IS 鈴ちゃんなう!   作:キラ

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お久しぶりです。更新間隔が空いてしまい本当に申し訳ありませんでした。なんとかぎりぎり予告通りに最新話投稿です。


第30話 騒乱と沈黙

『……スコールか。何の用だ? 与えられたノルマはこなしたはずだが』

 

『ええ。それはもちろんわかっているわ、エム。あなたがそつなく働いてくれたことも、早く帰ってひと眠りしたいと思っていることも、私はちゃんと知っている』

 

『ならさっさと用件を話せ。察しの通り、私は眠いんだ』

 

 人気のない裏路地を歩く黒髪の少女――マドカは、そう言って足元に転がっていた小石をなんとはなしに蹴り上げる。

 『言う』とはいっても、彼女の口はまったく開かれていない。プライベート・チャネルで通信を行っているため、言葉は頭に思い浮かべるだけで相手に伝えられるのだ。

 

『あなたは本当に眠るのが好きね。すぐ寝てしまうくせに寝起きは最悪だもの。いつだったかしら、朝早くにあなたを起こしに行った時の寝ぼけた顔は――』

 

『切るぞ』

 

『冷たい反応ね』

 

『くだらん話は聞きたくないと言ったはずだ』

 

『そう。なら、お望み通り本題に入ろうかしら』

 

 ようやく用件を話す気になったらしいスコールに対して、マドカは小さくため息をつく。どうして自分はこんな面倒な女のもとで生活しているのか……この疑問は1日1回は必ず彼女の脳内に湧き上がっている。

 そのたびに、マドカはわかりきった答えを己に返すのだ。……『あの女が私の命を握っているから』、と。

 体内に埋め込まれたナノマシンのせいで、自らの居場所も、体の調子も、何もかもがスコールに伝えられてしまう。それだけならまだいいが、そのナノマシンはスイッチひとつで簡単にマドカの命を奪うことができるのだからたちが悪い。最初にこの話を聞かされた時には、『ああ。科学も随分と進歩したものだな』などと暢気なことを考えたものである。

 

『ちょうどあなたがいい場所にいるようだから、少し残業をしてもらいたいのだけれど』

 

『……サービス残業か?』

 

『ご褒美は用意してあるわ。あなたの大好き(だいきらい)なあの子に会えるかもしれないという、大きな大きな報酬を、ね』

 

『……ほう?』

 

 その言葉を聞いた瞬間、眠気で半開きになっていたマドカの目が大きく開かれ、口元が妖しく歪む――

 

 

 

 

 

 

「お、織斑先生!!」

 

 俺たちが紅椿を操る箒の姿を見上げていた最中、突然山田先生が大慌てで千冬姉のもとに駆け寄ってきた。どうやらただことではないらしく、山田先生から何らかの報告を受けた千冬姉の表情はかなり険しくなっている。

 

「どうしたんだ?」

 

「さあ……」

 

 しまいには手話(しかも一般に使われる種類のものではない)まで使い始めた2人を遠巻きに眺めながら、隣に立っている鈴ともども首をかしげていると。

 

「全員、注目!」

 

 話を終えたらしい千冬姉の声がビーチに響き渡り、生徒はみんなそちらに向き直る。箒もすでに紅椿を待機状態に戻して集団に加わっていた。少しだけうれしそうな顔をしているように見えるのは、俺の見間違いじゃないと信じたい。

 

 

 

 

 

 

 先ほどの千冬姉の話を簡潔にまとめるとこうだ。今から教員は特殊任務に取りかかるから稼働テストは中止。生徒は全員旅館へ戻って一歩も外に出るな。ただし専用機持ちは私について来い――いつも以上に有無を言わさぬ厳格な声で伝えられたその内容に、俺は言い知れぬ不安を覚えた。

 そして今、指示通りに大広間に集まった専用機持ち5人――間違えた、箒も入ったから6人だ――は、千冬姉から何が起きたのかを詳しく聞いているのだが。

 

「軍用ISが、暴走……?」

 

「そうだ。今から50分後、その機体『銀の福音』がここの近くの空域を通過する。これに対処するのが我々に課せられた任務だ」

 

 まだいまいち事態を把握できていない俺がぽろりとこぼした言葉にうなずき、千冬姉は先ほど述べたことをもう一度説明する。2回言われて、ようやく何が起きているのかが呑み込めてきた。

 銀の福音とかいうISは今も超音速飛行を続けているらしく、それに接触するためには同程度の速度を持った機体が必要だ。学園に用意されている訓練機ではスペックが足りない。だからこうして専用機持ちが集められたんだろう……多分。でも、俺の白式には高速機動用の装備はなかった気がする。

 

「しかし……」

 

 代表候補生たちや千冬姉、山田先生らが先ほどから粛々と交わしている話の内容が難解でついていけそうもない。俺が一を理解しようとしている間に話が三くらい進んでしまっているのだ。

 それは俺と同じく代表候補生でない箒も同じなようで、あちらも会話に参加することができていない。……こういうところで、俺や箒と鈴たちの経験・知識の差を痛感させられる。

 

「早く追いつかないとな……」

 

 などと、改めて己の未熟さというものを恥じていたところ。

 

「………」

 

 いつの間にか、みんなの視線が俺に集まっている。……しまった、余計なことを考えていたせいで少しの間話を聞くのを忘れていた。そのせいで状況がまったく掴めない――

 

「一夏。白式の状態は万全か?」

 

「……え?」

 

 ラウラの口からいきなり飛び出したその言葉に、俺はなんとも間抜けな返事をしてしまった。

 

 

 

 

 

 

「まさか、一番経験の浅い俺たちが作戦の要になるなんてな……」

 

「あの千冬さんが決めたことだ。これが最も成功する確率が高いのだろう」

 

 午前11時半。再び砂浜に出た俺と箒は、各々の専用機の状態の最終確認を行っていた。

 作戦の指示を出す千冬姉と山田先生を除く教師陣はすでに空域、海域の封鎖に向かっている。あとは、肝心かなめの銀の福音と交戦する人間が行動を開始するだけ。

 その大役を、俺たち2人が担うことになったのだ。一撃必殺の零落白夜を持つ白式と、高速機動が可能な『前代未聞の第四世代型』紅椿。操縦者はともかくとして、機体の性能的には今回の作戦、つまり『敵を見つけたら速攻で倒すこと』に適している。

 俺の仕事は実に単純。紅椿の上に乗せてもらって福音に接近、そして一発でかいのをぶちかます。……口で言うだけなら簡単だが、果たしてうまくやることができるのだろうか。

 

「……緊張してきたな」

 

「……そうか」

 

 昨日まで俺を避けていた箒だが、今はちゃんと言葉を交わしてくれている。それ自体は喜ばしいことに違いないのだが、プラスの感情を押しつぶすほどの重圧が両肩に強くのしかかっているような、そんな感覚を覚えてしまう。

 ……これは実戦だ。これまで学園でやってきた訓練や模擬戦とは違う。いつ不測の事態が起きるかもわからないし、失敗すればそれだけ状況は悪化する。

 それでも俺が戦うことを選んだのは、自分がやらなければ他の人に負担がかかることがわかっていたから。……たとえばの話だが、俺の役目を鈴が代行することになったりしたら、その状況を我慢できる自信はない。大切な人、守るべき人を戦場に向かわせて自分は傍観するなんてことは、俺の信念に反するのだ。

 

「大丈夫なのか、箒? まだ紅椿をもらってから3時間くらいしか経ってないのに、いきなりこんなことになって」

 

「確かに経験不足は否めないが、適任だと言われたからにはそれに応えるだけだ。最低限、お前を目的地に届ける役目は果たしてみせる」

 

「……すげえな、お前。やっぱり肝が据わってるよ」

 

 春から白式と付き合ってる俺がびくびくしてるっていうのに、箒はいつもと変わらないように見える。

 そんな彼女の姿を見て素直に抱いた感想を口にすると、箒はなぜかため息をついて、

 

「……なるほど。本当に緊張しているようだな、一夏」

 

 と返してきた。いったいどういうことだ?

 

「今の私を見て『いつもと変わらない』だの『肝が据わってる』だの言えること自体がおかしい、という意味だ。もう一度私の顔をよく見てみろ」

 

「はあ……わかった」

 

 言われるがまま、箒の顔をじっと見つめる。じっくりと、目、鼻、口、眉、その他顔についているパーツのひとつひとつを念入りに観察していく。……うん、贔屓とか抜きにしても美人の部類に入るな。

 

「……あまりじろじろ見るな。恥ずかしい」

 

「いや、お前が見ろって言ったんだろ」

 

 頬を染めて照れられても困る……が、なんとなく箒の言いたいことがわかった気がする。

 

「……よく見たら、顔引きつってるな。箒」

 

 というか、一度意識したら箒の立ち居振る舞いのいたるところに緊張が表れているのがはっきりと見て取れる。表情だけではなく、体の動きも堅い。これに今まで気づかなかったなんて、俺はよっぽど心の余裕を失ってしまっているらしい。

 

「私だって緊張しているんだ。今まで使ってきた打鉄とは全く違う専用機を与えられて、大して慣れてもいない状態で実戦に向かう……不安がないわけがないだろう」

 

「……そうだよな。ごめん、無神経なこと言っちまって」

 

「それは気にしなくてもいいが……そうだな。悪いと思っているのなら、必ず銀の福音を止めてみせろ。この作戦を成功させることができれば、私も少し自信がつくからな」

 

「わかった。お前のデビュー戦、きっちり勝利で飾ってやるよ」

 

 最後は互いに口元を緩め、軽い感じで言葉を交わしたところで、千冬姉から準備ができたかどうか尋ねる通信が入ってきた。

 

「……よし」

 

 さっきのやり取りのおかげで、いい感じに緊張が和らいだ気がする。だが当然、『必要な緊張』というものが存在するのも確かだ。今から俺たちが行うのは遊びでも訓練でもない、正真正銘の戦いなのだから。

 箒の身に危険が及んだら必ず守る。そう胸に誓って、俺は白式を展開し、紅椿の背中に乗った。

 

『では、作戦開始』

 

 千冬姉の合図と同時に、白式を乗せた紅椿が、突風とともに夏の青空へと飛び出した。

 

 

 

 

 

 

「………」

 

 指令室代わりとなっている大広間では、千冬と真耶に加えて、一夏と箒以外の専用機組が待機していた。何か予想外の事態が起きた際に、迅速な対応を行うためである。

 その中のひとりである凰鈴音は、作戦の最終確認を一夏たちとともに通信で行っている千冬の姿を背後からぼんやり眺めていた。

 

「鈴、どうかしたの?」

 

 そんな彼女の様子が気に留まったのか、近くにいたシャルロットが不思議そうに声をかけてくる。

 

「ううん……別に、なんでもない」

 

「一夏と箒のことが、心配?」

 

 なんでもないと答えたのに、シャルロットは鈴の心の内を正確に読み取って返事を返してくる。だから、最初はごまかそうとした鈴も、素直に気持ちを話すことに決めた。

 

「……うん。すごく心配。あたしの甲龍が高速機動を行えるんなら、今からでも箒の代わりに出撃したいくらいよ」

 

「そっか……でも、きっと大丈夫。あの2人を信じようよ、ね?」

 

 ――本当に、そう信じることができたらどんなに楽なことだろう。

 

 以前の鈴なら、シャルロットの言う通り作戦の成功を信じることができていたはずだ。『一夏ならきっと大丈夫』――小学生のころから、彼女は一夏の強さを知っていて、それを信じ続けてきたのだから。

 ……だが、今はその行為ができなくなってしまっている。彼に対して、絶対的な信頼感を持てないのだ。

 なぜか、と問われても、鈴は明確な答えを持ち合わせてはいない。ただ、もしかすると原因は一夏と付き合い始めたことにあるのではないかとなんとなく感じていた。

 長年の想いが実り、初恋の少年と結ばれることになって。

 今までよりいっそう彼との距離が短くなり、間近でその横顔を眺めているうちに。

 ……ひょっとすると、臆病になってしまったのかもしれない。絶対に失いたくないがゆえに、彼のことを信じられなくなってしまったのではないだろうか。

 

「一夏、箒……」

 

 誰にも聞こえないような小さな声で、鈴は戦いに赴く2人の名を呼ぶ。願うことなら、自身の胸にくすぶる不安が杞憂で終わってくれますようにと、心の底から祈りながら。

 

 

 

 

 

 

「……気持ちのいいものじゃ、ありませんね」

 

 一夏と箒が銀の福音を目指して空へ飛び出したのを確認した真耶がぽつりとこぼした一言に、隣にいた千冬が反応する。

 

「何がだ?」

 

「機体の性能の問題とはいえ、子供たちを戦いに赴かせなければならないなんて……私が代わりに行ければ、どんなにいいことかと思ったんです」

 

「……まったくだ」

 

 千冬自身も、心の中で真耶と同じことを考えていたところだ。もし自分に福音の速度についていける機体があるのなら、今すぐ一夏と箒を呼び戻して戦場に向かってやる。無いものねだりをしても仕方ないとわかってはいるが、それでもそんな考えが頭の中をもたげるのを止めることができずにいる。

 ……加えて、もし今回の騒動の原因が、千冬の想像通りのものであるとしたら。

 

「だが、とにかく今はあの2人にやってもらうしかない」

 

 一夏たちを心配する真耶と、そして自分自身に言い聞かせるように答える千冬。真耶も彼女の言葉にうなずき、戦況の確認に戻ろうとして――

 

「えっ……?」

 

「なんだと……!」

 

 空域を封鎖している教員のひとりから入ってきた通信の内容に、千冬も真耶も、一瞬言葉を失った。

 

 

 

 

 

 

「あれだ!」

 

「あと10秒で目標に追いつく! 一夏、準備しろ!」

 

 凄まじいまでの速度で飛行を行う紅椿(とその上に乗っている白式)が福音の背後をとるまでに、さして時間はかからなかった。倒すべき相手が視界に入ったことで、雪片弐型を握る両手に自然と力がこもる。

 勝負は最初の一撃。敵がこちらに気づき対処する前に、零落白夜を叩き込む。エネルギー保有量がかなり多いらしい福音相手に長期戦は禁物だと、出撃前に千冬姉から伝えられているのだ。

 

「あと5秒……」

 

 落ち着け。無駄な力は抜き、確実にあの銀白のISに攻撃を当てるんだ……!

 

「………っ!!」

 

 ――今だ。ワンオフアビリティー・零落白夜を開放し、紅椿から飛び出した俺は、そのまま福音めがけて突きの体勢に入る。

 だが次の瞬間、銀の機体が180度回転し、真正面から白式を迎え撃つ形をとってきた。

 

「当たれええ!!」

 

 一度様子を見る、という選択肢はとらない。途中で気づかれたとはいえ、俺の刀と目標の距離はあとわずか。初撃という最大のチャンスをみすみす逃す手はないはずだ。

 シールドエネルギーを無視して莫大なダメージを与える零落白夜。福音のパイロットのことを考えて100パーセントの威力を出しているわけではないが、それでも敵の動きを止めるには十分すぎる一撃が、まっすぐ福音に……

 

「なにっ!?」

 

 命中する、と確信していた必殺の技は、福音が上体をしなやかに後ろにそらしたことで、あえなく空を切った。

 マジかよ、と思わず口から言葉がこぼれてしまう。当然だ、今の回避は半端な動きじゃない。あと一瞬でも動きが遅れていれば、俺の攻撃は当たっていた。あそこしかない、という最適のタイミングで、それしかない、という最適の行動を福音はとったのだ。

 

「くそっ……」

 

 反撃の隙を与えるわけにはいかない。すぐに雪片弐型を引き、第二撃を放つ――避けられる。

 

「待て一夏、闇雲に当てようとするな!」

 

 第三撃――失敗。

 

「一夏! 人の話を」

 

「……闇雲じゃない」

 

 プライベート・チャネルで箒にそれだけ伝えてから、俺は次の一撃のために雪片を振りかぶる。

 ……ここまでの3回の攻撃を、福音はそれぞれ上体そらし、体の回転、そしてバックステップでかわしてきた。そのいずれも、零落白夜を数ミリ単位の緻密な動きで免れている。

回避は必要最低限。おそらくそれは、すぐに次の行動をとれるようにするため。

 

「なら……」

 

 今の福音を動かしているのは、操縦者ではなく暴走した機械だ。ゆえに、思考パターンは不変のはず。……すなわち、裏をかくことが可能。

 

「これで、どうだ!」

 

 右斜め上から左斜め下へ、対角線上の軌道で刀を振り下ろそうとする。そうすると、福音は予想通り『必要最低限』のバックステップをとり始める――ここだ!

 

「うおおおっ!!」

 

 発動させるのは、今まで何度もお世話になってきた『瞬時加速』。後ろに退がる相手に対し、もう一歩踏み込むために備えられた白式の技。

 敵が回避行動に入る瞬間に、必殺の刀を動かしながら一気に加速。タイミングが早すぎればバックステップ以外の避け方をとられるし、遅すぎれば刀を下ろしきってから福音に突撃することになってしまう。つまり、少しのミスも許されない。

 ――いつだったか、たまたま放課後のIS訓練を見ていた千冬姉に言われたことがある。

 

『確かに白式はエネルギーの消耗が激しい。零落白夜はもちろん、瞬時加速も使い過ぎると致命傷だ。だが……だからこそ、使うべき時は思い切り使え。持っているカードをいかに迷わず使えるかが、どんな勝負においても重要なことだ』

 

 その時の俺は、あまりにエネルギー食いな白式の性能を考えて、技の発動に慎重になりすぎていた。それを見て、千冬姉は適切なアドバイスをくれたというわけだ。

 『カードは使うべき時に思い切り使う』。零落白夜の4連続使用と瞬時加速は確かにきついが、勝算があるなら迷う必要はない。

 だから、今こそ加速を――

 

『織斑! 篠ノ之! 南南東に注意しろ!』

 

「え……?」

 

 いきなり千冬姉からの通信が入ってくる。しかもこの焦り様、今までこんな千冬姉の声聞いたこと……

 

「っ!!」

 

 次の瞬間、千冬姉の言った南南東からレーザーが襲いかかる。すんでところで回避したが、直前の警告を聞いていなければ間違いなく直撃していた。

 目の前の福音のことが頭から抜け落ち、思わず銃撃が飛んできた方向に視線をやってしまう。

 

「………」

 

 そこには、一機のISがあった。その手にはライフルが握られ、周りにはセシリアのブルー・ティアーズと同じようなビットが浮かんでいる。

 操縦者の顔は、見えない。口元以外はバイザーに覆われていて、わかるのは肌の色がアジア系ということくらいか。

 

「……織斑、一夏」

 

 俺の名を呼ぶ、正体不明の少女。

 

「……誰なんだ、お前」

 

すると、唯一見えている彼女の唇の形が、ニヤリと薄気味悪く歪み。

 

「ひとつ、手合わせ願おうか」

 

 ――爆発的に膨れ上がった殺気に、俺の体は凍りついた。

 

「一夏、よけろ!」

 

 少女のBTライフルから放たれたビームを、かろうじて避ける。向こうは俺を倒すつもりだ。ここは俺も応戦して、その間箒に福音を任せるしかない。

 

「箒!」

 

「わかっている!」

 

 俺の意思をくみ取ってくれたようで、箒はすでに俺への攻撃を行おうとしていた福音の前に立ち塞がり、二刀流の構えをとっている。

 

「お前、何者なんだ。あの銀の福音は暴走している。あっちの相手しなくちゃならないから、退いてもらえると助かるんだが」

 

「無理だな」

 

 一応やってみた説得もやはり無駄。俺に残された選択肢はひとつ、この得体の知れない少女と戦うことだけだ。

 

「うおおおっ!」

 

 相手はセシリアと同じく銃撃タイプの機体を操っている。とにかく近距離戦に持ち込んで、俺の間合いにしなければ。

 

「………」

 

 無言のまま、BTライフルからビームが飛び出す。だがまだ距離が詰まっていないのが幸いだ。避ける時間は十分にとれる。

 落ち着いて攻撃をかわし、まずは近くにあるビットを落と――

 

「がっ……!?」

 

 白式を襲う衝撃。……なんでだ。なんで、避けたはずのビームが右肩に?

 

「ふん……」

 

 戸惑う俺を鼻で笑い、今度は4機のビットを使って攻撃してくる少女。そのどれもが、まるで意思を持っているかのように、俺を四方から狙ってくる。

 

「ちくしょう!」

 

 きりきり舞いになりながらも、直撃だけは食らわないようにする。……逆に言うと、それしかできない。まるで、セシリアとのクラス代表決定戦の時に戻ったみたいだ。あの時よりもずっと白式を扱えるようになっているはずなのに。

 

「っ!!」

 

 また来た。BTライフルからのビームが、俺に目がけて一直線に突っ込んでくる。今度こそ、完全に回避して――

 

「ぐぁっ……」

 

 さっきのシーンを再生したかのように、再びビームの直撃を受ける俺。……間違いない、これは。

 

「ビームが、曲がってる……」

 

「……織斑千冬の模倣か」

 

 愕然としている俺に向かって、少女は再び言葉を投げかける。

 

「確かに、貴様らしいといえば貴様らしい。だが」

 

 まるで、俺のことをとてもよく知っているかのような口調で語り、そして。

 

「それでは、私には届かない」

 

 次の瞬間、『本物の攻撃』が襲いかかってきた。6機のビットを自在に操り、自らはBTライフルから容赦のないビームの連撃を浴びせてくる。しかも、その狙いは驚くべきほど正確で。

 

「ぐっ……がはっ……!!」

 

 痛い、痛い、痛い痛い痛い……!

 

「思った以上に歯応えがないな。もう少し足掻いてくるかと思ったが」

 

 ……避けようがない。敵の一撃一撃が白式のシールドエネルギーを削っていき、それとともに俺自身の体に伝わってくる痛みも増してくる。まずい、機体が、危険域に……

 

「痛いか?」

 

 ……なんなんだ、こいつ。なんでこんな、粘つくような、気味の悪い声を出すことができるんだ。

 

「ISの絶対防御は完全ではない。こうしていたぶっていれば、操縦者ひとりを殺すなど造作もないことだ」

 

 少女の言葉が、異常なほど胸に食い込んでくる。……痛みで、まともな思考が、できない。

 

「わかるか? ISは、貴様のような能無しが使うには大きすぎる力だということが」

 

 冷たい汗が、体中から噴き出してくる。体が、心が、眼前の少女をこれでもかというほど拒絶している。

 

「だから」

 

 く、そ……なんにも、抵抗できない――

 

「消えろ、出来損ない」

 

 ……爆音とともに、今までに味わったことのない痛みが駆け巡る。

 その瞬間、俺の体の一切が、その役割を放棄した。

 何も見えない。

 何も考えられない。

 何も感じられない。

 

「一夏っ――!!」

 

 ……それでも。最後に、幼馴染が俺を呼ぶ声が、聞こえた気がした。

 




というわけでマドカ無双な回でした。福音の扱いがぞんざいになってしまったのは謝ります。
原作と経緯は違うものの、一夏はここで撃墜されてしまいました。まあ痛い目を見てからの復活というのは王道ですので、こんな感じになりました。

次回の内容は……いろいろあるので秘密です。

では、また次回。

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