IS 鈴ちゃんなう!   作:キラ

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最近SAOを一気読みして、やっぱり剣や刀にはロマンがあるよなあなどと改めて実感しました。


第31話 強さの在り処

 背後で響いた爆音を耳にして、福音と交戦していた箒は思わず後ろを振り返ってしまう。

 

「………か」

 

 彼女の視界に映ったのは、あちこち装甲が剥がれ、黒い煙を上げながら力なく海に落下していく白式――織斑一夏の姿だった。

 

「一夏あああ!!」

 

 嘘だ、と。

 目の前の現実を否定したいという思いが、箒の心を覆い尽くす。

 

 ――そんなはずはない。あの一夏が負けるなんて。あいつは、学園に侵入してきた正体不明のISを倒したではないか。学年最強と噂されたドイツの代表候補生、ラウラ・ボーデヴィッヒにも勝ったではないか。なのに……

 

 この瞬間。篠ノ之箒の思考からは、先ほどまで自分が戦っていた敵の存在がすっぽりと抜け落ちてしまっていた。

 

「La……♪」

 

 機械音声に気づいた時には、すでに銀の福音が砲門をすべてこちらに向けていて。

 

「ぁ……」

 

 まともな声を出す暇もなく、紅椿が一斉射撃の的にされる――

 その、直前に。

 

「なっ……!?」

 

 福音の顔面に、一筋のレーザーが突き刺さった。箒が撃ったものではない。今の攻撃は、彼女の背後にいるはずの機体から飛んできたのだ。

 

「……狙いを誤ったか」

 

 オープン・チャネルから聞こえてきた言葉は、『箒を狙ったのに誤って福音に攻撃を当ててしまった』という意味なのか。そんなことは、箒にわかるはずもない。

 だが、その淡々とした少女の声を聞いた瞬間――彼女の中で、何かが弾けた。

 

「シールドエネルギー、一定量まで減少。撤退を選択」

 

 本来のターゲットである銀の福音が何か言っているが、そんなものはすべて無視する。気にする余裕……いや、気にしようという考えすら、今の箒の中には消え失せていた。

 

「貴様……」

 

 ギリギリと奥歯を噛みしめる彼女の目に映っているのは、青いISを操る顔の見えないパイロットのみ。

 ――こいつが。この女が、一夏を……!!

 

「貴様アアア!!!」

 

 両手の刀『雨月』と『空裂』を壊れんばかりに握りしめ、咆哮しながら一直線に突っ込む。防御のことも、残りわずかになっていたエネルギーのことも、箒の内側からあふれ出る黒い感情にすべて押しつぶされる。

 それはまさしく、理性の喪失だった。

 

 ――斬ってやる。倒してやる。壊してやる!

 

「……ふん」

 

 己の中の獰猛さを余すことなく解き放った箒の一撃は、しかし。

 

「我を忘れて敵討ち。少しばかり聞こえはいいが、そんな攻撃では私を斬ることなど不可能だ」

 

 青いISの持つBTライフル、およびビットから放たれたビーム、レーザーが、紅椿の両手と胸に正確にヒットする。衝撃に襲われるとともに、箒の突撃の勢いも失われてしまった。

 

「君らしくもないな。篠ノ之箒」

 

「なに……?」

 

 少女が口にした言葉によって、沸騰していた箒の頭が急速に冷やされる。まるで、向こうがこちらをよく知っているかのような彼女の話し方に、強烈な違和感を覚えたためだ。

 

「私に攻撃を仕掛ける前に、まず下に落ちたお仲間を助けた方が賢いと思うが?」

 

「………っ!」

 

 ひょうひょうと語られるその言葉に、間違いはない。今やるべきことは大ダメージを受けたまま冷たい海に放り込まれた一夏を引き上げることだと、冷静さをいくらか取り戻した箒は理解した。

 ……だが、もし眼前の敵を無視して一夏のもとに向かおうとすれば、背後から撃たれる可能性も――

 

「警戒するのも当然だが、私はこれ以上手を出すつもりはない。そろそろ君達の味方が目の色を変えてやってくるだろうし、ここらで離脱させてもらうとしよう」

 

 そんな言葉を残して、少女は本当にこの場から去っていこうとする。無防備に箒に背中を向けているのは、絶対に不意打ちを食らわないという自信の表れなのか。

 

「……私では、到底敵わない」

 

 先ほどからの戦いぶりを見て、箒ははっきりとそれを認識する。あの少女は、とてつもなく強い。

 だから、今は小さくなっていく彼女の背中を追うことよりも。

 

「一夏……!」

 

 無事を祈りながら、幼馴染を助けに向かうことを何より優先させるべきだ。

 

 

 

 

 

 

「………」

 

 ベッドの上で眠り続けている一夏の姿を、鈴と箒は無言で見つめていた。

学園の教員による封鎖を破ったIS――イギリスの第三世代型であり、セシリアのブルー・ティアーズに続くBT2号機、その名も『サイレント・ゼフィルス』。イギリス国家からなんらかの手段で手に入れたと思われるその機体を操る正体不明のパイロットが、銀の福音と交戦中だった白式を撃墜してから、すでに2時間以上が経過していた。

 

「一夏……」

 

 シールドエネルギーが尽きた状態で攻撃を受け続けた結果、一夏の体は甚大なダメージを被ることとなった。それでも彼が命を繋ぎ止めているのは、ISに備わった『操縦者に危機が迫った場合、エネルギーをすべて費やして死なないように保護する』という機能のためだ。

 ただし、同時に操縦者の体はISに深い干渉を受けることになる。それゆえに、機体、つまり白式が回復しない限り一夏も目を覚まさない。

 

「鈴……すまない」

 

「……アンタ、それもう10回目よ」

 

 部屋の中に置いてあった丸椅子にそれぞれ腰を下ろしている2人は、およそ15分ぶりに口を開いた。

 

「そうは言うが、私がもっとうまく立ち回れていれば、一夏は……こんなことには」

 

「……わからないようならもう一度言うわ。こいつが傷だらけになったのは、絶対に箒のせいなんかじゃない。アンタは必死に一夏を海から引っ張り出して、先生たちと一緒にここまで連れ帰ってきてくれた。だからあたしはアンタを恨まないし、むしろ感謝してる」

 

「……すまない。余計な言葉だった」

 

 自分を責める箒の言動を、鈴は何度でも否定してやるつもりだった。彼女が初の実戦で十分に戦ってくれたことは、戦況を詳しく確認していた千冬の話からわかっている。……ただ、予想外の乱入があり、さらにその乱入者が相当な手慣れだった。それだけのことだ。サイレント・ゼフィルスと交戦した2人の教員の弁を聞く限り、もしあの場に箒の代わりに鈴がいたとしてもどうしようもなかったのはほぼ間違いない。

 ……とまあ、今でこそ冷静な判断ができている鈴だが、昏睡状態の一夏が運び込まれた時はそれはもうひどかった。

 あちこちに火傷の跡が見える彼の姿を目にした瞬間、自らの悪い予感が現実のものとなってしまったことに愕然とし、体中から力が抜けてしまったのだ。

 千冬や真耶から命に別状はないと説明された後も、しばらくの間は体中の震えを抑えることができなかった。

 ――このまま、一夏が遠いところにいってしまったらどうしよう。

 ISの絶対防御を信用していないわけではないが、それでも言い知れぬ不安が心を支配する。

 湧き上がる恐怖とようやく折り合いをつけたのは、一夏が手当を受け始めてからたっぷり1時間たった後のことだ。そのころにはとっくに千冬から『全員、次の指示があるまで待機していろ。ただしオルコットは高速戦闘用のパッケージを量子変換(インストール)しておけ』という旨の指示が出されていて、それ以降鈴は一夏の寝顔をずっと見守っている。

 

「……それにしても」

 

 自分の想像以上に、凰鈴音という人間は脆かったのだと自覚する。中学3年生の1年間に行われた訓練で、『専用機持ち』がどのようなことを意味するのかは十分理解できていたはずだった。自分や一夏、セシリアたちには戦うための力があり、今回のように実戦に投入されるケースも十分ありうるということ。そしてその結果、大きな傷を負うこともあるのだということを、頭の中ではわかっているつもりだった。

 ……結局、それは『つもり』に過ぎなかったのだ。いかに大切な人間であるといっても、一夏が重傷を負ったことでここまで精神が不安定になってしまったのは、覚悟が足りない証拠なのだと鈴は思う。実際、一夏にとって彼女以上に近しい存在である千冬は、彼の身を案じるような表情を見せこそすれ、取り乱す様子はなかったのだから。

 

「……鈴。少し、私の話に付き合ってくれないか」

 

 鈴が己の心と向き合っていると、不意に箒が静かに語りかけてきた。どうやら今度は謝罪の言葉ではないらしい。

 

「……いいわよ。どうぞ」

 

「すまない」

 

 さっきからすまないばかりね、という指摘は声に出さず、鈴は箒の言葉に耳を傾ける。

 

「……私が剣道をやっているのは知っているか?」

 

「もちろん。一夏から話は聞いてたし、今も部活に参加してるのをたまに見かけるし」

 

「そうか。……では、私が剣道を行う理由は知っているか」

 

「……知らないわね。好きだから、とは違うの?」

 

 鈴が素直に感じたことを口にすると、箒はゆっくりと首を横に振る。

 

「確かにそういう側面もあるが、一番の目的ではないのだ。……まあ、いちいち尋ねなくてもお前が答えを知らないことはわかっていた。なにせ、誰にも話したことがないからな」

 

 じゃあなんで聞いたのよ、と思わず突っ込みたくなるのをぐっとこらえる鈴。今現在2人の間に広がっている真面目な雰囲気を壊すのがはばかられたというのが主な理由である。

 

「私は……己を律するために剣道――剣術を続けてきた。極限の緊張感の中でとるべき行動を見極め、強すぎず弱すぎない最適な力で刀を振るう。それは心を鍛えるものであり、私は自分の中の凶暴さを抑えるために、竹刀を何百何千と振り続けてきた」

 

 だけど、と。視線を一夏に向けた箒の顔に、悔しさと無念の感情が表れる。

 

「……一夏がやられた時、頭の中が真っ黒に染まってしまった。一夏を海から引き上げることも、当初の目標である福音のことも忘れて、私はサイレント・ゼフィルスを叩き斬ろうと突っ込んだ。怒りや憎しみに囚われて、力を振るうことしか考えられなくなっていたんだ」

 

 いつしか箒の両拳は強く握られ、その体は小刻みに震えていた。きっと彼女は自分が許せないのだろう――そう鈴が推測するのは実に容易なことだった。

 一夏をフォローしきれなかっただけでなく、ずっと続けてきた心の制御もままならなかった。そんな自分自身の姿に、箒は深い憤りを感じているようだ。

 

「結局、敵の言葉に諭されて正気に戻る始末だ。本当に……どうしようもない愚か者だ、私は」

 

「……大事な人が傷つけられたら、あたしだってキレて周りが見えなくなるかもしれないわ。だから、箒がとった行動は、ある意味当然のものだと思う。それでも、冷静に気持ちをコントロールしなくちゃいけないのは正論だけど……努力し続ければ、いつかはきっとそうなれるわよ」

 

「ああ……ありがとう。……必ず、強くなってみせる」

 

 自身に言い聞かせるように言葉を発する箒に、鈴は自分と近しいものを感じとっていた。

 鈴も箒も、自分の中の脆さ、弱さを痛感し、もっと強くなりたいと思っている。それは正しいことだし、これからどうあっても向き合わなければならない試練のようなものである。

 しかしそう考えれば考えるほど、鈴の頭の中ではとある疑問が大きく膨らんでいく。

 

 ――だけど。『強い』って、具体的にどういうものなんだろう?

 

 『強さを持て』と昨晩千冬は言っていた。あの人は、その答えを知っているのだろうか。そんなことを考えつつ、鈴はまだまだ目を覚ます気配のない少年の寝顔を眺める作業に戻っていった。

 

 

 

 

 

 

「ねえ」

 

 気がつけば、俺の目の前には小さな女の子が立っていた。白い髪に白いワンピース。紅い瞳が、俺の呆けた顔をじっと見つめている。

 あの正体不明の少女とISにメッタメタにされ、白式とともに海にまっさかさまに落ちたはずの俺は、現在どこかもわからない砂浜にいる。……何が起きたのか、さっぱり状況がつかめない。

 

「ねえ、聞いてる?」

 

「え? あ、ああ、ごめん。ちょっと考え事してて」

 

 少し語気を強めた女の子の言葉に、反射的に頭を下げる。……とその時、もしかしてこの子なら俺がどうしてこんなところにいるのか知っているかもしれないという考えが頭に浮かんだ。

 

「あのさ……俺、ここに来るまでの記憶がすっぽり抜け落ちてるんだけど。君、何か知らない?」

 

 思い立ったら即行動は鈴の十八番だが、今回は俺が実行させてもらうことにする。思い切って眼前の女の子に尋ねてみると、彼女はにこりと笑い。

 

「その前に、私の質問に答えてほしいな」

 

 と返してきた。ふむ……話に付き合ってあげれば向こうも情報提供してくれると、そういうことだろうか。

 

「ああ、いいぜ」

 

 特に問題もないのでうなずくと、白い女の子は喜びを表すかのようにぴょん、と跳ねて――その表情から、笑顔が消えた。

 

「ねえ、力は欲しい? 何物にも屈しない、何物をも凌駕する、強い力」

 

 見た目からはとても想像できないような大人びた口ぶりで、彼女は俺にそんなことを問うてきた。砂浜に押し寄せる波のざあざあという音が、妙に耳に響いてくる。

 ……同時に、先ほど『あいつ』が俺に向けた言葉の数々も、頭の中で明瞭に再生された。

 

「……わからない」

 

「……それは、どうして?」

 

 俺の出した曖昧な答えに、女の子は目を細める。どうしてと言われても、それは……

 

『ISの絶対防御は完全ではない。こうしていたぶっていれば、操縦者ひとりを殺すなど造作もないことだ』

 

 あの少女の言葉が、確かな重みをもって蘇る。

 

『わかるか? ISは、貴様のような能無しが使うには大きすぎる力だということが』

 

 ……それは一方的な言い分だが、ある部分では確かに的を射たものだった。

 ISの力は絶大だ。俺はそれを、自分がISによって傷つけられることではっきりと実感した。アレは人を殺せる力だと、頭ではなく心で知ることとなった。

 今回のような実戦では、当然互いの力を全力でぶつけあうことになる。大きすぎる力は時に相手に深い傷を負わせ、最悪――

 

「……怖いんだ。未熟な俺がやぶれかぶれで振るった力が、誰かを傷つけてしまうのが」

 

 これまで何食わぬ顔で白式を動かしてきて何を今さら、と思われるかもしれない。それでも俺は、まさしく『今さらになって』恐怖を感じていた。

 

「なら、力はいらないの?」

 

「……いや、それも違う。大切なものを守れるだけの力を手に入れたいっていうのは、俺の昔からの目標なんだ」

 

「……じゃあ、どっちなの」

 

 一段と細められた紅い瞳が、品定めでもするかのように俺を凝視する。

 ……本当に、どっちなんだろうな。力は欲しい、でもそれが怖い。2つの相反する考えは平行線をたどり、どちらも折れてくれそうにない。

 

「……少し、考えさせてくれ」

 

 そう言ってから、俺は砂浜にゆっくりと腰を下ろす。服が汚れるのを一瞬考慮したが、結局まあいいかという結論に至った。

 俺の行動を見て、女の子も隣にちょこんと体育座りをしてきた。俺が視線を向けているのに気づくと、彼女は微笑を浮かべて俺を見つめ返す。

 

「さ。じっくり考えて答えを出してね」

 

 その言葉に従い、俺は海の向こうの水平線を眺めながら、とりとめのない思考の海に沈んでいった。

 




マドカの言動についてはいろいろぼかしている部分が多いですが、その辺はおいおいと事情を明かしていくつもりです。
「強いってなんなのか」と言えば某ボクシング漫画が頭に浮かんできます。……最近、というかかなり前から読んでないですけど。難しいテーマですが、一応自分なりの解答を用意するつもりでいます。

精神世界で女の子と対話する一夏。いろいろ迷っていますが、これがどういう結果につながるのか。

では、次回もよろしくお願いします。

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