戦女神~転生せし凶腕の魔神   作:暁の魔

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—緊迫の会談—

 

 

 

 

イソラの攻略が一瞬で終わってしまった日から数日。シュミネリアを連れてターペ=エトフに戻っていた俺たちは、次はどこに行くかを決める小会議を行った。

候補は二つ。一つは冥き途で、もう一つはトライスメイル。ナベリウスがいる地獄の門か、エルフ族のいる森のどちらかだ。

 

何度も言うがナベリウスは、アムドシアスと同じソロモン72柱の魔神。ゆえに協力し合う可能性もゼロではない。なので放っておくわけにはいかないが、トライスメイルではアムドシアスの姿が目撃されているので、こちらも野放しにはできない。

 

「ゼアノスよ、御主であれば、まずどちらに向かう?」

 

「迷うまでもないな。冥き途だ」

 

「ほう、何故じゃ?」

 

「そっちのほうが遠いから」

 

「……」

 

なんだよハイシェラ、その目は。聞かれたから答えてやったんだろうが。もし俺が歪の回廊を使えない魔神だったら、絶対に遠い場所から行くぞ。後が面倒だからな。

 

「何だ?」

 

「何でもないだの。では我は、ゼアノスの言った冥き途へ行くとするかの。御主はどうする。我に付いて来るか?」

 

「いや、俺はシュミネリアと話をしてるよ」

 

ハイシェラは俺のこの返答を予想していたのか、小さく笑ってから城を出て行った。

あいつは思い立ったらすぐに動く性格だ。このタイミングで外に出たという事は、早速冥き途へ行ったのだろう。

 

「もう行くとは……まったく、気が早いというか、せっかちというか……そこんとこ、お前はどう思う?」

 

「たしかに早いとは思いますが、決して欠点ではないと思います。早い内に事を決めなければならない時もありますから。考えるために決定を遅くしても、民は納得しないでしょうから」

 

「なるほど。だが早すぎても駄目だろう。例えば今お前が言った『早い内に事を決めなければならない時』ってのは、ハイシェラに侵攻された時とかが最たるものだ。お前はあのときに人質となることを即了承したが、民は納得していないぞ」

 

「その通りかもしれません。ですが返答が遅れれば、私はもちろんのこと、イソラに住んでいた人々は死んでいたかもしれません。ならば納得されなくとも、救うことができれば最善でした」

 

ハイシェラが出かけてからすぐに、俺はシュミネリアと話をしていた。やはりこの娘は、あの国王よりも賢い。それも遥かに。

 

あの王が愚かというわけではないが、優れているわけでもなかった。平凡だった。それと比べてみれば、シュミネリアは遥かに賢い娘だ。今でこれなら、もっとハイシェラの下で学べばさらに輝くだろう。

 

「あの、紅茶でも飲もうと思ったのですが、一緒にどうですか?」

 

「紅茶?」

 

「はい。侍女の淹れてくれる紅茶は、とても美味しいのです。それとも、他のお飲物の方がよろしいですか?」

 

シュミネリアは少し前まで、一国の王女だった。なので毎日世話をしてもらっていたわけだ。そしてそんな彼女が、人質の身となったというだけで自分自身の世話をするようになるわけがない。いや、するしない以前に、できない。

 

そして俺は男で、ハイシェラの次か、もしくは同じくらいの地位を、ハイシェラから認められている。そんな俺が、いくら世話役だとしても、全ての世話をするはずがない。ハイシェラは、ここでは王であり、俺もそれと同等の立場。

人質の全ての世話をする王がいるか? 答えは否だ。惚れた、等の理由がないかぎり、しない。理由なく世話をする王がいたとしたら、そいつは王を辞めた方がいい。

 

「紅茶か……そうだな、たまには飲んでみようか」

 

俺の肯定の言葉を聞いて、シュミネリアは笑顔を見せた。ここに連れてこられた当初は元気がなかったが、自然に接していたら段々と顔色も良くなってきたのだ。

 

しかし最後に飲んだのはいつだったっけ。セリカを見にマクルに行ったときは酒しか飲んでないし、それ以前は水しか飲んでなかった気がする。となると最後に紅茶を飲んだのって、まさかこの世界に来る前か?

……そりゃ懐かしく思うはずだ。というか懐かしいの範疇を超えている。

 

と、そこで運ばれてきた紅茶を手に取り、一口だけ飲む。味なんてずっと昔に忘れていたが、やはり美味いものは美味かった。これが王族が飲むものだからというのもあるだろうが、美味いことに変わりはない。

 

それから数日後、ハイシェラが帰ってきた。冥き途に行っただけの割には遅かったので、何かあったのかを聞いてみた。すると呆れたことに、ここに帰ってくる前についでとしてトライスメイルにも赴いたらしい。

 

エルフ族の住んでいる森であるトライスメイルには、数多の魔獣や魔物が封じられていた。それを見に行くのが目的だったらしいが、いざ行ってみると封印は壊されていて、最終的には封じられていた魔神と戦ったという。どうやらアムドシアスが結界を壊したらしい。

 

「魔神と戦ったのか。……俺も付いていけばよかった。最近は骨のあるやつと戦ってないからなぁ。あ、とはいえハイシェラ、お前と戦う気はないからな」

 

「そうか、それは残念だの」

 

ちっとも残念には見えない顔でそう言うハイシェラ。俺がこいつと戦う気がないなんて、もう五十余年言い続けている。だからそんなのは、わかりきっているのだろう。

 

「それで、だ。ゼアノス。御主、アムドシアスとの戦いには参加するのかの?」

 

「非常に不本意だが、あいつはソロモン72柱が一柱だ。魔神でありながら、古神でもある。そして彼女はお前と敵対しているとはいえ、俺自身と敵対しているわけではない。つまり……」

 

「なるほどの。不参加、ということか」

 

その言葉に頷いて肯定する。

凶腕と凶腕に連なる者は、基本的には古神と戦わない。何故かというと、古神にとって凶腕は英雄扱いだ。なので一部を除いて、凶腕のシンボルであるあのフードを着る者とは戦おうとしない。あのアムドシアスも試合はしてみたいと言ったが、死合をしようとはしなかった。

 

凶腕は戦いを挑まれたり、拠点や住処を侵されたりしない限りは戦わない。それを利用する魔族がたまに現れるが、それらは部下に始末させている。

 

……気分次第でちょっかいを出すこともあるが、命に関わるような傷は負わせてない。

ご愛嬌、というやつだ。ちょっかいをされた方からしたら堪ったものではないだろうが。

 

 

 

—————————————☆

 

 

 

「おお、ゼアノス!」

 

「……………」

 

これは……どうすればいいのだろうか。今俺の名前を呼んだのは、ハイシェラによって下着姿になっている一柱の魔神。言うまでもなく、アムドシアスだ。使い魔にしたのだと、ハイシェラから聞いている。

 

「どうしたのだ、黙り込んで」

 

「いや、なんでもない。それよりもアムドシアス。やっぱりハイシェラに負けたのか?」

 

「ぐっ……御主が我の所に来ていれば、負けはしなかったのだぞ!」

 

それはどうかね。アムドシアスと一緒にいても、俺は多分戦わなかった。となればどちらにしろ負けは決定済み。うん、ハイシェラにしておいて正解だったな。

 

「さて、ゼアノス。シュミネリアに続き、こやつの世話も頼む」

 

「突拍子もなく現れたのは良いとしてだ。何で俺が? お前の使い魔だろう」

 

「なに、我よりも御主の方が言うことを聞くだろうと思っただけよ」

 

「……まあ、構わない。だが一つ条件がある」

 

「条件?」

 

顔をしかめたハイシェラの耳元に口を近づけ、とあることを言う。その条件に考える素振りを見せ、いいだろうと受諾した。

 

そんなこんなでアムドシアスの今後も決まり、今は謁見の間にいる。シュタイフェの報告によれば、近くにある湾、フレイシア湾にマーズテリアの騎士団が集合しており、そこへ使者を送ったとのこと。その使者が、そろそろ戻って来るそうだ。

 

戻って来るのを待っていると、ふとした気配を城内で感じた。ハイシェラはアムドシアスが何か小細工をしたのだと察した。俺も彼女の動きを感じたので、間違いないだろう。だが、ハイシェラは放っておくことに決めたようだ。

 

そんな会話を少しだけした後に、送っていた使者が戻って来た。ハイシェラは事前に、マーズテリアの神官らに会談の提案をしていて、その返事を聞いてきたのだ。その返答は、承諾。なので取引材料としても使えるシュミネリア。相手への牽制にもなる、魔神である俺とアムドシアスを連れて行くらしい。

 

 

 

—————————————○

 

 

 

会談の場として選ばれたのは、フレイシア湾の近くにある建物。そこで待ち受けていたのは、落ち着いた物腰の神官と、殺気を放つ勇者だった。神官ロコパウルと、イソラ王国とも縁の深いヴィルトという勇者だ。

 

話し合いではハイシェラが一方的に捲し立てるので、ヴィルトとやらは殺気立っている。それは、何をしてくるかわからないから警戒していているようだった。

だがその警戒も、シュミネリアの声で少しだけ鎮まる。俺たちが彼女を悪く扱わなかったことを、告白したためだ。俺はあいつに全く手を出していないし。

 

それを聞いて、ロコパウルは進言した。姫を返し、その対価としてこの地への不干渉とイソラの和平――和平とは言ってもそれは言葉だけで、実際には従属に等しいが――を。

だがその程度でハイシェラが納得するはずがなく、勇者ヴィルトとこの地に参集された約五百の兵士。それらも寄こせと言ったのだ。

 

つまりはイソラという小国の従属、マーズテリアの不干渉、勇者と軍の献上。この三つと、シュミネリア一人を交換すると言っているのだ。もちろんそんなことができるわけもなく、否定される。

 

拒否するロコパウルに、ハイシェラは言葉を続けた。何故兵を集めるのかと。元来ならケレースやセアール地方の東は、人では容易に踏み込めぬ未開の地。マーズテリアのように、巨大化した神殿だからこそ、このような地に軍を動かすのは難しい。その疑問点を問い詰めた。

 

その答えは、オメールの遺跡の封印が解かれるまではこの地を騒がして古の技に触れてはならない、というものだ。

オメール山は、かつてハイシェラの拠点があった場所。かなり驚いているようだ。五十年ほど昔の事だと言っていたので、知らないのも無理はない。

 

「アムドシアスにゼアノス、知っておったか?」

 

「当然であるな。我は顔が広い故」

 

「俺も知っている。というかアムドシアスから聞いていた」

 

「何故言わぬ」

 

「貴様も美に目覚めたならば、交友が広がり、そのような噂も耳に入ろう」

 

「いらぬ世話じゃ。ゼアノス、御主は?」

 

「すでにアムドシアスから聞いているものだと思っていた」

 

「そうであったか」

 

ニヤリと笑うと、彼女は再び相手と向き合う。オメールの遺跡の事を聞くと、ロコパウルは重点を省いて遺跡の地図があるとだけ答えた。つまりはそれも交換の一つとして、言外に条件に出してきたのだ。明確には答えられないのが、巨大な組織の欠点だな。

 

「ほう、地図か。……あははははははは! 話にもならぬな! この我を侮るのもほどほどにせい! 勇者と兵五百の代わりが描きかけの古い地図一枚とは。人間族の価値観は摩訶不思議なものよ」

 

少し考えたハイシェラからの答えは、否だった。俺からしてもその価値観は分からないので、そこは否定しない。

 

「そのような意味では……」

 

「姫は返さぬ。会談は終わりよ。欲しければ力で奪え」

 

ハイシェラが席から立ち、俺もつまらないと思いながら踵を返そうとした、その時だった。

 

「待て!」

 

勇者ヴィルトが、剣の柄に手をかけながら立ち上がったのは。

 

「ヴィルト・テルカ。ここにマーズテリア勇者の名と称号を捨て、貴様に決闘を申し込む! これは、私個人の戦。ただ姫を取り返したいが為の戦いです。マーズテリアとは無関係」

 

前半の言葉はハイシェラ。後半の言葉はロコパウルに、それぞれ言い放った。俺はその言葉を聞いて、無意識に口元がにやけた。

この男はこう言った。『マーズテリア勇者の名と称号を捨てる』と。それはつまり……

 

「魔神ハイシェラ、この決闘受けて立て!」

 

ハイシェラがそれに返事を返す前に、俺は二人の間に立った。怪訝そうな顔で見てくるが、知ったことか。

 

「その決闘、ハイシェラに代わって俺が受けよう。俺は魔神ゼアノス、シュミネリアの世話をしていたものだ。色々と、な」

 

「何だと!?」

 

笑いながら『色々と』の部分を強調して挑発したら、案の定、怒りで顔を赤くしてすぐさま乗ってきた。

 

「俺が負ければ、シュミネリアは返すと約束しよう。凶腕の名に誓う」

 

この服の事は、マーズテリア神殿の者ならばわかっているだろう。それを前提にして、この言葉を放った。こうすれば嘘だとは思われないはずだ。

 

「……どういうつもりじゃ?」

 

「最近暇ばかりしていたから、丁度いいと思っただけだ。幸い、こいつはマーズテリア勇者の名と称号を捨てると言った。ならば、俺が戦っても問題ないという事だ」

 

渋々といった感じだが、これで一応は納得してくれたハイシェラ。渋々なのはあいつ自身も戦いたいという思いがあるからだと思うので、後で戦ってやるとも言っておく。その途端にあっさりと許可した。なんとも現金な奴だ。

 

「ヴィルトとやらもそれでいいか?」

 

「私は姫が戻るのならば、貴様でも構わぬ!」

 

「それは重畳だ。だが決闘と言うからには、死を覚悟しているのだろうな?」

 

「貴様とて我が剣の錆となっても後悔はあるまい」

 

「口は達者だな。だが、余りにも力の差があり過ぎては面白くない。同志がいれば手を組め。お前の望む場所で相対してやる」

 

「この場での一対一で構わん!」

 

「一対一? ならばこの砦ごと消滅させても問題ないか? 確実に、ここにいる全ての人間族は消え去るぞ?」

 

言い終わると同時に、身体の内より魔力を発する。それを感じたのか、神官ロコパウルや、近くにいる魔術師は顔を青ざめた。自身が魔力を扱うからこそ、この魔力の恐ろしさを理解してしまうのだろう。

 

「……心得た。決闘の場と隊を整える。戦闘の開始は太陽が頂点に辿り着いた時。場所は、フレイシア湾の畔」

 

「いいだろう。精々体調も整えておくことだ。具合が悪いと言っても、手加減は一切しないぞ」

 

後ろ向くと、シュミネリア、そしてなぜかアムドシアスの顔が青くなっている。シュミネリアの場合は我が身と引き換えに、ヴィルトの死が定まったのと同義だからな。

アムドシアスは……何か(はかりごと)をしていたようだし、俺が戦うことが予想外だった、てな感じかな。

 

青ざめているシュミネリアに、ヴィルトに声を掛けることを許すとハイシェラが言っている。彼女はハイシェラに一礼し、ヴィルトの所へ歩いて行った。

 

「ゼアノス、なにやらアムドシアスが仕込んでいた。おそらくこれに関係するものだろう」

 

「感づいている。が、それの方が多少は面白くなるってものだ。お前であっても、そう思うだろ? 違うか?」

 

「くくく、その通りだの。随分と戦わぬ奴だと思えば、いや、やはり御主も魔神じゃな」

 

「何を当たり前の事を言っている」

 

互いに笑い合い、砦から外に出る。どうやらハイシェラは時間まで寝て、俺の戦いを見るらしい。

そうだな、俺も便乗して眠るとしますか。どうせしばらくの間は暇なのだし。

 

 

 

 

 


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