エイナ・チュールの冒険   作:バステト

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ミイシャ「いっとくけど、これは受付の仕事でも、アドバイザーの仕事でもないからね。エイナ、あなた丸め込まれているのよ」



確認

 それから時間が経過したが、途中食事を取り、夜も更けるまで待機する。食事中にわたしがナンパされたりもしたが、ザラさんがトイレから戻ってくると、男たちは帰っていった。

 九時ぐらいになったのでそろそろということで店を後にする。私たちが出た途端に店は閉店されてしまった。何かごめんなさい。

 

 夜のオラリオ市街をぶらぶらと散歩する。普段、残業から帰る時は一人で歩いているが、今日はレベル3冒険者と一緒なので危険に会うことはそうそうないだろうし、気楽なものである。

 そして、10時ごろにそれは聞こえてきた。

「聞こえるわね」

 どこからともなく、陰鬱な響きがする叫び声が漂ってくる。苦しそうで、どこか必死で呼びかけているような歌うような押し殺した声であった。

「ただどこからかといわれると分からないですね。うーん、人のことは言えないなあ・・」

 困った顔でザラが答える。

「そうね、ちょっとまってね」

 私はハーフエルフであり、純粋なエルフほどではないが、五感がヒューマンよりも優れている。たとえば視覚に関しては暗視能力があり、聴覚もヒューマンには聞こえないレベルの音でも聞き分けることができる。冒険者になり恩恵をもらうと、肉体能力と共に五感も強化されるため、その限りではないが、ザラさんの態度を見る限りでは、聴覚は私の方が優れているようだ。私は聴覚にすべての意識を集中しどの方角から聞こえてくるか絞り込む。聞いているだけで気がめいる声であったが何とか方角を絞り込めた

「ちょっと移動しましょう」

 すこし歩いて移動し、また声がどこから聞こえるか方角を絞りこむ。オラリオ市の現在地周辺のマップを思い浮かべる。それに先程の場所からの声の聞こえた方角と、現在地からの声が聞こえた方角をそれぞれ矢印として書き込む。そして二つ矢印が交差する点は

「こっちね」

 私はザラさんを誘導して矢印の交差点へたどり着いた。

 そこは壁一面を蔦で覆われた建物であった。夜で暗いせいもあるが、蔦にびっしりと覆われているため、窓があるのかどうかも分からない。一部の枝の先にぶら下がった枯葉が画風に揺らめき、まるで幽霊が手招きしているさまを連想させ陰気な雰囲気をかもし出していた。それだけならまだしも、風が吹くと建物全体の葉っぱがいっせいにざわめき、まるで建物自体がうごめいているかのような錯覚を起こさせ、おぞましい不快感が沸き起こるのをとめることができなかった。

 ところがそんな建物の見た目に反して建物周囲の庭はきれいに草が刈り取られて整備されている。庭をこれだけきれいにするぐらいならば、その労力のいくらかでよいから蔦を何とかすることに向けてほしいと切実に願った。

「ここが声の元?」

 ザラさんが聞いてくるので、私はささやき声で肯定する。蔦屋敷の周りを観察しながらゆっくりと歩く。建物周囲を約半周する。声は相変わらずここからから聞こえてくる。正確には蔦屋敷裏手の二箇所右側と左側の二箇所あたりからである。そのことをザラさんに告げる。ザラさんは蔦屋敷裏口をじっと見た。

「たぶん原因は地下ですね。換気口みたいなのが、二箇所、右と左部分の地面からすぐ上の部分にあります。地下で何かをしていて、その叫び声があそこの二箇所から出てるんでしょう」

 ザラさんが指差す方向に目を凝らすと確かに換気口らしきものが二箇所あった。発生源が二箇所あるから、どこから聞こえてくるのか分かり辛くなっているのだろうか。私はそう思案するが、ふと気づく。換気口があることが何故ザラさんに分かるのだろうか? 私は暗視能力があるので困ることはない。だがヒューマンのザラさんにはそんなものはないはず。あれれ、スキルで暗視能力って発動する可能性があるんだっけ?

 だが、今はそれは些細な問題である。地下で何が行われているのか今から調べるにしても、こんな時間である。おいそれと中に入れてくれるはずもない。調査を始めて初日に原因の建物を一つだけでも割り出せただけでよしとしよう。一応、倉庫街のほうに行くことにし、ザラに移動することを伝える。できるだけ急いで移動する・・・

 

 倉庫街に到着。移動に時間がかかりすでに真夜中になっている。だがこの時間でも叫び声が聞こえる。先程と同じく、何箇所かで声を聞き、発生源を確かめる。ふむー、簡単にどこから聞こえるか分かるのですが。クレームをいってきた人たちは何故場所が分からなかったんだろうか。簡単に行き過ぎてどこかまずいことでも起こるのではないかと心配になる。このことを話すとザラさんは苦笑した。

「あのねエイナさん。普通の人は気味悪がって、何箇所かで声を聞くとかしないんですよ。最初の家でも奥さんは家の中に居て、旦那さんに外に調べに行かせてたでしょ。旦那さん自身も薄気味悪いと思って戸口で聞いていただけだと思いますよ。だからどこから聞こえてくるか分からないんですよ」

 最後に「多分」と小声で付け加えていたので、ザラさんにも自信はないのだろう。

 声が聞こえてくるのは倉庫のひとつであった。場所を脳内マップにしっかりと記載しておく。ギルドで誰の所有物件か確認しなくては。

 先程の蔦屋敷から聞こえた声が歌うような声だとするならば、ここから聞こえてくる声は、悲鳴である。聞いていると頭痛がする。しかし、冒険者のザラさんはダンジョンで慣れているのか平気で、さらにとんでもないことを言った。

「あれは、アルミラージの声ですね」

「はい? えっ、なんですって」

「だからウサギ型モンスターのアルミラージの声です。キューという音が混ざってるでしょう。アルミラージの悲鳴ですよ」

 アルミラージはダンジョン中層上部から出現する兎型モンスター。動きがすばやく、ネイチャーウェポンを使用し、かつ、集団での息が合った連携戦闘を仕掛けてくるのでベテランの冒険者でも苦戦することがある。

 いや、私が言いたいのはそこではなく、何でダンジョンに居るはずのアルミラージがここに居ると思うの? ザラさんの間違いではないのか。といろいろと考えていたら、声が止んだ。倉庫を観察することにして、周囲をゆっくりと観察することにする。とはいっても特に特徴もない倉庫である。換気口を探してみても見つからない。これからどうしようと考え込んでしまった。

「中に入れないかどうか試してみますか?」

 いや、不法侵入はまずいでしょう。この人何を言ってるんですか!

「外から見ているだけではこれ以上何が起こっているかは知りようがないですよ。アルミラージの声が聞こえるといっても気のせいだといわれたら、それ以上は何もできませんしね」

「いやいやいやいや、でも不法侵入はありえませんから!」

 そういっていると倉庫のドアが開き、二人の男が出てきた。

「あとをつけますか? それとも倉庫の捜索します?」

 だから、不法侵入は、し・ま・せ・ん。睨み付けながら私はザラさんに後をつけると言う。するとザラさんは私の肩をひょいっと押した。私は当然後ろによろめく。それをすばやくザラさんが両腕で受け止め、いわゆるお姫様抱っこをする。

「あとをつけるんなら、屋根伝いに行ったほうが見つかりにくいですよ。というわけでしばらく我慢してくださいね、あと舌を噛まないようにしててくださいねっと」

 そういうとザラさんは飛び上がった。そして屋根伝いに三人を追い始めた。それはいいのだが、抱えられた私は、屋根から屋根へと飛び移る際の衝撃で揺さぶられて気分がとても悪くなっていた。うん、ちょっとこれは無理かも。ありえない。たぶん今顔色は真っ青になってるに違いない。苦しい。次第に何も考えられなくなり、ひたすら、揺れが止まるのだけを祈っていた。神様、ミアハ様、ディアンケヒト様、この苦しみをとめる薬をお授けください。つらい。

 

 そして、実際には短時間なんだろうけど、永遠に続くんじゃないかと思われる苦行の時間が終了し、ようやく、ザラさんが腕からおろしてくれた。ゆさぶられていたのと、もう空中移動は終わりだという安堵のあまりに、体に力が入らず、よろよろとへたり込んでしまう。

「ごめんなさい、大丈夫・・・じゃないですね」

 ちょっと困った口調でザラさんが謝ってくる。見たところ元気な様である。これが恩恵を授かっている者とそうでない者との差なのか・・・

「う、何とか大丈夫です。あの三人はどこですか?」

「あそこに入っていくところですよ。見えますか」

 ザラが指差す方向を見ると、ちょうど三人が建物に入っていくところだった。

「じゃあ、明日になったらあの家に調査に向かうことにしますね。ところでザラさん」

 気分が悪いのをこらえながらザラさんに確かめる

「ここ何処なんですか?」

「最初に調査した所ですよ。あいつらが入っていったのは蔦屋敷ですよ。で、あそこが聞き込みをした家ですよ」

 ザラさんが指差したほうの家を見ると、確かに聞き込みをした家のうちの一軒である。ようやく現在地を把握できたので、オラリオ市の現在地周辺のマップを思い浮かべる。

 

 さすがにこの時間から蔦屋敷を訪問するのは無理なので、調査はここまでにして帰宅することにする。いや、体力的にも無理だし、一回上司に報告しておきたいし・・・

夜遅いからといってザラさんが家まで送ってくれたのはありがたかった。もちろん屋根ではなく道路を歩いた・・・・

 


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