エイナ・チュールの冒険   作:バステト

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観察

「エイナさんは、そちらの扉の陰に隠れてください」

 扉は幸いにも内開き、こちら側にドアが動くので、その陰に隠れれば、中に入ってくる人物からは、すぐには姿を見られることは無いのである。まあ、どこのコントですかと突っ込みたい気分になるのは仕方が無い。地下室に来るという人物が、この部屋に入らないことを祈っていよう。ザラさんはどうするのかと小声で訊ねたら、なんとかするから声を出さないように言われた。

 

 暗闇の中、暗視能力でぼんやりとザラさんの姿をみている。ザラさんは扉のまえで、外の部屋、つまり、大工道具があった部屋の様子を伺っている。

 

「なんだぁ、どいつも、こいつも寝てるじゃないか」

 男のつぶやく声が聞こえる。そして、檻の扉をあける音がして、つづいて何かを引きずる音がこちらのほうまで聞こえてきた。がちゃがちゃと金属音がする。

 そして何かをたたく音、びちゃびちゃと水がこぼれるような音、モンスターがきーきーと悲鳴をだすのが聞こえてくる。ザラさんは眉をひそめて外の気配をうかがっている。

「ザラさん、何が起こってるんです?」

 モンスターの悲鳴にかき消されてこちらの声は向こうには聞こえないだろうと、小声で訊ねると同じく小声で返事が返ってきた。

「モンスターを解体してます。死なないように生きたまま」

 事情を説明してくれるのはありがたいのであるが、扉を閉めたままなのに、どうやって扉の向こうの部屋の様子が分かるというのだろうか。スキル使っているのがばればれである。だが、そこはギルド職員たるもの触れてはいけない。ここは何故、モンスター解体などをしているのか情報を集めることが重要である。そして脳裏にひらめいたことがある。先ほどの日誌の文章である。『ドロップアイテムとは。運しだい? ばかばかしい。確実に手に入るではないか。』まさか、ここでモンスターを解体して確実にドロップアイテムを手に入れようとしている?

「どんな風に解体してるんですか」

 ザラさんにあきれた顔で見られてしまった。まあ、生きているモンスターの解体に興味を示すとは思わなかったのだろう。

「日誌にドロップアイテムを確実に拾えるって書いてあったもので・・」

 言い訳をすると、ザラさんはしぶしぶながら説明してくれた

「気持ちの良い物じゃないですが、両手両足の腱を切り裂いて、それから、骨?を叩き潰してます。動けなくするためでしょうね。それから、脇腹、足元の血管を切り裂いて今は血抜きをしてますね。エイナさんは見ないほうがいいんじゃないですかね」

「いや、ザラさんはどうやって見てるんですか?」

 私はスキルが無いから見えないんですけどね。

「どうやってって、ここにちょっと隙間が開いてるから見えるんです」

 そういってザラさんは、場所を空けてくれた。いろいろと言いたいことはあるが、黙って頭を動かし、隙間から向こう側をのぞいてみる。最初は何がぶら下がっているのか分からなかった。真っ赤な物体に向かってひげ面の男がナイフを振るっている。しばらく見ていて、いきなりそれが、アルミラージだと分かった。血で真っ赤になっているので、分からなかったのだ。モンスターを解体している髭面の男の顔を見たことは無いが、おそらく冒険者であろう。彼は解体用ナイフを胴体にたたきつけるように突き刺すと魔石をえぐりだした。モンスターの体がさらさらと灰になって床に降り注ぐ。

「ドロップアイテムは無いみたいですね」

 とザラさんがつぶやくが、私は反論する

「下を見てください。ありますよ」

 下。アルミラージがぶら下がっていた場所の下、つまり床である。拷問モドキと解体をしていたので血だらけであり、そこにアルミラージの灰が積もっている。

「血がドロップアイテムなんですよ」

 

 見ている間に髭男は、床下の一部を操作する。かたかたと音を立てて、小型のバケツが持ち上げられた。よく見るとアルミラージがぶら下がっていた床の辺りはわずかに傾斜していて、血が流れやすくなっているようだ。そして、その血が、髭面男がバケツを扱っていた場所に流れ込むようになっている。男はバケツの中の血をビンの中に入れて部屋の片隅の棚に置くと、また一階に戻っていった。

 

 

 しばらく、私たちはじっとしていたが、ザラさんの「もう動いても大丈夫」という言葉で、扉を開けて中に入り、棚の中においてあるアルミラージの血のビンを調べることにした。

「考えてみると」

 ザラさんがつぶやく。

「実際、血は確実にドロップしますね。しかも、魔石を体から取り出しても、血は灰にならないし。でも液体だから拾えないし。使うことは無かったですねぇ・・・」

 ディアンケヒト・ファミリアなどの薬事系統のファミリアもポージョン類の材料としてダンジョン産の液体は使うが、泉から汲んできたりしたもので、モンスターの血液自体は利用していなかったはずである。

「この方法なら、確実に血は手に入るし、下手をしたら他のドロップアイテムも手に入るかもしれないしで、いい方法かも知れませんね」

 血が入ったビンを手にとって眺めながらしみじみとザラさんが呟いたが、それは、モンスター相手に解体をすることを意味するんですが。大丈夫なんでしょうかいろいろと・・・。ちなみに血が入ったビンは三本あり、一本は証拠として持って帰ることにした。ここでモンスターに何をしていたのか、何故モンスターをダンジョンから連れ出していたかを説明するための証拠である。ビンを叩き割って床に流すだけで証拠隠滅になるから、あらかじめ確保である。そして、持って帰るものはまだある。

「それから、この冊子も持って帰ります」先ほどの日記をザラさんに見せる。

「日誌というか日記みたいなもので、今までのことがざっくりと書いてありそうなので、概要をつかむのに使えそうなんですよ」

 ザラさんはあごに手を当ててしばらく考え込んでいたが、いいんじゃないでしょうかと同意した。

「必要そうなページを破くと、侵入者がいたことがばれますし、それだったらいっそのこと一冊まるごとないほうが『別の人が書き込んでいるかも』と間違えてくれる可能性がすこしでもあるでしょう」

 うん、まあ、そうですね、そうなればいいですねと、頷いておいた。

 

「じゃあ、本棚の調査を終わらせましょうか」

 そうして、最後の本棚を二人で調べたが、モンスターからのドロップアイテムが入っているだけであり、特に気になるものはなかった。おそらく、鍛冶や調剤の素材にする予定なのであろう。

 さて帰ることになり、最初の地下室、つまり地下道から最初に入った部屋まで戻る。モンスターは相変わらず寝ている。こんなに寝るものなのか? 先ほどのひげ男の呟きからすると、一度に全部のモンスターが寝ることはめったに無いようだが。

 ザラさんの後に続いて出口へと歩いていると、いきなりザラさんがこちらに振り返り手を伸ばしてきた。

 何事かと思うまもなく、ザラさんの手は、横から私に向かって突き出された別の太い腕を受け止めた。視線の先、太い腕の主は、レベル2相当のモンスター、ミノタウロスである。その圧倒的な筋肉で覆われた巨体の圧迫感に驚き、私は身動きができなくなる。

「ヴモモモモモモモモモモアアアアァァァァァ」

 ミノタウロスのすさまじい雄たけびに、私は腰を抜かし、その場にへたり込む。だが、雄たけびを上げたミノタウロスの巨体が、突き出した腕を中心にぐるりと宙で横回転する。

「ヴモアアアァァァァァァァ???」

 ザラさんが何かしたのだと思うまもなく、さかさまになったミノタウロスの腹部に、ザラさんの拳が叩き込まれる。そのまま床に落とされたミノタウロスはぴくりとも動かない。死んだのだろうか? ばくばくと激しく脈打つ胸をなだめながらもよく見ると、ミノタウロスはわずかに体を動かした。死んではいないようだ。

「すいません、こいつ、狸寝入りしていたようで、気づくのが遅れました」

 そういうとザラさんは、ミノタウロスを引きずって、空いている檻の中に放り込むと、鍵をかけた。

「自力であけたようだから、知能は高いんでしょうねぇ・・・」

 のんきにつぶやくザラさんであるが、私はそれどころではなかった。いまさらながら、恐怖と安堵でがたがたと震える体を両手で抱きしめる。ここにいるのは寝ているとはいえ、人外のモンスター。こんな脆弱な檻など叩き壊すぐらい簡単なことなのだ。そんなモンスターがこの部屋が大量にいる。。そう自覚してしまうと私の体はもう動かなかった。

 体を丸め、ひざを抱える姿勢になり、両目を硬く瞑り、がちがちと歯を振るわせる。

 ザラさんが近づいてきて、私を抱え上げた。

 

 ドアを通り抜け、外に出たらしい。気が付くと咳き込んでいた。

「ザラさん、これなんですか?」

「火酒です。気付けにはこれが一番です」

 もう一口流れ込んできた。燃えるような感触が体の中に広がり、固まっていた体をほぐしていく

「私どうなってたんです?」

「新人冒険者に時々起きる症状です。恐怖で体がすくんだだけですね」

 すくんだだけって、あれでですか! あれですくんだだけって、とてもそんな状態ではなく、もっとひどかったと思うんですが。冒険者の人たちは、こんな思いを毎日しているんですね。モンスターのプレッシャーが恐ろしかった。ダンジョンであんなプレシャーを受けて冒険しているのなら、冒険者にもっとやさしく接した方がいいだろうか・・・

 私がそんなことを考えている間にも、ザラさんはまた針金の鍵でドアの錠をかけていた。

 ここはもう土がむき出しになった横穴である。

「変装をとくのはここを離れるまで、しばらく待ってくださいね。人目は無いと思いますが、念のためです」

 重い体に気合を入れ立ち上がりながら、私は頷く。

「家に戻って休んだほうがいいんですけどね、どうします?」

 ザラさんと並んで横穴から出て、歩き出す。一歩一歩と歩いていくうちに体がほぐれていくのがわかる。とはいえ、精神的にもくたびれたことには変わりないので、今日はもうベッドに倒れこんで休みたい。しかし・・・

「ギルドに戻って、この日記を調べます。日記がなくなったことにも気づくだろうし、調べられることはできるだけ早く調べないと」

 

 

 真夜中のギルドに入ると、深夜担当の受付業務をしている職員に驚かれた。ちょっとした特殊業務なのだと説明をしてから、会議室のひとつに入る。ザラさんも一緒だ。いえ、ザラさん、あなた帰っても大丈夫ですよ。ギルドで暴れる人もいないだろうし、そもそもこんな時間なら誰もいないだろうし。

 

 それから、おちついて、日記を調べ始める。とはいっても、読みながら要点をメモに起こしていくだけだが・・・・

 

 ざかざかと日記を読んでいく。地下室で確認した部分についても、再度読み込んでいく。実験全体の最終目的としては、ドロップアイテムの更なる有効な利用方法の発見らしい。

 最初は、ドロップ品の有効利用として、定番の鍛冶材料としての利用。つづいて、これもまた定番であるが、ポーションとしての利用。だが、これらはすべて期待しているほどの成果は挙げなかったようだ。だが終盤に入ると確実に入手できるドロップアイテムを利用する方法、すなわち血液を利用する方法に絞り込んで研究を開始している。日付をみるとギルドに市民から苦情が入るようになった頃とほぼ一致している。どうもこの血液採取の時のモンスターの悲鳴が原因で間違いはなさそうだ。

 

 ため息をついて、明日にでも、アングリーに報告して、ガネーシャ・ファミリアと共同で立ち入り調査をすることに決める。

 

 そして日記の確認を続けた。

 そして判明した血液の利用方法としては、ベーシックな方法として、ポーションの材料。肥料として農業関係。意外なことに鍛冶材料。

あと主人に対する恐怖が書かれている。最初はそうでもなかったのだが、後のほうではそのおびえ方が尋常ではないものになっている。恐怖のあまり、神に対して怒りをおさめてほしいとか、供物をささげるとかいろいろと書かれているが、主人に直接謝ったほうがよくないだろうか・・・

 また『根暗の深恨』についての恐怖と猜疑心も書かれている。この本を読むことで、さまざまな有用なインスピレーションを得たようなのだが、『この本にどうしてこれだけ役に立つアドバイスが載っているのか』不安になっているようだ。

 

 それはそれで問題なのだが、別件として利用方法が何かどれも嫌だ。

 

 鍛冶材料であるが、正確には、布防具の染料に使用するといろいろと特性が着くのであった。耐火性や耐冷性があがったり、硬度があがったりする。さらには武器の焼入れに使用するというのもあった。ただ、こちらの方は効果が出ているか確認中のようであった。

 肥料としては、言葉そのままの、栄養剤として使用するというもので、作物と血液の組み合わせによっては効果が出たり出なかったりと、ばらつきがありまだまだ研究が必要なようである。

 そしてポーションの材料。怪我の回復、精神力の回復はもとより、驚いたことには、一時的にではあるが強化ができたと記されている。強化されるということはおそらくステイタスだろう。一時的にとはいえ、これが本当であるならば、とてつもない発見である。夜が明けたら、アングリーにすぐに報告しなくては。

 ここまでまとめた時点で明け方も近かったが、気力が付き始めていたため、仮眠をとることにした。ザラさんにどうするか尋ねたのだが、見張り番をしてくれるそうだ。ザラさんは眠らなくても大丈夫なのか?と思ったが、一ヶ月ぐらいは眠らなくても大丈夫といわれてしまった。冒険者ってタフなんですね・・・それ以前にここはギルド内部だから見張り番は必要ないんですが・・・あ、ザラさんに質問があったんだ・・・と思いつつ意識を手放し眠りについた。

 

 

 




補足
 トマト野郎になったりするくらいだから、モンスターが死んでも血は残ります。

 ミノタウロスの死体があると、誰が殺したのか問題になり侵入者がいたと『すぐに』ばれるので、殺してません。気絶しているならば、そのうち意識も戻るから『すぐには』ばれないだろうという考えでザラは行動しています。これをエイナさんに説明しようとしましたが、エイナさんは恐怖のあまりがたがた震えていたので説明してません。ちなみに、ザラはミノタウロスの腕を掴んでそのままミノタウロスの体ごと回転させてひっくり返して殴りつけてます。

 脆弱な檻--これは気弱になったエイナさんの思い込みで実際には頑丈です。

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