IS 鈴ちゃんなう!   作:キラ

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第44話 苦悩と覚悟

「入ってかまわないかしら。エム」

 

「鍵は開いている。勝手にしろ」

 

 IS学園の学園祭から一夜明けた朝。自室のベッドで横になっていたマドカのもとに、彼女の上司が訪ねてきた。

 

「気分はどう?」

 

「別に。いつも通りだ」

 

「それは少し拍子抜けね」

 

 ベッドの空いたスペースに腰掛け、スコールはマドカに笑いかける。彼女のこういう笑顔を嫌っているマドカは、寝転がった体勢のまま視線を合わせない。

 

「自分のクローンに現実を突きつけて、少しは愉悦に浸っているのかと思っていたのだけれど……何か気に入らないことでもあったのかしら。そもそも、中途半端に痛めつけただけであの場から離脱したのはなぜ?」

 

「ただの気まぐれだ。奴を再起不能にするなら、一度時間を置いてたっぷり苦しんでもらってからの方がいいと思った。それだけだ」

 

「メインディッシュは最後にとっておく、という考え方ね。まあいいわ、この件に関して私は深入りするつもりはない。……あなたの表情が冴えないのは、気にかかるところだけど」

 

「話は終わりか? ならさっさと出て行け。私はもう一眠りする」

 

「そう急かすものじゃないわよ」

 

 スコールの手がマドカの腰辺りに伸ばされ、そのまま彼女の体を撫でまわす。

 手つきに性的な何かを感じたマドカは、不快な感情を隠そうともせずにその手を払いのけた。

 

「気分転換だと思って、ひとつ仕事を頼みたいの」

 

「内容は」

 

「ちょっとアメリカまで飛んでもらって、基地に収納された『銀の福音』を奪ってくるだけの簡単な作業よ」

 

「とても簡単だとは思えんがな。あれだけの騒ぎを起こした機体だ、今でも警備には念を入れているだろう」

 

「そうでしょうね」

 

 マドカの言葉に頷きつつも、スコールは楽しそうな笑みを崩さない。

 

「だけどエム、あなたにとっては十分可能なことでしょう? あなたのサイレント・ゼフィルスのワンオフ・アビリティーは、略奪と逃走に適した代物なのだから」

 

 

 

 

 

 

 学園祭の翌日は、午前中いっぱいを使って生徒全員で片づけを行うことになっている。

 

「それじゃあ、やっぱり一夏は出てきてないのね」

 

「ああ。体のほうに傷はなかったから、もう自分の部屋に戻っているようだが……」

 

 クラスメイトの目を盗んでこっそり2組の教室を抜け出した鈴は、1組にいた箒から一夏に関する話を聞いていた。

 

「そっか……」

 

 アリーナでの一件以降、鈴は一夏と言葉を交わしていない。心配で心配で仕方なく、今すぐにでも声を聞きたいのは事実なのだが、状況が状況ゆえ強引に会いに行ってかまわないものかと尻込みしてしまうのだ。

 

 マドカが逃亡してすぐ、彼は意識を失ってしまった。その後彼を保健室に運び、たまたまそこにいた山田真耶に事情を説明した――クローン絡みの話だけは伏せておいたが。

 しばらくの間は皆で一夏の意識が戻るのを待っていたのだが、夜になって千冬が出張から帰ってくると全員席を外してくれと頼まれてしまった。最初は抵抗しようとしていた鈴だったが、千冬のあまりに悲痛な表情を見ては何も言うことができなかった。

 ……福音事件の際に一夏が重傷を負った時でさえ、彼女はあそこまで感情をあらわにはしていなかった。そうなると、やはり千冬は以前からあのことを知って――

 

「あ、いたいた。篠ノ之さん、凰さん。少しお話があるので来てください」

 

「山田先生」

 

 教室の出入り口付近でひらひらと手を振っている真耶の後ろには、セシリアやシャルロット、ラウラといったいつもの面子が揃っていた。

 

 

 

 

 

 

 真耶の先導で、一同は職員室に移動した。

 

「まずはこれです。とりあえずいろいろと調べ終わったので、皆さんにお返しします」

 

 そう言って彼女が取り出したのは、ブレスレットやペンダントなどの小物類――これらはすべて鈴たちの専用機の待機状態である。昨日の騒動の後、検査を行うために白式を含めてすべて真耶に預けたのだ。

 

「それで先生。どこかおかしなところとかはありませんでしたか?」

 

 シャルロットのした質問は、5人全員が答えを求めているものでもあった。

 そもそも、白式以外は戦闘を行っていないのになぜ検査を頼んだのか。その理由は、マドカが離脱するときに彼女たちが感じた思考の違和感の原因を調べるためである。

 あの時、箒を除く4人は間違いなくマドカを攻撃しようとしていた。にもかかわらず、全員が『攻撃するべきでない』と一瞬考えてしまい、反応の遅れにつながった。考えられる原因としては、やはりマドカが何かを行ったということなのだが――

 

「結論から言うと、検査した6つのISのコアすべてに、なんらかの干渉を受けた痕跡が残っていました」

 

「干渉?」

 

「はい。具体的に何が原因なのかまでは突き止められなかったんですけど、細かいデータが書き換えられていたのは間違いありません。特に白式は他に比べて異常が多かったです。ただ、こちらで修正を行っておきましたし、コアには自己修復機能も備わっているので今後問題が起こることはないと思います」

 

 真耶の説明を聞いて、鈴は改めて昨日の出来事を思い返す。

 マドカは、一夏の忘れていた記憶を掘り起こしているのだと言っていた。あれも、思考にノイズを発生させる現象の応用なのだろうか。

 

「あくまで推測ですが、コアへの干渉がマドカという人の所持するサイレント・ゼフィルスのワンオフ・アビリティーなのではないかと私は考えています。コアに異常を与えることで、コアとシンクロしている操縦者の思考を阻害しているのかもしれません」

 

 そうなると、マドカのサイレント・ゼフィルスはすでに第二形態移行を経験していることになる。その結果手に入れたのが相手への精神干渉能力なのだとしたら、これほど厄介なことはない。

 

「とにかく、このことについては他の先生方ともよく話し合ってみます。詳しいことがわかればまた伝えますね」

 

 普段の頼りない雰囲気はどこにもなく、今の真剣な表情をしている真耶は元国家代表候補生としての風格を十分に漂わせていた。

 揃って彼女に一礼し、5人は職員室をあとにする。

 

「とりあえず、疑問はひとつ解決したわけだが」

 

 扉が閉まったところで、ラウラが鈴と箒に視線を向けた。

 

「お前たち、何か隠し事をしていないか」

 

 彼女らしい直球の内容の質問に、セシリアとシャルロットは首をかしげ、箒は神妙な面持ちになる。自分がどんな顔をしているかはわからないが、おそらく鈴も箒と同じような表情をしているだろう。

 

「隠し事? どういう意味ですの、ラウラさん」

 

「そのままの意味だ。昨日から思っていたことだが、『マドカ』の名が出るたびに箒も鈴も妙な反応をしている。それで、2人は私たちの知らない何かを知っているのではないかと考えた。アリーナにたどり着いたのも早かったしな」

 

 ラウラの追及に、鈴は箒と顔を見合わせる。……ここですべてを説明してしまうという選択は、やはり独断で行っていいものではない。

 

「教えてくれ。私の知らないところで何が起こった? 昨晩、教官はなぜあれほど憔悴しきっていたのだ?」

 

「……あたしたちの口からは答えられない。当の本人である一夏が話すまで、待っててくれないかしら」

 

 ラウラの紅い瞳を真っ向から受け止め、鈴ははっきりとそう言い切った。今は、これしか言えないと判断したためだ。

 

「……そうか。そう言われては、こちらとしても待つしかないな」

 

「ごめん」

 

「なぜ謝る? 一夏を想っての行動なのだろう、何も問題はない」

 

「それより、早く片付けに戻ろうよ」

 

「あまり長い間抜けていると怒られてしまいますわ」

 

 ラウラもセシリアもシャルロットも、それ以上は何も尋ねてこなかった。

 鈴はもう一度箒と見合わせ、互いに小さな笑みを浮かべた。一夏も自分たちもいい友達を持ったものだと、そう思ったのだ。

 そして、前を歩く3人に続いて1年生の教室に戻ろうとしたのだが。

 

「凰、篠ノ之。ここにいたか」

 

 聞きなれた声が背後からしたので、5人とも一斉に後ろに振り返る。

 

「ちふ……織斑先生。どうかしたんですか」

 

「2人に話がある。少し時間をとらせることになるが、大丈夫か」

 

 箒の問いに、千冬はいつもの引き締まった表情で用件を説明する。ただどこか無理をしているように見えるのは、鈴の思い過ごしだろうか。

 

「それじゃあ、僕たちは先に戻ってるから」

 

 先ほどの会話と合わせて空気を察したのだろう。シャルロットたちは足早にこの場から離れていった。

 

「わかりました。話を聞きます」

 

「私も問題ありません」

 

「ここでは誰かに聞かれる可能性がある。寮の私の部屋まで来てもらうぞ」

 

 鈴と箒がうなずき、3人は学生寮まで移動する。

 

 ……そして、そこで2人は一夏に関する話を千冬から打ち明けられたのだった。

 

 

 

 

 

 

 あれから、何日経ったのだろう。

 3日か、それとも4日か。そのあたりだと思うのだが、どうにもはっきりとしない。ずっと部屋にこもって、座ったままほとんど何もしていないのだから、ある意味それも当然かもしれない。

 

「あ……?」

 

 ヴーヴーと、近くの床に置いてあった携帯が震えだす。どうやらメールを受信したらしい。

 おもむろに携帯に手を伸ばし、画面を開く。

 

9/17 17:32

From 更識簪

Sub 大丈夫?

よくわからないけど、何

日も学園を休んでいるみ

たいだから

あと、打鉄弐式は無事完

成しました

 

「……まさか、簪さんからメールが来るとは」

 

 少し驚きながらも、受信日時をもう一度確認する。学園祭が13日だったから、4日経ったというのが正解らしい。

 この4日間、俺は部屋から一歩も外に出ていない。ひとりになりたいと、そう思ったからだ。ここが一人部屋で本当に良かった。

 

 ヴー、ヴー

 

「またか」

 

9/17 17:35

From ラウラ・ボーデヴィッヒ

Sub

何度も言うが、食事だけ

はしっかりとるようにし

ろ。体を大切にな。食べ

たいものがあれば持って

行ってやる。

 

「今度はラウラからか」

 

 同じような内容のメールを毎日受け取っているような気がする。それだけ、俺のことを心配してくれているのだろう。

 ラウラだけじゃない。セシリアやシャルロット、楯無さんやクラスメイトの人たちからも複数のメールを受け取っている。今メールを送ってくれた簪さんも含め、たくさんの人が俺という人間を気にかけてくれている。……俺みたいな、どうしようもない人間を。

 

「偽物なんだよ」

 

 俺は、織斑一夏のクローンだ。だけど、それが問題なんじゃない。ただ遺伝子が同じというだけなら、なんとか受け入れることだってできたかもしれない。

 

「借り物なんだよ」

 

 ――お前は、必ず私が守るから。

 

 俺の中にある、最も古い記憶。両親がいなくなって泣いていた俺を優しく抱きしめてくれた、千冬姉の暖かさ。

 それは、俺の原点。俺が『守る』ことを目指すようになった、最大の理由。

 ……だけど、それは俺の記憶じゃない。本物の一夏のものだ。

 

「作り物なんだよ」

 

 俺を形作ったものは、俺の中には存在しない。他人の記憶をもとにして、勝手に理想を追い続けていただけにすぎない。

 

「何もないんだよ」

 

 そもそも、それは本当に理想だったのか?

 俺が織斑一夏であるための、防衛本能のようなものだったんじゃないのか?

 始まりの記憶がそれだったから、執着し、失わないために『守る』ことを目標にしたのではないのか?

 

「俺は」

 

 不安だ。

 

「クローンで」

 

 心がざわつく。

 

「他人の夢を追いかけていただけの」

 

 落ち着かない。

 

「空っぽな、人間なんだよ」

 

 俺は、なんなんだ?

 

 

 

 

 

 

「すまないな。こんなところに呼び出してしまって」

 

「いいのよ。あたしもちょうど、箒と話したいと思ってたし」

 

 放課後の屋上で、鈴と箒は一緒に夕陽を眺めていた。

 

「もう、4日も経つのか」

 

「あいつ、ちゃんとご飯食べてるのかしら」

 

 話すことは、もちろん一夏について。マドカと千冬から真実を知らされて以降、2人とも彼とコミュニケーションをとれていない。何と言っていいのかわからず、メールも送れていないのだ。

 

「食堂にもまったく顔を出していないらしいが……部屋に食糧はあるのだろうか」

 

「一応、普段から一夏には衝動買いしておいしくなかったカップめんとかお菓子とか押しつけてるから食べるものには困らないと思うけど」

 

「……そうなのか」

 

 鈴の発言に少し毒気を抜かれた様子の箒だったが、すぐに物憂げな表情に戻って口を開く。

 

「一夏がクローンだという話を聞いた時は、本当に驚いた。信じられないと思った。だけどひとつだけ、納得のいくことがあったんだ」

 

「納得のいくこと? どういうことよ、それ」

 

「お前と一夏がつきあい始めた時のことだ。私は失恋したことを悲しみながらも、どこか冷静だった。予想していた以上に、早く諦めがついたんだ。……あれはもしかすると、心のどこかで違和感を感じていたからかもしれない。小学生の頃には気づけなかった、入れ替わる前の一夏と入れ替わった後の一夏の違いを、無意識に感じていたのだろうかと、今になって思い始めたんだ」

 

「自分が好きになった男の子と違う人だったから、諦められたってこと?」

 

「そういうことになる」

 

 そこまで言って、箒はフッと自嘲気味な笑みを浮かべる。

 

「もっとも、気づけたのはすべてを教えられた後だったのだがな」

 

 自分がもっと早くに真実にたどり着いていれば、こんな状況にはならなかったかもしれない。箒の言葉には、そのような言外の意味が込められているように感じられた。

 

「なあ、鈴。私は、どうしたらいいのだろうな?」

 

「………」

 

「……いや、すまない。お前に聞くようなことではなかった。こればかりは、私自身が答えを出さなければならないことだ」

 

「そうね。アンタとあたしは違うもの。自分がどうすべきかは、自分で決めなくちゃいけない」

 

 箒の話を聞いて、鈴はあることに思い至った。

 

「同じことよね。あたしがすることは、あたし自身が決めなきゃならない」

 

 鈴も箒も一夏も千冬も、みんな違う立場で今の状況を見つめているはずだ。だからこそ、自分がどうするべきかは自分にしかわからない。

 

「だったら」

 

 IS学園に来た当初のことを思い出す。一夏と再会したところまでは良かったものの、そこからお互い勝手な思い違いをして、臆病になって、元の関係に戻るまでに時間を要してしまった。

 ……もう、あの時と同じ過ちは繰り返したくない。

 

「あたし、行ってくるわ」

 

「行ってくる? どこにだ」

 

「決まってるでしょ」

 

 自分勝手な行動だと思われるかもしれない。だが、それでも決めたのだ。今、自分がやるべきことを。

 幼馴染として、彼女として。

 

「あいつを、ひっぱたいてでも部屋の外に連れ出すのよ」

 

 勝気な笑みとともに、鈴は箒に堂々と宣言した。

 




今回は伏線回収回というかなんというか、とにかくそんな感じでした。
一夏と鈴のカップリングが成立した時に箒が感じた違和感の正体。マドカのワンオフ。一夏の守ることへの執着。このあたりは前々から描写するだけしておいて放り出していたので……

マドカのワンオフについては、つまり

マドカの脳→ゼフィルスのコア→相手ISのコア→相手の脳
って風に干渉を与えるという感じです。ぶっちゃけ干渉の程度によってはチートもいいところなのですが、まあそのあたりは追々と。

あと、メールに関しては携帯電話の画面を想像して読んでくださるとありがたいです。どのキャラがどんな雰囲気のメールを打つのかは想像の広がるところではありますが、ラウラは確実に句読点をきっちり入れた文章を書くと思います。

では、次回もよろしくお願いします。

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