IS 鈴ちゃんなう!   作:キラ

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プロ野球観戦に熱中しすぎて日曜に更新するはずが火曜にまで伸びてしまいました。


第28話 姉の思い

「はい、次は一夏の番だよ」

 

「くっ、ここにきてAのダブルか……パスだ」

 

「わたくしもパスですわ」

 

「2はここまでで3枚出ているからな……私も手がない、パスだ」

 

 7月6日。今日はIS学園の外に出て行われる3日間の実習の1日目で、俺たち1年生はクラスごとに用意された4台のバスで目的地へ向かっている最中だ。朝からバスに揺られていると途中で眠っちまうかもなーと考えていたのだが、こうして近くの席の女子たちと大富豪に熱中している間はその心配もなさそうである。

 

「じゃあ場が流れて僕からだね。はい、ジョーカー」

 

「やっぱりシャルロットが持ってたのか……!」

 

「スペードの3は先ほど出ていましたし、誰も対抗できませんわね」

 

「そして4のダブル。これであがりだね」

 

 ちなみに大富豪のメンバーは、俺、セシリア、ラウラ、シャルロットの4人。通路を挟んで1列に並んだ座席に座っている俺たちは、真ん中の補助座席の上にトランプカードを出し合っている。

 

「シャルロットが勝ったからラウラは都落ちで大貧民だな」

 

「構わんさ。金がなくとも生き延びる術はきちんと持ち合わせている」

 

 なんだかズレた発言をしながら手札を公開するラウラ。ふむ、4枚目の2はあいつが持ってたのか。

 場が流れて俺の番。残っているのは俺とセシリアだけだ。

 

「とりあえず2位に入って富豪をキープするか」

 

「あら、そう簡単にはいきませんわよ? わたくしはあと3枚、一夏さんはまだ6枚残っているのですから」

 

 ふふん、と得意げな様子のセシリア。だけど俺の心に不安はない。絶対勝てるという確信があるからだ。

 

「セシリア。その残り3枚のうち、2枚は4だな?」

 

 びくっとセシリアの体が硬直する。どうやら図星らしい。

 

「ど、どうしてそんなことがわかりますの?」

 

「そりゃあ、今まで4は2枚しか出てないからな。俺が持ってないんだからお前が持っているので確定だろ」

 

「ちゃんとチェックしていましたのね……」

 

「勝負の基本だからな」

 

 俺の手札は5,6,9が2枚ずつ。そんなわけで、めでたく一方的に札を出し続けて2位に滑り込むことができた。

 

「楽しそうだねおりむー。次は私とかなりんもいれてほしいな~」

 

 と、ここで後ろの席から飛び入り参加の要求が。顔は見えないけれど話し方で声の主がのほほんさんであることはすぐにわかった。

 

「よし、じゃあ次は6人でやるか」

 

「そうだね」

 

 隣に座っているシャルロットと協力して全員に札を配り、準備を整える。……その途中で、なんとはなしに後ろのほうの席に座っているある人物が視界に入った。

 

「箒……」

 

 数日前――俺が鈴と付き合い始めたことを伝えた次の日から、箒の様子はおかしいままだ。話しかけても上の空だし、それに加えてどことなく俺を遠ざけようとしているのが感じられる。今も俺からもっとも離れた席に座って、窓の外をぼーっと眺めている姿が確認できる。

 明日は箒の誕生日だっていうのに、本人があの様子じゃ祝うのも難しそうだ。だから、できれば今日中になんとかしておきたいのだが……どうすればいいのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 それから1時間ほど経って、バスは海辺の旅館に到着した。女将さんに全員であいさつした後、各人が割り振られた部屋へ自分の荷物を運んでいく。

 

「それじゃあ、3日間よろしくお願いします。織斑先生」

 

「ああ。羽目を外しすぎるなよ、織斑」

 

 唯一の男である俺は、様々な事情が考慮された結果、千冬姉と同じ部屋で生活することになった。確かに、抑止力たるわが姉がいれば万にひとつも間違いが起こることはないと言い切れる。

 

「さて、早速浜辺に繰り出すか」

 

 実習1日目は終日自由時間なので、生徒はみんな海で遊びまくることだろう。俺もその例にもれず、千冬姉と別れて男子更衣室へ向かい、ちゃちゃっと着替えて夏の青空の下に飛び出した。

 

「おお……」

 

 浜にはすでに多くの女子がいて、それぞれ海で泳いだりビーチで遊んだりしている。もちろんみんな水着姿なわけで、こういう刺激的な光景を目にできる男は俺だけなのだと考えると少し優越感を感じる。

 

「……眼福だな」

 

「何が眼福よ、このエロオヤジ」

 

 背後からの聞きなれた声に振り向くと、予想通りツインテールの幼馴染――もとい、俺の彼女がむすっとした表情で仁王立ちしていた。

 オレンジを基調としたタンキニタイプの水着は、活発な女の子である鈴にとてもよく映えているように見える。……惚気になってしまうが、やっぱり他の子よりもかわいい。

 

「鈴。その水着、すげー似合ってる」

 

「んなっ……ま、真顔でそんなこと言うんじゃないわよ! 他の女の子見て鼻の下伸ばしてたくせに」

 

「それはまあ、悪いと思ってるけど男の性だし……でも、俺は鈴が一番きれいだと思うぞ」

 

「はぅ……」

 

 素直に感じたことを口にすると、鈴は奇妙なうめき声をあげてうつむいてしまう。どうやら照れているらしい。

 

「アンタってホントに、女殺しというかなんというか……もう怒る気も失せちゃったわ。ほら、早く泳ぎに行きましょ」

 

 俺の手をとって砂浜を走り出す鈴。どうやら機嫌を直してくれたようだ。さあ、久しぶりにこいつと水泳勝負でもやろうかな。

 

「ちょっと待ったあ!」

 

「織斑くんと凰さん、私たちとビーチバレーやらない?」

 

「今日こそ7月のサマーデビルの本領発揮よ!」

 

 声をかけてきたのは谷本さんと相川さんと櫛灘さんだった。さらに彼女らの背後にはラウラとシャルロットの姿も確認できる。

 

「ビーチバレーか、面白そうだな」

 

「そうね、やりましょう」

 

 2つ返事で承諾する俺と鈴。そうと決まればチーム分けだが……7人、奇数だな。

 

「それじゃあ最初は僕が抜けようか?」

 

「その必要はないわ。一夏がひとりで2人分動くから」

 

 おい鈴、勝手に俺を過労死させようとするんじゃない。

 

「だって一夏は『ビーチバレーの魔王』の弟だし」

 

「確かに千冬姉は魔王だけど俺の実力とは関係ないだろ」

 

「む、教官はビーチバレーが得意なのか」

 

「魔王かあ。サマーデビルの私とどっちが上なのかな」

 

 鈴の話に食いつく一同。やっぱり千冬姉はみんなの注目の的なんだなと改めて実感させられる。

 

「千冬さんは恐ろしいわよ? あの到底人間とは思えない身体能力をフルに使って繰り出される殺人サーブと必滅スパイクがどれだけの罪のない人間をなぎ倒していったのか……血も涙もあったもんじゃないわ」

 

 調子に乗って事実に脚色を加えて語り始める鈴。会話を盛り上げるエンターテイナーとしての能力は評価するが、そういうことをしていると――

 

「ほう、ずいぶん楽しそうな話をしているな? 凰」

 

 ほら、地獄耳の魔王がやって来た。

 

「ひっ……お、織斑先生」

 

 油の足りないロボットのようなガチガチの動きで、鈴は背後に立つ千冬姉の方に振り向く。俺が選んだ黒の水着を身に着けている千冬姉は色気たっぷりで、俺やラウラ、櫛灘さんたちはその姿にしばし見惚れてしまう。……鈴はガクガク震えてるけど。

 

「ビーチバレーの人数が足りないのなら私が入ろう。これで4対4にできるな」

 

 憧れの千冬姉と遊べるということでテンションの上がる一同(正反対の態度をとっているのが約1名)。あれよあれよという間にチーム分けが進行していき、結果。

 

『俺・鈴・ラウラ・櫛灘さん』VS『千冬姉・シャルロット・相川さん・谷本さん』

 

 こんな感じになった。

 

「なんで千冬さんと同じチームになれないのよ……集中攻撃食らうの確定じゃない」

 

「諦めろ。大魔王からは逃げられない」

 

 先ほどの失言に対する報復を受けると予測している鈴はガクリと膝を落とす。……まあ、俺としては千冬姉もそこまで執拗に仕返しするほど子供じゃないと内心思っている。純粋にビーチバレーを楽しみたいだけだろう、多分。

 

「ボーデヴィッヒさん、ビーチバレーのルールはわかってる?」

 

「シャルロットに教えてもらったから問題ない。要は相手の陣地にボールを落とせばよいのだろう?」

 

「うん、まあ遊びだしだいたい理解できれば大丈夫だね」

 

 櫛灘さんと普通に会話できているのを見て、ラウラもすっかりクラスに溶け込んだなと改めて感じる。転校当初の高圧的で周りを拒絶していた態度を考えると、本当にいい方向に変わってくれた。

 

「俺のサーブからでいいか?」

 

 全員準備ができたようなので、そろそろ試合を始めよう。たまたまボールを持っていた俺がサーブを放ち、ゲームスタート。初っ端ということもあってあまり力を入れなかったこともあり、ボールはゆっくりと相手側のコートへ飛んでいく。

 

「それっ」

 

「織斑先生、パスです!」

 

 シャルロットがサーブを受け、続いて相川さんがボールを高く上げる。そして――

 

「ふっ」

 

 ズドン、と。およそビーチバレーで出るとは思えないような重い音とともに、矢のようなスパイクが襲いかかる……思いっきり鈴めがけて。

 

「うわあっ!?」

 

 素っ頓狂な声を出しながら攻撃を回避する鈴……っておい、よけちゃダメだろ。

 

「いきなりあんなの来たら誰だって反射で自己防衛に走るわよ!」

 

 俺の責めるような視線に気づいたのか、砂浜に落ちたボールを拾い上げつつ必死に反論してきた。若干涙目になっているあたり、本気で怖かったらしい。確かに、俺があいつの立場でも思わずよけちまってたかもしれないな。

 

「さすが教官だ。ビーチバレーをする姿も美しい」

 

「くっ、まさか7月のサマーデビルを超えるものが現れようとは……」

 

 愛する教官に惚れ直していたり、早くも敗北を認めたりしているわがチームメイト。ここから先の展開に不安しかない。

 ……ところが、その後の試合運びは俺の想像とは異なるものになった。

 

「ラウラ、頼んだ!」

 

「任せろ!」

 

 俺のパスからのラウラのスパイクは見事に相手コートに突き刺さる。千冬姉が本気を出せば必ず拾えたボールだ。どうやらちゃんと手加減してくれているようで、今の以外でも100パーセントの力を発揮せずに行われるプレーが多い。

 ……まあ、多いと言ったからには例外があるわけで。

 

「はっ」

 

「ああっ……! また返せなかった……」

 

 どうも千冬姉、鈴のいる方に向かって撃つスパイクだけは全力でやるつもりらしい。普通スパイクは誰もいないところを狙うものなんだが、明らかにひとりの人間への集中砲火を続けている。

 

「うーん……」

 

 おかしいな。仮にさっきの鈴の誇張されたトークに多少腹を立てていたとしても、あんな露骨な真似するなんて千冬姉らしくない。せいぜい殺人スパイクを1回撃ってビビらせるくらいで、仕返しを長引かせるタイプじゃないと思うんだが……

 

「鈴、大丈夫か?」

 

 またもボールを拾えず、地面に手をついて意気消沈しているように見える鈴に一声かける。

 

「ふ、ふふ、うふふ……」

 

 不気味な笑みを浮かべながらふらふらと立ち上がるのを見て、頭でも打ったんじゃないかと少し心配になる。

 

「ふふふ、久しぶりにキレてしまったわ」

 

「いや、お前わりと頻繁にキレてるような」

 

「何がビーチバレーの魔王よ。こうなったら意地でも止めてみせる」

 

 あっさりツッコミがスル―されて寂しいが、ここに来てさっきまで千冬姉に恐れおののいていた鈴のやる気が回復するとはどういう風の吹き回しか。

 

「いずれは越えなくちゃならない壁なんだから……あとついでに、あの自己主張の激しい胸部に腹が立ってきたわ」

 

 なんだか不純な動機が混ざっていたが気にしない方向でいこう。

 

「それっ」

 

 谷本さんのサーブでプレーが再開される。現在のスコアは7対9で向こうがリード。10点先取なので、こちらはもう1点もやれない状況だ。

 

「ほいっと」

 

 サーブを受けた俺が前方にボールを送り、それをラウラが垂直に弾く。

 

「ふんっ!」

 

 間髪入れず櫛灘さんが鋭いスパイクを放った。今までで最もスムーズにいった連携で点をもぎ取れるかと思われたが、ギリギリのところで飛び込んできたシャルロットにボールを拾われる。さすがはフォロー上手、ポジショニングもうまい。

 

「先生、お願いします!」

 

 相川さんがパスを出し、千冬姉の体が躍動する。おそらく今回も鈴のいるあたりに撃ってくるはずだ。

 

 ――バァンッ!!

 

 相変わらずボールが破裂しないのが不思議なくらいの音を立てながら襲い掛かってくるスパイクに、鈴は真っ向から立ち向かう。

「うおおおっ!」

 

 ギュルギュルと唸りをあげるボールに腕を弾き飛ばされそうになりながらも、乾坤一擲とばかりに叫びをあげ。

 

「とりゃあ!!」

 

まさに執念。ISの試合の時並みに気合いの入った声とともに、鈴は千冬姉の一撃を弾き返した。その際、ボールに凄まじい回転が加わり――

 

「あ」

 

 気づいた時には、急カーブを描いたボールが俺の顔面めがけてものすごい勢いで――

 

「ぶっ!?」

 

 

 

 

 

 

『ははは、そりゃあ災難だったな。いくらビーチバレー用のボールとはいえ痛かったろ?』

 

「笑い事じゃないんだけどな……防具なしで竹刀を食らうくらいの激痛だったぞ」

 

 楽しい時間はあっという間に過ぎ去り、時刻はそろそろ午後9時になろうかというところ。夕食と風呂を済ませた俺は、千冬姉がいる自分の部屋から出て弾と携帯で話していた。

 

『それで? 晴れて彼女ができた一夏クンは、これから朝まで夜の語らいを楽しんだりするのか』

 

「無理だな。なんせ部屋の相方が千冬姉だ。夜にこっそり抜け出すとかどうあがいても許されないだろ」

 

『ふーん、なるほどな』

 

「ま、もともとそんなことするつもりもなかったけど」

 

 そもそも千冬姉の存在関係なしに、徹夜で彼女と……その、いちゃいちゃする、という行為はあまり良いものではないと思っている。世間一般でよく言われる『バカップル』に当てはまるような行動は気が進まないのだ。何事も節度をもって臨むのが俺の隠れたポリシーだったりする。

 

『俺の予想だと、お前と鈴はそのうちバカップル化すると踏んでるんだけどなあ』

 

「そうなのか?」

 

『お前、基本的にくそ真面目なタイプだろ。そういうやつは行くところまで一直線に行く可能性があるってことだ。付け加えると数馬も同意見だった』

 

 どうも友人にはそんなふうに考えられているらしい。その通りにならないよう気をつけねば。

 ……とまあ、バカップルの話題はこの辺で終わりにしておいて。

 

「ところで弾。……蘭の様子は?」

 

『……やっぱり用件はそれか』

 

「ああ」

 

 数日前、俺は蘭に電話をかけた。セシリアや箒に伝えたことと同じ内容を、彼女にも話したのだ。ちなみに、弾に鈴と付き合うことになったということを報告したのはその後で、『なんで俺への知らせが後回しなんだよ』と軽く文句を言われたのは記憶に新しい。

 電話越しに蘭の泣く声を聞いたあの日からしばらく経って、今はどんな様子なのか。それが気になって、こうして旅館から弾に連絡したわけだ。

 

「まだ落ち込んでる素振りを見せる時もあるけど、だいたい立ち直ったと思うぞ。今日は久しぶりに俺を怒鳴りつけに来たしな」

 

「……そうか、よかった」

 

 どうやら心配なさそうだと思い、俺は一安心とばかりに息をつく。

 ……これで、当面の問題は箒に関することだけに絞られた。昼間に海で遊んでいた時も俺から距離をとってひたすら遠泳してたし、早くなんとかしないとな。

 

 

 

 

 

 

「まさか千冬さんと同じ部屋だなんて……夜中に遊びに行こうと思ってたのに」

 

 ぶつぶつと不平を垂れながら廊下を歩く鈴。浴衣姿の彼女が向かう場所は、先日念願叶って付き合うことになった一夏の部屋。千冬がいる以上室内で2人きりになることはできないが、それなら旅館の外に出て一緒に夜風でも浴びようかと考えた次第である。

 

「一夏、いる?」

 

 部屋の前までたどり着き、浴衣が乱れていないか念入りにチェック。それからノックをして、一夏の名前を呼ぶ。

 

「織斑なら今は部屋にいないが」

 

 ややあって扉が開き、顔を出したのは千冬だった。彼女も浴衣を着ていて、お風呂上りなのか髪が少し濡れている。その姿が妙に色気を醸し出していて、鈴は素直にうらやましいと感じた。

 

「そうですか。じゃあ出直します」

 

「待て」

 

 一礼をして回れ右を行ったところ、背後から呼び止める声がかかる。

 

「どうせすぐに戻ってくる。それまでこの部屋で待っていたらどうだ」

 

「え……?」

 

「というか待っていろ。ちょうどお前と話しておきたいことがあったんだ」

 

 千冬の有無を言わさぬ提案に流されるまま、織斑姉弟の部屋に足を踏み入れる。端の方に置かれているテレビからは、今日の出来事を淡々と振り返るニュースキャスターの声が聞こえてくる。

 

「そこのソファーにでも座れ」

 

「あ、はい」

 

 近くにあったソファーに腰掛け、鈴は大きく深呼吸をする。千冬と2人きりという状況からくる緊張をほぐすためだ。

 凰鈴音は織斑千冬が苦手である。いつからか、と思い返してみると初対面の時までさかのぼる。彼女の本能が『この人には敵わない』と告げているのだ。

 

「え、えっと。織斑先生、お話っていうのは……」

 

「ああ、そうだったな。では単刀直入に聞くとしよう」

 

 テレビを眺めていた千冬がリモコンの電源ボタンに手を触れる。途端に部屋が静まりかえり、鈴の緊張感もさらに増していく。

 

「……お前、私の弟と付き合っているな?」

 

 ど真ん中直球150キロ、いきなり核心を突く質問だった。心臓が飛び出すかと思うほど驚いた鈴は、しかし背筋を伸ばして千冬の問いに答える。

 

「はい。この前の日曜日から、お付き合いさせていただいています」

 

「……そうか」

 

 千冬の返事は短く、どんな感情を抱いているのかを察することができない。

 

「あの……織斑先生は、反対なんですか」

 

 気分はダンジョン最下層でボスとご対面した勇者である。半ばヤケになりながら、鈴は千冬に思い切って尋ねてみた。

 

「別に付き合うだけなら何も言わないさ。どこの馬の骨とも知らないようなやつならともかく、お前のことは小さいころから知っていることだしな。あの馬鹿のどこに惚れたのかは理解できないが」

 

 『付き合うだけなら』。その言葉に込められた意味が、鈴にはなんとなくわかったような気がした。

 

「ただ、お前が将来それ以上のことを望むのであれば、その時は私も簡単に認めるわけにはいかないな」

 

 にやりと唇の端を吊り上げて、千冬は不敵に笑う。

 つまり、もし鈴と一夏が恋人よりさらに進んだ関係――つまり『夫婦』になることを決意した場合は、この姉の反対を受けることになるということ。

 

「……どうしたら、認めてもらえるんですか?」

 

「おいおい、気が早すぎるんじゃないのか? お前たちはまだ学生だ。加えて専用機持ちという立場も考えて行動しなければならない。どれだけお前が努力したところで、あと数年は決して首を縦に振るつもりはない」

 

 どのみちあいつが18歳になるまでは籍を入れられないしな、と付け加える千冬。確かにその通りなのだが、それでも鈴としてはできるだけ早く許可をもらいたくてしょうがないという気持ちがある。

 好きな人と結婚して、同じ家に住んで、子供を産んで、大事に育てて。まだ曖昧にしか想像できないことではあるが、それは月並みながらも凰鈴音という少女の夢なのである。

 

「どうしても条件を知りたいという顔だな」

 

 鈴の意図が伝わったのか、千冬の目つきがやや細くなる。

 

「仕方がない。ならいくつかあるうちのひとつだけ教えてやろう」

 

 そう言って、彼女はゆっくりとその『条件』を告げる。

 

「あいつは危なっかしいところがあるからな。それを支えられるだけの強さを持て。……最低でも、私のスパイクをきちんと返せるくらいのな」

 

 悪戯っぽい笑みとともに放たれた千冬の言葉。それを聞いて、鈴は昼の彼女の行動に隠された意味をはっきり理解した。

 鈴に対してだけ執拗な攻撃を繰り返していたのは、彼女なりの試練のようなものだったのだろう。一夏が欲しいのなら、このボールを返すくらいの意地と強さを見せろ、と。

 不器用なやり方だと鈴は思う。だが、その不器用さゆえに千冬が弟のことを真摯に考えていることがよりはっきりとわかるような気もした。

 

「……本当に、一夏のことを大事にしてるんですね」

 

 一夏に関することには素直じゃない千冬のことだ。きっとこの言葉も否定するんだろうなと思いつつ、鈴は小さく笑いながら語りかける。

 ……だが、予想に反して千冬は首を縦に振り。

 

「当然だ。私の大切な弟なのだから」

 

 慈愛に満ちた表情で、初めて鈴に対して本音をこぼしてくれたのだった。

 




ちょっと駆け足ですが臨海学校1日目まで終了です。次回はいよいよ天災ウサギさんやらあれやらそれやらが登場します。結構真面目な話になる予定です。

千冬が最後に本音をこぼしたのは、鈴をある程度は認めているから、みたいな感じです。

では、次回もよろしくお願いします。

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