IS 鈴ちゃんなう! 作:キラ
ちなみにその後ほぼ書きあがったところで操作ミスにより文章が消し飛んで書き直す羽目になりました。バチが当たったんだと思います。
「ふう………」
クラス代表決定戦以降、日課となっている放課後のIS訓練を終えた俺は、ピットに戻って一息つく。セシリアに加えて今日から参加することとなった箒に2人がかりでしごき倒されたため、体のあちこちが悲鳴を上げている。
「……ま、何も考えずに体を動かすってのもいいことだよな」
「一夏。何も考えていないとはどういうことだ」
「ああいや、そういう意味じゃないんだ。もちろんISの動かし方とかは考えてたけど、それ以外の悩み事を忘れられてたってこと」
うっかり口に出てしまった言葉を同じピットにいた箒に咎められたので、すぐに弁解しておく。これで納得してくれるだろうと思っていたのだが、なぜだか箒の表情は渋いままだ。
「……一夏。悩み事とは、あの凰鈴音のことか」
……あー。これは墓穴を掘っちまったか。知らずのうちに触れられたくない話題に誘導してしまっていた自分の言葉を後悔するも、すでに後の祭りだ。箒は確信に近いものをもって、俺をじっと見つめている。
――箒の推測通り、俺の目下最大の悩み事は鈴に関することだ。さすがにいつまでも今日の朝や昼みたいな態度をとるわけにはいかない。だから、俺のとりあえずの気持ちだけでも鈴に伝えなければならないのだが……正直な話、どう言えばいいのかがわからない。いったいどんな言葉を使えば、今の俺の中途半端な感情を正しく表すことができるのか。それが問題だった。
さらにいえば、鈴の様子がおかしいことも今の状況に拍車をかけていた。せめてあいつが1年前と同じ言葉遣いや立ち居振る舞いをしてくれたのならよかったのだが、どうやら向こうも向こうで複雑な感情を抱え込んでいるらしい。
……とにかく、何とかしなくちゃな。
「……まあ、ちょっといろいろあってな。これは俺とあいつの問題だから、箒は気にしないでくれ」
返しの言葉を聞かないうちにピットを出る。どうせ同じ部屋なのだから再び顔を合わせることになるのだが、それでも今はこの話題をさっさと切り上げたかった。
――なのに。
「あ………一夏」
「……鈴」
どうしてピットを出てすぐのところでセカンド幼馴染に出くわしてしまうのだろう。
「あ、あの……いつも放課後はここで訓練してるって聞いたから、その……」
様子を見に来たってわけか。鈴のほうから会いに来てくれたのは純粋にうれしいんだが、いかんせん今はタイミングが――
「待て一夏! まだ話は終わっていない!」
予想通り、立ち止まっている間に箒が追いついてきてしまっていた。
「む、そこにいるのは凰……」
鈴の存在に気づいた箒は一度そちらを見たものの、すぐに視線を俺に向けてきた。『説明しろ』というサインのようだ。
――参ったな。告白しただの何しただの、そういう色恋沙汰はおいそれと関係ない人に言いふらしていいもんじゃない。俺はまだ我慢できるが、鈴にとって箒は今日会っただけの赤の他人だ。そんな人間にプライベートを知られるのはたまったもんじゃないだろう。
「……その話は後だ。今は部屋に戻ってくれないか、箒」
とりあえず問題を先送りにするために、意図的に語調を強めて箒に語りかける。せっかくの鈴と2人きりで話せる機会なんだ、無駄にはしたくない。
箒はまだ何か言いたそうだったが、最後にはわかってくれたようで、
「……シャワー、先に浴びているぞ」
と言い残して、この場を去ってくれた。――サンキュー。この借りは今度返す。
「さて、と」
これでようやく鈴に向き合えて――って。
「……鈴? どうかしたのか」
俺が箒と話している間に、鈴の纏う雰囲気が変わっていた。うつむいて、ぎこちないというより単純に暗い空気を発している。表情はうかがえないが、元気がないのは確かだ。
「………こと」
「え?」
言葉が聞き取れなかったため、耳を傾ける。
「……シャワー、先に浴びてるって……どういうことなの」
「ああ……そのことか。俺、あの篠ノ之箒ってやつとルームメイトなんだ。だから同じシャワーを使ってるってわけ」
隠すようなことでもないので、素直に事実を告げる。……だが、心なしか鈴の周りの空気が一段と暗くなったような気がするのはなぜだろう。
「………」
「………」
会話が止まる。相変わらず鈴は下を向いたままだし、俺もこの暗い雰囲気にのまれてしまいそうだ。
……沈黙が痛い。とにかく、何か話題を――
「あ、あのさ」
「あたし、部屋に戻るね」
「え――?」
俺があっけにとられている間に、鈴は俺から逃げるように走り去っていく。
――一瞬、中2の頃の光景が蘇った。店の前で鈴が泣いていたのを俺が偶然見つけて、あの時も鈴は俺から逃げ出したんだっけ。
違うところがあるとすれば、今の俺には鈴を追いかける体力も気力もないということだった。
体力は、言わずもがな先ほどの訓練で失われていた。
そして気力は、今しがた頭に浮かんだある考えによって奪われてしまっていた。
――ひょっとして、鈴の態度がぎこちないのは。
「……心変わり、したってことか」
1年間も会わず、告白の返事もしなかったような男。それだけで、『鈴はもう俺のことを好きじゃないのかもしれない』と考えるには十分な根拠があると思った。それを否定できるほど、俺は自分に男としての魅力を感じていない。
そう考えれば、鈴の態度にも説明がつく。自分から告白しておいて、いざ再会したら『あの時のことはなかったことにして』などとは言えないだろう。だから俺にどう接すればいいのかわからなくなっている。
「……そう、なのかな」
その通りだとすれば、鈴はそんなことを気にしなくていい。中学生なんて多感な時期だし、似たような例なら世界中にいくらでもあるだろう。むしろこのまま煮え切らない関係が続くことのほうがずっと嫌だ。早く仲直りして、また元の幼馴染の関係に戻れればそれでいい。
――ただ、あの時空港で鈴がぶつけてくれた想いが、もう鈴の中にはないのだと、そう思ったとき。
「……少し、寂しいな」
なんとなく、そう感じたのだった。
*
――午前6時。枕元に置いてあった時計は、昨晩から一睡もできていない鈴に容赦のない現実を突きつけた。
ルームメイトのティナ・ハミルトンの様子をうかがうと、昨晩と寸分たがわぬ姿勢ですやすやと眠っていた。……鈴にはそれがうらやましいことこの上ない。
「……はあ」
もはや夜に何度繰り返したかわからないため息をつきながら、鈴は思考の海へと沈んでいく。
――ファースト幼馴染。一夏はそう呼んでいた気がする。
鈴が一夏と出会う前に、彼と仲良くしていた少女・篠ノ之箒は、現在一夏と同じ部屋で暮らしているらしい。
「……仲、いいのかな」
年頃の男女が同室で生活する以上、互いにある程度は心を許していないとうまくやっていけないだろう。
「……あたしも、幼馴染なのに」
――わからない。
「一夏……」
――一夏のことが、なんにもわからない。
「どうして、わからないんだろう……」
――それは。
「……一夏が、なにも話してくれないからだ」
昨日の間ずっと、自分との間に壁を作って、中途半端な態度をとり続けた一夏。その一夏は今、幼馴染の女の子と同じ部屋でぐっすり眠っている。……そう考えると、暗鬱な心の中でふつふつと不満がわきあがってくるのを感じる。
――相手との間に壁を作って中途半端な態度をとっていたのは鈴も同じなのだが、寝不足で多少いらいらしている彼女の脳は都合の悪い部分を無視して話を進める。
「……だいたい、ファースト幼馴染ってなんなのよ。胸でかいし」
ファーストとかセカンドとか言われると、まるで優劣をつけられているみたいで気に食わない。
「小学校の頃に別れた女の子と運命の再会ってどこのラブコメよ……!」
不満はやがて怒りへと変わり、彼女の心に火をともす。
「しかも同じ部屋って! なんで? 納得できないわよ!」
最終的にほとんど叫んだ形になっていた鈴の声が耳に響いたのか、ついさっきまで熟睡していたティナの体がびくっと震え、その目が開かれる。
「……そうよ。そもそもうじうじしているのはあたしの性に合わない。どうしてこんな簡単なことに早く気づかなかったのかしら……!」
「あ、あの……凰さん?」
昨日とはまるで別人のような様子を見せている鈴に、ティナはおずおずと声をかける。
「……なに?」
「あーいや、どうしたのかなーって思って……」
その質問に、鈴はにやりと口元を歪めて答えた。
「宣戦布告することにしたわ。とりあえずは下準備からね」
――あれは獲物に狙いを定めた猛禽類の表情だったと、後にティナ・ハミルトンは友人に語っている。
*
結局、昨夜は鈴のことが気にかかって一睡もできなかった。眠くて眠くて仕方ないのだが、これで眠いから学校休むなんて言ったが最後、今度こそ箒にすべての事情を白状しなければならなくなるだろう。せっかく昨日箒のほうから『近いうちに問題を解決すること、生活に支障をきたさないこと』という条件を守れるなら自分は不干渉を貫くというありがたいお言葉をいただけたというのに、いきなりそれを反故にするのはよくない。
食堂で箒、セシリアとともに朝食をとり、寝不足なのを悟られないようにしながら教室へ向かう。道中箒が何度か訝しげな視線を向けていたが、なんとか誤魔化した。……というよりは、見逃してもらったという方が正しいのかもしれないが。
そして、現在1年1組の教室の目の前まで来たのだが。
「……なんだか異様に静かですわね」
「だな……いつもは学年で1番騒がしいくらいなのに。なんかあったのか?」
セシリアの言った通り、今朝の1組の教室は奇妙なまでの静寂さを保っている。とりあえず中に入ればその理由もわかるだろうと、ドアをガラッと開けると。
「――やっと来たわね、一夏!」
昨日の声からは想像もできないような大音量で、鈴が俺の名前を呼んでいた。しかもなぜか俺の席に座っている。……なるほど、こいつがいたから反応に困ってみんな静かにしてたんだな。
俺およびセシリアと箒があっけにとられている間に、鈴はずかずかとこちらに歩み寄ってくる。
「一夏。掲示板のクラス対抗戦の日程表、見た?」
「あ、ああ。確か1回戦で俺と当たるのは2組の代表――」
「その代表、代わってもらった。だからアンタの相手はあたしってこと」
「………はぁ?」
さらっととんでもないことを口にしなかったか、こいつ? いやそもそも、なんで急に態度が昔に戻って――
「勝負よ! 勝った方が負けた方に何でもひとつ言うことを聞かせられる! 拒否権はなし!」
戸惑う俺の思考を断ち切るように、鈴はビシッと俺を指さし、そう高らかに宣言する。
――それで、俺にもようやく鈴の意図がつかめた。
「ま、待ちなさい! あなた勝手にそんなことを決めて――」
「……いいぜ。その勝負乗った」
「一夏さん!?」
セシリアは鈴を止めようとしていたみたいだけど、その必要はない。むしろこれは俺にとっても十分やる価値のある賭けだ。
「決まりね。じゃ」
俺の返事ににやりと不敵な笑みを浮かべた鈴は、もう用は済んだというようにそのまま足早に教室から出て行った。……さて。これでクラス対抗戦、なにがなんでも負けられなくなったな。
「一夏さん、本当にかまいませんの? あの人本気でしたわよ? 負けたら何をされるか――」
「大丈夫だセシリア。あいつも最低限の良識はあるだろうし、奴隷になれとかは言わないと思うぞ」
「で、ですけど……篠ノ之さんはよろしいんですの?」
まだ俺と鈴の勝負に賛成できないセシリアは、同意を得ようと箒に話を振る。
「……不干渉だと言ってしまったからな。私からは何も言うことはない。……ただ、やるからにはもちろん勝つつもりでいるんだろうな、一夏?」
――当然だ。
「鈴は本気でぶつかってくる。だから俺も本気で鍛えて、全力で戦う。そして勝つ」
おそらくこれが鈴の思惑だ。言葉だけじゃ気持ちが通じ合わないなら、一度全力でぶつかって、お互いのすべてをさらけ出すのが最も手っ取り早い。そのためのIS勝負だ。……だったら、俺もこれに乗らない手はない。
「あいつは代表候補生だ。そう簡単に勝たせてもらえる相手じゃない。IS素人の俺がまともに戦うためには協力してくれる人が必要だ。……だから手伝ってくれないか? セシリア、箒」
「……そこまで言われてしまっては、勝負を止める方が無粋ですわね。……ええ、このセシリア・オルコットが、必ず一夏さんを勝利へと導きます」
「私もできるだけのことはしよう。剣道もみっちり鍛えてやるからな」
……よかった。2人が手助けしてくれるならこれほど頼もしいものはない。ISへの理解が深いセシリアと、剣術の心得がある箒。両方から学べるだけのことを学んで、5月下旬の対抗戦を迎えるのが理想的だ。
「あ、そうだ」
本気で戦いに備えるつもりなら、必要になるかもしれないものがあったのを思い出した。
「セシリア。もし持ってたら貸してほしいものがあるんだけど」
「あら、何でしょう?」
俺がそれの名前を口にすると、セシリアはええ、とうなずく。
「代表候補生たる者、そのくらいは持っていて当然でしてよ。必要なら今夜にでも貸して差し上げますけど」
「ああ、ありがとう」
……よし。なら大丈夫だ。あとは俺がどれだけ頑張れるか。
――鈴、負けるつもりはないからな。
原作2巻の内容が終わるまで、つまりシャルとラウラが揃うまでは多少駆け足気味で進みます。それ以降は日常話とかも入れていく予定です。
次回の更新は明日か明後日になりそうです。