エイナ・チュールの冒険   作:バステト

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一応、最終話です


強制捜査

 ガネーシャ・ファミリアメンバーが倉庫のドアを激しく叩く。

 ここに居るのは、ガネーシャファミリア・メンバーと私である。もちろん、ザラさんには地下道入口にて待機してもらっている。

 倉庫の中から、ばたばたとあわただしい足音が聞こえ、扉がきしみながら、少しだけ開けられる

 すかさずガネーシャの団員が扉を限界まで押し開け、叫ぶ

「ギルドの捜査である。中に入らせてもらう!」

 そして残りのメンバーが「全員その場で動くな」等と叫びながらどんどんと倉庫に入っていく。もちろん、私もその後ろに続いていく。

 最初に扉を開けた男が、いろいろとわめいているが、全部無視である。借金の差し押さえとかもこんな感じでやるんだろうかなぁ・・・と思いつつも、私は他の人に指示を出す。

「打ち合わせどおりに、ここの倉庫内の人たちは縛り上げてくださーい」

 逃亡防止の為である。

「書類が隠されていないか、探してくださーい」

 まあ、地下室にある分が一番重要なのだが、帳簿関係にもいろいろと調べたいことがあるので・・・・。いざとなったら、ザラさんに透視能力で調べてもらおう。

 たまたま廊下に顔を出した男が居たが、ガネーシャ・ファミリアのエンブレムを見るとあわてて逃げ出した。倉庫入口から逃げるのは無理と判断したのか倉庫の奥に走っていく。地下道から逃げるつもりなのだろう。教会に逃げろとか喚いている。だが残念ながら、地下室経由で地下道から逃げるのはザラさんが居るから無理なのです。

「エイナさん、ここ(倉庫)には、二人だけしか残っていませんよ!」

 地下室への階段から、声と共にザラさんが現れた。

「モンスターも居ません! 全部蔦屋敷に運んだようです!」

 そういって、倉庫の男の腹にこぶしを叩き込んで気絶させた。私もあわてて、地下室に走りこむ。そこには、何も無かった。大工道具も棚も無かった。隣の部屋に続く扉を開ける。昨日の夜、数時間前に資料を探した部屋であるが、本棚の中はすべてからであった。モンスターの檻がある部屋に移動する。そこには、昨日の夜はモンスターが中に入っている檻があった。だが今は空っぽだ。床には血が流れた後は無ったが、灰が残っていた。証拠隠滅として、モンスターを殺害、魔石を抜き取っていったのだろう。

「ここはもうガネーシャ・ファミリアに任せて、私は蔦屋敷に行きますね」

 とザラさんが言う。

 私もすばやく考えをめぐらせる。倉庫にはもう人が居ないので、すでに制圧している。制圧後の具体的な指示は打ち合わせのときに出しているし、もうここのことは任せられるだろう。さまざまなことを考えて私はザラさんの腕を捕まえた。

「私も行きますからね」

 危ないとか何か反対されるかと思ったのだが、何もいわずにザラさんは私を抱えると、外に走り出て、壁を駆け上り、屋根の上に飛び上がった。

「全速で行きますから、舌をかまないようにしてくださいね」

 そしてまた全力で揺さぶられる。二回目なので少しはましになるかと思ったのだが、前回よりもひどかった。考えてみれば、前回は人が歩くのを尾行していたから、歩くスピードに抑えられていたのだ。今回は尾行ではなく、レベル3冒険者の全速である。揺れがひどいわけである。

「地下室のあの状況からすると、倉庫の護衛も、何もかも、全部蔦屋敷に集めてると思うんですよ、だとするとイブリさんたちが危ない。ギルド側メンバーの戦力が不足してます」

 ザラさんの表情をうかがうと、眉間にしわを寄せている。ザラさんが心配していることを説明してくれるが、今はそれどころではなかった。

 

 骨の髄までがたがたになったんじゃないかと思い始めた頃、蔦屋敷について、おろされた。屋敷のドアは開きっぱなしである。あたりに人の気配は無い。

「中に居るようです。離れないようにして付いてきて下さい」

 ザラさんは、ショートソードを左手に構えてすたすたと歩いて無造作に中に入っていく。

 ザラさんは心配しているが、イブリ氏はレベル3、ザラさんと同じレベルであり、戦力的には十分なはずである。何故ここまで心配するのであろうか。え、もしかして、大人の関係? でもそんな雰囲気がしないしなぁ・・・。 疑問に思いながら、後を追う。

 

 中は広いスペースになっており、正面のステージには演説をするための台がある。その台に向かい合うように長椅子がいくつも並べられ、全部で三十人ぐらいが座れるようになっている。ミイシャに調べてもらった信者全員の数と合うなぁと思いつつ、ザラさんの後を追う。ザラさんはすでに地下への階段を降り始めていたが足を止めた。その瞬間姿が消えた。階段に走りよるとすでに階段を下り終えたザラさんがいて、その足元にモンスターの死体があった。姿が消えた一瞬で屠ったのだろう。だが、その死体は聞いたことが無いものだった。あえていえば体長5mはあるジャイアントトードであったが体全体が黒っぽい紫色なのである。ぬめぬめとした光沢のある皮膚をみて、私はそのおぞましさに体を震わせた。見ている間にもモンスターの死体は、音を立てて、黒い煙のような蒸気を上げて解けていく。その蒸気自体も空気に溶け込んでいくように消えていく。

「階段を降りてこないでください。中にはこいつらがいて危険です」

 私は叫び返しながら階段を駆け下りる。

「ギルド職員として、立場的にはそういうわけには行かないんですよ!」

 

 地下室への扉を開ける。ザラさんの言葉によれば祭壇がある場所である。

 一階と同じくらいの広さで、正面部分にステージがあり、そこに祭壇のような台が設置してある。そしてその祭壇の前には黒いローブを羽織った三人の男が立っていた。中央に白髪交じりの金髪の五十台のヒューマン、その右に黒髪の野性味あふれる三十台のハンサム。反対側には金髪のおどおどとした様子の若者がいた。蔦屋敷に派遣された三人はどうしたのかと辺りを見回すと、イブリ氏はひざを付いている。残り二人は頭を抱えてうずくまっていた。

「救援か。無駄なことを」

 祭壇にいる50代の男がこちらに気づいたようだ。ミイシャが調べた司祭とは彼のことだろうか。

「こちらは、ギルドです。ハビタット・イーコール氏のことで事情をお聞かせ願います。おとなしく同行してください」

 イブリ氏たちが負傷しているようなので、もう強権発動してもよいのであるが、念のため、もう一度だけ説得を試みた。だが、相手の男は呪文を詠唱し、魔法を発動させた。

 男たち三人の前の空間がゆがみ、何かが出てきた。サイズは5mほど、黒に近い紫色の体、床を踏みしめる四本の太った脚。巨大な蛙に似た体躯。だが、頭の部分は無く、そこからはピンク色の30cほどの長さの触手が何本も突き出て蠢いていた。さきほどザラさんに倒されていたモンスターである。

 ザラさんが投げナイフを放ち、モンスターの右足に付きたてる。体をよろめかせたモンスターに一息で接近したザラさんがショートソードを下から上へと振りぬき、触手の生えた首?を刎ね飛ばした。

 モンスターは崩れ落ち、先ほどの死体と同様に体を溶かしていく。私は、イブリ氏に近寄る。イブリ氏はひざをつき、焦点が合っていない目を見開き、よだれをだらだと流しながら譫言をぶつぶつとつぶやいている。

 これは、私が昨日なったのと同じ症状だ。私はどうやって回復したか。私はポーチに手をいれ、火酒のビンを取り出すとイブリ氏の口の中に注ぎ込んだ。

 効果はすぐに現れた。イブリ氏は激しく咳き込むと、目の焦点がゆっくりと合っていった。正気を取り戻したようなので一安心である。

「助かりましたエイナさん」

 心のそこからの感謝のようである。レベル3になっている人物は、ダンジョン内で、さまざまな体験をしているはずである。仲間の死や自分が重傷を負うこともある。怪我をすることや、恐怖に襲われる体験くぐり抜けてレベル3になっているのである。そんな人物がこんなにたやすくパニック状態になるだろうか。そして私は恐怖にとらわれていないのは何故だろう。私が考えている間にも、イブリ氏が立ち上がり、右手の武器と左手にくくりつけたバックラーを構える。

 

 その間にも、先ほどと同じ紫色のモンスターがさらに三体呼ばれていた。ザラさんは一体を切り殺し、二体目と戦っていた。イブリ氏が雄たけびを上げて最後の一匹の注意を彼にひきつけ、攻撃を始めた。

 視線を祭壇の三人に向ける。祭壇の男たちは、また呪文を唱えて新たなるモンスターを一体呼び出した。祭壇に乗っていた一番若い男が懐から何かを取り出しながら、そのモンスターに走り酔っていく。

 その瞬間、ザラさんがナイフを投げたようだ。『ようだ』というのも、動きが早すぎて分からなかったからだ。だが、ザラさんが何かを投げ終わった後の姿勢に、一瞬だがなっていたことと、若い男の手前で何かに叩き落されたナイフが転がっていたことから推測したに過ぎない。

 若い男は懐から取り出した何かをモンスターにつきたてた。モンスターの紫色の体の色が見る見るうちにどぎついショッキングピンクに変わっていく。モンスターは体をよじり、咆哮をあげる。この世のものとも思えないおぞましい声に私は耳が痙攣を始めるのを確かに感じた。あまりのおぞましさに吐き気を催し、力が抜け、立っていられず、膝をついてしまう。

 イブリ氏は頭を抑えうずくまってしまった。それだけでなく、あきれたことにイブリ氏が戦っていたモンスターも動きを止めて体をふらつかせている。

 モンスターのほうが立ちなおるのが早かった。すこしふらつきながらもイブリ氏に近寄ると右腕を振り上げ、そして。

 ショッキングピンクのモンスターに叩き潰された。

 

 叩き潰されたモンスターの体はじゅくじゅくと溶けていく。その溶けていく体を踏み潰すとショッキングピンクは再度咆哮をはなつ。

 それを聞いた私は頭が痺れた様になり、へたり込んでしまった。私だけではなく、イブリ氏もうずくまったままだ。それを見て満足そうなショッキングピンは、どこからか槍を取り出すとイブリ氏に向かって投げつけた。

 だが、それはザラさんに叩き落される。私が動かない首をゆっくりとめぐらせてみると、ザラさんが戦っていたモンスターは体を切り開かれて、黒い血を流しながら体を溶かしていくところだった。ザラさんがショッキングピンクと戦い始める。私は痺れたような感じがして思うように動かせない体に鞭打ち、ゆっくりとだが、イブリ氏に近寄る。そばまでよるとイブリ氏がぶつぶつと何事かをつぶやいているのが聞こえるが、声が小さいため意味は分からない。

 肩を揺さぶり正気を取り戻させようとするが、力がうまく入らない。腕が泥でできているかのような頼りなさと力の入らなさである。何度か深呼吸を繰り返し、ようやく腕を持ち上げ、肩に手を置いた。それだけで、イブリ氏はびくりと反応する。あわてたようにこちらを見る。私が誰かわかったようで、ゆっくりと立ち上がり始める。

「た、たたかわないと・・・」そうつぶやきながら剣を構えようとするが力が入らないのか、取り落とす。苦痛のあまり汗にまみれたイブリ氏の顔であったが、いったん目を閉じるとぶつぶつと何事か唱え始めた。一定のリズムでつぶやいているので魔法の詠唱だろう。体を動かすことができない状態でどうやって戦うか、その答えが魔法だったのだろう。私は、ザラさんとショッキングピンクに視線を動かす。それだけでもとても疲労を感じる。イブリ氏の横でへたり込む。ザラさんは、片手に一振りずつのショートソードをもって戦っていた。片方のショートソードで槍を受け流しながら接近してはもう片方で切りつける。それを繰り返すが、モンスターの体は硬いのかなかなか傷が付かないようだった。

 そしてイブリ氏の魔法詠唱が完成した。

「----!」

 裂帛の気合とともに魔法が発動してイブリ氏の前に火球が生み出され、モンスターに向かって飛んでいく。飛んでいくにつれて火球は速度を上げていく。速度だけではなく、大きく膨れ上がっていく。ザラさんもろともモンスターを焼き尽くすかと思ったのだが、その寸前、ザラさんはモンスターの左足を切りつけて飛びのいた。火球に包まれてモンスターが悲鳴を上げる。

 炎に包まれたショッキングピンクにザラさんが再度切りつける。炎に気をとられていてザラさんが目に入っていなかったのか、よけることもできず、胴を切り裂かれる。ショッキングピンクはのたうちながらも燃えていった

 ほっとしたのもつかの間、ザラさんは、奥に走りより三人の男に切りかかった。

 先ほどショッキングピンクに走りよっていた男は、それに驚き、無様にしりもちをついた。

 ザラさんの剣は黒髪の男の杖に受け止められている。

「いやいや、たいしたものだよ! ムーンビーストを倒すだけではなくて、私にも攻撃を当てるとはね!」

 男は杖を振り回し、突きを放ち、捌き、ザラさんと戦う。

 そして私は自分の体が自由に動くことに気が付いた。先ほどまで感じていた、虚脱感はどこにも無い。イブリ氏を見るが同じく少しは元気が出たようである。

「あんた何者?」

 ザラさんが、二刀流で、斬りつけ、回り込み、突きを繰り出し、位置を変えながら問いかける。

「ふむ、わからんのかな?」

 余裕の表情で黒髪の男は答える。そしてショッキングピンの体が爆発した。上半身が爆発し、下半身から轟々と炎を吹き上げている。燃え盛る破片をばら撒き、地下室は一気に炎に包まれる。床一面に広がった炎から、黒煙が吹き荒れる。その瞬間ザラさんの左手が消えた。先ほどのしりもちをついていた男にナイフを投げたらしい。それと同時に黒髪の男もザラさんから距離を取り、最後の一人の男のそばによる。

「まあ、会う機会はもう無いだろう」

 そういうと二人の体は煙に解けるように消えていった。

 ザラさんはしりもち男を殴りつけて気絶させ、肩に抱えあげて、こちらに戻ってきた。すでに地下室は煙と炎でいっぱいになっている。

「残念ですが、逃げましょう。焼け死にたくないですからね」

 残念そうな顔でザラさんが撤退を提案する。

 イブリ氏もうなづき、倒れていた二人を抱え起こし両肩に支えて歩き始める。

「ザラさん、あの二人はどうなったんですか」

 私はあわててイブリ氏を手伝いながらも問いかける。

「たぶん逃げました。詳しくは外に出てからで」

 炎はすでに地下室の天上まで回っている。煙にむせながらわれわれは階段を上って建物の外に出た。

 

 戸口から転がり出て建物から距離をとる。蔦づたいに炎はすでに壁から屋根にまで、広がり、建物中が黒い炎に包まれていた。轟々と音を立てて炎と煙が吹き上がる。そこにギルドから応援の部隊がやってきて、消火活動と私たちの救護活動を始めた。

 私たちは、中庭に座り込んで、燃え上がる建物を見つめていた。

 

 こうして事件はほぼ終結した。残念ながら、『解決』ではなく『迷宮入り』という形でだ。

 というのも、教会は全焼してしまい、証拠になるようなものは何も発見できなかった。モンスター自身も死んだ時に体が解けて何も残っていなかった。ザラさんが捕縛した男は、泣き喚くかうわごとを言うばかりで結局は狂人であると判断された。

 分かったことは、あまりない。

 倉庫での書類から、ハビタット氏はモンスターの密輸をして利益を上げていた。

 ハビタット氏への客(オラリオ外部の者らしい)の斡旋はシルバートワイライト教会がしていた。

 モンスターを購入していた客は誰なのかは結局は不明のまま・・・・

 ハビタット氏は教会の指示で実験をしていた。だがそのハビタット氏自身も行方不明・・・

 私が最初に見つけた書類--日記から、モンスターの血液を利用すればステイタスを上昇されられるのではないかという推論。ショッキングピンクのモンスターは、モンスターの血液を体内に打ち込まれて、色が変わったらしい。男が持っていた容器に血液が付着していた。

ザラさんが教会で戦った男は黒目で、虹彩も含めて全部黒という変わった特徴だったそうだ。私のいるところからは分からなかったが・・・

 

 分からないことがあまりにも多いが、上司のアングリーは『世の中はそんなものだ、白黒判別がつくことのほうが珍しい』と慰めてくれた。普段は厳しい人なので驚いた。

 驚いたことといえば、もうひとつある。なんとウラヌス様と面会したのだ。これは破格の報酬?といってよいのでは?

 お会いしたウラヌス様は、威厳のある厳しい風貌で最初は緊張したが、話をしているうちにリラックスできた。モンスターと直接出会ったことを気にしていらっしゃったようで、恩恵が無いのに危険なことをさせたことを謝罪されてしまった。

 ザラさんには今後もギルドへの協力を求めることも考慮しているといってらした。彼女が所属するファミリア自体は生産系統のファミリアで、こういった荒事には向かないので、ザラさん個人に協力要請するらしい。ザラさんの主神にも了解を得るつもりだそうだ。

 ちなみにイブリ氏はすでにガネーシャ・ファミリアとして協力してもらっているから、改めて申し入れる気は無いとのことだった。

 

 そして、事件は曲がりなりにも終了し、私は日常のギルド業務へ復帰した




あとエピローグを二つ入れて終了です。

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