IS 鈴ちゃんなう!   作:キラ

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更新遅れて申し訳ありません。
リアルが忙しかったわけではなく、WBCに熱中したりしていたらいつの間にか時間が経ってしまっていたという次第です。


第42話 秘密

「……やはり、ここらが潮時なのかもしれないな」

 

 IS学園の生徒全員が一丸となって準備を進めてきた学園祭まで、あと1日。自らの担当する1年1組がなんとかメイド喫茶の用意を整えたことを確認した千冬は、現在学園の正門前まで足を運んでいた。

 残念なことに、彼女はこれから出張で明日の夜まで帰ってこられないのである。よって、折角の学園祭を見て回ることは不可能ということになっている。

 

「………」

 

 空はもう暗くなっており、満月がその存在を強く主張している。それをぼんやりと眺めながら、彼女は深くため息をついた。

 学園祭を見られないのがあまりに辛い、というわけではない。……少しだけ、ほんの少しだけ弟に接客してもらうことに興味は湧いていたものの、すでに諦めはついている。

 

『もしもし』

 

「一夏か」

 

『どうしたんだ千冬姉、電話してくるなんて珍しい』

 

 意を決して携帯を取り出し、おそらく寮の部屋でくつろいでいるであろう弟に電話をかける。

 

「……一夏。先ほど教室でも話した通り、私は今から学園を離れる」

 

『ああ。千冬姉に俺たちの喫茶店見てもらえないのは残念だけど、頑張るよ』

 

「それでだ。……帰ったら、お前に大事な話がある」

 

『大事な話?』

 

「そうだ。……大事な、話だ」

 

 予定より早いが、『マドカ』なる人物が現れた以上、悠長に構えている時間はあまりない。

 ……ずっと秘密にしてきたこと。それを一夏に打ち明ける時がやって来たのだと、千冬は考えていた。

 

 

 

 

 

 

 いよいよやって来た学園祭当日。

 朝から午後1時まで執事としてお客様を満足させるべく働いていた俺だったが、先ほど鷹月さんから約1時間の休憩をもらったので、今は1組の教室を後にして廊下を歩いているところだ。

 

「ふう……やっぱ接客は神経使うなあ」

 

 鈴の親父さんのところでバイトしてた時以来だもんな。いろいろ気をつけなければいけない部分が多いし、IS学園での祭りということで外国人もたくさんいて緊張した。3日くらい前から接客に最低限必要な英会話を練習するよう指示されていたので、まったくオーダーが取れないということはなかったのだが。

 それでもたまにお客さんが何言ってるか聞き取れなかったため、その時は恥を忍んでクラスメイトに助けを求めたのだった。特に複数回フォローしてくれたシャルロットには感謝、感謝である。

 

「とりあえず、その辺ぶらぶらしてみるか」

 

 疲れていることもあって、特定の店に入ってみるという気にはなれなかった。

 校舎1階をぐるっと見回った後、外の空気を吸うために玄関から屋外に出る。

 

「普通の学校より屋台は少ないみたいだな」

 

 いろんな施設があるぶん、屋内に使用可能な部屋が多いからだろうか。よく学祭で通りに並んでいる出店のようなものはあまりなく、あちこちにまばらに点在しているだけのように見える。

 その中のひとつで500mlペットボトルのジュースを買って、人通りの少ないところで適当に腰を下ろした。

 

「……あんまりうまくないな、これ」

 

 飲んだことのない物が目に入ったので購入してみたのだが、結果は見事に外れに終わってしまった。

 

「やべ、なんか眠くなってきたな」

 

 昨日あまり寝てなかったのが原因か、はたまた9月中旬のぽかぽかとした陽気のせいか。学園祭の真っ最中に、俺はひとり昼寝を始めそうになっていた。

 ……まあ、少しの間仮眠をとるくらいならありか。時間通りに店に戻れるように携帯のアラームを設定して、起きられなかった場合のことを考えて箒あたりに俺が寝ている場所を記したメールでも送っておけば――

 

「お疲れのようだな? 織斑一夏」

 

 ……そんな暢気な思考は、背後からかけられた声によって一瞬にして消え去った。

 当然だ。今の声は、ここ数週間俺を悩ませ続けている、あの――

 

「お前……マドカ!」

 

「敵意に満ちた表情だな。うれしい限りだ」

 

 振り返って視界に入ったのは、学生の頃の千冬姉そっくりの容姿を持ったひとりの少女。

 

「何の用だ」

 

「少し付き合ってもらうぞ。ついて来い」

 

「はいそうですかって従うほど馬鹿じゃないぞ、俺は」

 

 謎だらけの彼女だが、ひとつだけ間違いないと言えるのは、俺たちの味方ではないということだ。警戒するのは当たり前で、素直について行ったら何が起こるかわからない。

 

「ククッ……確かに、お前に私の指示に従う義務はない」

 

 唇の端をつり上げ、マドカは俺に対して嘲笑を浮かべる。

 

「だが、残念ながらお前に選択肢は存在しない」

 

「なんだと?」

 

「簡単な話だ。お前が抵抗するなら、私はISを展開して周辺を爆撃する」

 

「な……!」

 

 なんの躊躇もなく、少女は脅しの言葉を言い放つ。……ただのハッタリではないと、俺の直感が警鐘を鳴らしていた。

 

「助けを呼んでも同じことだ。プライベート・チャネルを使用すれば私に気づかれずに通信できるだろうが……お前も、下手なリスクは負いたくないだろう?」

 

「くっ……」

 

 こっそり楯無さんあたりに連絡を入れて、うまくマドカを抑え込むことができればベストだが……もし失敗すれば、大勢の人に被害が及ぶことになる。

 ……今は、こいつに従うしかない。

 

「わかった。ついて行く」

 

「理解できたようだな。ならば、早速向かうとしよう」

 

「……どこへ、連れて行くつもりなんだ?」

 

 質問することは禁じられていないので、俺は率直な疑問を彼女にぶつけた。

 それを受けて、マドカは無表情のまま、おもむろにある方向を指さす。

 

「第6アリーナ……?」

 

 

 

 

 

 

 ――さて、これはちょっとまずいことになったかしら。

 

 心の中の弱音を表に出さないようにして、更識楯無は目の前の金髪の女性に対して微笑を浮かべる。

 

「あら、笑えるなんて随分と余裕があるようね? 生徒会長さん」

 

「さあ、どうかしらね? ところで、私としては早く道を開けてもらいたいのだけれど、スコール」

 

 笑顔というのは不思議なものだ。『笑うべき時』に出る笑いは楽しい印象を与えるのに対し、『笑うべきでない時』に浮かべられる笑みは不気味以外の何物でもない。

 それがわかっているから、楯無は余裕がなくとも笑みを崩さない。つけこむ隙を与えてはならない人間……今相対しているのは、間違いなくそういう人種であるのだ。

 

「残念だけれど、あなたの要求には従えないわ。可愛い部下の一世一代の告白を、私も助けてあげたいのよ」

 

「告白……ですって?」

 

 今現在、一夏と亡国機業の人間が一緒に行動していることは、侵入者を警戒して一夏の様子に注意していた楯無も把握している。だからこそ彼女は彼を助けようと動こうとしているのであり、そんな彼女を足止めするためにスコールは現れたのだろう。

 だが、告白とはどういう意味なのか。こちらを困惑させるための狂言なのか、それとも――

 

「……いえ、そんなことは関係ないわ。どういう事情があろうと、私は一夏くんのもとへ向かう」

 

 楯無とスコールがいるのは、学園内の一般開放されていないエリア。ゆえに、辺りを行き交う人はまったくいない。

 

「更識の当主と言っても、まだまだ子供ね。血の気が多いわ」

 

 『ミステリアス・レイディ』を展開する楯無に合わせるように、スコールも自らの身体にISの装甲を纏っていく。

 ……一筋縄でいく相手ではないことは、楯無にも予想がついていた。この戦闘は、間違いなく長引く、と。

 

「……気は進まないけど、他の子に頼るしかないわね」

 

 もっとも頼りになる人物――織斑千冬は、不在である。

 

 

 

 

 

 

「この1ヶ月の間、さぞ私のことについて頭を悩ませたことだろう」

 

 第6アリーナに入るなり、移動中は終始無言だったマドカが口を開いた。

 

「なぜ私がこのような容姿をしているのか。なぜ私が篠ノ之箒のかんざしを持っていたのか。……お前に十分考えさせたところで、解答を与えてやろうと思ってな」

 

「なに……?」

 

 教えてくれるっていうのか? こいつの正体を、こいつ自身が。

 俺の驚いた反応を見て満足したのか、マドカは口元を歪ませ、笑顔を作る。

 

「ただし――」

 

 そして、ゆっくりと右腕を上げ。

 

「お前を、少しいたぶってからだ」

 

 一瞬でISを展開し、銃口を俺に向けた。

 

「!!」

 

 こちらが慌てて白式を呼び出したのと同時に、BTライフルからビームが放たれる。

 だが、それは俺を避けるように軌道を変え、後方の壁にぶつかるのみに終わった。

 

「反応速度はなかなかのものか。これならわざわざ弾道を曲げずとも、貴様自身で処理できていただろうな」

 

「てめえ……!」

 

 今のは俺の力量を測るためのお試しの一発だったようだ。そんなお遊びが実行可能なほど、マドカには俺に対して余裕があるってことなんだろう。

 

「けど、やるしかねえ」

 

 ここ数日は、セシリアに対してかなり肉迫した試合運びが行えるようになっていた。9月の頭の頃と比べて、俺が新しい白式をよりうまく扱えるのは間違いない。

 だが、相手はそのセシリアよりも格上。勝てる見込みがあるかどうかは、正直あまり考えたくない。

 それでもこういう状況に陥った以上、逃げることはできない。背を向ければマドカが一般人に何をするか、わかったもんじゃないからだ。

 

「うおおっ!」

 

 右手に雪片弐型、左手に盾を構え、マドカの操るサイレント・ゼフィルスとの距離を詰めようと試みる。向こうが射撃を得意としている以上、懐に潜り込まなければ勝機は見えない。

 

「ほう……随分大きな盾だな」

 

 俺の特攻にも、マドカは大して驚いた様子を見せない。それも当然だ。あいつの曲がるビームを使えば、盾の届かない白式の背後に攻撃を当てることは造作もないのだから。

 だが、俺としては攻撃の来る方向が絞られるだけでも相当ありがたい。

 

「らあっ!」

 

 ビームの直撃をなんとか避けつつ、右手の武器を小型ライフル『紫電』に切り替え、短い間隔でマドカ目がけて弾丸を何発も放つ。以前は近接オンリーだった白式の遠距離攻撃に少しでも怯んでくれれば、その隙をついて瞬時加速で突っ込める可能性もあるのだが……

 

「銃も扱えるようになったか。もっとも、小細工の域は出ないようだが」

 

 そううまくいくはずもなく、ムカつくくらいに相手は落ち着き払っていた。防御用のシールドビットを展開し、紫電の弾丸をすべて止めたマドカは、俺に対して不敵な笑みを向ける。

 

「さて、そちらの攻撃は終わりのようだが……ならば、次はこちらから攻めさせてもらおう」

 

 地上近辺にいる俺に対して、上空からBTビームの嵐が降り注ぐ。

 ここはひとまず、盾を構えてやり過ごすしか……

 

『盾を捨て、突っ込むべきだ』

 

 ――盾を粒子化し、左手に雪片弐型を再展開する。そして、被弾覚悟でマドカのところまで特攻して――

 

「ぐあっ……くっ!」

 

 案の定、サイレント・ゼフィルスにたどり着くまでに白式の勢いが完全に殺され、再び地面にまで押し戻されてしまった。

 

「くそ……なんで今、俺は突っ込むなんて馬鹿な真似をしたんだ?」

 

 直前まで盾を駆使して防御することを考えていたはずなのに、急に変な思考が割り込んできた結果、ダメージを負うだけの行動に出てしまった。

 

「今度こそ、盾を構えて――」

 

 再度盾を呼び出し、マドカのいる方に構えようとした。

 ……構えようとした、はずだった。

 

「な……!?」

 

 動かない。左腕が、鉛のように重い。

 

『動くな』

 

 またさっきの変な思考が……くそ、なんだよこれ、なんなんだよ!

 

「動け、動け、動け、動け……!!」

 

 頭の中で鳴り響く声を打ち消したいがために、何度も何度も繰り返し叫ぶ。

 だが動かない。左腕どころか、いつの間にか全身が言うことを聞かなくなってしまっていた。

 

「……ふむ。思った以上に干渉しやすいな、貴様は」

 

 そこで初めて、俺はマドカの攻撃が止んでいることに気づいた。

 

「やはり機体との親和性が高いがゆえの現象か……」

 

「……何言ってるんだ、お前。俺にいったい何をしたんだ」

 

 顔だけは動かせたので、精一杯彼女を睨みつけながら言葉を紡ぐ。状況からいって、こいつが何かしたせいで体が動かなくなったのは間違いない。

 

「答える義理はないな。……これ以上攻撃すれば意識を失いかねないことだし、そろそろ貴様で遊ぶのは終わりにしておこうか」

 

 ISを解除こそしないが、戦闘はここまでだとばかりにマドカはBTライフルを粒子化させ、ゆっくりと俺に近づいてくる。……最初に言っていた、あいつの正体について教えてやるという、あの話をするつもりなのだろうか。

 

「織斑一夏。貴様、小さい頃の記憶が曖昧だろう?」

 

「……それが、どうしたっていうんだ」

 

「思い出がある程度鮮明になり始めるのが、小学1年生の時に篠ノ之箒と出会ったあたりからではないか? さらに言えば、記憶がかなりはっきりとしてくるのは小学3年生の9月ごろからのはずだ」

 

「………!」

 

 当たっている。年はともかく、月なんて他人に話したことすらないのに。

 

「なんで、お前がそれを……」

 

「図星のようだな。天災の篠ノ之束博士と言えども、専門外の脳科学では完璧にことを運ぶことができなかったらしい」

 

 束さん? どうしてここであの人の名前が出てくるんだ。

 

「喜ばしいよ。今までのうのうと生きてきた貴様に、真実を突きつけてやる日をどれだけ待ったことか」

 

 本当にうれしそうに、マドカは気持ち悪いほどきれいな笑顔を俺に向ける。

 

「なぜ篠ノ之束の名前が出てきたのか、と思っているだろう? 単純な話だ。貴様の記憶に齟齬が生じないように手を加えたのが彼女だからだよ」

 

「な……に……?」

 

 全身に悪寒が走る。こいつは、いったい、何を。

 

「7年前の9月27日、9歳の誕生日を迎えた織斑一夏は誘拐された。織斑千冬はなんとか彼を取り戻そうとしたが、結局戻ってきたのは彼ではなく、織斑一夏のクローンだった」

 

「は……?」

 

 心臓を直接鷲づかみにされたような、ぞっとする感覚。

 ……俺が、クローンだってのか? 馬鹿馬鹿しい、そんなことあるわけ――

 

「………」

 

 否定できない。そんなことあり得ないと思っているはずなのに、はっきり違うと言い切ることができない。

 

「本物の織斑一夏など、もうこの世にはいない」

 

 頭がぐちゃぐちゃになっている俺を嘲るように、マドカはさらなる『真実』を告げてきた。

 

「ひとりは出来損ないのクローン。そしてもうひとり、本当の織斑一夏だった人間は……男であることを捨てさせられた」

 

「……ま、さか」

 

「貴様は私の模造品だ」

 

 ――頭の中が、真っ白になった。

 




今回だいぶ話が動きました。ここから最終回までは一直線に進めていきたいと思います。

では、次回もよろしくお願いします。

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