初めて会った時の印象は「一体誰なんだろう」という感情だった。目の前にいるはずなのに、目の前の人を見ていないかのような目つき。誰かと話す事がほとんどなく、口を開いた姿を見た事がなかった時期もあった。
小学生の時に初めて出会い、それからもう10年にいくかいかないか…そんなレベルだとは思う。なのに、未だに本当の意味で目を合わせてくれることは無い。話すことは出来るし、意思疎通はできる。だけど、しっかりと見てくれていないような気がする。
いつしか、夢中になっていく自分がいた。千崎雪夜という少年の何かに、惹かれている自分がいるのが分かる。今は恥ずかしい……訳ではないけど、心の中の半分は彼で満ちていた。
あの時初めて、ほんの少しの微笑みを見たときに……全てが変わったんだと思う。料理を作って食べさせた時……あの時は自分を見てくれた気がした。あぁ、こんな風にも微笑むんだなって。他の誰でもない、店の料理でも無く。
あたしの、小林竜胆の料理で、見た事のない微笑みを浮かべてくれた。
「なーなー、雪ー!ちょっといい所行こーぜー?」
今日もあまり返事は返してくれない。だけど明確に意思を表示してくれている。今もあたしが行こう、と言った時にはあたしの後ろについてくれている。
付き合いが長くなって、不思議と言いたい事は分かってくる。あたしがわざわざ確認しなくても良いくらいに。あたしの言いたい事は雪は分かってくれる、雪が言いたい事は私も分かる。
「たのしい所!さ、行こ行こー!」
「……はい」
そっけない返事に聞こえるだろうけど、あたしにはこの返事が心地良い。返答まで時間がかかるのも、ほんの少し流れる静寂も最早必要となる時間の一つだ。……いつもは嫌だけどねっ!たくさん話したい事はあるもんっ♪
あたしは高校生として遠月学園に入学してすでに一年が経つ。入学式が終われば2年経った事になるから、3年生になる。雪はこれから高校生になり、高校生活を楽しむと思う。中等部から通っていたから実質は2年間にプラス3年されることになるけど。
……もしかしたら友達できないかもしれないけどー……いや、その時はあたしがいるからな!
雪には悪いと思ってはいるが、雪には遠月学園の入学試験を受けてもらう事になっている。雪のお母さんからも許可を貰った。普通なら雪が行きたい、という場所に行かせるべきなんだろう。
でも、あたしや雪のお母さんは知ってる。毎日とはいかなくても、暇な時間には料理を作りレシピの考案をノートに書いている、そんな姿を。それをあたしや雪のお母さんには見せないようにしてる事を。
レシピ自体は普通、と言っても良い。だけど、雪が作れば話は変わるのをあたしはよく知ってる。あまりにも美味しすぎる、という言葉でしか表現できないほど…料理の次元を超えているからだ。
どうやって作るかを見せないのに、レシピを書いたノートを簡単に置いているのも、単純に自らの自信の表れなんだとあたしは思う。レシピを見た程度では誰にも真似できない……そう言っているんだ。
一度聞いてみた事がある。どうして料理を作っているのか、と。そしたら簡単に答えは返ってきた。「……夢のため」とだけ。
内容は知らない。どんな夢かも分からない。ただ、あたしには想像できないし……世界のどこを探しても雪の思想や夢、料理を完全に知る事が出来る人はいないだろう。
でも、その夢を全力で応援したいと思った。その為ならあたしが踏み台になってでも、叶えさせてあげたいと。……だから遠月学園に入学させる、そう決めたんだ。
正直、雪なら簡単に受かるだろう。無口、表情もほとんど崩さないから印象は悪く思われるかもしれない。だけど関係ない。雪には自信と、自信を裏付ける実力が有り余るほど存在してる。
何も心配はしてない。……雪は遠月学園の入学試験を受けると聞かされ、少し驚いているようだ。……だがその目には確かに闘志が宿っているのが分かる。でも、それも一瞬で消える。
そして、あたしにも聞こえづらい程の小さな声で言った。「……めんどい」と。……心配なんて持つだけ意味はない。試験を面倒と言えるほど、試験は雪にとっては『受かるのが当たり前』なんだろう。
……ふふっ、あー、やっぱ雪はすげぇな。必ず、雪は上に上がる人間だよ。あたしも自信を持って言える。
多分暇だろうから、雪には日記をつけてみて?って言った。レシピを書くのは無し、とも。日記帳がレシピ帳になったら意味ないもんね……
雪が受かった。分かってた事だし当たり前だ。心配だったのは審査員が薙切えりなっていう、通称「神の舌」と呼ばれる子だった事だったけど……余裕だったみたいだね〜。
合格通知が来てから、雪にはホテルに泊まって貰うために2日前から、家から出る準備をしてもらった。ちゃんとやってるかーっ!と突撃しようとしたら、雪はパソコンで何かを見ていた。
どうやら遠月学園の奴だとは思う……視力は悪くはないんだけどねー、覗き見みたいな形だから見づらいしー……
雪はある所で手を止める、『食戟』と『十傑』の単語の所で。……でもそれも一瞬、中には食戟の内容や十傑に選ばれている人らの名前も載ってるはず。しかし、それは見ない。
「……十傑…別にいいか」
ボソッと聞こえた独り言。雪からしたら、十傑なんてものには興味はないんだろうなぁ……。多分、選ばれても断るだろう。雪からすれば、『十傑』なんてものは邪魔でしかない。
雪は目立つのは嫌うタイプだ。あたしとは結構真逆な気がする……あ、そこは良いや!称号なんてものに興味は抱かない、ただ抱いてるのは夢のひとつだけなんだろう。
あたしも十傑に入っている内の1人だ。二席に付いてる。簡単に言えば遠月学園の2番目、という事だ。正直、あたしは一席の司瑛士には勝てない。……雪が見てるなら話は別なんだけどなー!
あたしは面白かったり、ドキドキするなら別になんでも良い。……でも何よりあたしは、雪の隣にいれる存在でいたい。その為なら、絶対に勝てない相手だとしても挑める……なんてな!
今は、雪の前にいる。ただそれは歳が上というだけだ。あたしは本当は後ろにいてもいけない、そんなレベルだ。……でもこの2年、あたしは何もしてない訳じゃない。必ず追いつく。
それから雪は日記を書き始めたみたいだ。……内容がかなり気になるけど、日記を見るのは気がひけるし……嫌われたくはない、し。
次の日、ホテルに到着したあたしと雪は部屋でゆっくりしている。あたしは帰らないといけないんだけどね〜……許されるなら泊まりたいけど!
入学式までもう1日を切ったのに雪は平然としている。まぁいつも通りだよね。お祝いとして、あたしは雪に料理を作った。あたしが遠月学園に入学してから、会える頻度は高くなかったから……料理を作って食べさせるのはかなり久しぶりだった。
不安もあった。雪が笑ってくれるか、そんな心配ばかりをしながら作った料理だ。いつもならもっと野生の子らを使うんだけど……持ち込めないしね!
それに雪は……言うなれば安い食材で作ったものが好きだ。例えばフカヒレとかそう言った高級食材はまず食べないらしい。……安い食材であろうと、全てを生かし活かすのが雪の料理だ。
あたしが作ったのは変哲も無いパスタだ。あさりが入るボンゴレパスタ、簡単に作れる部類のパスタだ。ただ少し辛めに作り、アスパラガスを少し入れている。
菜の花を入れても良かったし、あさりをワイン蒸ししてスープをかけても良かったけど…時間もあったし、手間はかけられない。
変哲も無い料理を作る時こそ、料理っていうのは人が表れる。普通の料理を普通に作り、普通に食べさせ、普通に美味しいだけ……それでは料理人では無い。普通の料理を普通に作り……普通に食べさせるまでは同じだ。
ただ美味しいではダメ、それは『生きた言葉』では無い。どう美味しいか、そこから旨味が言葉を展開させてこそようやく、『生きた言葉』の美味しいになる。
雪は普段無口であたしの料理を食べていた。微笑むまではあっても、美味しいと言われても。……どこかあたしの中で、それは何かが違ったような気がしていた。
今日、久しぶりに雪はあたしの料理を食べる。一口、二口と食べていく。……あたしはその時見たものは忘れられることはないだろう。
「…先輩、これ…美味しい」
言葉だけ見れば、ただ淡々と言われてるだけだ。だけどあたしには違う景色が見えた。雪は笑っていた。それは長く付き合ってるあたしから見たら、微笑みと言えるものではなかった。
それは笑顔だった。あたしに向けられた、まぎれもない美味しいという言葉と、笑顔。食べるスピードもどんどん上がっていく。一口、一口と口に運ばれるたびに、あたしの心は満ちていった。
雪を、あたしの料理で笑わせることが出来た。あたしを「先輩」と呼ぶ事も、珍しい事だ。あたしから名前を呼ぶことはあっても、雪からあたしを呼ぶことは本当にない。……頼りない先輩だにゃー……
でも、これで満足してはいけない。あたしの目標は雪の隣でいれる料理人だ。雪の夢の為に、そしてあたしが夢の一部に入れるように……改めて決意した。
雪が認めるような人が、雪が信頼できるような……そんな人が1年にいたり、友達になったり……学生としても料理人としても、上に上がって欲しいと思いながら、あたしはホテルの部屋を後にした。
……だけど……あたし以外の女子が隣にいるのは……絶対に認めないけどね。友達ならいいけど、それより上は……あたし以外にいて欲しくない。いてたまるものか。
PaniPaniにハマってます。やっと全キャラ出ました( •ω•ฅ)