IS 鈴ちゃんなう!   作:キラ

30 / 51
切りどころの関係で今回ちょっと短めです。


第29話 紅椿

「朝ご飯は鮭の塩焼きか。うまそうだな」

 

 一晩明けて迎えた臨海学校2日目の朝。1日目の夕食と同じく大広間で朝食をとることになっていた俺たちIS学園の生徒は、それぞれが好きな席に座って談笑しながら食事を楽しんでいた。

 

「ふわぁ……」

 

「眠そうだな、ラウラ」

 

 味噌汁をすすりつつ、隣に座っているラウラに声をかける。先ほどからあくびを連発しており目も半開き、完全に寝不足と見受けられる。意外と朝に弱いタイプなのか、それとも昨日はしゃぎすぎたのが原因なのか。

 ちなみに好きな席といっても、クラスごとに大まかな配置は決まっていたので、2組の鈴と一緒に食べることは残念ながら叶わなかった。なので、俺の周りにいるのはラウラをはじめとする1組の女子たちだ。

 

「ふわ~あ……」

 

「相川さんも眠そうだね。昨日海で遊び過ぎたとか?」

 

「うーん、それもあるけど……多分、普通に寝不足が原因だと思う」

 

 そう言って、向かいの席にいるラウラにぺこりと小さく頭を下げる相川さん。何か謝らなければいけないことでもやったのだろうか。

 

「私、ボーデヴィッヒさんと同じ部屋だったからさ、いい機会だと思ってIS絡みでわからないことをいろいろ教えてもらってたんだよ。それで、なんだかんだで消灯した後までこっそり続けてたから睡眠時間が減っちゃって。ごめんねボーデヴィッヒさん」

 

「気にするな。多少睡眠が少なかろうが私は問題ない」

 

「でも、明らかに眠そうだし……」

 

「訓練の時にはしっかり切り替えるさ」

 

 ……へえ。2人で夜中にそんなことしてたのか。布団に入って10秒で意識が飛んだ俺とは大違いだ。

 

「相川さん、真面目なんだな」

 

「そんなことないよ。ただ、この前ボーデヴィッヒさんに言われた通り、もう少し真剣に取り組んでみようかなって思っただけ」

 

 というと……学年別トーナメントの翌日のあれのことだろうか。

 

『私はISというものに対して、常に真摯に向き合うべきだと考えている。今はスポーツが主な使用用途だが、あれは世界のバランスを簡単に変えることができる強大な力だ。それを扱う者として、ここにいる人間には今以上の努力と覚悟がなければ話にならない』

 

「皆に促したのは私だからな。気概のある者の手伝いくらいはするべきだろう?」

 

 鮭の骨を取り出す作業を行いながら、ラウラはにやりと口元を歪める。

 

「ありがとう。そんなふうに言われたら、今日の訓練は頑張るしかないよね」

 

「広い空間でISを操縦できるいい機会だ。きちんとものにしておけ」

 

「はい、師匠!」

 

「師匠ではない、隊長と呼べ」

 

「はい、隊長!」

 

 なぜ隊長呼びを強制させるのかはわからないが、俺は2人の会話を見ていてなんとなくうれしい気持ちになっていた。ラウラのあの時の心からの言葉が、ちゃんとみんなに届いていたことが改めて認識できたからかもしれない。

 

「俺も頑張らないとな」

 

 もっと模倣の精度を上げられるよう、今日の訓練も気合い入れていこう。

 

 

 

 

 

 

 ISの運用のために用意されたビーチに、朝食を終えた生徒たちが続々集まってくる。昨日羽を伸ばした分、今日は朝から晩までみっちり授業の予定が詰め込まれているため、ISスーツを着ている女子たちの面持ちもやる気に満ちたものになっていた。

 

「全クラス点呼は済んだな。ではこれよりISの装備試験を行う」

 

 生徒全員が集まったことを確認した千冬姉が指示を出し、あらかじめ決められていた班ごとに振り分けられた作業を開始する。

 俺は専用機持ちなので、本来なら鈴やセシリアたちと同じく機体に用意された専用パーツを試すことになるのだが……この白式、拡張領域というものが空いていないらしく、後付け装備を追加することが不可能なのだ。ゆえに俺には千冬姉のマンツーマン指導という鬼の特別メニューが実行されるらしい。

 

 ずどどどど……

 

「うん?」

 

 何やら向こうからものすごい勢いで近づいてくる人の姿が……って、あれは。

 

「ちーちゃ~ん!!」

 

 ……束さんだ。箒のお姉さんにして、世の中にISという存在を生み出した張本人。世界の誰もが認める天才科学者は、現在行方不明ということになっていたはずだが、まさかこんなところに現れるなんて。

 ああいや、この人に『まさか』が通用しないのは昔からわかってたことではあるんだけど。

 

「うそ、あれがISを開発したっていう……?」

 

「生で見られるなんて思いもしなかったよ……」

 

 束さんの突然の登場に驚き、ざわめく女生徒一同。ちなみにその間当の本人は千冬姉にじゃれつこうとしてアイアンクローをもらっていた。本当に、昔と全然変わっていない。

 

「ちーちゃんの愛が重いよ……もっと優しくしてくれると束さんはうれしいな」

 

「なにが愛だ馬鹿。それよりさっさと用件を済ませたらどうだ」

 

「はっ、そうだった! これはうっかりだねえ。じゃあ……いた! おーい箒ちゃ~ん!」

 

 大声で10メートルほど離れたところにいた箒を呼ぶ束さん。箒もそれに応えて、ゆっくりと2人のもとに歩いていく。途中で一瞬俺と目があったが、すぐに逸らされてしまった。

 

「……どうも、お久しぶりです」

 

「うんうん! ほんっとーに久しぶりに会えたね、箒ちゃん!」

 

 妹の顔を見ることができてはしゃぐ姉と、そんな姉を言葉少なに見つめる妹。対照的な2人は、間違いなく血のつながった姉妹なのである。

 妹LOVEな束さんはもちろんだが、箒のほうも向こうを嫌がっている節は見受けられない。4月のはじめに姉を敬遠するかのような発言をしていたのだが、この様子だと問答無用に拒絶、という感じではないようで一安心だ。

 

「早速だけど、予告通り箒ちゃんにバースデープレゼントを用意してきたんだよ、ぶいぶい!」

 

 そうか、今日は7月7日で箒の誕生日だからな。姉である束さんはそれをお祝いしようとここまでやって来――

 

 空から、何かが降ってきた。

 

 落下による衝撃で砂煙がたちこめる中、その金属の塊の外面を覆っていた壁が四方に倒れる。そして現れたのは……紅い、IS?

 

「ね、姉さん。これは……?」

 

「見ての通り、箒ちゃん専用の現状最高スペックを誇るIS『紅椿』だよ! これが私からのプレゼントなのだよん♪」

 

『………』

 

 生徒および教師一同、絶句。無理もない、妹の誕生日に専用機プレゼントするって、そりゃIS作った人なら十分できることだけど……ぶっちゃけ予想外過ぎて驚くしかない。箒だって口をぽかんと開けて呆然としている。

 

「………」

 

 唯一千冬姉だけはさして動じることもなく、品定めするかのように『紅椿』を見つめている。もしかして、プレゼントの中身を事前に把握していたのだろうか。

 

「さあさあ箒ちゃん、束さんがソッコーでフィッティングとパーソナライズをするから――」

 

「ごめんなさい。私は、これを受け取ることができない」

 

「……え?」

 

 消え入るような声で箒がぽつりとこぼした言葉に、俺たち全員は耳を疑った。

 

 

 

 

 

 

「受け取れない? どうして箒ちゃん? ……あ、さては束さんの腕を疑ってるねえ? ちっちっち、心配ご無用。この紅椿は安心安全束印のパーフェクトな一品だから、なーんにも怖がらずに使ってくれて――」

 

「そうじゃない!」

 

 繰り返し紅椿の使用を勧めてくる束に対して、箒は思わず声を荒げてしまう。それだけ、今の彼女の心は不安定な状態だった。

 

「そうじゃ、ないんです……」

 

 怒っているわけじゃないということを示すために、さっきよりも丁寧に言い直す。眼前の束はそんな妹の反応が解せないといった表情をしており、一方千冬は腕を組んだままじっと様子をうかがっている。近くにいる副担任の山田真耶は、先ほどからずっとおろおろしっ放しだ。

 

「どうして? 箒ちゃん」

 

 束の発する声色が変わった。いつものふざけた空気はなくなり、真面目に箒に答えを問うているのだ。

 

「……私は、あれを使うに足る力も信念も持ち合わせていない」

 

 篠ノ之束は紛れもなく天才だ。そのことを、妹である箒は痛いほど承知している。

 そんな束が作り上げた、最高スペックを持つという専用機。彼女がそう言うのだから、紅椿は間違いなくどの機体よりも優れたISなのだ。そんな大それた力を扱えるほど、箒は己が修練を積んだと言い張ることができない。

 そしてもうひとつ……信念。

 今まで箒が、何のためにISの訓練を続けてきたのか。一番の理由は、『一夏と肩を並べられるようになるため』だった。白式という専用機を手に入れ、めきめきと力をつけていく一夏と、彼の周りにいる高い実力を持った代表候補生たち。いつかあの場所に自分も到達しようと、そう強く思い続けて努力してきたのだ。

 

 ――胸を張って一夏の隣に立てた時、告白しよう。

 

 ……だが、一夏は鈴を選んだ。今からありったけの想いを伝えたとしても、彼がこちらに振り向くということはないだろう。

 だから、今の篠ノ之箒にはISの高みを目指す目的が失われてしまっていた。

 

「あの紅椿に、私は釣り合わない」

 

「……それってさ、今決めつけちゃうもんなの?」

 

 不意に背後からかけられた声に振り向くと、そこに立っていたのは。

 

「鈴……」

 

「あれに釣り合わないって、そんなの当然でしょ。稀代の天才のお手製品よ? それに対して本当に釣り合う人間なんて、それこそISパイロットの頂点、ブリュンヒルデくらいしかいないわ」

 

 両腕を腰に当てて、鈴はちらりと千冬のほうに目を向ける。……確かに、束の作品に真の意味で釣り合うことができるのは、最強の戦士の称号を持つ彼女くらいなものだ。

 

「だから、今の段階で釣り合わないのは問題じゃない。あれに乗って訓練積んで、最終的に機体に見合うだけの実力を身につけられればそれでいいのよ」

 

「し、しかし……」

 

 鈴の言うことには一理ある。だが、それを肯定したとしても、まだ信念がないという問題が残ってしまう。

 

「はあ……やっぱり真面目よね、箒って。要するにね、あたしは『とりあえず挑戦してみろ』って言いたいわけ」

 

 投げやりといえば投げやりな鈴の意見。だが、彼女は真剣な表情で箒に語りかける。

 

「実際問題として、専用機持ちはいろいろ大変だとは思う。たくさんの人の中から選ばれた数少ない『力』を持った存在なんだから、面倒事に巻き込まれることだってあるかもしれないわ」

 

 でも、と。鈴は小さく首を横に振って、『専用機持ち』としての言葉を紡いでいく。

 

「だからこそ……ってのは違うかもしれないけど。専用機に乗ることで、新しく見えてくることもあるのよ。アンタの言う信念ってやつも、その中にあるかもしれない。あたしだって大事なことが何個かわかったし、一夏も似たようなこと言ってたしね」

 

「一夏も……?」

 

「ま、確かに鈴の言う通りだな」

 

 いつの間にか、一夏が箒たちの近くにまで歩み寄ってきていた。ここ数日の間は箒の方から距離をとろうとしていたので、こうして面と向かって話を聞くのはずいぶん久しぶりのような気がする。

 

「箒はさ、十分すごいと思うぜ。お前が今まで放課後のIS鍛錬頑張ってきたのは俺がよく知ってる。芯も強いし、きっと専用機を持っても大丈夫だ……って、俺に言われても全然安心できないか」

 

 ――芯が強い? 私が? はは、それは見当違いもいいところだぞ一夏。剣道の大会でも、自分の力に酔って怒りのままに竹刀を振るったような人間だ。

 ……だけど、お前や鈴が、そこまで言うのなら。

 

「……わかった。とりあえず、一度だけ試してみる」

 

 信じてみようと、箒は思ったのだった。

 

「おおっ、箒ちゃんがやる気になってくれた! うれしいねえ、姉冥利に尽きるねえ。それに、さすがいっくんいいこと言うね! あと誰だか知らないけどそっちのツインテールも。おっぱいはすごく小さいけど」

 

「箒、アンタのお姉さん殴っていいかしら」

 

「さっきまで珍しくいい感じのこと言ってたんだから最後の最後で台無しにするなよ」

 

 額に青筋を立てて拳を握りしめている鈴をなだめる一夏。そんな2人の姿を、やはりお似合いだと箒は感じた。

 

 

 

 

 

 

「これは……」

 

 ――すごい。ただ、それだけだった。

 束の手による調整が終わり、いよいよ紅椿を身に纏った箒。空中に浮かびあがり、右手の『雨月』、左手の『空裂』という名の2本の刀を振るった時、彼女は初めて味わう感触に心を震わせていた。

 

「訓練機とは次元が違う。これが、紅椿の力……」

 

 パワー、スピード、装備、その他すべてが途方もないレベルに到達している。こんな高性能の機体を、束は箒に贈ろうとしているのだ。

 さきほどは、いきなり専用機を渡されたことで戸惑いの感情が大きく出てしまっていたが……姉が自分のためにISを作ってくれたこと自体は、とてもうれしい。

 

「見えるかもしれない」

 

 知らず知らずのうちに、刀を握る手に力がこもる。

 

「この紅椿となら、何かを見つけられるかもしれない」

 

 一夏への気持ちに関する疑問の答えは、今もまったくわからないままだ。自分の心が自分で理解できないのは本当に辛い。

 だけど、今はとりあえずこれに挑んでみようと、箒は決意した。

 




紅椿に乗るだけで1話使う作品があるらしい。まさか福音までいかないとは思わなかった……いや、ならあと3000字くらい追加しろって話なんですが、前書きにも書いた通りこのあたりでしか話の切りどころがなかったんです。

ラウラ隊長のISレッスン。今後も受講者が増えるかもしれません。
鈴に関してはなんかしゃべらせすぎたので最後にオチをつけときました。貧乳ネタが最近多い気もしますが原作でもここはおっぱいの話してたから許してください。

では、次回もよろしくお願いします。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。