言う事かしら?」

「くぅ」

 

よくわからないと言うのは事はよくわかった。

後ろで妹たちが納得したように頷いているが、わからないなら素直に認めればいいのに。

 

「とにかく、藤丸司令官は一般人としては優秀な指揮官であると言っていいだろう。

叢雲秘書艦より早く『とりあえず様子見しよう』という判断を下したのは悪くなかったとわたしは思うよ」

「ふーん、そうなのね」

 

初めて見たときは頼りない人に見えたし自分だけちゃん付けで呼ぶ奴だが、妹からの評価は意外と高いらしい。

 

「暁ちゃん! そろそろ観測ブイが消失した地点に到着するのです!」

「全艦警戒! 艤装を構えて」

「ッ、違う暁! 下よ!」

 

雷の声をかき消すように海面が破裂した。

水柱の中からツヤのない黒塗りの艤装と同じ色をした長髪を蓄えた蒼白の女性と目が合う。

 

いや、いくつもの目が(・・・・・・・)こちらを捉えていた。

 

『第一艦隊答えなさい! いきなり敵性反応が出たわよ!?』

「海中から奇襲を受けた! 隊列が乱れて、ガッ!?」

「響ちゃん!?」

『響さんはこちらで確認する! まずは敵を見るんだ!』

 

「しっかりしなさい暁! 電は録画の準備!」

「うえぇぇぇ、だって!」

『暁ちゃんと電さん、頼むここは踏ん張ってくれ! 雷さんは響さんを庇いながら回避専念! 出来るか!?』

「キッツイけど、まっかせなさーい!!」

「電の本気を見るのです!」

「あ、暁だってやるんだからぁ!」

 

「Aaーー、Aaaaaaaaーーーーーーーーー」

 

『おいこの声って、まさか』

 

暁は単装砲の引き金を引いて乱射、この至近距離で魚雷を使っては爆風で自爆してしまう為だ。

自らの砲撃では大した損害にはならないだろうが構わない、妹たちにはもうあの砲塔を向けさせる訳にはいかない。

 

「こっちを見なさい、ぎょろぎょろ女!」

「Aaaーーーーーー」

 

戦艦の額に、腕に胸元に、いくつも取り付いている『無機質な目玉』がこちらを捉える。

ぞわぞわと背筋になにかが這い上がって来るような不快感を覚えた。

 

「暁、響が目を覚ましたわ!」

『すぐに撤退しなさい、まともに戦うだけ損よ!』

「ごめんなさい、それは出来ないわ」

『暁ちゃん?』

 

深夜の廊下のように、底の見えない不気味さを持つ敵に向かい合う。

こいつはきっと自分たちを逃がさない、この隙に攻撃しないのはこちらがどうするか伺っているからだ。

戦場で撤退するには殿が必要だ。

 

『暁ちゃん、ついさっきの臆病と慎重の話は聞いていたかい』

「もちろん覚えてるわ、目の前にいる犬が鎖も無い腹ペコの奴だって事もわかる。

でもね司令官、暁は一人前のレディでおねぇちゃんなの」

 

艤装に触れると妖精さんが弾薬を装填してくれる。

 

「何より、妹をいじめた奴を許せる訳ないじゃ無い!」

『そうか、そうだね。

でも1番は4人で一緒に帰還する事だ、それはいいね?』

「もちろんよ」

 

待つのに飽きたのか、戦艦ル級が砲塔を蠢かせこちらを捉える。

不意打ちで妹を吹き飛ばしたものだ、掠めるだけでも自分には痛撃だ。

 

『なら暁ちゃん、今だけ君に魔法を掛けるよ』

「ま、魔法? ちちんぷいぷいの魔法?」

「Aaーーー、Aaaaaaaaーーーーーーーーー」

 

ル級が砲塔を放つ直前、なぜか全ての風景がゆったりと遅くなり視界の外にあるものまで見えるような錯覚を覚えた。

そして耳に届く司令官の一言。

 

 

『令呪をもって命ずるーーーーーー』




ー抹消された報告書ー
艦娘に対して令呪は有効である。

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