IS 鈴ちゃんなう!   作:キラ

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実に3週間ぶりの更新となりました。
ちょっと構成を変更した結果、今回で第4章最終回です。


第40話 夏の終わりの

「………」

 

 窓から眺める月は、完全な円から少しだけ欠けた形で、夜の空を明るく照らしていた。

 

「はあ……」

 

 その『一部が欠けている』という要素からあることを連想した鈴は、大きなため息をついて床に敷かれた布団に寝転がる。

 

「一夏、何してるのかな」

 

 中国の東海岸と日本ではさほど時差はないので、向こうも夜だということはわかる。漫画でも読んでるのか、それとも真面目にISの勉強をしているのか。あるいは……誰か、学園にいる女の子と遊んだりしているとか。

 

「いやいや、さすがに妬んだりはしないわよ? 他の子と少しでも仲良くするのなんて許さないとか、いくらなんでも独占欲強すぎだし」

 

 いったい自分は誰に向かって弁明しているのかと疑問を抱く鈴の手は、自然と携帯電話の方に伸びていた。

 

「ふ、不安になったとかじゃないのよ。単純に、あいつが何してるのかについて知的好奇心が刺激されただけだから。それに、彼女が彼氏に電話するのに大した理由はいらないし?」

 

 ……母方の祖父母の家に来てから、もうじき5日が経つ。その間、一夏と会話したのは向こうから電話がかかってきた時の1度きり。あと2日ほどで学園に戻る予定とはいえ、彼が恋しい気持ちにだんだんと抑えがきかなくなり始めていた。

 ならこちらから電話すればいい。今この瞬間に限らず、鈴は何度もそう考えたのだが……

 

『……怖いんだろうな、俺は』

 

 そのたびに、野球の試合をした日の夜の一夏の言葉が思い起こされ、携帯をいじる手が止まってしまう。

 

「………」

 

 あの時の一夏の、弱々しい顔つきと迷いのあった瞳。

 ……悩んでいる彼に対して、自分はどのように接してあげればいいのか。

 近くにいる時は、その答えがわからないままになんとなくといった感じで、今まで通りの付き合いを続けてきた。

 だが、電話をかけなければコミュニケーションをとれないという状況に置かれた今は、どうしてもそのことが気にかかってしまう。

 

「1年前と、同じね」

 

 昨年中国にいた1年間、一夏に対する接し方を測りかねて手紙を出せずじまいだったことを思い出した鈴は、自身がその頃から前に進んでいない気がして、深いため息をこぼしてしまう。

 

「鈴音、ちょっといい?」

 

 鈴が諦めて携帯を床に放り投げたのと、廊下から母の声が聞こえてきたのはほぼ同時のことだった。

 

「うん、大丈夫」

 

 布団から半身を起こしつつ適当に返事をすると、ガチャリと扉を開けて寝間着姿の母が入ってくる。

 

「明日のことなんだけど……どうしたのあんた、そんな泣きそうな顔して」

 

「え……?」

 

 慌てて自分の顔をぺたぺたと触るが、残念ながらどんな表情をしているか鑑みることはできなかった。

 

「何か悩み事? 母さんでよければ、相談に乗るけど」

 

「……別に、なんでもないの。ちょっとうたた寝してたら、怖い夢見ちゃっただけ」

 

「そうなの?」

 

「そうなの」

 

 顔を見られないように体の向きを変え、鈴は背後の母に向かってそう告げる。彼女に相談するべきか、相談するにしてもどう話すべきか、それがまだわからなかったからだ。

 そんな娘の様子を見た母は、黙って彼女の隣に腰を下ろす。

 

「……鈴音。私は、いろいろふがいない母親だけれど、それでもあんたを15年以上見続けてきたのよ。だから、娘が今本当に悩んでいるってことも、見たらなんとなくわかってしまう」

 

「………」

 

「何で悩んでいるのか、までははっきりわからないけど……もしかして、一夏くんのこと?」

 

 その言葉に、思わず鈴の体はびくっと反応してしまう。

 

「……なんで、わかったの」

 

「……女の勘?」

 

 つまり、なんとなくで当てられてしまったらしい。

 

「……その、ね。ちょっと、一夏にどう接していけばいいのかわからなくなっちゃって」

 

 見抜かれてしまったので、言葉を選んで掻い摘んで事情を説明する鈴。端折りすぎて曖昧な内容になっていることはわかっていたが、かといって一夏の悩みなどといったものを勝手に話していいものかと思ったがゆえの行動であった。

 

「そうねえ……正直、それだけ言われても2人の間に何があったのかは全然わからないけど」

 

 困ったような笑みを浮かべ、母はしばしの間、うーんと腕を組んで何かを考え込む姿勢をとる。

 

「やっぱり、女の人にとって一番大事なことっていうのは共通してると思うわ」

 

「一番……大事なこと? それって……」

 

「受け入れることよ」

 

「受け入れること?」

 

 その短い単語が何を示しているのか、鈴にはいまいちつかみとることができない。

 

「そう。男はなんだかんだ悩んだり傷ついたり暴走したりする生き物だからねえ。そういうのをしっかり後ろから受け止めて、支えてやることが女の役目だと思う。……って、少し前まで旦那と別居してた私が言えるセリフでもないんだけどね」

 

 でもね、と。

 母は鈴の頭にぽんと手を置き、慈愛に満ちた表情を浮かべる。

 

「世間では女の方が強くなったなんて言ってるけど、やっぱりいざという時に頼りになるのは男なのよ。だから、鈴音がちゃんと支えてあげれば、一夏くんはきっとそれに応えてくれるわ」

 

 それは、一度夫と離れたからこそ見えてきたものなのだろうか。

 一瞬そんなことを考えた鈴だが、すぐにどうでもいいことかと首を振る。大事なのは母が語った言葉そのものであり、それが生まれた経緯なんて大した問題ではないのだ。

 

「……ありがとう、お母さん。あたしも、少し考えてみる」

 

 他者から教えられた考えを、すぐに理解し自分のものとすることはできない。しかし、それはきっと、鈴自身の答えを見つけるための助けとなってくれるに違いない。

 

「受け入れる、か……」

 

「……いつの間にか、あんたも女になったのねえ」

 

「え? 何か言った?」

 

「ううん、何も」

 

 

 

 

 

 

「やっほー一夏くん。元気してる?」

 

「あ、楯無さん。どもです」

 

 風呂上りにジュースでも飲もうかと廊下に出たところ、ちょうどそこを通りがかった楯無さんと出くわした。

 

「どこかに行くところ?」

 

「ええ。ちょっと自販機でジュースを買おうかと」

 

「そうなの。私もついて行っていいかしら? 少しキミと話したいこともあるし」

 

「はい、それはいいですけど……」

 

「決まりね」

 

 2人して近くの自動販売機まで移動し、各々好きな飲み物を購入する。そのまま楯無さんがベンチに腰かけたので、俺もならって隣に座った。

 

「あ、一夏くんメロンジュース飲むんだ。それ、ちょっと甘すぎると思わない?」

 

「そうですか? 俺はちょうどいいと思うんですが……甘党だからかな」

 

「なるほど。私はコーヒーはブラック派だし、単純に味覚の違いってことね」

 

 そういう楯無さんが飲んでいるのは……青汁だった。

 

「いやー、部屋に貯めてたぶんは頑張って飲みきったんだけどね。その頃には毎日青汁を飲まないと物足りない体になっちゃって」

 

「はあ……まあ、健康にはいいんで問題ないですよね」

 

「そうね。心なしか最近体のキレもいいし、胸も大きくなった気がするし」

 

「後者は関係ないような……って」

 

 何の脈絡もなく胸をそらして『伸び』の姿勢をとり始める楯無さん。そんなことしたら胸のラインが強調されて……

 

「一夏くん、顔が赤いわよ~?」

 

「か、からかわないで下さいよ!」

 

「キミが青汁の効能を信じないから実際に見てもらおうと思っただけよ。……そうだ、鈴ちゃんに勧めてみたらどうかしら。一夏くん、どう? 胸を大きくしたくないかって聞いてみない?」

 

「そんなこと言った日には俺があいつに殺されます」

 

 貧乳とは、毎日牛乳飲んでるとかこっそり自分で胸を揉んでバストアップを図ってるとか、そんな涙ぐましい努力を重ねても改善の兆しが見えないあいつのコンプレックスだ。下手に刺激するとめちゃくちゃ噛みつかれるのはわかりきっている。

 

「そう? それは残念ね。……と、本題を話すのをすっかり忘れていたわ。一夏くんと話しているとすぐ話題が逸れちゃうのはなぜかしら」

 

「先輩が勝手にどうでもいい話を始めるからだと思います」

 

「手厳しいわね……こほん。それじゃあ、ちょっと真面目な話をさせてもらうけれど」

 

 咳払いを合図に、楯無さんの顔つきが憂いを帯びたものに変わる。それだけで、彼女が何を話そうとしているかがだいたい把握できた。

 

「最近、簪ちゃんとよく一緒にいるみたいだけど……どんな様子? 元気そう?」

 

 学園最強と呼ばれ、いつも飄々としている生徒会長が、唯一不安げな姿を見せる時。予想通り、先輩は妹の簪さんのことについて尋ねてきた。

 

「……そうですね。俺が見た限りですけど、毎日専用機の完成に向けて頑張ってるみたいです。倉持技研の人ともうまくやってるようだし」

 

「そう……それなら、よかったわ」

 

 俺の答えを聞いて、心底うれしそうに笑う楯無さん。本当に妹を大事に思っているんだということが、嫌でも伝わってくる。

 

「楯無さん」

 

 本当は、確証の持てないことを軽はずみに言うべきではない。それが相手にとって重要なことであるならば、なおさらだ。

 だけど、先輩の顔を見ていると……どうしても、言いたくなってしまった。そうなってほしいという願望、すなわち俺自身の希望的観測を、この人に伝えたいと思った。

 

「いつになるかはわからないですけど……きっと、簪さんはあなたと向き合ってくれると思います。……いつか、きっと」

 

「……きっと?」

 

「本当は、絶対って言いたいんですけど。簪さんの気持ちを、俺が全部把握しきれるなんてことはないので」

 

「それもそうね。……でも、きっとで十分よ」

 

 青汁を飲み干した楯無さんは勢いよくベンチから立ち上がると、くるりと回って俺の方に向き直る。

 

「ありがとう。元気、出たわ」

 

 そう言ってにこりと笑った彼女の姿は、とても魅力的に思えた。

 

 

 

 

 

 

 力になってあげたいと思った。

 一夏が苦しんでいるのなら、迷わず助けてやりたいと思った。

 昔自分が助けられたように、今度は自分が――

 

「……とか思ってたのに、まさか帰って早々浮気していたという事実を突きつけられるとは」

 

「してないからな。さっきも言った通り、簪さんとは専用機絡みで一緒になる機会が多かっただけだ」

 

「本当に?」

 

「本当だっての。そんなに俺が信用ならないか?」

 

 一夏の眉間に少ししわが寄るのを見て、鈴はこのあたりで追及するのをやめておこうと考える。別に本気で一夏を疑っていたわけではなく、久しぶりに会えたからいじってやろうと思っただけなのだ。

 

「冗談よ冗談。本当に浮気してたなんて思ってないから」

 

「ほんとかよ」

 

「だってマジでクロだと判断したら殺傷するし」

 

「恐ろしいな!?」

 

 ちなみに現在、鈴と一夏は織斑邸の1階にある居間でくつろいでいる最中である。鈴が学園に戻ってきたのは昨晩のことだったのだが、その時一夏が『1週間ぶりだし、2人きりの時間をとるのはどうだ』と提案したため、家主のいない一軒家にお邪魔することとなったのである。……彼のストレートな物言いに思わず赤面してしまったのは、鈴の記憶に新しい。

 

「……それより、昨日言ってたマドカってやつのことだけど」

 

 彼女が不在の間、一夏の周りで起きた大きな出来事は2つ。ひとつは4組の代表である更識簪に関することで、もうひとつが今話題に出した『サイレント・ゼフィルスの操縦者』と再会したということだ。

 

「確認するけど、千冬さんにはちゃんと話したのよね?」

 

「ああ。千冬姉には俺と箒で詳しく説明した。あとはセシリア、ラウラ、シャルロット……福音戦に参加していたメンバーには教えてある」

 

「妥当なところね」

 

 あまり言いふらすような内容でもないし、気心の知れた人間にだけ話したので十分だろう。

 

「……でも、不思議というか、わけわかんないわよね。箒の話が本当なら、そいつは昔の箒……下手したらアンタのことも知ってるかもしれない。本当に子どものころ会った覚えとかないの?」

 

「ない……と思う。あんだけ千冬姉とそっくりな顔つきだったら、嫌でも頭に残るだろうし」

 

「そうは言っても、顔なんてお金かければいくらでも変えられないことはないわけだし……性格、とかも厳しいか。人間、5年もあればキャラ変えるのも難しくないしね。ひょっとしたら小学生のころ、気弱な同級生として箒の近くにいたのかもしれない」

 

「かもな……でも、なんかそういうのとは違う気がするんだ。……くそ、もどかしいな」

 

「一夏……」

 

 鈴がいないうちに、彼の悩み事はまたひとつ増えてしまったようだ。それに対して何もしてやれないというのは、恋人としてもやり切れないと感じる。

 せめて、今は何かフォローの言葉をかけてあげられれば。

 

「か、考え過ぎるのもよくないし、ゲームでもしない?」

 

「……あ?」

 

 盛大に言葉の選択を誤ったのではないかと、言った瞬間彼女は後悔した。

 

「いや、あのね? いろいろ悩むのも大事だとは思うんだけど、少し肩の力を抜くのもどうかなっていうか」

 

 額に流れる汗を感じながら、あたふたと意味のない身振り手振りを行う鈴。

 

「……はは、それもそうだな。せっかく俺の家まで来たんだし、めいっぱい遊ぶとしますか」

 

「え?」

 

「え、じゃないだろ。お前がゲームするって言い出したんだ、配線つなぐの手伝ってくれ」

 

「あ、うん……」

 

 棚からゲーム機の本体をがさごそと取り出し始める一夏。果たして自分の発言はちゃんとフォローになっていたのかと首をかしげる鈴だったが――

 

「……サンキュ。気ぃ遣ってくれて」

 

 ……少しだけ、意味はあったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 昼ごろに自宅に着いてからは、鈴と一緒に取り憑かれたかのようにゲームのプレイに明け暮れた。積んでいたRPGのボス戦を相談しながら攻略したり、格ゲー中にいつの間にか相手のコントローラ操作の妨害が始まってぐんずほぐれつの醜い争いが繰り広げられたり……とにかく、楽しかったのは間違いない。

 だからまあ、時間を忘れて夜まで騒いでいたこと自体に悔いはない。悔いはないのだが……

 

「雨、大降りになってるわね」

 

「大降りというか土砂降りだな。風もすごいし」

 

 窓に叩きつけられている雨粒を眺めながら、俺と鈴はそろってため息をつく。昼までは普通に晴れていたんだけどなあ。

 

『続いてのニュースです。関東地方上空を通過中の大型低気圧はゆっくりとした速度で北上中。明日未明まで非常に強い雨と風が続きますので、外出はお控えください』

 

 テレビでニュース番組を見てさらにがっくり。インターネットで調べたところ学園に戻るための電車も運行を見合わせているようで、つまるところ俺たちは寮に帰れないらしい。

 

「一夏、携帯鳴ってる」

 

「お、本当だ」

 

 机に置いてあった携帯を手に取って画面を見ると、『千冬姉』の3文字が表示されている。

 

「もしもし」

 

「一夏、今どこにいる」

 

「ごめん、鈴と一緒に自宅で足止め食らってる。朝に天気予報見るのを忘れてたんだ」

 

「まったく。寮の部屋にいないからもしやとは思っていたが……」

 

 電話越しに千冬姉のため息が聞こえてきて、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

 

「だがまあ、家にいるのなら都合がいい。今日のところはそこに泊まっていけ」

 

「でも、外泊の申請が……」

 

「交通機関が止まっているのだから仕方ないだろう。手続きは私の方でやっておく」

 

「……ありがとう、千冬姉」

 

「ああ。……ただし、鈴音と2人きりだからといって羽目を外しすぎるなよ?」

 

「んなっ……」

 

 プツッ、と通話が切れる。

 

「千冬さん、なんて言ってた?」

 

「え? あ、ああ、仕方ないから今夜はここにいろってさ。外泊の申請もなんとかしてくれるって」

 

「そっか。じゃあ泊まらせてもらうわね」

 

「ああ……」

 

 くそ、千冬姉が余計なこと言ったせいで変に意識しちまう。

 落ち着け、彼女と2人でお泊りといっても相手は幼馴染の鈴だぞ? いつも通りに過ごして、いつも通りに眠って朝を迎えるだけでいいんだ。

 見ろ、鈴なんて早速ソファーでくつろいでいて緊張のかけらも感じられない――

 

「一夏とお泊り一夏とお泊り一夏とお泊り一夏とお泊り一夏とお泊り一夏とお泊り一夏とお泊り……っ!」

 

 なんか呪詛のようなつぶやきが聞こえてくるが、きっと気のせいだろう。

 

「とりあえず夕食のことを考えよう」

 

 もともと夕食はここで食べるつもりだったから、昼に食材は買っておいたはず。鈴もいるし、手伝ってもらえばさほど調理に時間はかからないだろう。

 

 ゴロゴロゴロ……ドカーン!

 

「うお、結構近いな……」

 

 ピカッと外が光ったかと思うと、ほとんど間を置かずに雷の大音量が耳に響いてきた。少しびっくりしたが、さすがにこの歳にもなって雷で取り乱すようなことはない。

 

「……で、なんでお前はさっきから俺の腰にしがみついているんだ」

 

 雷が落ちた瞬間、ソファーから飛び上がって背後から抱きついてきた鈴は、がたがたと恐怖におびえる小動物のように震えていた。

 

「だ、だだだって! ドカンって、あんなに近くに落ちたのよ!?」

 

「ああー……そういえばお前、雷駄目だったっけ」

 

 ゴロゴロゴロ……

 

「ひうっ……!」

 

「しょうがないな。夕飯は俺ひとりで作るから、雷の方はなんとか我慢し――」

 

 このまましがみつかれていてもらちが明かないので、やんわりとなだめようとした矢先のことだった。

 ……かなり近いところに一発落ちたと感じた瞬間、部屋の明かりがすべて消えた。

 

「停電かよ……」

 

「ちょ、ちょっと一夏! 何も見えないけどそばにいるんでしょうね! あたしを放ってどこか行ったりしてないわよね!?」

 

「お前が今一生懸命抱きついてるのは誰の体だと思ってるんだ」

 

 ドカーン!!

 

「ひゃわっ!? ま、真っ暗だから余計に怖い~!」

 

「お、おい馬鹿暴れるな。俺までバランス崩すって……痛っ!」

 

 冷静さを欠いた鈴を抑えつけようとするうちに体勢がおかしなことになり、そのまま床に倒れこんでしまう。

 そして同時に、電気系統全般が仕事を再開した。

 

「思ったより回復が早かった……な……」

 

 視界が元に戻ったことに安堵した俺は――現在の状況を認識した途端、思わず固まってしまった。

 

「あ、いち……か……!?」

 

 床に仰向けに転がっている鈴の体に覆いかぶさるように、俺の体が馬乗りの体勢をとっている。倒れた拍子にそうなったのか、鈴のスカートはめくれてパンツが見えそうになっており、さらに服のボタンが外れて胸元が……

 

「お、お……」

 

 落ち着け俺。まずは鈴から視線を外して、それからゆっくりと距離をとるんだ。

 

「………」

 

 だが、体が言うことを聞いてくれない。目は相変わらず鈴の四肢に釘付けな上、心なしか互いの顔の距離が近づき始めたような気さえする。

 くそ、こうなったら鈴の方が飛び起きてくれるのを待つしか……

 

「……ん」

 

 なに目を閉じて受け入れる体勢とっちゃってくれてるんだこいつは! 違うだろ、頼むから拒否してくれよ!

 

『鈴音と2人きりだからといって羽目を外しすぎるなよ?』

 

「だ、駄目だ。それだけは駄目だ」

 

 越えてはならない一線がある。仮に今欲望に身を任せたとして、キスだけで済む保証がどこにもない。

 ……誰か、なんでもいいから俺の意識をこいつから逸らしてくれ――

 

『チャラララ~♪』

 

 それは、神の与えた救いであったのだろうか。机で揺れる俺の携帯が、メールの受信を知らせていた。

 

「うおおっ!」

 

 残った理性を振り絞って携帯に飛びつき、受信メール一覧を開く。

 初見のアドレスから送られてきたメールには、以下のことが記されていた。

 

『こんばんは、更識簪です。これ、私の携帯のメールアドレスなので、登録しておいてくれるとうれしいです』

 

「………」

 

 ほどなくして、再び携帯が音楽を鳴らしながら震える。

 

『さっきのメールは本音が勝手に送ったものだから、気にしないで』

 

「………」

 

 

 

 

 

 

「とんでもないことをしてくれた……」

 

「そうかな~? おりむーとアドレス交換するくらいなんの問題もないと思うけどー」

 

「あなたにとってはそうでも、私にとっては全然違う」

 

 油断している隙に本音に携帯を奪われ勝手にメールを書いて送信されてしまった簪は、恨めしげに加害者ののほほんとした顔を睨む。訂正のメールはきちんと送ったものの、彼に自分のアドレスを知られてしまったこと自体が問題なのである。

 

「あ、おりむーから返信来たみたいだね~」

 

 ブルブルと振動する簪の携帯を見て、本音が楽しそうに笑う。そんな彼女の様子にため息をつきながら、簪は送られてきたメールの内容をチェックする。

 

「………」

 

「かんちゃん、なんて書いてあるのー」

 

「……よくわからないけど、『ありがとう』と15回連続で打ちこまれている」

 

「へえ~。おりむーよっぽどうれしかったんだねー」

 

「……そうなの? 何か違う気がするんだけど……」

 

 

 

 

 

 

 夕食、入浴と危なげなく切り抜け、残るは寝床を用意して眠るだけとなった。

 

「……で、なんで同じ部屋で寝ることになってるんだ」

 

「だって、雷怖いし……」

 

 最初は許可をもらって鈴には千冬姉の部屋で寝てもらおうと考えていたのだが、駄々をこねられて結局俺の部屋で2人とも寝る羽目になってしまった。

 

「まあいいけどな。とりあえず、鈴はベッド使ってくれ。俺は布団出してそれ使うから」

 

「いいの?」

 

「寝心地がいい方を客に使わせるのが礼儀ってもんだろ」

 

 押し入れにしまっていた布団を引っ張り出し、ぱぱっと準備を整える。停電の時のアレのせいで無駄に疲れが溜まったことだし、早いところ横になって眠ってしまおう。

 

「さっきも聞いたけど、服はそれで大丈夫か? 俺の余ったジャージしかなかったわけだが」

 

「ちょっとぶかぶかだけど問題ないわ。寝るだけだしね」

 

「そうか。ならいい」

 

 適当に言葉を交わしつつ、各々が寝床に入ったところで電気を消す。外は相変わらずの大雨で、ザーザーという音が部屋の中まで響いていた。

 

「一夏」

 

「なんだ」

 

「今度は、ウチに泊まりに来なさいよ。お父さんもお母さんも喜んでくれると思うから」

 

「それもいいかもな……ふぁ」

 

 思ったよりも早く眠気が襲ってきた。このぶんだと、今夜はぐっすり眠れそうだ。

 

 

 

 

 

 

「……一夏。もう、寝ちゃった?」

 

 明かりが消されてから5分。鈴の呼びかけに、一夏はすでに応じなくなっていた。

 

「………」

 

 何度か名前を呼んで彼が完全に眠りに落ちていることを確認した彼女は、音を立てないよう気をつけつつ、そっとベッドから体を動かす。

 

「ちょっと、口が開いてる」

 

 一夏を起こさないよう細心の注意を払って、あどけない寝顔がじっくり見られる位置に腰を下ろす。

 

「……好きよ」

 

 頬に軽く行った口づけには、鈴のありったけの想いが込められていた。

 

「お休み、一夏」

 




変更点→更識姉妹の最終イベントを最終回後の番外編に移行

いろいろ考えなおしたところ、夏休み中に片を付けるのが少し難しいと感じられたことと、次回から最終章に入るため彼女らの話を挟む余地がないことを考慮した結果です。ころころ予定変えてしまって本当に申し訳ありません。

今回で4章の夏休み編は終わりなのですが、特に書くこともないのでいつもの反省っぽい文章は省略させていただきます。強いて書くことがあるとすればマドカについてですが、詳しく語ったらネタバレになりますし。
とにもかくにも次回から最終章です。あと10話くらいで終わりです。よろしくお願いします。

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