戦女神~転生せし凶腕の魔神   作:暁の魔

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—騒動前の俗事—

 

 

 

アストライアに軽く警告してから、俺は転移した。これ以上俺が介入すると、バリハルトが煩そうだからな。……いや、既にもう手遅れか? 大丈夫……だよな、うん。

 

さて、俺が転移した先はディジェネール地方。現在、ノワールがいる地域だ。報告によると、ノワールの率いる一隊が魔獣を捕縛しているらしい。なので暇潰しも兼ねて、俺もそこに行って合流しようと思ったわけだ。

で、久しぶりの再会だから晴れやかな気持ちでいたかったのだが……

 

「……これはどうなっている?」

 

「申し訳ありません、主様」

 

「ごめんね、主様」

 

そこで問題が起きていた。流石に堕天使の集団が目立たないわけもなく、現神、もしくはその徒に見つかってしまったらしい。そしてその退治をするために、ブランシェが率いる天使が派遣されたようだ。現に今、堕天使と天使が互いに殺し合っている。

 

……面倒な。だが将来俺の部下になる予定の天使はいないようだ。ここにいる天使は、その全てが現神に忠実な者だけだ。

ちなみにそれらのリーダーであるブランシェとノワールはというと、仲よく茶を飲んでいた。今まで俺以外に気付かれなかったのが驚きだ。というか部下が殺し合っているのに何をしているのかと、小一時間問い詰めたい。

 

「なんであいつらは、お前らが仲よく茶を楽しんでいることに気付いてないんだ?」

 

「特殊な結界を張っておりますので、今の我々を認識できるのは主様以外にいないかと」

 

「そうか。にしても……ブランシェ、頼む。何を頼んでいるのか、わかるよな?」

 

「もちろんです。…………者ども、退け! 凶腕がこの地に現れた! このままでは全滅する! 後退しろ!」

 

うん、正解。その対応の仕方は正解だ。俺からかなり離れてからそう言ったし、俺が顔を隠すのも待っていた。素晴らしい。慣れてないからか三文芝居だけど、真面目な天使なら騙されてくれるだろう。

 

「ですがブランシェ様、凶腕は自分からは手を出さないはずでは?」

 

「あの堕天使どもが凶腕の部下だったようだ。だからこそ早く退け! 報復されるぞ! 私は少しでも長く生き残れるように時間を稼ぐ!」

 

「そのような! でしたら我々も!」

 

「私だけの方が生き残る確率は高い! 少しでも生き残りを増やすためだ、皆は去れ!」

 

そりゃお前だけ残った方がいいでしょうよ。俺がお前を殺すはずがねーし、お前だけ残った方が俺らの関係を知られずに済むもんな。

 

「ですがそれでは……ええいっ! 行くぞっ!」

 

「な……」

 

部下の掛け声に絶句するブランシェ。天使部隊は、なぜか俺と戦うことにしたらしい。何でだ? 我武者羅にでもなったか? それとも上司(ブランシェ)が命を懸けるなら自分も! とかいうやつか?

 

「お前たち、なぜ……?」

 

「何を言っているのですか? 我ら、死する時は一緒です!」

 

魔王に挑む勇者とその仲間。ただし勇者は魔王の手下、みたいな構造だな、これ。

……あれ? これって人間側の勝ち目無くね?

 

「ねえねえ主様、あいつら馬鹿なの? 主様に刃向おうなんてさ」

 

「……ああ、そうなのだろうな」

 

気付けば、天使が全員攻撃態勢を取っていた。こいつらのこれは独断なのか? それとも、現神が命令したのか? 命令したとすればそいつは誰だ? その現神、殺すぞ。

 

(ブランシェ、もういい。一斉にかかってこさせるように指揮しろ。将来に俺の部下になる堕天使がどれほど戦えるのか興味がある。ノワールも、わかったな?)

 

(了解です!)

 

(了解だよ!)

 

心話でそう命じると、戦いが再開した。黒い翼と白い翼が舞う羽音が聞こえ、その翼と同じ色の羽が何枚も落ちてきている。と、そこで気になったことがある。

 

(ふと気になったんだが、お前らはどっちが強いんだ?)

 

((それはもちろん私d……))

 

ハモった。見事にハモりやがった。

 

「はああああああああああああっ!」

 

「せいやああああああああああっ!」

 

ハモってから、ものの数秒で戦闘態勢を取り、互いに突進していった。魔導銃と聖剣がぶつかり合い、衝撃波が生まれる。それは近くで戦っていた天使と堕天使が吹き飛ばされるほどの威力だった。互いに指揮なんて忘れて戦い合ってやがる。

 

「あー、余計なこと言ったか? ……言ったんだろうなぁ」

 

 

 

それから数時間後、2つの影が空から下りてきた。天空での闘争は終わったらしい。

 

「ブランシェにノワール。どっちが強かった?」

 

「……悔しいですが、引き分けでした」

 

「近距離ならブランシェ、遠距離なら私が有利で、勝敗が付かなかったんだ……」

 

そこは大体予想通りだ。こいつらは同等の力を待たせたから、そうなるだろうと思っていた。それじゃ、この前に約束した『褒美』を上げるとするか。

 

手をちょいちょいと動かして、二人をこちらに呼ぶ。任務を放棄したことを怒られると思っているのか、不安そうな顔をしている。それに気付かぬ振りをして、俺は『腕』をそれぞれの頭に乗せた。

 

「……はい、終わり」

 

「え? あれ、罰せられるって思ったのに」

 

「私もそう思っていたのですが……っ! ノワール! あなた、『腕』が!」

 

「ほ、本当だ! あ、でもブランシェにも!」

 

俺が何をしたのかというと、約束していた劣化版の『腕』を二人に上げたのだ。俺のと何が違うのかというと、大きく二つしかない。

 

① 片腕のみ

② 因果を変える力はない

 

これだけだ。多少は魔力が上昇するし戦略も増えるだろうから、強くもなっただろう。

ブランシェとノワールも強くなったという良いことがあると、さらにいいことが起こるかもと和気藹々に話す俺たち。だが、現実はそんなに甘くなかった。

 

「……何ですか? この邪気は」

 

「少し前まで薄っすらと感じる程度だったのに……これは……」

 

ディジェネール地方の北方、セアール地方。ブレニア内海を挟んだ先にあるその場所で、多大なる邪気を感じる。かつて感じたものと似ているが、微妙に違う。

 

「かなり離れているはずなのに……しかし、ここは……バリハルト神殿!?」

 

ブランシェが邪気のありかに気付いたらしい。かなり驚いている。確かにマクルの街にある神殿から、邪気が感じ取れる。だがこれでハッキリした。これは”ウツロノウツワ”の邪気だ。

 

「さて、あれは随分と目立つが……どうする?」

 

「もう少し様子を見て、こっちに近づいて来たらその時に考えれば?」

 

「私もノワールの意見に賛成です。もしかしたらバリハルトが私に何かを命じるかもしれません。そうなれば、あいつが何を企んでいるのかをお教えできます。その時に行動しても、遅くはないかと」

 

俺の言葉ノワールが意見を出し、ブランシェがそれに賛成した。俺もここら辺のことは既に覚えてないし、それが一番いいだろう。

 

 

 

―――――――――――――○

 

 

 

セアール地方から邪気を感じてからしばらくして、俺たちは話し合っていた。内容は、その邪気をどうするかというもの。というのも、邪気が内海を渡ってこちら側へ来ているからだ。……いや違う。たった今、この地方に到着した。

 

「それで、主様はどうするの? もう少し様子を見る?」

 

「そうだな……この地で何をしたいのかがわからない以上、下手に手を出さない方がいいだろう」

 

ノワールの言葉に、俺は様子見の意見を出す。俺が覚えている、原作で数少ない場面だから手出しするつもりはない。ここで俺が介入したら【戦女神】が始まんないし。

 

というか、結局俺は原作通りに事を進めたいだけなんだよな……すまんねアストライア、いつか助けるからそれまで待ってて。途中でセリカと何回か戦うことになるかもしれないけど、セリカ共々助けるから今回は見逃してほしい。

 

ノワールには、このまま仲間集めをしてもらう事にする。俺が来たことで堕天使たちの士気が上がったようだし、順調に増やしてもらおう。

ブランシェも以前と変わりなく、現神に仕えてもらう。……あと千年ほど。それと今回のことは、”凶腕”がいたのに部下が突撃して死にましたと報告させる。バリハルトも、先に天使が攻撃したと言われれば、俺に文句は言えないだろう。

 

兎にも角にも、まずはアストライアの所へ行くとする。彼女の結界によって普通ならば宮殿内には入れないが、俺には関係ない。歪の回廊を展開して転移した。

 

さて、ただいま歪の回廊から出て、宮殿の真上に到着した。アストライアは……ここか。

山の合間にある、不自然なまでに綺麗な建造物。その頂上に、彼女はいた。

 

「誰!?」

 

「俺だよ。この付近で邪気を感じて、少し心配になったんでね」

 

上空から下りて、彼女の目の前に着地する。

 

「ゼアノス……」

 

「この邪気を纏っている気配。もう、ほとんど分かってるんだろ?」

 

「……ええ、邪気を纏う者はこの宮殿の内部に、既に入ってきている。でもここには結界を張っているから、入ってこれるのはゼアノスか、もしくは……セリカだけ」

 

今の会話を聞いてわかるが、セリカはもうここの下にいる。

そして、何故この宮殿に俺とセリカしか入れないのか。それは、まず俺は結界を無視して転移できるから。そしてセリカは、アストライアが唯一、ここに入ることを許した存在だから。

 

「お前がやるのか?」

 

何を、とは言わない。

アストライアは俺のその質問に、頷いて答えた。

 

「これは、彼とのことは、私が解決したいの。だってセリカは私にとって、最も愛しい人だから」

 

「そうか。……強いな」

 

誰よりも愛する存在と、恐らく殺し合う羽目になる。そんな未来、俺なら願い下げだ。

だからこそ思った。彼女は強いと。だがその答えは……

 

「いいえ、私は強くなんてない。今まで私はずっと逃げ続けていた。邪に溢れた世界から、己の責務から、妹から。そして、セリカから。だから今度は逃げたくない。運命からも、自分の本当の姿(古神だという事)からも、彼の気持ちからも。だって私は、セリカを愛しているから」

 

こんなものだった。今まで逃げていたから、今度こそ向き合う。その考えも強いと思うのだが、まだ彼女は何もしていない。これから成そうとしている。

 

「もう少し話していたいけど、これでさよなら、ね。彼の気配が近づいてきている」

 

俺も感じているが、セリカはあともう少しでここに到達する。その前に離れなくては、俺も討伐対象になってしまう。そうなったら非常に面倒だ。

 

「……結局、最後は悲劇だったな」

 

「それはわからない。これが最後だなんて、私は思わないから。それに未来は誰にもわからないのよ? 時間の神、クロノスでも確定した未来を見通すことは出来なかったのだから」

 

「この悲劇を、喜劇に変えられると? 最後にお前らを待つのは、大概の物語と同じくハッピーエンドだとでも?」

 

俺のその酷な言葉に、アストライアは笑顔でこう答えた。

 

「だって、私の初恋の人がそうしてくれるはずだから」

 

「…………あっそ。その男はどうせ捻くれ者だから、それまでに色々とありそうだがな」

 

「私もそう思う。わざと敵対したりして、でもそれはたぶん、私やセリカを助けるのに必要だから、だったりね」

 

その笑顔で予測をするのは止めて欲しい。たしかに俺は将来的にセリカと敵対する予定で満載だが、そのポジティブ的思考で俺の行動を先読みしないでくれ。

 

「……さて、本格的に俺は去るぞ」

 

「そうね。本当にもうすぐまで、彼は来ている」

 

「また会おう」

 

再開の約束の言葉を交わし、俺は気配を殺して離れた。

 

 

 

アストライアの所から離れて、まだ一分も経っていない。そんな頃に、セリカは来た。彼自身からも、彼が腰に差している剣からも、おびただしいほどの邪気が漏れている。

セリカとアストライアは対峙し、言葉を交わした。だがそれも長くは続かず、セリカが剣を鞘から抜こうとした。だがその瞬間、セリカが苦しみ始めた。そしてアストライアに、『逃げろ、サティア』と言った。これには俺も驚いた。人間が、一瞬とはいえ膨大で強大な邪気に勝ったのだから。

 

俺たちには逃げないと豪語していたアストライアだったが、やはり本人に会うと決心が揺るいだらしく、今まで弱気になっていた。だがセリカが邪気に侵されながらも逃げろと言った心の強さを見て、再び決心を固めたようだ。

 

「ゼアノスにも誓った………私は……もう逃げません。だって、私は……人を……貴方を―――愛しているから」

 

彼女はそう言って構え、セリカに言い放った。今まで言っていなかったことを。真実を。

 

「我が名は、古の女神アストライア! かつては夜空に星を眺め、今は地に人を見る者!」

 

力強く宣い、神気に溢れたその掌を翳した。

 

「雨露の器と、支配された人の子よ。これより重ねた罪を我が天秤により裁きましょう」

 

の凄まじい神力がその身体より溢れ、周囲へ放出される。

それに圧倒されたであろうセリカは、なぜか悦びで打ち震えていた。

 

「とうとう正体を現したなアストライア! ハハハッ、貴様は戦えまい! 誰よりも争いを嫌い……”私”に全てを押しつけた、裏切者よ!」

 

セリカの身体から、禍々しい邪気が溢れた。アストライアの神力に匹敵するほどの邪気が。それは瞬く間に世界を汚染していった。この山頂も、既にほとんどが覆われてしまっている。

……だが、今の言葉を言ったあれは”セリカ”ではない。おそらく”ウツワ”の意思だ。しかし、『裏切者』とはどういうことだ?

 

「……私はこれまで一度も、戦いのために己の剣を取ったことはありません。ここに封じて幾千年……ですが、邪に侵されし魂の為に剣を抜きます! ――――星芒(せいぼう)より出でよ、”天秤の十字架(リブラクルース)”!」

 

アストライアがそう言い放ち、星形の魔法陣から美しい白い剣が現れた。アストライアの持つ力が具現化した神剣だ。その神剣が放つ輝きが、山を覆っていた邪気を顕わにしていく。

 

「堕ちた邪悪な罪を明かすため、ゼアノスとの約束を守るため、支配されし人を救うため。そして……セリカを護るため! 私は、最初で最後の戦いに挑む! 参ります!」

 

その言葉を最後に、膨大な神気と膨大な邪気を持つ男と女は、同時に斬りかかった。

とある一人の男を愛し、その男の為に白く美しい剣を振る女神、アストライア。

そしてその女神を愛し、邪悪に染まった黒い剣を振るう人間の男、セリカ・シルフィル。

そんな二人の、殺し合いともいえる戦いを見ながら、俺は思った。

 

星乙女(アストライア)』と『嵐の息子(シルフィル)』。星と嵐。

星は爛々と天より光を放ち、嵐は荒れてその輝きを妨げる。

愛し合った二人の名がこうなるとは、何とも皮肉だ……と。

 

 

 

 


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