専業主夫目指してるだけなんですけど。   作:Aりーす

6 / 34
転生要素を消しました。それに伴い転生タグを外す、1話や1−1【先輩】などが改変されています。読まなくても一切物語に支障はありませんが、暇な方は読んでくださると嬉しいです。
また、転生要素を無くした為、前書きや後書きに書いた転生要素に対する質問の返答を全て消させていただきました。


▶2-1②【神の舌】

 今日は栄えある入学式、遠月学園の門をくぐることを許されるのは入学試験

を合格した者のみ通ることができる。しかしそれ以上に同じ門から卒業という形で通ることができるものはさらに減る。決して合格者と卒業者の数がイコールで結ばれることはない。

 

 その先には料理人としての高みが待っているだろう。だがそれは過酷な三年間を生き残れた者のみ、進級すらできない、もしくは一年間も過ごすことができず退学……そんなこともあり得る世界だ。

 

 入学が始まりだと思うならば、それは間違いだと私は考える。ここでの生活はまだ顔を出してもいない。スタートラインを見ることが許された、せいぜいそのあたりだろう。

 

 私が選ばれた人間、と謳うつもりはないが選ばれるべき人間にならなくてはいけない。私に敗北や諦めといった言葉は似合わない。だからこそ今よりも上を目指さなくてはならない。

 

 入学試験での千崎雪夜は私だけではなく、この学園に通う者の大きな壁になると私は思っている。今回、編入生として入ってくる人たちは生徒の前に立ち、所信表明をしなくてはいけない。今年の編入生は何人いるかは知らないが、毎年多いとは思えない。

 

 中等部から通っている人たちですら、この学園に入学することを簡単に許されない。にもかかわらず、それまで一般の中学校に通っていた者が受かる可能性はより低い。

 

 だが一人私が合格を言い渡した人物、それが千崎雪夜。彼の腕はただ努力だけでも、ただ才能があるだけでも簡単にはたどり着けない。必ず運が混じってくる。その時の環境も設備も何もかもは分からない。それが入ったことがない場所の厨房なら尚更だ。

 

 それを一回で成功する、それはただの偶然だったとしても奇跡に近い物だと思う。本当の天才と呼ばれる、それは高校生で呼ばれることはないだろう。ただ料理をうまく作れる、それが遠月学園の1位であったとしても不可能に近い。

 

 経験、客層、配慮、そこから評判の伝わり方から従業員まで全てが見られている。高校生程度では経験が足りない。だからこそ経験を積んでいないにも関わらずこの遠月学園に入学する編入生という存在は、疎まれやすく見下されやすい。

 

 私も千崎雪夜の料理を食べる前は、いや、幸平創真の料理を食べた時から考えは変わっていったのかもしれない。だがそれを顔に出すことは無い。私は幸平創真を落とした人だから。

 

 

 

 

 

 そう思って、いた。私が学年賞の授与をされた後に私を孫に持つ、つまりお祖父様の薙切仙左衛門学園長が話を終えた後に放送が流れる。

 

『えー、最後に高等部から編入する生徒を2名紹介します』

 

 ……2名?1名は千崎雪夜で間違いないはず。ならもう1人、別の試験で誰かが受かったという事?……いえ、それは問題ない。私が上に行くことに変わりはないから。

 

「じゃー手短に、二言三言だけ」

 

 そして、意識する事で聞こえてきた聞き覚えがある声。普通の人ならば声を覚えることは早々ないはずなのに、私の耳から伝わるものは聞き覚えのある声だという事のみ。

 

 そう、壇上に立っているのはあの男。私が試験官として料理を作らせ、私自身が不合格にした男であるはずの……幸平創真本人だった。あまりに不可解すぎて頭が混乱する以外の選択肢を持っていなかった。

 

 さらにてっぺんをとる、なんて事を言い出し周りの生徒全員から大ブーイングを受けていた。……あの男はバカなのだろうか?呆れを通り越した何かが私の中を駆け巡る。今すぐ文句を言うために裏に回った。

 

「あ、貴方ねぇ!何でここに……!?」

 

「そりゃあ合格通知が届いたんだから来るだろ。……それより少し静かにしててくれ」

 

「は、はぁ!?よりにもよって私に、だ、黙れと言っているの!?」

 

キーーーーーンッ……

 

「っ!?い、今のは……」

 

 おそらくマイクのハウリング音。……そうか、幸平創真がいるのは不可解極まりないが……私が実際に合格を出した彼がいる。だが他の生徒には私が合格を出した、と言うことは伝わっていない。伝える必要性もないからだ。

 

「……機嫌、かなり悪そうだったからな。こっちがうるさくしたら後が怖い。……そんなの考えるなんて思ってもいなかったけどな」

 

「……貴方は彼をどう思っているの?」

 

「圧倒的、としか言いようがない。今はそれだけだ」

 

 ……それだけで十分だ。彼の凄さは料理を食べた者が分かる。見た目で、雰囲気で、凄腕と分かる人はほとんどいない。幸平創真はそれを感じ取れたのだろう。

 

 あのハウリングはブーイングを止め、自らに集中させる為。注目を集めるのにこれほど効果的な物はないだろう。そして、彼が話し始めた。時間にして1分も話していないくらいだろう。

 

 

 

 

 

 

「……千崎雪夜。今年から編入することになりました。……ブーイング、うるさかったです。……まぁ、そういうことする人たちは落とす事には気をつけてください。……割れてからじゃ遅いですし」

 

 あまりにも不遜に、だが確実に全てを語った。彼はゆっくりと壇上を降りる。じきに彼が言った事を理解し始めた生徒達が、口を揃えてある言葉を言い始める。

 

「ふ……ふざけんな!!!」

 

「何様のつもりだ!!!てめぇ!!!」

 

 騒ぎは先程よりも大きくなっている。だが彼は平然と幕を通り、こちらへ戻ってくる。

 

「すごいな、お前……」

 

「そう、か?別に……普通の事しか言ってないと思う」

 

 普通ではある。だがそれを他人から言われれば、それは立派な煽り文句になるだろう。彼が言う「落とす」とは単位、もしくは判定や評価、自らの腕といったものを落とすという意味。

そして「割れる」というのは、進級、もしくは卒業できるメンバーから割れる……つまり退学にならないように、そう言ったのだ。

 

「……貴方達ね……!ど、どういうつもりよ!」

 

「いや、別に。ただせっかく受かったしな、言うのは自由だろ?」

 

「そ、そうだとしても!」

 

「それに、まずいって言われたまんまで『はいそーですか』、とかで引き返しちゃあ店に泥を塗る事になる。今度はちゃんと言わせてやるよ。アンタの口からはっきりと、美味いって言葉を」

 

……そうか。彼は真っ直ぐな人間なのだろう。……だがそれは認められない、貴方の料理の全て、そして貴方自身の全てを見極めるまでは。

 

「……ふんっ、勝手にしてなさい。私は忙しいからそんな暇はないかもね!貴方が生き残れたら、の話だけど」

 

「生き残るよ。それに、高い壁ってのがあるのも分かった。超えなきゃ親父になんて勝てねー」

 

「高い壁……えぇ、彼は凄いわ。私だって負ける訳にはいかないのだけど」

 

 彼はいつの間にか消えていた。これから調理の試験が1つ組み込まれている。すでにそちらに向かったのか、それとも私達に興味は無いのか……それは彼のみぞ知る、かしらね。

 

 その後、私や幸平くんはそれぞれの試験を受けに行った。彼は私より下、だけどそう考え続けるのは絶対にダメだ。……そうだとしても私は負けない。私は薙切えりなだから。

 

「えりな様、どういたしました?やけに楽しそうですが……」

 

「……ふふっ、なんでもないわ。さぁ、緋沙子、貴女も落ちないようにね?」

 

「っ!当然です!私はえりな様以外に負けるつもりはありません!」

 

「千崎雪夜、幸平創真……私も薙切えりなとして負けない。1位になるのは私だから……!」

 

 薙切えりなとして、1人の料理人として……何より私自身の全てをぶつけるために、彼らに打ち勝つ。この学園の1年間での一位は私が奪い取る。

 

 下から見下げるのも落とされるのもごめんよ。彼らに私を常に見上げさせる……必ずね。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。