IS 鈴ちゃんなう!   作:キラ

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最終話 ずっと一緒に

「まったく、散々な目に遭わせやがって」

 

「こうして大きな傷もなく帰ってこられただけでも喜ぶべきよ、オータム」

 

 ホテルの豪華な一室の中で、スコールは怒るオータムの頭を優しく撫でる。そうすると彼女は力が抜けたかのようにおとなしくなり、ゆっくりとスコールの方に体を預けてきた。

 

「本当に、駄目かと思った」

 

 オータムが弱々しくつぶやくのも無理はない。何しろ先ほどまでロシア代表とブリュンヒルデを相手にしていたのだ。

 彼女ら2人に対して正面から向かっていけば、まず勝ち目はなかっただろう。だがスコール達の目的はあくまでもアリーナからの離脱であり、逃げることに神経を注いだ結果辛くも脱出することができたのだった。銀の福音も回収済みなので、ただひとつの事柄を除けば大きな問題はない。

 

「エムの野郎は、あいつらに捕まったのか」

 

「……でしょうね」

 

「ならさっさと始末しろよ。私達の情報が漏らされてからじゃ遅いだろ」

 

 彼女の体にナノマシンが注入されていることを、オータムは知っている。だからこその発言であったが、スコールは静かに首を横に振った。

 

「できるなら、私もそうしたかったところだけれど」

 

 

 

 

 

 

「………」

 

 何故生きている。

 それが、目が覚めてマドカが最初に抱いた感想だった。

 白い壁に白いベッド。どう見ても医務室の類の部屋であり、彼女は今までここで眠っていたようだ。

 

「一夏! 目が覚めたのか!?」

 

 女性の興奮気味の声が聞こえてきて、そこでようやくベッドの隣に誰かが座っていることに気づいた。

 

「……箒」

 

「よかった。本当に、よかった。姉さんの手術は成功したんだな」

 

 目尻に涙をたっぷり浮かべて、箒はうれしそうにマドカの腕を両手でつかむ。

 

「姉さん……? どういう、ことだ」

 

「お前が意識を失った後、姉さんが急いでお前の中にあるナノマシンを取り除いたらしい。これで一夏は誰にも縛られないと、あの人は言っていた」

 

「な……」

 

 開いた口が塞がらないとは、まさにこのことだ。時計を見ても、マドカが白式に倒されてからさほど時間は経過していない。その間に、彼女の体に潜む自爆装置を外してしまったというのか。

 

「彼女は。篠ノ之束はどこにいる」

 

「用が済んだら、いつの間にかいなくなってしまっていた。……私も、話したいことがあったのだが」

 

 どうやら、すでに自分の命を救った天才科学者は姿を消してしまったらしい。何故彼女が体内のナノマシンについて知っていたのかは疑問だが、答えを知る必要はないとマドカは判断した。

 

「一夏」

 

 再び、箒がその名を口にする。数日前に拒絶したばかりだというのに、彼女は懲りずにマドカをそう呼んだ。

 

「もう一度言わせてくれ。また、やり直せないかと」

 

「……前にも言っただろう。私はお前を切り捨てたんだと。そんな私を、君はまだ求めるというのか?」

 

「そうだ」

 

 一切の迷いのない、力強い宣言。彼女の真っ直ぐすぎる瞳に、マドカの心が揺れる。

 

「私は、すでに汚れてしまっている。奪い、傷つけ、他人を苦しめたことだって一度や二度ではない。君と一緒にいる資格など――」

 

「資格など必要ない。確かに、お前のやってきたことをすべて認めることはできないだろうが……お前が私の大切な幼馴染であることには、なんの変わりもない」

 

「だが」

 

 マドカが言葉を続けようとした時、医務室の扉が静かに開けられた。

 ゆっくりと足を踏み入れてきた人物を見て、マドカの体は硬直する。

 

「千冬さん……」

 

 箒が彼女の名前を呼ぶ。……7年ぶりに直接目にする、かつて姉だった人間の姿だった。

 

「………」

 

 半身を起こすマドカ。一方、千冬は無言で彼女の隣まで歩を進め。

 

「っ……」

 

 そのまま、壊れんばかりに彼女の体を強く抱きしめた。

 

「会いたかった」

 

 その一言だけで、千冬の抱く気持ちが痛いほど伝わってくる。

 

「あ……」

 

『お前は、ひょっとしてまだ……求めているんじゃないのか』

 

 ようやく、マドカは自らの心の奥に存在する思いに気づいた。

 悪に手を染め、他者を餌にしながら今日まで生きてきたのは、何のためだったのか。

 確かに復讐心もあった。だがそれだけではない。わざわざ箒の目の前に現れ、何度も思わせぶりな言葉を吐いたのは、もっと単純な思いからきたもの。

 

「千冬……姉」

 

 堕ちた自分には、もう彼女達の隣に立つ資格がないと決めつけ、拒絶しながらも。

 振り向いてほしかったのだ。手を伸ばしてほしかったのだ。

 みっともなく、子供のように、救いを求めていたのだ。

 

「俺も……俺も、会いたかったよ」

 

 千冬の背中に手を回し、強く抱きしめる。

 失ったものと思っていたこの命。もう一度だけ――

 

 

 

 

 

 

「今頃、あの子は感動の再会に涙したりしているのかしら」

 

 いつ敵に情報が漏れてしまうかわからない以上、すぐに住処を移さなければならない。

 飛行機で海外へと移動している途中、スコールは生意気だった黒髪の少女に思いを馳せていた。

 今回のIS学園側の人間の狙いは、最初からマドカを奪うことにあったのだろう。スコール達を足止めしている間に彼女の身柄を拘束し、ナノマシンを取り外す。これだけのことを迅速に行っていたことを考えれば、やはり天災・篠ノ之束も現場にいたのかもしれない。

 

「あちらに一本取られた形にはなったけど、あの子がいずれ使えなくなるのはわかっていたこと」

 

 スコールの下にい続ければ、そのうちに彼女は気づいていたかもしれない。

 自らの誘拐が、亡国機業の一部の人間の手によるものであったことに。

 

「今思えば、下手な演出だったわね」

 

 彼女を処分しようと考えていた彼らに対し、引き取ることを提案したのがスコールだった。だが普通に組織の仲間という立場で接触すれば嫌悪されるのは必至。ゆえに、彼女を屋外に放り出してもらい、それをスコールが偶然見つけたという形を演じてみたのである。

 結局マドカを縛り付けている人間として嫌われてはいたが、それでも命の恩人という立場でもあるためそこまでの憎悪は向けられなかったことを考えると、あの作戦は成功だったと言えるだろう。

 

「実際、命の恩人であること自体は嘘ではないけど」

 

 スコールの申し出がなければ、マドカは独房の中で死んでいただろうから。

 

「あなたは最後まで変わらなかった」

 

 スコールが彼女を使えなくなると判断した要因はもうひとつある。

 自覚があったかどうかはわからないが、彼女は根本の部分で『光』を求めていた。

 そういう人間は、最後には役に立たなくなってしまうのだ。

 それがわかっていたからこそ、スコールは彼女に重要なことは何も話さなかった。

 

「ありがとうマドカ。あなたはよく働いてくれたわ。せいぜい残りの人生を楽しむことね」

 

 少しだけ惜別の念を感じながらも、スコールはかつての部下に別れを告げた。

 

 

 

 

 

 

「ひとまずは、めでたしめでたしってところかしら」

 

 医務室の様子をこっそりうかがっていた楯無は、廊下を歩きながら感慨深げにそんなことをつぶやいていた。

 できれば、というかなんとしてでもスコールを捕らえておきたかったというのが本音だが、今さら悔やんでも仕方がない。そもそも組織の上の方に位置する人間がわざわざ戦場の近くにまで来ていたということは、並大抵のことでは捕まらないという自信が最初からあったのだろうし。

 

「それにしても」

 

 驚くべきは篠ノ之束の実力である。織斑千冬に亡国機業の襲撃があることを前もって知らせておき、当日は電波のジャミングを行い通信を妨害。しまいには人間の体内に仕込まれたナノマシンをわずかな時間で取り出してしまうという神業まで披露した。

 

「味方になれば、本当に頼もしい存在ね」

 

 だが忘れてはいけない。彼女が今回手を貸したのは、織斑一夏が絡んだ問題であったからにすぎないのだ。

 次に篠ノ之束が現れる時には、楯無の敵になっている可能性だって十分にある。それを肝に銘じて、この先も――

 

「あ……」

 

 その時、楯無は廊下の向こうからひとりの生徒が歩いてきていることに気づいた。下を向いているため、彼女はまだ楯無の存在を認識していないらしい。

 

「簪ちゃん」

 

 恐る恐る、自らの妹に声をかける。そこでようやく向こうも顔を上げ、目の前に楯無が立っていることに気づいた。

 

「………」

 

 ぺこりと一礼をしただけで、無言のまま簪は楯無の横を抜けていった。

 

「え……」

 

 第三者から見たならば、えらく無愛想な妹に映ったかもしれない。

だが楯無にとっては違った。むしろ逆の感情を抱きさえしていた。

 

「今、礼してくれた? いつもは下向いたまま完全スル―なのに」

 

 たったそれだけのことで、と思われるかもしれないが、それでも楯無にとっては十分大きな出来事だったのだ。

 

「……こっちの方も、進展してくれるといいんだけどな」

 

 生徒会室へ向かう彼女の足取りは、いつも以上に軽かった。

 

 

 

 

 

 

「夕方の屋上に来るのは、ずいぶん久しぶりだな」

 

「あたしはこの前箒と来たけど、一夏と2人きりなのはいつ以来かしら」

 

 他愛のない会話を交わしながら、鈴と一夏は地平線の向こうに沈もうとする夕陽を2人して眺める。

 つい先ほどまで、一夏は疲れが溜まっていたのかぐっすりと眠りこんでいた。身体検査で異常が見受けられなかったので、起きて早々彼の提案でこうして屋上を訪れているというわけだ。

 

「こうしてると、お前と仲直りした日のことを思い出すな」

 

「そうね。考えてみれば、あの時からまだ半年も経ってないのよね」

 

 5月の末に起きたことが、ひどく昔に感じられる。それだけ、この学園での生活が鈴にとって濃密なものであったということなのだろう。

 

「いろいろあったな」

 

「いろいろあったわね」

 

 再会して早々ぎくしゃくして、勝負することになったり。タッグを組んだトーナメントでは一夏が転校生と因縁の対決を繰り広げたり。デートの終わりに告白されて、思わず意識がどこかへ行ってしまったり。

 数え挙げれば、それこそキリがない。彼や仲間たちと過ごした、かけがえのない大切な時間だ。

 

「ありがと」

 

「いきなりなんだよ?」

 

「なんとなく言ってみただけよ。……ねえ。マドカ、うまくやって行けるかしら」

 

「そうだな……ま、大丈夫だろ。あいつには千冬姉と箒がついてる。俺はあいつの機嫌を損ねないように、遠くから見守らせてもらうつもりだけど」

 

 そう言って、一夏は微笑を浮かべる。彼の言葉なら信じられる気がして、鈴もつられるように微笑んだ。

 

「鈴」

 

「なに――」

 

 返事をする前に、強引に唇を奪われる。

 

「んっ……」

 

 驚きはしたものの、拒否することはしなかった。彼とのこの行為は、鈴にとっても気持ちのいいものであったから。

 

「伝えたいことがある」

 

 キスを終えた途端、一夏は真面目な顔つきになって鈴を見つめる。

 

「前にも言ったけど、俺にはみんなを守りたいって夢がある。だけど、それを叶えるためにはまだまだ力不足で、もっと頑張っていかなくちゃならない」

 

 昨夜、一夏が語ってくれたことを思い出す。彼の目指す理想、その内容を真っ先に自分に教えてくれたことが、鈴にとってはたまらなくうれしかった。

 

「俺がここまでやってこれたのは、お前がそばにいてくれたからだ。だからさ……これからもずっと、俺を支えていてくれないか」

 

 プロポーズにも聞き取れるような一夏のお願い。それを聞いて、鈴は自分の体が熱くなっていくのを感じる。

 ……でも。

 

「嫌よ」

 

 きっぱりと、彼の申し出を突っぱねる。

 なぜなら。

 

「支えるんじゃなくて、あたしがアンタを引っ張っていくのよ」

 

 それが、彼女が出した答えだから。母の『女は男を支えてあげるべき』という言葉からはズレているが、そんなことは関係ないと言い切れる。母は母、自分は自分だ。

 ……もう、ひとりで重い荷物を抱え込ませるような真似はしたくない。

 

「っと、もうこんな時間か。ほら一夏、さっさと食堂行くわよ!」

 

「お、おい待て。腕を引っ張るな」

 

「大丈夫よ、しっかり握っててあげるから!」

 

 ――ちゃんとついて来なさいよね、一夏。

 

 

 

 

 

 

「ったく……」

 

 鈴にぐいぐい引っ張られながら、俺は食堂への道を進んでいく。

 口では悪態をつきつつも、不思議と悪い気はしていない。

 

「あら、鈴さんに一夏さん。お二人も食堂に行かれますの?」

 

「だったら一緒に食べようよ」

 

「一夏。今日はドイツ料理を食べてみろ。私がうまいものを選んでやる」

 

 これから先、まだまだたくさんのことが俺を待ち受けているだろう。自分の力不足を痛感するときも、数多くあると思う。

 守る、というのは本当に難しいことだ。

 たとえば、千冬姉は俺を守るためにずっと頑張ってきた。真実を隠して、何が正しいのかも判断できない道を歩き続けてきたんだ。それがどれだけ大変なことか――守るとは、つまりはそういうことなのである。

 今回のことだって、束さんやみんなの力があったからこそ勝利をつかむことができた。俺自身は、まだまだ未熟な一学生にすぎない。

 

「ほら、3人も呼んでるし速く歩きなさいよ」

 

 でもきっと、こいつがいればなんとかなる。隣にいてくれるだけで、俺の力になってくれる。根拠も何もあったもんじゃないが、どういうわけだか断言できる自信があった。

 

「わかったよ」

 

 引っ張ってくれるというのなら、頑張ってついて行ってやろうじゃねえか。

 

「しっかり頼むぜ」

 

 俺の大切な、幼馴染兼彼女さんよ。

 




というわけで、これでめでたく? 本編終了となります。ここまで読んでくださった方、本当にありがとうございました。シャルや更識姉妹、マドカのエピソードを埋める後日談もありますが、本筋の話はこれでひとまずおしまいです。
このハーメルンという素晴らしいサイトに来て、ついテンションが上がって初めてのIS二次創作にチャレンジしてしまいました。今はとりあえず完結まで行けたことにほっとしております。
ジャンルは原作再構成という名の鈴ルート。僕は他の作者の方々と違って原作の設定を深く考察するということがなかなかできないので、とにかくキャラへの愛情だけはおろそかにしないようにと気をつけました。
完結までに約9ヶ月。総文字数は30万字ちょっと。ライトノベル2~3冊分でしょうか。正直遅筆の部類に入りますが、付き合ってくださった読者の皆様には感謝の限りです。ISが原作ということもあり、たくさんのお気に入りと感想をいただけたのもいい意味で予想外で、モチベーションの増加につながりました。総文字数のほうも、今まで書いてきた完結した長編の文字数の変遷(3万→3万→8万→12万)を考えると一応進歩はしてるのかなーと思ったり。

ところで、僕はこの作品を始めたばかりの時に「セカン党のハーメルン支部になるのが目標だ」と言いました。どれだけその目標に近づけたのかはわかりません。が、少しでも鈴ちゃんのファンが増えてくれれば幸いです。原作も続き出るし、アニメ2期もやるみたいだし、たとえ出番が少なくても応援しましょう。

終盤の方のあとがきで、鈴と一夏の関係の理想形についての話を少ししたと思います。僕自身の意見としては、この作品内の関係がちょうどいいんじゃないかなと。鈴が引っ張り、一夏が頑張る形です。一夏は弟属性で、かつそこまで積極的に動けるタイプでもありません。ですが逆に、期待をかけられればそれに応えられる強さを持っています。そうなると、まあこんな関係がベストかなーと考えました。

本編で一夏と鈴は結構いちゃついてたと思うのですが、「まだ足りない」という方はいらっしゃるのでしょうか。

ここでやる話じゃないかもしれませんが、一応次回作もIS原作でちょっと考え中です。今作でまだまだ長編を練る力が不足していると感じたので、短編集っぽい作品になるかなと思います。それか「シックスセンスな織斑君とオルコットお嬢様」みたいな数話で終わる短編(ラウラヒロイン)を考えています。あと大穴で仮面ライダーとのクロス。

長々と語りましたが、だいたいこんな感じであとがきを終わらせていただきます。
感想等あれば、次回作への参考にもなるのでいただけるとうれしいです。
では、今まで本当にありがとうございました。

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