料理をして、毎日毎日努力を続けてきて。そんな私が抱く訳もないと思っていたような感情。まさかそれを自覚する日が来るなんて思ってもいなかった。
千崎雪夜……私よりも年下で、私の後輩でもある子。そんな彼を説明するなら……才能と努力を兼ね備えている、天才というべき子。その料理はあまりにも普通の料理で、しかしその味は異常とすら思えるほどの美味さ。
そんな彼に初めて会ったのは……宿泊研修だろう。それで言えば私はあの時審査する側として選ばれた中では、初めて彼の料理を初めて食べた、のだろう。
……口下手な私だけど、あんな料理をまだ入りたての1年生が作れるなんて思いもしなかった。それ程までに暴力的で、それであって細部まで私の全てを攻め立てる料理は……今まで数えられるほどしか食べて来なかった。
その時、からかもしれない。私が彼を欲しいと思ったのは。私の店に招きたいと思ったのは。……そして、いざ店に招いた。本当に緊張したが、私の料理を振る舞った。そして彼が帰った後……日向子に言われて、気づいたのかもしれない。日向子に気付かされたのは多少不服だけど。
『……えっ、それって恋だと思うけど〜?恋をする顔って言うか間違いなく恋だよ?』
『……私、が?』
『間違いないよ〜。今日一日見ててわかったけど……間違いなく恋をしています。今すぐ告白するべきです』
『……いや、そんな……だって私は年上だし、彼とそんな絡みがある訳でもないし……』
『……めっちゃ可愛い……じゃなくて!それで取られたらどうすんの!店にも来なくなる!会えなくなる!その気持ちもなくなる!デメリットしかないからね!』
『……それは、なんか……嫌だ』
『ほら〜!……まぁすぐにとは言わないけど、何回か招いてみたら?そしてそこからグッ!だよ〜』
『…………分かった、やって、みる……』
なんであの時の私はあんな簡単に乗ってしまったんだろう。そもそもこの気持ちが恋だなんて自覚してもいなかったのに。……酔った勢いだったのかも。
……でも、多分それは……ううん、間違いなく間違ってなんかいなかった。彼を招く時には緊張したし、彼に会えない日が続くと心が空っぽになったような気がした。
……料理にも集中できない時がある程だった。……だけど彼の邪魔になりたくはなかった。彼の学園生活を邪魔したらいけないと、そう思った。
あの日までは。学園が少し長めの休みに入った、あの時までは。
「……どうしたんですか?手が止まってます、けど……」
「……何でもない、のは嘘。あの時の『雪くん』の事、思い出してるだけ」
「えっ……それはあまり思い出したくないんですけど……」
「……駄目?あんなに急いで来てくれたのに……」
「……それはそうですよ。だって『冬美さん』のこと、心配でしたから……」
あの日、私はあまりにも料理に集中出来ず、自分の気持ちの整理ができず、店を一時期休業していた。体調を崩していた訳ではなかったけど、料理ができるコンディションではなかった。
……だけど、コンディションが戻る目処があったかと言えば、それは無かった。だって私のコンディションが戻らない理由は、年下の男の子に会えないという、寂しさから来るものだったから。
寂しさと、そして私が知らない所で誰かと……付き合ってなんかいたら。そんな事があれば私は壊れてしまうだろう、と思って。……ありもしない未来に、嫉妬していたんだ。
だけど、そんな不安も嫉妬も、ある日突然なくなった。休業していた時に、彼が来てくれたから。後で聞いた話だけど、日向子が話していたらしい。……正直、感謝。
『休業してると聞いて心配で、来ました』と、言われた。それだけで私の心は、桜が開いたかのように明るく、なった。なってしまった。なんて単純で、卑しい女なのだろうと、今でも思う。
泣いた。そして、私の口はあまりにも軽く、私の心の内を話してしまっていた。私は貴方が好きなんだ、と。そして貴方のことを考えると、私の心は壊れるように苦しくなって。貴方がいないと思うとあまりにも不安になって、料理も出来なくて。
……最低の女。まるで弱みにつけ込むかのように、私は悪くないと言わんばかりに……彼にぶちまけた。告白のように。告白とも思えない、最低な言葉を。
なのに、彼は。雪くんはこう言ってくれた。
『……大丈夫です。俺が、そばに居ますから』
それだけで、たったそれだけの言葉で……私の気持ちは軽くなった。
「……ねぇ、本当に良かった?あんな最低な、告白とも思えない言葉に、あんな風に返して。……私、こんな見た目だし、歳だって……」
「……俺、後悔なんかしてませんから……それに、俺だって……意識してない訳じゃ、なかったですから……」
「そっ、か。……信じてるからね?ちゃんと卒業したら私の店に来てくれるって」
「……分かってますよ」
「……他の女にうつつを抜かしたら……分かってる?」
「……そんな事しませんよ……それに、冬美さんが俺の事を好きって言ってくれたの……うれしかったですから……」
「……恥ずかしい事、言わないで……」
……今、私と彼は秘密裏に付き合っている。学園にもバレないように。……まぁ日向子には勿論バレてるけど。後は雪くんのお母さんにだったりはバレてる。
……今、付き合ってるけど……それ以上の気持ちを伝えるのは、彼が卒業してからと決めている。勿論それを、彼が受け入れるかどうかは分からないけど……
……でも、断られたとしても……私はきっと雪くんを送り出せる。十分幸せを堪能したんだ。……この先不幸があったって、私は生きていける、と思う。
……なんて強がりを、心で思ってみせる。きっとそんなことは無理だろうけど、私みたいな女が重いなんて、最低な女街道まっしぐらだから。
「……それに、ちゃんと証明しますから。他の人に目移りしたりしないって。……冬美さん」
まるで改まって何かを話すかのように、どこか決意を滲ませた口調で名前を呼ばれる。つい、手を止めて彼の方をゆっくり見てしまう。
「…………えっ?な、に……これ……」
「……俺、口下手ですし……感情とか出る方じゃないと思います。だけど俺は……冬美さんに、本当の気持ちを、伝えます」
「……あ、あぁっ……」
彼の手には、箱。ただ簡単に覆えてしまうようなそんな、箱。その中から覗くリングと、そのリングに輝く宝石には、私の顔が綺麗に映っている。
今の私の顔は、その宝石を見るまでもなく、決まり切っているだろう。涙が止まらない。だけど、上がる口角を止められない。
「……一生、幸せにします。だから……俺と……」
その先の結果は、言うまでもないだろう。だけど一つ言えることがあるならば。
私が経営する『リストランテ エフ』は、『2人』で経営することになった、と言うことだろう。
恋愛の話は難しい……次は本編に行く予定ではあります。学園祭で薊が出てくる辺りの話ですね。いつ投稿できるか分かりませんが、今後もよろしくお願いします!