セリカやサティアとの再会は、セリカに呼ばれるまでもなかった。
キートという名の村の近くの山に、ブレアードが創った魔獣がいるらしい。そいつを見るためにキート村に行ったら、そこに例の二人がいた。またしても何かを話している。
「あんな幻獣を生み出す魔術師は、すごいな……」
「……そうね。ここまで見事なものを生み出せる術者はそう多くないわ」
どうやらこの近くで、立派な創造体を見たらしい。ブレアードが創ったやつ以外にも何かいるのか? ここ。
「古い文献に、名前は載っていなかったのか?」
「確か……ブレアード。……そう、ブレアードという魔術師だったと思う」
……まさかのブレアード。あいつ、そんな立派なもん創ったっけ?
「へぇ、ブレアードか……この世界のどこかで、また何かを生み出しているのかな?」
「そうだと嬉しいわ」
セリカの言葉に、サティアは優しく微笑むが……あいつら、ブレアードがどんな人間か知らないからそんなこと言えるんだよな……。
無理、もう我慢できない。
「ブレアードが創ってると嬉しいって……アッハッハッハッハ!」
「「!?」」
あ”〜〜〜!! 空気読まずに笑っちまった……でもこれ以上我慢すんの無理だっつーの。
「ゼアノス……俺の行く先々に、何でいるんだ? ……それに、ブレアードを知ってるのか?」
「いいや、お前の行く先々に俺がいるんじゃない。俺が行こうとした場所に、何故かお前がいるんだ。それとブレアード? ああ、知っているとも。あれほど面白い人間は、お前以外には見たこともない。しかし……クックック」
ブレアード関係で、嬉しい、ねぇ。……初めて聞いた。
「はぁ、落ち着いた。……お前ら、ブレアードの創った幻獣を見たのか?」
「……ああ、そうだが……俺って面白いのか?」
「すごく面白い。人間の敵である俺の言葉を真摯に聞く辺り、とても面白い。で、ここにいるのか? ブレアードが創ったっていう幻獣は」
俺の質問に、サティアが頷いて答えた。
「ふぅん……」
指を口に当てて、口笛を鳴らす。もし俺を知っている奴なら、これで俺の下に来るはずだ。目の前の二人は頭に疑問符が浮かんでいるが……無視。
— バサッ —
羽ばたく音が聞こえ、俺らは三人そろって空を見上げた。
そこには、二羽の岩石のような金色の巨鳥が羽ばたいていた。
「……ラガタ・ムン、か。久々に見るな」
ブレアードが創ったにしては珍しく、雌雄別々の創造体だ。元々は戦闘用のを創ろうとしてたのに、自然に返ってしまったから不良品とされていた魔獣だ。おかげで数が少なかったのだが……こんな所にいるなんてな。あそこからかなり離れてるぞ、ここ。
「……ふん」
— パチン —
指を鳴らし、ラガタ・ムンに「もう用はない」と言外に伝える。
山へ戻って行ったのを見届け、セリカたちの方へ視線を戻す。聞きそびれていた事を聞くためだ。
「さて、突然だがあの時は聞くのを忘れていたので聞こう。なぜ生き物は争い合うのか。その答え、お前ならわかるか?」
「……それは俺にもわからない。でも、これからその答えを探していきたい。サティアと一緒に。二人でなら、どこへでも行けるから」
そう言えばそんなこと言ってたな、湖の近くで。
「……その答え、いずれ解けたなら俺に教えてほしい。かれこれ1万年、俺はその答えを探している。人間だからこそ、その答えは見つかるかもしれんしな」
「わかった。いつかきっと、お前にも教えてやる」
「……やっぱり、お前は変わってるよ。そうは思わないか、サティア・セイルーン?」
「そうかもしれない。でも、それが彼なのよ」
笑いながらそう言う。
だからこそ、彼女と彼は出会えた。セリカがあの水竜を気にしないような男だったら、サティアとは会えなかったのだから。
「そうかい。……ああ、あと一つ言うことがある。」
「何だ?」
「カヤが言った通り、俺は魔神だ。そしてお前は人間。だからいつまでも味方だという訳ではない。いつかはお前の敵になるかもしれない。それを覚えておけ。答えを聞いていなくとも、その可能性は充分にある」
「……わかった」
そこまで聞いて、踵を返して転移する。サティアとも話をしたいが、いつもセリカがいてはそれもできない。
魔神としてあいつらの前に出たの、失敗だったかな……。
—————————————○
意外なことに、サティアと会うチャンスはすぐにできた。
セリカは今日、双剣士のダルノスと共に鉄屑の谷という鉱山に行ったらしい。
これは丁度いいと思い、俺は早速サティアの所へ向かった。
……セリカの姉のカヤが一緒にいるとは思わなかったが、俺に気付いたらしいサティアは……アストライアは、わざわざ外に出てきてくれた。
「……改めて、久しぶりだな。元気にしてたか?」
「ええ、本当に久しぶり。見ての通り元気よ」
「それはよかった」
会うのは数千年振りだというのに、互いにそんなに経っていないと思えるような話し方だった。それくらい自然に話せていた。
「それにお前、俺じゃない良い男が見つかったみたいだな。それもお前の理想と同じ志を持つ、あんないい人間を」
そう言うと、顔を赤くして微笑した。相変わらず、一つ一つの動作が可愛い。
「でも、貴方も随分と綺麗な娘を使徒にしたみたいだけど?」
「ん? 今になって嫉妬か?」
「それは……ちょっとは、ね」
「……それはそれで嬉しいが、あいつはイオ。古神で、レアの盟友でもある」
「レアって……お姉様の?」
俺は頷くことによって肯定。
そして、そのレアの事について謝ろうと思った。
「……それと、お前に一つ謝っておくことがある」
「……何?」
「そのレアの事なんだが……現神によって封印された」
「お姉様が!?」
さっきとは打って変わり、顔が青くなっていく。やはり知らなかったか。
「ああ、だけど滅ぼされた訳じゃない。いつかは助ける。俺じゃなくて他の奴が助けるかもしれんが、それはそれで重畳だろ」
「わかった、お願いするわ。……でも何で貴方がこの街に?」
「アストライア、恐らくお前と同じ理由だ。……アイドスの気配がした」
「やっぱり……」
慈悲の女神アイドス。あいつは今、どこにいる? この付近で気配を感じて、セリカからも気配がして……くそ、原作の肝心なところを忘れちまった。
「それにしてもお前、今でも着けてくれてるんだな、その帽子」
わざと話の内容を変えて、少しでも気分を明るくする。
久しぶりに再会したんだし、暗い雰囲気にはなりたくない。
「もちろん。初恋の人の、初めてのプレゼントを捨てるわけないでしょう?」
「セリカには黙っとけよ、それ。………っ!!」
明るくすることに成功して話し込んでいると、突如感じる魔力の流れ。
これは……セリカか?
「どうかしたの?」
「ああ、どうやらセリカがピンチらしい。行ってくる」
この荒々しい流れ方からして、かなり焦ってる。それも、命の危機にあっているような。
「待って。……行く前に、最後に聞かせて。貴方がセリカの敵になるかもしれないって、本当のこと?」
「当たり前だ。人間が魔族と仲良く手を握れるわけがない。それも、現神に従う人間と」
それだけが理由ではないが、な。
「なら、いつかは私とも敵対することになるかもしれないわね。私は、セリカと一緒に歩くって決めたから」
「……そうならないことを祈ろう。だが、今はあいつの味方なんでね。それじゃ、行ってくる。久しぶりに話すことができて楽しかったよ、いつかまた会おう」
「うん、セリカをお願い」
その言葉には笑みを返して、俺はすぐさま転移した。
腕輪に魔力が込められたことを感じ取り、その場まで自動的に転移する。
そこに来て見れば、まさに彼らはピンチだった。
ダルノスは爪のような触手に首元を掴まれ、セリカはそれを斬ろうとしているが、他の触手が邪魔をして近づけない、という場面だ。
— 追尾弾 —
威力は最弱だが、確実に狙った場所へ当てられる純粋魔術を放つ。それにより、セリカたちには一切の被害もなく全ての触手が消滅する。
「よいせっと」
さらに奥から伸びてくる触手からダルノスを守るため、後ろに投げてから剣で斬る。
前方からの攻撃が止まったので後ろを見ると、二人ともかなりボロボロだ。
「なっ!? あん時の魔神か!?」
「大丈夫だ、ダルノス。少なくとも今は平気だ」
俺を見てさらに落ち着きをなくすダルノスと、それを落ち着かせようとしているセリカ。
それを見ててもしょうがないので、攻撃して来た相手を見る。
それは、”得体の知れないもの”だった。背丈は人間の腰ほどでしかないが、その体から噴き出る腐臭、死臭、動作、身体の構造、気配。そのどれもが人は勿論、魔神の俺すら不快になるものばかりだ。
だが、俺はこいつを知っている。どこかで会ったことがある。一体……?
「お、おぉぉ怨、怨、怨ぉ……ぉおお、お……」
俺を新たな標的にしたのか、腕のような触手を掲げて放ってくる。
俺はそれをわざと受けた。
「ゼアノス!?」
「平気だから黙ってろ!」
大声を出したセリカにそう言い、俺を貫いている触手から様々なものを感じ取る。
恐怖、憤怒、憎悪。
それらの感情が流れ、俺の中から引きずり出して目覚めさせようとしてくる。
だが違う。これは”こいつ”の感情ではない。別の者の感情だ。
それがわかっただけでも、一応は良しとして触手をぶった斬る。
セリカ達を追い出したいが、負傷して走れそうにないらしい。空間の歪みは、人間にとっていいものではない。一回程度なら問題ないが、使わないのが一番だ。
ならば……
「イオ、こいつらを外まで援護しろ。回復もついでにやっておけ。そのあとここに戻ってこい」
「了解しました」
イオを呼び出してセリカたちを任せる。
脈絡なく現れたイオを見て二人は驚いたようだが、有無を言わない速さでイオは二人の肩を掴んで転移した。あいつなら無駄なことは言わないだろう。俺のことは、今はまだあまり知られたくない。
完全に見えなくなったので、”得体の知れないもの” をもう一度見る。
…………。
……。
…。
あ。
「そうか、思い出した。アイドスだな?」
近くに転がっている死肉や腐肉に覆いかぶさって食らっているが、微かなこの気配と思い出した原作知識。間違いなくアイドスだ。
そうとわかれば、やることは決まった。
『腕』を出現させ、魔力はリミッター付きのままで戦闘開始。触手を斬りながら、ただひたすらに彼女のもとへ走る。
辿り着き、『腕』を伸ばして相手を掴む。
ここまですれば、後は簡単。アイドスと邪悪なモノを、二つに分断してしまえばいい。
そう思って、俺は立ち止った。立ち止まってしまった。
— グサッ! —
「ガッ……は」
……やばい。バリハルト神殿に見つからないために力を抑えてたのに、その所為で攻撃を避けられなかった。完全に油断した。
まだこいつは敵なのに、何で俺は目の前で立ち止まってんだよ。クソッ!
『腕』を使えばすぐに元通りだけど……そうしたらアイドスを救う時間が無くなる。
こいつ、今にも逃げようとしてるし。しかも後ろから魔物来てるし。
あぁぁぁあああ!! もういい!!
幸いにして、ここには空を飛べる魔物はいない。だからキメラや、その進化形態であるグロウキメラを召喚。ここのレベルならこいつらだけで充分すぎる。
そして、掴んだままの双手で……切り離す!
— バチン! —
その音がすると、二つの色が出た。
片やどこまでも深く濁った色をした、黒。片や美しくなびいている、赤。
赤は、アイドスの髪だった。彼女と初めて会った時に最初に見たもの。
黒はそのアイドスから剥がれ落ちたもの。邪気の塊。先ほどとは違い、さらに黒ずんで見える。
アイドスは、その中にはもういない。今までとは違い、あれは純粋な悪意の塊だ。
っと、やば。さっきやられた怪我、まだ治してねぇ。とっとと治療したいんだが……魔術を使用する暇すらない。アイドスは気絶してるってのに、こいつは相変わらず触手を伸ばして攻撃してきやがる。彼女を背負っているから動きにくいし……ここは撤退だな。
「ゼアノス様……その女性は? というよりどうしたのですかその傷は!?」
ああ、丁度いいタイミングでイオが戻って来てくれた。
いつもは冷静で落ち着いた感のあるイオだが、いつもよりも感情の起伏が激しい。
「話は後だ! 悪いが見ての通り体を動かしにくい! 俺たちを転移してくれ!」
「は、はい! 了解いたしました!」
邪悪な塊を置いたまま、逃げた。事情があるとはいえ、凶腕として逃げるのは初めてかもしれない。油断して傷も負っちまった。
ちょっとした嫌な思い出になりそうだ。