専業主夫目指してるだけなんですけど。   作:Aりーす

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▶︎2−1③【神の舌】

 

 

 あの日、入学式からすでに数日が経過した。編入生の噂は良くも悪くも遠月学園に広まっていっている。幸平創真は最初の試験で実質上のA以上の判定を貰った。

 

 今では極星寮という寮に入っているようだ。確かあそこには十傑第七席の一色慧先輩がいたはずだ。それ以外にも複数の生徒が寮生活をしている。

 

 まぁあれ以来大きな騒ぎは起こしていないようだ。……私も一つ一つ行動を知っているわけではない。むしろ知る必要性はないからだ。それに今は私の勢力を広げるために動いている。

 

 今は丼研という研究会との食戟が控えている。もちろん私が出るわけではない。出るのは私の刺客である、水戸郁魅。別名ミートマスターと呼ばれる肉のスペシャリストだ。

 

 負けは万に一つもない。周りの生徒達は丼研に対しての同情が強い。当たり前だ、私に目をつけられて逃げることができる訳がない。

 

 ……そしてもう1人、千崎雪夜に関してはむしろ謎が深まるような気がしてならない、というのが私の素直な感想だ。試験の判定は全てA、さらに誰よりも早く終わらせてはすぐさまどこかに消えていく。

 

 どこかで暮らしているはずだが、その場所は不明だ。幸平くんの寮に行く姿は見かけた事はあるがその先はもちろんわからない。私はストーカーじみたことをする事になるし、プライバシーの問題もあるからだ。

 

 2人組は彼にとっては必要ないと判断されたらしい。最初の試験では2人組になるはずだった相手が逃げ出してしまったそうだ。おそらく悪い噂が立ち始めてすぐだったからこそ、悪目立ちを避けるためだろう。

 

 ……逃げるのは如何なものか、と私は思うが。だがそれにより、彼の腕は判定をする教師側に伝わり始めている。特に意外であったのはスイーツだ。

 

 彼はその日自由にスイーツを作れと言われ、複数の種類のスイーツを作ったらしい。全て決して時間がかかるものではなかったからこそ、だろう。

 

 だが「味は完璧とすら言える」、これがその時の教師の言葉だったらしいが、判定を聞く前に教室から出ていった、という噂が広がっている。……傲慢すぎる、という悪い噂として、だが。

 

 その噂がろくに上の人、例えば2年生や3年生に伝わる事はほぼない。その人自らが見にこない限りは。2年生や3年生はそれぞれの事があるからだ。

 

 あれからも千崎くんとは話した。十傑の事や、食戟の事など。食戟については受けないそうだ。本人は来るはずがない、と言っていたが……自分に挑むなんて無謀な人は現れない、ましてや同級生の人達なら、という事だろう。

 

 十傑内で彼を知っている人物はいるのだろうか?幸平くんは一色先輩が知ってるとは言え、彼の情報を集めるつもりはさらさらない。彼が今の時点で私に勝負を挑むような、愚直ではないと分かっているから。

 

「えりな様、報告したい事が……」

 

「えぇ、何かしら?」

 

「丼研との食戟ですが……相手側から出てくる人が変わったとの事です」

 

「あら……一体どこの命知らずが出てきたの?」

 

「……ゆ、幸平創真です」

 

「はい???」

 

 ついつい私らしからぬ変な返事をしてしまった。でもそれも仕方ない。丼研と幸平創真は無関係のはずだし、所属をしているという話も聞いた事はない。だが何故、彼が食戟に代わりに出るのか?

 

 ……いや、それはどうだって良い。彼がこの程度で潰れるならば、所詮はその程度。大口を叩いただけの世間知らずという評価が、より一層広まるだけだ。

 

「んんっ、そう。でも私には関係ないわ、勝利は揺るがないのだから」

 

 水戸郁魅は決して弱くない。むしろ強い部類に入る料理人だ。だからこそ私は彼女に厨房を与えるなどの施しをしている。にも関わらず、負けたと言うならばただで済む筈はない。

 

「えりな様、次はこれなんですが……」

 

 私には様々な要件が飛んでくる。気に入らないものを1つ潰す程度に、時間を費やすわけにはいかないのだ。……幸平創真の食戟、彼はどう思うのかしらね?

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして訪れた食戟が行われる日、私は信じられない事を複数も体験した。まるで入学試験の時と同じように、だ。

 

 幸平創真が食戟において勝利を収めた事。それは予想外という他なかった。彼は編入してから数日、初めての食戟の筈なのに勝利を収めた。テーマは決して幸平創真に有利なものではなかったし、むしろ肉というジャンルがある限り水戸郁魅の方が有利だった筈。

 

 だが彼は類稀なるアレンジと気遣い、料理人としての格の違いを見せつけた。1日2日、例え一ヶ月準備期間があったとしても彼の料理まで至る料理人は数えられる程になる、そう私の直感が告げている。

 

周りの生徒達は驚きの表情を顔に浮かべている。だが私は、それ以外にも驚く事があった。この食戟の間、客席にいたある人物が普通ではない行動をしていた事。

 

 千崎雪夜が料理をメモし続けていた。しかもそれは幸平創真限定で、だ。最初から最後まで幸平創真の料理のみを観察し続け、メモを取っていた。勝ちは分かっていたかのように。

 

 だが彼はどこか不機嫌そうだった。自分ならそれより上手く出来ると、その程度しかできないのか、と。そして周りの生徒達はこの食戟の勝利の行方すらわからないのか……全てを含んだような、そんな不機嫌さを纏い会場から出て行った。

 

 私は緋沙子を連れ彼を追いかけた。彼は会場から出ていたが、そこまで遠くには行っていなかった。

 

「……薙切さん?」

 

「……ふぅ……千崎くん、さっきの食戟を見てたでしょう?」

 

「一応、ですけど。……まぁ幸平だから、勝つとは思ってましたけど」

 

「私は万に1つも勝ち目がないと思った。……何故そう思ったのだ?」

 

「幸平は強い、と思いますから。……俺が持ってない何かを持ってる。それだけです」

 

「……そう。話は変わるのだけど、貴方は宿泊研修を知ってる?」

 

「……知らない」

 

「し、知らないのか……宿泊研修は1年生が全員参加する行事だ。だが楽しいものではない、待つのは地獄以外の何物でもない」

 

「いわばふるいにかけられる、ということよ。そこでミスをすれば簡単に落としてしまう、一瞬で学園から退学よ」

 

「さらに言えば何百人落とされるのも当たり前だ。数日に分けて行われる、おそらく日程もそろそろ配られるはずだ」

 

「そう、か。……まぁ準備くらいはしておきます。ありがとうございました」

 

 彼はすぐさま立ち去った。準備……まるで旅行にでも行くつもりみたいな口調ね。舐めてるとしか思えないけど……何も知らないからかしら?それとも自信があるからか……まぁ分からないわね。

 

 私も舐めてかかるわけにはいかない。先に進むためにこんな所で立ち止まるわけにはいかないから。

 

 必ずこれから先、様々な人との蹴落とし合いになる。1つのミスは命取り、生き残れない大きな傷になってしまう時だってある。

 

 だけどそんな傷、私には付かない。そんな傷は私には似合わないし、何より私は『薙切えりな』だから。

 

 

 

 

 




本当に申し訳ありませんでした。色々な励ましを感想やメッセージでいただき、すごい嬉しく思いました。前話の後書きも消させていただきました。本当にありがとうございました。これからも精進してさらに良い小説にしたいと思いますので、これからもどうぞよろしくお願いします。

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