IS 鈴ちゃんなう!   作:キラ

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第6話 進化の兆し

「――で、結構頑張ってたみたいだけど、成果は出たの?」

 

 クラス対抗戦第1試合・1組代表対2組代表。試合開始を目前に迎えたアリーナの観客席は超満員で、大勢に注目されているという事実が嫌でも実感させられる。

 

「……さあな。けど、やれるだけのことはやったつもりだ」

 

 だが、今は周りの視線なんて関係ない。俺が気にするべき対象はただひとつ、眼前に立ち塞がる凰鈴音だけでいい。

 

「そう。そんな言い方するってことは、それなりに自信はあるってわけね」

 

「好きに解釈してくれてかまわないぞ」

 

 勝てる自信ならある。『それなり』などではなく、絶対に勝てるという自信が。

 ……そのくらいの気概でないと、まずこいつとは勝負にならない。なにせ経緯は知らないが1年で代表候補生まで上り詰めたような天才だ。幼馴染としては多少悔しいが、今の段階ではISに関して俺が鈴に勝っているところはほぼないと言っていいだろう。

 ならば、せめて気持ちだけは負けたくない。この勝負にかける思いの強さだけは、鈴に劣っているつもりはない。

 結果を出さなくちゃならない。この試合で、鈴に今の俺の精一杯を見せつけてやる。そして今まで訓練に付き合ってくれた箒やセシリア――あと、千冬姉に報いるためにも、負けるわけにはいかないんだ。

 

『それでは両者、規定の位置まで移動してください』

 

 アナウンスに従い、移動する。鈴までの距離は5メートル。この1ヶ月で散々頭に叩き込んだ距離だ。

 

「……一夏」

 

「なんだ」

 

「本気で行くからね」

 

「……ああ。わかってる」

 

 これ以上、言葉は必要ないだろう。鈴はすでに俺のことを獲物を見るかのような目つきで睨んでいるし、俺の方も思考を戦闘用に切り替えている。

 ……試合開始と同時に突っ込む。単純この上ないが、これが俺の立てた作戦だ。鈴は俺の白式に近接用の武器しかないことを知っているのだから、初っ端から距離をとってくる可能性は十分にある。だがこちらとしてはそれを許すわけにはいかない。常に敵を得物の射程圏内に捉えておくために、奇襲の意味も込めて突進するのは間違った選択ではないはずだ。

 そうしてなんとか主導権を握れば、『あの技』を使える可能性が出てくる。ギャンブルだが、今はそれに賭けるしかない。

 

『それでは両者、試合を開始してください』

 

 ブザーが鳴り響く。この音が切れた瞬間、試合開始だ。

 

 ビイイイイィィ――音が、止まった。

 

 刹那、俺は白式の出せる最高の初速で鈴に突っ込む。同時に雪片弐型を展開し――

 そこで、思考がフリーズした。

 俺の眼前に、すでに甲龍がいる。なぜだ、早すぎる。5メートルの距離を縮めるのに必要な時間は体が覚えているはずなのに。それが狂ったということは、つまり、

 

 ――鈴のやつ、突っ込んできやがったのか

 

 咄嗟に雪片で防御姿勢をとる。青竜刀が振り下ろされるのにギリギリ間に合う。だが駄目だ。もっと遠くに標的がいることを想定して構えていた刀を完全に引き戻すだけの時間がなく、ほぼ柄の部分で受け止める形になってしまった。しかも、こんな無理な体勢じゃ――

 

 ギュイィィン!!

 

 高速回転する鈴の刃。甲龍のパワーに耐え切れず、雪片弐型を支える腕が弾かれたように下にさがってしまう。

 まずい、これじゃ死に体――

 

 ガギィンッ!!

 

「があっ……!」

 

 ……効いた。青竜刀による容赦ない斬撃は、白式にクリーンヒットした。ISの性能上命に関わるということはないが、それでも体の奥にまで響くような重い痛みが襲ってくる。

 

「――はあっ!!」

 

 だが動きを止めるわけにはいかない。もう次の攻撃が迫っている。痛かろうがなんだろうが腕を上げて、なんとしても止めなければ――

 

 

 

 

 

 

「まずいですわね……」

 

 モニターに映し出される一夏と鈴の試合の様子を見ながら、セシリアの表情が険しくなっていく。

 

「ペースを完全に向こうに握られてしまっている。あんな状態では100パーセントの力を出し切るなんて到底不可能だ」

 

 同じく隣で一夏を見守っている箒の口調も厳しい。……それだけ、今の状況は一夏にとって分が悪いものなのだ。

 試合が始まる前から、セシリアも箒も勝負の行方は序盤の攻防次第だと踏んでいた。今の一夏の戦闘スタイルから考えれば、それは必然のことだ。流れに乗れるか乗れないかで、彼の動きのキレは大幅に変わってしまうのである。

 だというのに、開始早々鈴の猛攻に防戦一方。セシリアとしても鈴がいきなり全速力で突っ込んできたのは予想外だった。いかに近接戦闘が得意な機体とはいえ、中距離以上の装備を持たない白式を相手に自ら距離を縮めに行くとは……

 ISでの戦闘において、一夏は圧倒的に経験不足だ。だから自分の予想を超えた行動を起こされると、焦りによってどうしても大きな隙ができてしまう。そしてそれを、代表候補生である人間が見逃すはずはない。

 

「一夏さん……」

 

 ただ、それでも勝負をあきらめたわけではない。いかに彼女自身が慢心していたとはいえ、一夏はかつてセシリアを敗北寸前まで追い込んだ男である。短いながらも訓練を積んだ今なら、手加減なしの鈴相手にも何かやってくれるかもしれない。その期待を、彼女は捨てきることができなかった。

 

 

 

 

 

 

 ギィンッ!

 

 幾度となく繰り返される剣戟。だが、相対する両者の優劣は火を見るよりも明らかだった。

 

「くそっ……!」

 

 くそ、くそくそくそ……!! 近距離戦なんだ、俺が唯一戦える範囲なんだ。なのに、完全にイニシアチブを握られちまってる。

 ――距離を取ろうとするか、もしくはその場にとどまるかのどちらかだと思っていた。まさか試合開始の瞬間俺の懐に飛び込んでくるなんて。奇襲をかけるつもりが、逆に鈴に不意をつかれてしまった。

 歯車が狂う。このままじゃ何もできずにやられる、何か、なんとか手を打たなければ……

 

「そこっ!」

 

 鈴の一喝とともに、右斜め下から勢いよく振りあげられる青竜刀。その軌道に雪片を合わせるが、あえなく弾かれてしまい、反動で白式の上体が後ろにのけぞる。

 ――そして、再び死に体になる。

 振り上げられた甲龍の刃は、次の瞬間には俺めがけて一直線に襲いかかるだろう。何もしなければ、1秒後には敗北が待っている。一撃くらっただけではシールドエネルギーは切れないが、『零落白夜』を満足に使えるだけの量が残らない。

 

 冗談じゃない。こんなところで終わってたまるか……!

 

 ほぼ無意識に瞬時加速を発動させる。もはややけくその体当たりに近いものだったが、至近距離での急加速に対応が遅れたのか、鈴はその一撃をまともに受け、後方へ飛ばされる。

 

「ぐっ……」

 

 骨が軋むような感覚。明らかに無茶な体勢からの瞬時加速を行ったことで、白式自身もダメージを受けていた。

 それでも距離が開いたことにより、鈴の猛攻がいったん止まった。互いの間隔は約5メートル。試合が始まった時とほぼ同じだ。仕切り直し――とは言えない。俺がエネルギーを減らしすぎている。

 

「はあ、はあ……」

 

 鈴が再び動き出す前に、息遣いをなんとか整える。向こうはまだまだけろりとしているというのに情けない話だ。

 

「一夏」

 

 そんな時、開放回線から鈴の声が聞こえてきた。試合の最中にいったい何の用だ?

 

「アンタさあ、なに焦ってるの?」

 

「……はあ? どういう意味だよ」

 

 呆れたような鈴の声に少々腹が立つ。焦ってるのは当然だろ、あんだけ攻め込まれてたんだから。

 

「そういう意味じゃないわよ」

 

 ……俺の周りにいる人間全員に言いたいことだが、勝手に人の心を読むのはやめてほしい。

 

「あたしが言いたいのはね、アンタの体ががちがちに固まってるってことよ。何をそんなに緊張してるわけ?」

 

 ……緊張? 確かにクラス代表として戦っている今の状況、プレッシャーを感じていてもおかしくはない。けど、俺の頭の中にはそんなこと浮かんでいなかったはずだ。

 ただ、鈴に成長したところを見せようとか、手伝ってくれた箒たちのためにも負けられないとか、そう思っていただけ――あ。

 

「何を気にしてるのか知らないけど、アンタ相当ちぢこまった動きしてる。そんな状態のやつに勝ったって、あたしもうれしくなんかないんだけど」

 

 ……そうか。そういうことか。今になって、ようやく自分が何かをはき違えていることに気づいた。

 結果を出さなければならない。俺と鈴の今後の関係のためにも、箒のためにも、セシリアのためにも、千冬姉のためにも。その思いが前に出すぎたせいで、一番大事なことを忘れてしまっていた。 

 頭のてっぺんから足の裏まで、まっすぐ通った一本の自分らしさ。いくら技術を身につけたところで、己というものを失ってしまえば元も子もない。

 そもそも、その自分らしさを伝え合うというのが、この戦いの最大の目的だったんじゃないか。

 

「……馬鹿だな、俺」

 

 気を静めるように、大きく息を吸って深呼吸をする。……もう大丈夫だ。ここからは、俺らしい戦い方でいく。

 

「鈴」

 

「……なに?」

 

「――行くぞ」

 

 宣言と同時に、雪片弐型を構えて斬りかかる。真正面からの一太刀は当然防がれるが、それでかまわない。ありがたいことに、鈴はこのまま接近戦を続ける気のようだ。

 

「……ふん、やっとまともな顔になってきたじゃない」

 

 刀による斬撃の応酬は、やはり次第に鈴が優位に立ち始める。おそらく基本のスペックだけなら白式は甲龍を上回っているはずなのに、それでも押し負ける。

 だが焦るな。今はただ致命的な一撃をもらわないように耐え凌ぎ、相手の動きを見極めることに集中しろ。そうすれば、必ずチャンスはくるはずだ。

 ……そして、十数回の剣戟の繰り返しの末、それはやってきた。

 ――こちらの刀が下げられた状態での、右肩方向からの袈裟切り。この状況での攻撃の避け方は、容易に『想像』できる……!!

 

「っ!?」

 

 鈴の顔が驚きに染まるのが見える。無理もない、俺の動きが急によくなったのだ。一瞬のうちに青竜刀をかわし、すでに攻撃後の硬直状態にある鈴めがけて雪片弐型による一撃が放たれている。

 

「ちっ……!」

 

 鈴の舌打ちが聞こえたような気がした。今の横薙ぎは、確実に甲龍のシールドエネルギーを削り取った。零落白夜を使っておけばよかったか、と一瞬思うが、所詮は結果論にすぎない。

 それより今は次の攻撃だ。幸い、先ほどの動きで『波』に乗ることができていた。ここからは俺が攻める番だ。

 

「うおおっ!!」

 

 上下左右、四方八方からの流れるような連撃。俺個人の力では到底不可能な動きが、今はきれいにイメージできる。攻守は逆転し、徐々に俺が鈴を押し始めた。

 

「アンタ、その動き、もしかして……」

 

 どうやら鈴は何かに思い当たったらしい。確かに、代表候補生なら気づいて当然なのかもしれないな。

 

「千冬さんの――」

 

 

 

 

 

 

「……模倣、だと?」

 

 2週間ほど前。箒との模擬戦に勝った後、俺は箒とセシリアに事情を説明した。

 

「ああ。この前セシリアにモンド・グロッソの映像入りのDVD借りたろ? あれで千冬姉の暮桜の戦い方を何度も見たんだ。白式と暮桜はよく似てるし、参考になるかと思ってさ」

 

「映像を見ていたのは知っている。私も同じ部屋で暮らしているのだからな」

 

「ですが、それだけでは短期間であそこまで上達した理由には……」

 

 まあ、理由にはならないよな。予想通り、箒もセシリアも納得がいかないようだ。

 

「そこは正直俺も驚いてる。最初は動きを真似するところまでは考えてなかったんだけどさ、ひとりでいる時にちょっと試してみたらこれが案外うまくいってな。次に千冬姉ならどう動くかっていう『イメージの波』にさえ乗れれば、さっきみたいにスムーズな動きができるんだ」

 

 といっても、さっきの模擬戦はうまくいきすぎだったけどな、と付け加えておく。あそこまでイメージがうまくできたのは初めてだし、今後もそう起こることではないと思う。

 

「……姉弟だから、動きが体に馴染みやすかったのだろうか」

 

「遺伝子的な理由……あまり腑に落ちませんが、とりあえずはそういうことにしておきましょう。……とにかく、その技術が試合に役立つことには変わりありませんわね」

 

 ――というわけで、それからはセシリアにISの基本技術を仕込まれながら、『模倣』の練習にも本腰を入れ始めた。その分体への負担は増えたが、おかげで近接戦における模倣はそこそこレベルがあがったと感じている。

 ……ただ、千冬姉の動きを真似ることに抵抗がなかったわけじゃない。あの技はあの人だけのものであってほしいと、昔からそう思っていた。

 だけど、俺は本気で戦うと約束した。強くなりたいのなら、そのための方法があるのなら、手を伸ばしてみるべきだという思いもあった。

 最終的に、俺は後者の思いをとったのだった。

 

 

 

 

 

 

「うわあー、すごいですね織斑くん。たった2ヶ月であそこまで戦えるようになるなんて」

 

 一夏の成長ぶりに山田真耶が感嘆の言葉を漏らしている横で、織斑千冬はモニターから試合の様子を観戦していた。ある時を境に一夏の動きのキレが格段に上がり、一時は鈴を防戦一方にまで追い込んでいたが、現在は五分五分の状態に戻っている。一夏の変化に戸惑っていた鈴がそれに対応し始めたということだろう。

 鈴の適応能力については、特に驚くべきことでもない。中国から選ばれた代表候補生なのだから、敵の戦闘スタイルの変化もきちんと処理できるだけの力を持っていてしかるべきだろう。

 

「………」

 

 だが、一夏の方はどうだろうか。

 別に、自分の動きを真似ていること自体に問題はない。一夏が最近モンド・グロッソの映像を見ていたことは知っている。以前は彼にIS関連のことを知られるのを拒んでいたこともあったが、彼がISを動かし、必然的にISに関わらざるを得なくなった時点で、その気持ちもなくなっていた。

 ――問題なのは、その模倣の完成度だ。

 千冬は自分の弟の力量をよく知っているつもりである。だから、彼が彼女の動きを真似ようとした場合どうなるかの予想もついていた。……その予想よりも、今の白式の動きは圧倒的に良い。彼女の驚きはその一点にある。

 

「………」

 

 思い当たる理由はあるが、確証はない。心の中で何とも形容しがたいもやもやした感覚が広がっていくが、それを表に出すことはせず、彼女はモニターを見つめ続ける。

 

 




戦闘の流れの都合上、甲龍の衝撃砲が出番なしになってしまいました。
初めてまともな戦闘シーンを書いたわけですが、正直あまり自信がありません。何かおかしいところがあれば知らせてもらえるとありがたいです。

次回は鈴の心理描写多めの予定です。というかそろそろ一夏と鈴がいちゃいちゃするシーンが書きたいです……

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