IS 鈴ちゃんなう!   作:キラ

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まだ判断はできませんが、とりあえず今のところは大丈夫そうなので最新話を投稿してみます。


第7話 変わらないもの

 凰鈴音は、織斑一夏の見せた実力に驚きを禁じ得なかった。ISを使える男として突如世界の話題をさらってからわずか2ヶ月。その短期間で、彼は近接戦なら鈴と互角に戦えるだけの力を身につけていたのだ。

 

「……ふふ」

 

 驚愕の感情は、どういうわけか鈴の中で喜びへと変換されていく。互いに刀をぶつけあっている最中にもかかわらず、思わず口から笑みがこぼれてしまうほどだ。

 

 ――上等。そのくらい常識外れじゃないと、アンタらしくないわよね。

 

 学校でいじめられていた自分を助けてくれた一夏。両親の離婚を止めるきっかけを作ってくれた一夏。いつだって彼は、もう無理だと鈴自身が諦めてしまうようなことを可能にしてきた。本人は『できることをやっただけ』と簡単に言うだろうが、助けられた側からすればそれは奇跡みたいなものなのである。

 そんな彼なら、ISだって使いこなせるようになる。これくらいの成長を見せてこそ織斑一夏だ。妄信的かもしれないが、鈴には自然とそう思えてしまっていた。

 だが、それと勝負とは別の話だ。鈴にも代表候補生としてのプライドがある。好きな男の子だからといって、自分より経験の浅い相手に負けるわけにはいかない。……いや、むしろ好きだからこそ余計に負けたくない。

 

「はあああっ!!」

 

 どのくらい打ち合っていたのか。気がつけば、甲龍のシールドエネルギーは半分以上削られていた。序盤で与えたダメージを考えると、相対する白式のエネルギーはさらに少ないはずだと鈴は予想する。

 一夏の表情をうかがうが、そこに焦りはない。ただ一心に相手を打倒することだけを考えているような、まっすぐな瞳。そこから察するに、彼にはまだ勝利のための策が残っているようだ。

 だが関係ない。何か作戦があるというのなら、それを実行させる前に倒せばいい。

 戦いの中で、鈴は一夏の弱点に気づいていた。彼は世界最強である織斑千冬の動きを模倣しているようだが、当然それは完全ではない。いくら姉弟とはいえ、違う人間である以上真似をしようとすれば必ずどこかに綻びが生じる。彼が千冬の動きを想像するのに多少時間がかかるパターンというものが存在するのだ。そしてそのパターンのひとつを、鈴はすでに見つけている。

 ――ある攻撃の組み合わせで攻めた時、一夏の防御および反撃がわずかに遅れる。その隙をついて衝撃砲『龍咆』を展開、発射。

 砲弾、砲身ともに見えない『龍咆』は甲龍だけが持つオリジナルの第三世代型兵器である。初見の一夏ではまず対処できない。

 方針は決まった。あとはそれを実行するだけだと、鈴が気合いを入れ直したとき。

 ――突然、爆音とともにアリーナ全体が揺れ動いた。

 

 

 

 

 

 

「な、なんだ……?」

 

 鈴が何かを仕掛けてきそうなのを察知して身構えた瞬間の轟音に、俺も鈴も刀を止め、状況を確認しようとあたりを見回す。

 異常はすぐに確認できた。ステージ中央から、先ほど爆発が起きたことを明確に示す煙が天に伸びている。おそらくアリーナの遮断シールドを何者かがこじ開けた結果だろう。

 

「一夏、早く逃げなさい! アレ相当やばいわよ!」

 

 鈴の切羽詰まった声が聞こえるのと同時に、俺も『それ』の存在を認識する。あの煙の中に正体不明のISがいることを、白式のハイパーセンサーが感知したのだ。……さらに悪いことに、向こうはすでにこちらをロック――つまり、狙いを定めているらしい。

 その事実に、一瞬背筋が凍った。姿の見えない敵ISの攻撃力は、『アリーナのシールドを突き破った』という結果だけで容易に想像できる。……あれは、まずい。

 

「なにぼーっとしてんの一夏! あたしが食い止めておくから、アンタはさっさとここから離れて!」

 

「馬鹿言うな、鈴を放っておいて逃げられるわけないだろ!」

 

 相手が恐ろしい存在だからこそ、ここで鈴をひとりにすることはできない。さっきまでの試合で、俺ほどじゃないにしろ鈴の機体もかなりのダメージを受けているはずだ。

 

「馬鹿はそっちでしょ! エネルギー切れかけの近接戦闘しかできないやつに何ができるって――」

 

 鈴の至極まっとうな言い分は、しかし最後まで続かなかった。

 空間を焼き切る、なんて表現がぴったり当てはまるような高威力の熱線が、ほぼ零距離で向かい合っていた俺たちめがけて襲い掛かる。すんでのところで2人とも回避し、ビームの発生源から距離をとった。

 

「……まだ間に合う。一夏、逃げなさい。戦ったらどうなるかわかったもんじゃないわ」

 

「だから――」

 

 そんなの無理だと答える前に、第2射、第3射と敵の攻撃が連続で放たれる。それによって煙が晴れたおかげで、ようやく相手の姿を肉眼でとらえることができた。

 ――視界に映った未知のISは、とにかく常識とはかけ離れた姿かたちをしていた。2メートルを超える巨体に全身装甲。俺を驚かせるには十分だ。一応声をかけてみたが、返事のひとつも返ってこない。

 

『織斑くん! 凰さん! すぐにアリーナから脱出してください! すぐに先生たちがISで制圧にいきます!』

 

 山田先生からの退却指示が回線越しに聞こえてきた。その張りつめた声から察するに、やはり今の状況は非常に危険なものであるようだ。

 ――だが、それはできない。先生たちのISが来るまでアレを足止めするものがいないと、アリーナの観客席にいる大勢の人たちが攻撃の標的にされるかもしれない。それだけは、絶対に防がないといけない事態だ。

 

「山田先生。俺たちはここで時間を稼ぎます」

 

 はっきりと言い切った後、鈴の方へ振り向く。こちらを見つめるその瞳は、俺の次の言葉を待っているようだった。

 

「鈴。もう一度言うぞ。俺はお前を……大事な幼馴染を危険な場所に置いて、自分だけ逃げることなんてできない」

 

 どんな文句を言われようと、そこだけは譲れない。『守りたいものは守る』――それが俺の信念だから。

 そんな俺の答えを聞いた鈴は、いったい何を思ったのか。一瞬呆けたような表情をしてから、続いて無表情になり。

 

「……ぷっ」

 

 そして、なぜか最後には吹き出しやがった。なんだ、俺は笑われるようなことを言った覚えはないぞ。

 

「ああ、ごめんごめん。別に馬鹿にしてるわけじゃないから。……ただ、アンタは何も変わっていなかったんだなって、そう思っただけ」

 

 そう答えて、鈴はうれしそうに笑う。……よくわからないが、とにかく一緒に戦う許可はもらえたということでいいんだろうか。

 

「もう向こうが待ってくれなさそうだから手短に言うわね。あたしが距離をとって砲撃で牽制するから、アンタはその間に一撃入れなさい。以上」

 

「おい待て、いくらなんでもそれは投げやりすぎ――」

 

 文句を言おうとした時、敵ISがこちらめがけて突っ込んできた。……ああ、確かに悠長に作戦を練る時間はなさそうだな、これは。

 鈴が後方に下がるのを確認しながら突進をかわし、そのまま反撃のために雪片弐型を振るう。まともに攻撃を食らえば終わりという極度の緊張感の中、俺と鈴の戦いが始まった。

 

 

 

 

 

 

「ちっ……」

 

 試合前には500以上あったシールドエネルギーは残り100をとうに切っている。もはや一握りだって無駄にできない状況だ。ゆえに、必殺の一撃(零落白夜)を使えるチャンスは一度しかない。

 それがわかっているからこそ、敵の動きをしっかり見極めて狙いを定めようとしているのだが……はっきり言ってしまえば、相当きつい。なにしろ相手の動きが正確すぎるのだ。どれだけ不意をつこうとしても、どれだけ完璧なタイミングでの攻撃を仕掛けても、それらすべてが難なく処理されてしまう。

 

「鈴! いったん下がるからフォロー頼む!」

 

 このままではジリ貧で負ける。加えて厄介なことに、あのISはアリーナ全体に遮断シールドを張っているようだ。これでは先生たちの救援もしばらくは期待できない。

 俺の指示通り、鈴は衝撃砲を数発敵ISに撃ちこむ。その攻撃はすべてあの長い腕によって防がれてしまうが、その間に俺は距離をとり、鈴の近くまで退却する。

 

「なに? いい作戦でも思いついたの?」

 

「……いや。むしろ何も思いつかないから戻ってきた」

 

「やっぱりそうよね……」

 

 鈴の表情は険しい。あちらも打開策には心当たりがないみたいだ。そうだよな、あんな機械みたいに精密な行動をとられちゃ――

 ……待て。機械みたい? いや、もしかして。

 

「鈴。あのIS、人が乗ってないのかもしれないぞ」

 

「はあ!? いきなりわけわかんないこと言うんじゃないわよ」

 

 鈴の反応は当然のものだ。『ISは人が乗らないと動かない』――これは教科書に載っているどころか、社会全体の常識だ。もし無人機などというものが存在するなら、ここまで女尊男卑が進むこともなかったのだから。

 

「根拠はある。今までの戦い、アレの動きは機械みたいに正確だ。常に俺とお前の行動を同等のレベルで観察してるから、不意打ちも食らわないんだと思う」

 

 だが、時には常識を外れた事実が存在するのかもしれない。実際、この世界の誰かが無人機を作れるという可能性はゼロではないはずだ。

 

「……仮に無人機だったとしたら、何か作戦があるの」

 

 鈴も俺の言い分が一理あると感じたらしい。敵が機械そのものであるという仮定の下で話を進めてきた。

 

「ああ。手加減する必要がないなら、零落白夜を全力で撃てる」

 

 そこまで言ってから、回線をプライベート・チャネルに切り替える。今から話す内容を、相手には聞かれたくないからな。

 俺が作戦内容を伝え終えると、鈴は少しの間思案してから口を開く。

 

「ひとつ質問。今アンタが言ったことを実行するには、白式のシールドエネルギーがある程度残ってることが条件なわけだけど……大丈夫なの?」

 

「鈴がちゃんと加減してくれればぎりぎり足りると思うけど」

 

「簡単に言ってくれるわね……」

 

 文句の言葉とは裏腹に、鈴の表情は一転して何やら楽しげなものに変わっている。

 

「けど、その作戦乗った。1発勝負っていうのがわかりやすくていいじゃない」

 

 好戦的な目つきに、恐れを知らないかのような獰猛な笑み。およそ女の子らしい表情からはかけ離れているが、それは紛れもなく『鈴らしい』と言えるものだ。

 

「一夏。お膳立てはきっちりするから、絶対に決めなさい」

 

 そして、俺に寄せる全幅の信頼。……この時になってようやく、俺はある大事なことに気づいた。

 

「……変わらねえな」

 

 さっき鈴が言っていた言葉を、今度は自分が口にする。きっとあいつも、同じことを考えていたんだろう。

 

「? 一夏、今なんか言った?」

 

「いや、なんでもない。……こんな戦い、さっさと終わりにしようぜって言っただけだ」

 

 ――俺たちは、何も変わってなんかいなかった。なのにお互いが勝手に尻込みして、必要のないこじれた関係を作り上げてしまっただけ。後でしっかり話し合えば、きっとすぐに仲直りできるだろう。

 

「そうね。あんなやつ、とっととスクラップにしてやろうじゃない。一夏、用意はいい?」

 

「ああ、ばっちりだ」

 

 セシリアにもプライベート・チャネルで連絡をとった。下準備はこれで完璧だ。

 

 

 

 

 

 

「一夏さんから指示をもらいましたわ!」

 

 それだけ言って、セシリアは急いでアリーナの方へかけ出して行った。残された箒は、いまだアリーナ内部の戦闘を映しているモニターへと目を向ける。そこには、2人並んで正体不明のISと対峙している一夏と鈴の姿があった。

 

「……遠いな」

 

 思わずそんな言葉が口から漏れる。……事実、箒は自身と一夏たちの間に大きな隔たりがあるように感じていた。

 未熟ながらも専用機持ちとして立派に戦っている一夏。そして戦場で彼を支えるセシリアや鈴。対して篠ノ之箒は、その様子をただ見ていることしかできない。もどかしいが、これは変えようのない現実だ。

 

 ――だが、いつかは追いついてやる。

 

 いつの日か必ず一夏の隣に立ってみせると決意した箒は、今の彼女にできる精一杯のこととして、一夏たちの勝利を願う。

 

 

 

 

 

 

「いくぞ!!」

 

 敵ISがビームを放った瞬間、俺は標的めがけて一直線に飛び出す。

 

「飛んでけ一夏!」

 

 同時に白式の背中へ鈴の衝撃砲が放たれる。それが激突した瞬間、俺は瞬時加速を作動させた。

 

「ぐっ……」

 

 砲撃を受けた痛みと、その衝撃砲のエネルギーを取り込むことで限界を超えた加速を行おうとすることによる体への負荷。だがこれを耐えれば……

 

「うおおおっ!!」

 

 一瞬のうちに敵の体に肉迫する。その速度に、奴はまだ対応しきれていない。……チャンスだ。

 これ以上ないタイミングで零落白夜を発動させる。狙いはただひとつ、あの厄介な腕と遮断シールド……!

 

「はあっ!!」

 

 まず右腕と遮断シールドを斬る。そしてわずかに残ったエネルギーをすべて使い零落白夜の維持時間を延長、ぎりぎりのところで左腕も切り落とした。

 ……だがここまでだ。渾身の一撃を放った俺の体勢は隙だらけ。頭突きでも蹴りでも、一発食らえば白式は限界を迎えてしまうだろう。

 もう俺には何もできない。だから――

 

「あとは頼んだ、セシリア」

 

 直後、俺に襲いかかろうとしていたISの体はブルー・ティアーズのレーザーの雨に曝され、力なく地上に落下した。……これで、完全に停止したはずだ。

 

「……ふう」

 

 しばらく経っても敵が動かないことを確認して、ようやく俺たちは安堵の息を漏らす。

 

「ナイスセシリア。完璧なコントロールだった」

 

「当然ですわ。わたくしはイギリス代表候補生、セシリア・オルコットなのですから。……それに、必ず一夏さんを勝利に導くと約束しましたもの」

 

 ……ああ、確かにそんなことを言っていたな。相手は鈴から謎のISにすり替わってしまったが、それでもセシリアは有言実行を果たしたというわけだ。

 

「ふーん。結構やるじゃん、イギリスの代表候補生」

 

 いつの間にか俺の隣にやってきていた鈴が素直な感想を言う。その態度は昔の鈴そのもの。試合が終わって敵対関係がなくなった後も、自然に俺に話しかけている。転校初日のあれがまるで夢であったかのようだ。

 

「……はは」

 

 それがうれしいようなおかしいようなで、思わず笑ってしまう。鈴は一瞬面食らっていたが、すぐに俺の気持ちに気づいたのだろう。釣られて一緒に笑い始めた。

 

「あはははは!」

 

「……あの、一夏さん? 凰さん? 急にどうしましたの?」

 

 小さな笑いが、いつの間にか大笑いに変わる。戸惑っているセシリアには申し訳ないが、今は存分に笑わせてもらいたい。……それが終わったら、今度こそ鈴とちゃんと向き合って話そう。

 




戦闘の展開がほぼ原作のままとなってしまって申し訳ありません。バトル関係でやりたかったことは前回でほぼ済ませてしまっていたので、特にいじるところが見当たりませんでした。強いて言うなら箒がハウリングしなかったくらいです。理由としては、この一夏は原作以上に戦闘面で成長している分多少は安心感があり、同時に箒が自分と一夏たち専用機組との差をはっきり認識したから、という感じです。原作との比較を本文内で描写するのは難しいので、このあとがきで補足させていただきました。

次回、ようやく一夏と鈴の和解です。同時に1巻のエピソードも終了の予定。

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