IS 鈴ちゃんなう!   作:キラ

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第48話 決戦

 10月3日、午後8時。

 翌日にキャノンボール・ファストが控えているなか、俺は訓練の疲れを癒すべく部屋でごろごろとしていた。

 明日はいよいよ本番。今日まで、やれるだけのことは全力でやってきたつもりだ。それが実を結ぶかどうか、正念場が目前まで迫ってきている。

 

「うーん、腕枕って想像してたほど気持ちよくないわね」

 

「もうちょっと腕の太い男のなら違うかもしれないけどな。とりあえずそろそろ頭どけてくれ、腕しびれてきた」

 

「それじゃああたしの枕がなくなるじゃない」

 

「ソファーにクッションあるだろ。好きに使ってくれ」

 

 ごろごろしているとは言ったが、部屋にいるのは俺だけではない。1人用にしては無駄に大きいふかふかベッドの上では、鈴が俺の腕を使って、いわゆる腕枕というやつの感触を確かめていた。勝手に人の腕を枕代わりにして文句を垂れるあたりが、こいつの性格をよく表していると思う。

 

「ベッドから動きたくない」

 

「俺も動きたくない」

 

「じゃあ誰がクッション取りに行くのよ」

 

「さあな」

 

 なんて中身のないぐうたらな会話なのだろう……などと考えていると、急に鈴がもぞもぞと動き始めた。

 

「お、おい」

 

「何よ。枕がないんだから仕方ないじゃない。というわけで」

 

 鈴の頭が右腕から離れ、今度は俺の胸にぽすんと置かれた。髪からほのかに香るシャンプーの甘い匂いが鼻をくすぐり、まずいことに邪な気持ちが徐々に芽生えてきた。

 

「あ、胸枕のほうがずっといいわね。うん……」

 

 どうやら俺の胸板の感触が気に入ったらしい。少し頬に朱が差しているのは、こいつも俺と同じく恥ずかしさを感じているためだろう。

 

「胸枕ねえ」

 

 確か、前に弾が『彼女ができたらやってもらいたいことベスト10』に挙げていた憶えがある。曰く、女性の弾力ある胸に頭を預けるという行為にこの上ない憧れがあるとかなんとか。

 

「………」

 

 弾力のある胸、か。

 

「一夏。何か失礼なこと考えてない?」

 

「いや全然」

 

 さっきまで胸枕のおかげでとろんとしていた鈴の目つきが、一瞬のうちに冷たいものに変わる。相変わらず特定の部位への視線に対する反応が異常に敏感だ。

 

「そ。ならいいけど」

 

 俺が特に焦るような反応を見せなかったので、鈴もそれ以上追及することはしなかった。

 ……そんなに気にしなくても、胸のサイズなんて大した問題じゃないと思うんだがな。男がナニの大きさにこだわるのと同じようなものなのだろうか。

 

「………」

 

「………」

 

 その後しばらく、時計の針の音と互いの息遣いだけが聞こえる時間が過ぎていく。

 だが、俺も鈴も眠くなることはなく、意識ははっきりとしていた。

 

「鈴。ちょっと話があるんだけど、いいか」

 

 天井へやっていた視線を鈴の方に向けて、先ほどからずっと言いたかった言葉を口にする。

 

「なに?」

 

 鈴もこちらに目を向け、俺の顔をじっと見つめる。真面目な話だということを悟ってくれたようだ。

 

「あの日からずっと、いろんなことを考えてきた。考えて……ようやくわかった。俺の目指すべきもの、理想ってやつが」

 

 だから、一番初めにお前に聞いてほしい。俺に立ち直る力をくれた、大切な人に。

 

「……それは?」

 

「俺は――」

 

 答えを告げる。

 すると鈴は心底うれしそうにうなずいて、

 

「そっか。いいんじゃない、それ」

 

 笑顔で、俺の言葉を肯定してくれた。

 

 

 

 

 

 

 10月4日、日曜日。キャノンボール・ファストが開催されている臨海地区のアリーナでは、大歓声の中IS学園2年生によるレースが行われていた。

 次に始まる1年生の専用機組のレースに備えて、俺たちは舞台裏のピットの中で待機中だ。

 

「ふう」

 

 緊張をほぐすための深呼吸も、今はあまり意味をなさない。この状況で胸の鼓動が早まるのを抑えろというのが無理な話だ。

 

「一夏」

 

 名前を呼ばれたので振りむくと、箒が不安げな顔つきで俺を見ていた。

 

「やはり、戦わなければならないのだろうか。……私では、あいつを止めることはできなかった」

 

 誰のことを言っているのかというのは、もちろんすぐにわかった。

 

「きっと、俺とあいつははっきり決着つけないといけないんだ。お互い、そうしないと気が済まないんだろうな」

 

「だが! ……いや、すまない」

 

 何かを言おうとした箒は、言葉を途中で引っ込めて力なくうつむく。

 

「わかっているんだ。これはお前たち2人の問題で、それぞれに譲れない何かがある。だから、私がみっともなく止めようとするべきではないと。……それでも、心配なんだ」

 

「箒……」

 

「女々しいな。千冬さんも鈴も、他のみんなも覚悟を決めているというのに、私だけがいつまでもこの体たらくだ。この調子では――」

 

「任せとけ」

 

 箒の言葉を遮って、彼女の両肩に手をぽん、と置く。すでに2人ともISを展開済みなので、実際に出た音は『ぽん』どころか『ガシャン』だったが。

 

「約束する」

 

 箒が誰よりも辛い立場にいるのは、よくわかっているつもりだ。クローンの俺を本物だと信じて、マドカの存在などまったく知らずに生きてきたことへの罪悪感と後悔。そして、自分のよく知る人間同士が本気で戦うのを見守らなければならないことのやりきれなさ。こんなの、女々しい態度をとって当然だ。

 だから、俺がちゃんと宣言してやる。少しでも、箒の不安を和らげることができるように。

 

「必ず、あいつを連れて戻ってくるから」

 

 うつむいていた箒の顔が上がり、俺の目をしっかりとらえる。

 

「だから、お前も力を貸してくれ。今日は頼んだ」

 

「……ああ」

 

 不敵な笑顔というものを作ってみせた俺に対して、箒も少しだけ笑って応えてくれた。

 

「一夏、箒。そろそろあたしたちの出番よ」

 

「おう」

 

 箒と話しているうちに、2年生のレースが終わっていたらしい。ピットの中まで聞こえていた歓声も、今は止んでいる。

 

「ん」

 

 山田先生の指示に従ってスタート地点まで移動する際、鈴が右手をグーの形にして突き出してきた。

 

「なんだ?」

 

「あたしにも約束しなさい。シンプルに『勝つ』でいいから」

 

「……わかった。絶対に勝つ。約束する」

 

 俺も左手を出し、ガシャンという音とともに鈴と拳を突き合わせる。

 

「さ、行くか」

 

「そうね」

 

 それ以上のやりとりは必要ない。たった一言の約束だけで、俺たち2人には十分だ。

 

 

 

 

 

 

『エム。そろそろお願いできるかしら』

 

「……了解」

 

 一息ついて、アリーナ内部に姿を潜めていたマドカはサイレント・ゼフィルスを展開する。

 

「行くぞ」

 

 隣で待機していた『銀の福音の操縦者』に一声かける。先日彼女がアメリカ軍基地から強奪したその機体を動かしているのは、最近スコールが組織内の他のグループから引き抜いてきた女性である。が、マドカは彼女の名前を覚えていないので『福音の操縦者』としか呼ぶことができない。

 

「………」

 

 レースが行われているであろうステージへ向けて、一直線に飛ぶマドカと福音。

 前回織斑一夏の前に現れたのはマドカ自身の意思だったが、今回は違う。スコールの作戦の実行部隊として、アリーナを襲撃する役を与えらえただけにすぎない。

 ゆえに、今日のマドカは彼に対する復讐というものにはさほど重きを置いていない。

 

「今日のところは、ではあるが」

 

 キャノンボール・ファストのコースの上空に出たマドカは、そのまま流れるような動作でトップを走るシュヴァルツェア・レーゲンとラファール・リヴァイヴに向けてBTビームを放つ。

 

「む……」

 

 不意をつく一撃だったはずだが、意外にも2機とも狙撃を回避し、上空へ視線を向けてきた。

 すぐにあちらからの攻撃の対処方法を頭に巡らせるマドカだったが、次の瞬間それが必要ないことを知る。

 

「何……!?」

 

 レーゲンもラファールも、攻撃を仕掛けたマドカではなく少し離れた場所にいた福音目がけて移動している。それも2機だけではない。レースに参加していた他のISも、次々と同じ標的を狙って戦闘を開始していた。

 さすがに妙だと感じるマドカ。まず第一に、向こう側の対処が速すぎる。さらに、最初に銃撃を行ったサイレント・ゼフィルスを無視して銀の福音へと向かったのもおかしい。

 

「スコール。どうやら状況が――」

 

 アリーナのどこかで戦況を観察しているはずの上司に連絡をとろうとしたところで、マドカはあることに気づいた。

 

「……く、くくくっ」

 

 唖然とすると同時に、こらえきれない笑いが口から漏れだす。混乱していた思考が、急速に平常時のものに戻っていくのを感じる。

 

「なるほど。私達はまんまと貴様らの罠にはめられたということか」

 

 いつの間にか目の前に現れていた、純白のISに向かって言葉を投げかける。

 

「ああ。今日の本番のために、こっちは精一杯練習を積んできた」

 

 答えたのは、白式のパイロットである『世界で唯一ISを動かせる男』――マドカのクローン、織斑一夏。

 

「ここじゃ他のISもたくさんいるし狭いだろ。よかったら海にでも出ないか?」

 

 アリーナのすぐ近くに広がる太平洋を指さし、一夏は好戦的な笑みを浮かべる。

 

「まさか、そちらから舞台を整えてくれるとはな」

 

 またとない1対1の勝負の機会に、マドカは心を躍らせる。

 

「いいだろう。今日で私の復讐も完成だ」

 

 

 

 

 

 

「おいスコール、いったいどうなってやがるんだ? エムたちと通信が繋がらねえ」

 

 謎のIS乱入による観客の避難の波に巻き込まれたスコールは、現在オータムとともにアリーナ内部の通路に立っていた。彼女たち以外に観客席にいた人間はすでに避難を終えており、周りには人っ子ひとり見当たらない。

 

「ジャミングね。何者かによって通信が妨害されているわ」

 

「はあ!? なんだそれ、いったいどこのどいつが……」

 

 わめくオータムから意識を離し、スコールは現状の整理に頭を働かせる。

 途中で抜け出しはしたものの、避難する観客に押されたせいで観客席からは追い出されてしまった。ジャミングを受けているため、戦闘の状況を把握するためにはもう一度観客席に戻って直接目にしなければならない。

 だが――

 

「お客様。こんなところで何をしていらっしゃるのでしょう?」

 

 おどけた声が、背後からスコールの耳に入ってきた。

 

「当然、私達への対処も考えているわよね」

 

 納得したように頷きながら、スコールはゆっくりと振り返る。声の主は最初からわかっているのだ。つい3週間前、IS学園でその声を聞いているから。

 

「お久しぶり、生徒会長さん」

 

 更識楯無。ロシア代表にしてIS学園の生徒会長である少女が、スコールとオータムの道を塞ぐように立っていた。

 そして、彼女の隣にもうひとり。こちらはすでに第二世代のIS・打鉄を身に纏っている。

 

「驚いた。まさかあの織斑千冬にまで出てきてもらえるなんてね」

 

「喜んでもらえて光栄だ」

 

 かつて世界最強と謳われた存在までもが現れたことに、スコールは少しだけ困ったような笑みを見せる。

 

「おいスコール! なに冷静にしてんだよ、お前!」

 

「そっちの人の言う通りね。ちょっと落ち着き過ぎじゃない? あなた」

 

 焦るオータムと、からかうような口調で話しかけてくる楯無。

 

「冷静なのはあなた達も同じでしょう? 観客の避難も、アリーナの人間が妙に迅速に行っていた。そう……まるで、今日この時間に襲撃があることがわかっていたかのように」

 

「うふふ、それはどうかしらね」

 

 不敵に笑い、楯無は彼女の専用機を展開する。ロシア代表の操る機体である以上、高性能なのは間違いないだろう。

 

「オータム。残念だけどここは戦うしかないようね」

 

「ハッ! こうなったらヤケだ、散々暴れてやろうじゃねえか」

 

 ――エム達の戦闘を見物するために来ただけなのだけれど、仕方がないわね。 

 

 なんとか防御に徹し、隙を見てこの場を離脱するべきだと考えるスコール。幸い、彼女のISは身を守ることに長けた機体である。

 

「あなた達の攻撃で、私の防御を突破できるかしら」

 

 自らのISを起動させ、スコールは余裕をもった笑みで相手を牽制する。

 対して千冬と楯無は戦闘態勢に入りつつ、自信を持った声で答えてきた。

 

「侮るな。私はこれでも元世界最強だ」

 

「侮らないでほしいわね。私はこれでも学園最強よ」

 

 

 

 

 

 

 場所を海の上に移し、俺とマドカの3度目の勝負が始まっていた。先ほどから海に船ひとつ見当たらないことから、予定していた通りここら一帯の海域を封鎖することに成功しているみたいだ。

 

「はあっ!」

 

 2機のISはともに動き回ってはいるものの、戦局自体はこう着状態である。マドカのビットを織り交ぜた銃撃を紙一重でかわしていき、小型ライフル『紫電』で牽制をかけながら隙を見て雪片弐型を構えて突っ込む。だがマドカも直撃を防いでおり、どちらも決定打が欠けている。

 

「大口を叩いていた分、それなりに成長はしているようだな」

 

「そいつはどうも」

 

 マドカの知る織斑一夏、つまり前回の戦いまでの俺は、いまだに偏向射撃(フレキシブル)の処理に苦しんでいたはずだ。だが今日は違う。ある程度BTビームの軌道にあたりをつけ、避けられるものは避けてそれ以外は盾で防いでいる。今のところ、状況に応じて的確な動きがとれているだろう。

 

「フッ……」

 

 そんな俺を見て、マドカは気味の悪い笑みを浮かべていた。真意はつかめないが、それでも俺は自分の力を信じて戦うしかない。

 

 

 

 

 

 

『一夏。今まで何度か、不思議なほど優れた動きを戦闘中に見せたことがあったな』

 

 鈴と2人で千冬姉の部屋を訪れたあの時、説明されたことを思い返す。

 

『ああ。びっくりするほど頭の回転が速くなって、その瞬間に取るべき行動がわかっちまう時があった』

 

『もしかすると、あれが白式の真のワンオフ・アビリティーなのかもしれない』

 

『え? それってどういう』

 

『ISのコアが操縦者の脳と強くリンクし、補助することで思考の処理速度を格段に上げ、適切な解答を導き出す。それがお前と白式に与えらえた能力だという可能性がある』

 

 確かにそれなら、ラウラとの戦いや福音戦で思考が異常に冴えていたことへの説明もつく。千冬姉の言葉を信じた俺は、それからワンオフ・アビリティーを自由に発動させることを意識した訓練を開始した。

その傍ら、いろんな人の戦闘パターンを見て頭に入れていった。もちろんすべてを思い出せるわけではないが、人間の記憶はたとえ忘れていても脳自体にはきちんとインプットされている類のものが多いらしい。だとすれば、脳に記録さえしていればワンオフ・アビリティーの力で奥底に眠っていた記憶を引っ張り出して戦闘に役立てられるかもしれない。そう考えた結果の行動だった。

 

 

 

 

 

 

 最終的に、ワンオフ・アビリティーのON・OFFは意図的に行えるようになった。千冬姉の理論がほぼ正しかったことも、束さんによって証明された。

 そして今、なんとかマドカに対して抵抗を見せることができている。

 

「落ち着け」

 

 ミスを犯さないよう、自分で自分に言い聞かせる。

 ……ここまで、以前のように声が聞こえて体の自由が奪われるといったことは起きていない。『ISのコアを通して思考を阻害してくるのがマドカのワンオフ・アビリティーなら、コアと操縦者のシンクロ率を十分に高められれば精神攻撃をはねのけられる』というのが束さんの理論だが、果たしてうまく事が運べているのだろうか。

 

「くっ」

 

 今までより激しいビームの連射を、盾を使いながらもなんとか防ぐ。

 

「っ!」

 

 攻撃をしのいだその時、銃撃を終えたマドカに大きな隙ができた。

 すぐに右手の装備を紫電から雪片弐型に切り替え、瞬時加速を発動させる。

 

「うおおおっ!!」

 

 雪片を振りかぶる。頼む、当たってくれ――

 

「………」

 

 無言のまま、マドカは口元を歪める。それはまるで、俺に対する死刑宣告のようで。

 

「あ……」

 

 ――体が、言うことを聞かない。どれだけ逆らっても、頭に響く『動くな』という声に逆らうことができない。

 

「ここまでだな」

 

 こいつ、今までワンオフ・アビリティー使ってなかったのかよ。

結局、俺はあいつの攻撃を克服しきれてなかったってことなのか。

 

「大口を叩いていた分、それなりに成長はしていたようだが」

 

 駄目なのか。

 勝てないのか。

 届かないのか。

 

「……終わりだ。出来損ない」

 

 違う。

 まだ終わってない。

 何もかも、終わらせちゃならないんだ。

 俺は――

 

「……ねえ、力が欲しい?」

 

 声が聞こえた。マドカによる妨害の声ではない。どこかで聞いたことのあるような、女の子の声。

 それと同時に、視界に映るすべてがスローモーションになっていく。まるで、俺だけが世界から切り離されたかのような、そんな感覚だ。

 

「力は……欲しい」

 

「なぜ?」

 

「なぜ……」

 

「あなたは、どうして戦うの?」

 

 前にも、こんなことを聞かれたような気がする。いつだったかは思い出せないけど、その時は確か『守りたいから戦う』と答えた気がする。他人の記憶から得た理想を信じて、ただそれだけにこだわっていた覚えがある。

 今の俺は、自分がクローンだということを知っている。そんな俺が、なぜ戦うのかと問われれば、その答えは。

 

「俺は、守りたいから戦うんだ」

 

 はっきりと、そう言い切った。

 

「……どうして、守りたいと思うの?」

 

「それが、理想だからだ」

 

 すべてを知ってからも、結局俺の中で、守るということは素晴らしいものだという気持ちは変わらなかった。今の幸せな時間を守ること。誰かを守ること。それがこの手で叶えられるのなら、どれだけうれしいことか。

 

「もしかしたら、この思いは借り物なのかもしれない」

 

 鈴が言っていた。俺の記憶は他人のものでも、その記憶から感じたことは俺自身のものであると。その言葉を、残念ながら俺は絶対に正しいとは言い切れない。この理想が、すべて本物の一夏の借り物であることだって十分にあり得る話だ。

 

「でも、それでもかまわない」

 

 なぜなら、俺自身を作る核は、ちゃんとここに存在しているから。

 

『あのさ、鈴』

 

 大切な人への想い。

 

『……俺、お前のこと好きだ』

 

 目を閉じれば、すぐに告白した時の情景が思い出せる。

 

「これだけは、誰にも譲れないからな」

 

 あいつの笑顔が好きだという思い。

 強引だが、面倒見のいいところが好きだという思い。

 たまに見せる女の子らしさが好きだという思い。

 他にも、全部言い出したらキリがないけど。

 これらは紛れもなく、俺自身のものだ。

 

「理想が借り物でも、俺の中には俺が確かにいる。だから、その理想は借り物であっても、絶対に偽物にはならない」

 

「それが、あなたの答え?」

 

「そうだ」

 

 俺が頷くと、女の子の声は満足げに笑った。

 

「やっと見つけたね、あなた自身の答えを。これで私も、心置きなくあなたに力を与えることができるよ」

 

 その言葉を聞いて、ああそうかと納得した。

 

「ありがとう。一緒に戦ってくれ、白式」

 

 世界の速度が元に戻る。スローだったすべての動きが、息を吹き返したかのように速くなった。

 

「行くぞ」

 

 ――雪片弐型が、白く輝く。

 体は、自由に動く。

 

 

 

 

 

 

「うんうん、ついにやったねいっくん」

 

 アリーナからそう離れていない場所で、篠ノ之束は2人の一夏の戦いを見守っていた。その表情は喜びに満ち溢れており、それは彼女にとって都合の良いことが起きていることの証明である。

 

「これで状況はかなり変わったね」

 

 仮にISコアと操縦者の脳が糸のようなものでリンクしているとすると、サイレント・ゼフィルスのワンオフ・アビリティーはこの糸の部分に干渉してリンクを乱し、脳を混乱させる能力だと説明できる。

 だが、今の白式と一夏のリンクはそもそも糸を必要としていない。いうなればがっちりくっついている状態である。圧倒的なシンクロ率で、リンクを乱す隙をまったく与えていないのだ。

 

「零落白夜は私がつけた疑似ワンオフ・アビリティーだからね。いっくんなら、本物のワンオフ・アビリティーも完璧に引き出せると信じていたよ~」

 

 気まぐれで行った、ワンオフ・アビリティーを再現した装備の付加。それ自体には成功したが、容量を異常に食ってしまうというなんとも言い難い結果に終わってしまっていた。

 

「あれこそ、白式が束さんの予想外の進化の先に手に入れた力。えーと、確かちーちゃんはなんて言ってたんだっけ」

 

 千冬経由で束の耳に入ってきた、白式の内部データに表示されたワンオフ・アビリティーの名称。それは――

 

「あーそうそう! 『無限飛翔』だったね! シンプルゆえに力強いネーミングだなあ」

 

 




びっくりするほどネーミングセンスがない自分に絶望しております。
インフィニット・ストラトス→無限の成層圏?なのでそれに近いニュアンスのワンオフ名を考えたのですが……うーん。
なんで暮桜と白式のワンオフが同じなのか、そもそもなぜファーストシフトしただけで使えたのかという疑問に対して、「束さんがそういう仕様にしたから」という反則気味な答えを用意しました。

感想等あればお気軽にどうぞ。
では、次回もよろしくお願いします。

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