エイナ・チュールの冒険   作:バステト

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アングリー「これが終わったら昇任させる予定なんだけれど・・・・こんな仕事になるとは思ってなかった・・・」



潜入

 ザラさんに続いて横穴の中に入る。数歩進んだあたりからはすでに真っ暗であるのだが、暗視能力があるので通路が曲がっているのが分かる。ザラさんが先になり進んでいく。警戒しているそぶりは見えないが、おそらく、スキルで周囲を確認しているのだろう。角を曲がると扉があり、その手前でザラさんがカンテラ型の魔石灯(以下カンテラ)を取り出し明かりをともす。それから、カンテラをもう一個取り出すと私に手渡してきた。

 暗視能力があるとはいえ、明かりがあったほうがよいのはいうまでもない。ザラさんにもスキルがあるので必要ないはずであるのだが・・・あった方が良いのか、あるいは、スキルがないという建前なのか・・・

「灯つけてると、敵の攻撃の的になるんで私が持ちますね。これには覆いがついていて、光らないようになってるんで、どうしても使わなければならない時には覆いをちょっとだけずらして使ってください」

 といって、覆いをずらしてみせる。なるほど。これで照らす方向に指向性を持たせるわけですね。あと覆いがある方向には光が漏れないから、ばれにくいというわけですね。泥棒の場数を踏んでるんじゃないかと、だんだん心配になってしまう。

 

「では。扉を開けますんでちょっと待ってください」

 ザラさんは袋から針金を取り出すと、ペンチでグネグネと曲げ始めた。そして手早く鍵の輪郭を針金で作り上げる。その鍵を扉の錠にさしこみ、回転させるとガチャリと音がして鍵が開く・・・・・

 針金で鍵を作るとか、鍵の形が何故分かるのかとか、失敗せずに一回であけて見せるとか、うん、なんだかもう、ザラさんの泥棒スキルの高さにはどうしたらいいのやら。頭が痛くなってくる。しかもさっきから、ことりとも足音を立てないし。

私が一人で思い悩んでいると、ザラさんは扉を開けて中にするりと忍び込む。私もできるだけ足音を忍ばせて中に入り込む。

 

 扉を閉めるとザラさんがカンテラを掲げる。光度を落とした仄暗い明るさであるが、周囲の様子を伺うには十分であった。

 周囲には檻があった。ここがザラさんが言っていたモンスターが飼われている場所なのだろう。小型のものから大型のものまで、整然と配置されている。中を覗き込むとゴブリンらしきモンスターが床に転がっている。腹の部分がゆっくりと動いていることから死んではいないのがわかる。寝ているのだろうか。いままで冒険者からはモンスターが寝ている目撃例の報告はなかった。寝ているモンスターの初の報告者になるのだろうかと複雑な思いを抱きながら次の檻を覗き込む。そこにいたのは見間違いようのないアルミラージ。今日、ガネーシャ・ファミリアで見たばかりである。アルミラージもうつぶせになって寝ている。ふと周囲の檻を見回すが、檻の中にいるモンスターはすべて例外なく静かに横たわって寝ているらしい。ザラさんはどこかと見てみると、すでに先に進み扉のところで手招きをしている。モンスターがいることはこれで確認できたが、次の目的である本棚調査がある。ザラさんはすでに扉の前に座り込み針金を扱っている。先ほどのように鍵を作っているのだろう。モンスターを起こさないように。私は足音を忍ばせ、ザラさんに近寄った。

 見ている間にも鍵を作り終え、解錠したザラさんが扉を開ける。中に入るが、かすかに鉄のにおい・・・というよりは、これは血のにおい?がする。ざっと部屋に中を見回すと片隅に大工道具などが整理された棚が、その横に扉がある。おそらく、その扉の奥が本棚があるという部屋なのだろう。そちらの扉に進もうとするが、ザラさんが無言で大工道具を調べ始めた。金槌、木槌、鋸、千枚通しなどなど。何かあるのだろうか? ザラさんに近づくと、囁き声で言われた。

「この道具、調べた限りでは、全部血で汚れてますね。武器ならばともかく、大工道具が血に汚れるって奇妙だと思いませんか」

 そういったザラさんは大工道具を元のとおりに整頓して、次の部屋に行きましょうと囁く。

 

 いままでと同じく、針金で鍵を作り出して解錠し中に忍び込む。内部は絨毯がしかれており、歩き心地がよかった。中央に実験道具が乱雑に置かれた机がある。部屋の二面に全部で三つの本棚が置かれていた。

「これがその本棚ね」

「ええそうです。早速調べましょう。エイナさんそっちの本棚から調べてもらってよいですか」

 だが待ってほしい。ザラさんは(副団長とはいえ)冒険者。私はギルドの受付嬢。どちらが書類仕事に慣れているかは、自明のことである。本棚、つまり、書類が相手ならば、私が指示をしたほうがよいだろう。ザラさんに待つように言って、本棚を調べる。全部で三つの本棚。ひとつは雑然とファイルが突っ込まれ、ひとつは本が入れられ。最後のひとつは、箱などとファイルと入れられている。

「ザラさんにはこちらの本が入っている棚をお願い。私は此方のファイル棚を調べるから。最後の本棚は一緒に調べましょう。箱の中身を確認しながらそばのファイルを調べたほうが効率よさそうだから。ザラさんは最悪、本の題名だけでも覚えておいて。題名を覚えておいてもらえれば、後でそれで内容を調べことは可能ですから」

 ザラさんは早速本を調べ始める。ということで、私もファイル調査を開始する。

 

 さてファイルの整頓方法は、おそろしく大雑把かつ簡潔に言って三種類ある。

 ひとつは、『項目ごとの分類』。例としてモンスターの分類を上げると、人型、昆虫型、動物型、無機生物型などである。(階層毎に出現するモンスターという分類ももちろんあるし、こちらの分類が役に立つことが多いが・・・)

 ひとつは、『時系列の分類』。同じくモンスターを例にすると発見された順番であろうか。

 さいごが、『整頓しない』。これはいわば、『他人から見たら雑然としているが、本人にとってはどこに何があるか、きっちりかっちり完全に頭の中に記録されている状態』というものである。モンスターを例にいうと、冒険者個人が出会った順番に名前を挙げていくようなものだ。

 とはいうものの、複数で利用する本棚の場合はどうしようもなく、最初の項目ごとの分類になってしまう。途中で異動で人がいなくなったり、追加されたりなどでメンバーが変わると時系列分類は役に立たないからだ(三番目は、集団で利用する場合には論外なので考慮しない)。とはいうものの、どういう項目で分類されているか把握する必要がある。それが分かれば重要な情報がどこにあるか予測しやすくなる。

 そのため最初に各棚の一番左端のファイルから調査を始める。

 一番上の棚からとったファイルを取り出し、机の上においたカンテラの明かりの下で内容を確認する。丁寧な字で日付まで書かれている。内容はモンスターの情報がまとめられていた。二番目三番目次々にとファイルを取り出し調べていく。二段目もモンスターの情報、三段目からはドロップアイテムの利用方法。さらに次の棚からは鍛冶に付いての情報がまとめられていた。

 各棚の中央部分のファイルを上から取り出し、調べていくが、右端と同じ傾向で情報がまとめられている。棚の途中で内容が変化しているようだが、上から順番に、モンスター、ドロップアイテム、鍛冶のことがまとめられている。

 鍛冶、ポーションについてはそれほど詳しい記載はないが、モンスターとドロップアイテムについては違った。ギルドでまとめているものほど各項目の詳細は書かれていなかったが記載されている数が違った。名前しか乗っていないものもあったが、項目数だけでいえばギルドで管理している情報なみの数だ。項目数は匹敵するが質は劣るといったところか。だが、項目数だけでもギルドに匹敵するとはたいしたものである。強豪ファミリアならば、独自にこのような情報をまとめていても可笑しくはないのだが、ファミリアに所属していない個人でこれだけの情報を集めているとは、情報収集能力がきわめて高いと判断せざるをえない。

 

 イーコール氏の情報コネクションに感心しながらも、私は棚の右端のファイルを上から順番に抜き出し、内容を確認していく。それぞれモンスター、ドロップアイテム、利用方法(鍛冶、ポーション)の情報が記載されているが、一番下の棚のファイルだけが今回違っていた。

 日付とともに、執筆者の言葉が書かれていた。ある意味日記である。いや、こんな場所にあるということは日誌か日報だろうか。ページを繰って日付を確認してみると間隔を置いているが記載され続けている。

予想通り日誌ならば、モンスターを集めるた日付や取引相手などが書いてある可能性が高い。カンテラの薄明かりの元、私は、集中して読むことにした。

 

 

○月○日

今日から強化方法の検討に入る。後から見返したときに何らかのヒントにでもなるかもしれないので、ちょっとしたメモなどを書きとめておくことにする。

やはり武器を強化するのが最速だろう。ヘファイストス・ファミリアの武器のすばらしいこと。あれを使えばたいていの敵には勝てるに違いない

 

 

○月○日

ゴブリン、コボルとのドロップ品で武器を作成した。期待通りの武器ではない。量が足りないのか、質が足りないのか、技量が足りないのか・・・

 

 

 しばらく武器作成の愚痴などが続く。まあ、鍛冶アビリティが在ると無いとでは差が大きいですからねぇ・・。あと、これには個人の愚痴が書かれているから日誌ではなく日記だろうなと思いながらも続きを読んでみる。

 

 

○月○日

ミノタウロスのドロップ品で武器を作成する。かなりよい武器ができた。うれしいが、高レベルモンスターを素材にすればよいものが作れるのは当然という気もする・・・

 

 レベル2相当のモンスターからのドロップ品である。どこから入手したのか。冒険者には、ギルドへのドロップ品の入手報告義務はないとはいうものの、一般人に売るとも思えないのだが・・・

 

 

 

○月○日

やはりドロップ品を利用した鍛冶には、質的限界がある。レベル2のドロップ品からはレベル2やレベル1相当の武器は作成できるが、レベル3相当の武器は作成できない。

主人が持っていた輝く銀を混ぜると効果は高いが、もともとすくないから後一回しか使えないだろう。残念だ

 

 

 つまり強い素材からは強い武器を作ることは不可能ではないが、弱い素材から強い武器を作成することは不可能らしい。

 

○月○日

主人から叱責される。恐ろしい。

 

 その後しばらくは愚痴と主人に対する恐怖が綴られている。

 

○月○日

鍛冶での強化方法は、途中から予測できたように壁にぶち当たったため、主人の指示で次の方法をとることにする。さて、これはどうなるのか。

 

 

○月○日

ポーションにするとなかなかに興味深い結果になっている。レベル1モンスターからのドロップ品でも効果が高かったり、逆にレベルの高いモンスターからのドロップ品でも効果が低いポーションなどがある。

 

 

 しばらく期間が開いた後に記述が続く。

 

 

○月○日

ポーションの効果は、怪我の治療と、魔力の回復と考えていた。だが、それ以外のことも考えると、効果にはレベル差というものがないのかもしれない。

 

 

○月○日

主人の輝く銀をつかってみたが、効果が上昇することはなかった。希少な材料を無駄にしてしまった。主人が気にするなといってくれたことだけが、幸いか

 

 

 またしばらく、愚痴がつづく。

 

○月○日

『根暗の深恨』という本を主人から借り受ける。なかなかに刺激的で面白い。研究に関してのインスピレーションを受ける。

 

 

○月○日

ドロップアイテムとは。運しだい? ばかばかしい。確実に手に入るではないか。

 

 

○月○日

インスピレーションのおかげでうまくいった。あまりにもあっけない。あの本、『根暗の深恨』のおかげか。

ゴブリンがバグベアーを殺すとは思った以上の成果である。

 え? 逆じゃないの?

 

 主人に対する恐怖が愚痴として書かれている期間が続く。

 うーん、こういう主人に読まれてまずいことが書かれているってことは、これはどちらかというと完全に日記ね。

 

 

○月○日

効果が高い。高ランクモンスターからの血液のほうがさらに効果が高いのか?

設備を整える必要がある。

 

 

○月○日

試験用に大量に絞ることにする。準備は万全だ。

 

 

 うーん、なんだろう。困った私はザラさんの様子を伺ってみた。上から二段目の棚の本を調べていた。一冊抜き取っては、中をぱらぱらとめくり、もどす。これの繰り返しである。どんな傾向の本がそろっているのかを、簡単でよいから把握してそれぞれの本を調べたほうがいいんじゃないかなーと思いつつもザラさんに声をかける

「ザラさん、『根暗の深恨』っていう本はありました?」

「いやその本は今のところ無いですよ。あるのはいろんなポーション作成手引書とかですね。あとは、オラリオ外で書物化されてる研究記録ですねぇ。稀覯本は一冊のみで、なんと『名も無き魔術師の書』です」

「え?」

 無いと即答されて驚いた。本の名前を全部覚えて、すぐに回答されるとは思わなかったというのが本心だ。それともうひとつ、今の話し方だと『根暗の深恨』も稀覯本なの?

「『名も無き魔術師の書』ですよ。興味あります?」

「いえ、そうでなくて、『根暗の深恨』って知ってるんですか? 有名なの? 私聞いたことが無いのだけれど」

 ザラさんは困ったように視線をさまよわせる

「まぁ、一部の人には、というか、知る人ぞ知るというか」

 ザラさんが言葉を濁すとは珍しい・・・じーと見つめていると視線をそらしたまま答えてくれた。

「『根暗の深恨』の方ですよね」

「まずはそちらから」『名も無き魔術師の書』についても教えてね言外で言いながら、 にっこりと微笑みながらザラさんに視線を注ぐが、目をそらしたままである。が、しばらくするとため息をついて教えてくれた

「邪教の神々に関する事柄が書かれた本だという噂です。読むと呪われるとか何とかいう噂があります。まあ、実際あるのか疑わしいらしいので、あくまで噂ですがね」

「邪神。神ならば、オラリオに降臨している可能性があるのでは?」

「いえ、どうなんでしょうね。いないんじゃないかなぁ・・・」

 といってザラさんは口をいったん閉じる。

「それから『名も無き魔術師の書』のほうは、古代から、神々が降臨するよりもさらに古代から伝わる本なんです。古代の魔術師が魔術に関してのメモをまとめたものらしいです。これを研究することで魔術が使えるようになるとか・・・」

 まあ、今でも、いろいろと研究はされているから、魔法について古代の研究書があるのは可笑しくは無いかも?ととりあえず納得してみる。

 

「その本に『根暗の深恨』のことが書いてあるんですか」私が持っていた日記を指差して、ザラさんが尋ねる。

「ここにあるらしいんです。読んで研究の参考にしたと書いてあります」日記をつつきながら説明すると、ザラさんがびっくりした顔でこちらを向いた。そして本棚に向かいすごい勢いで、本を探し始めた

「ちょっ、ちょっとザラさん、どうしたんですか」

ただ事ではない様子に慌てる。しかし、ザラさんは急に動きを止めると、カンテラの明かりを落とした。

「誰かが地下室にやってきます」

 




補足
 ちなみにダンジョンで眠るのは自殺行為です。たまたま通りかかった冒険者に狩られてしまうからです。だからモンスターはダンジョンでは寝てはいけません。寝るなら見張りを立てましょう・・・

 ザラがやっている針金をペンチでまげて鍵をつくるピッキングですが、実際には、ペンチで曲げられる強度の針金ならば、鍵穴に差し込んで鍵を回したら、針金製の鍵が曲がって開かないと思います。

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