IS 鈴ちゃんなう!   作:キラ

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この作品のタイトルの元ネタである鏡音リンと凰鈴音って声優さんが同じ下田麻美さんなんですよ。……え? とっくに知ってる?


第1話 むかしのおはなし①

 俺には幼馴染の女の子が2人いる。1人目は篠ノ之箒という剣道少女で、彼女に関してもたくさんのエピソードがあるのだが、それを話すのはまた別の機会にしよう。

 今回は2人目の幼馴染、凰鈴音について。箒と入れ替わる形で小5の始めに俺の通っていた小学校に転校してきた鈴だが、正直最初は仲が良いとは言えなかった。どのくらい良くなかったのかというと、初対面でいきなりグーで殴られるくらいには険悪だった。まあ、それも今となってはいい思い出……いや、今でもやっぱり痛い思い出だ。

 それでもある時を境に俺たちの関係は180度変わり、以降は仲のいい女友達としていろんなことをやってきた。小5に知り合った人間を幼馴染と言うのはおかしいんじゃないかと言うやつもいるが、それでも鈴は俺にとっての大事な幼馴染のひとりなんだ。

 きっとこれからも、俺は鈴や弾たちと一緒にくだらなくも楽しい日々を過ごしていく。

 

 

 

 ――そう、根拠もなく思っていた、中学2年の秋の日のこと。

 

「……え」

 

 いつものように鈴の両親が経営している中華料理の店で夕飯を済ませて帰宅した後、携帯電話を忘れたことに気づいて再び店の前まで戻ってきた。営業時間は過ぎているため店は閉まっているが、頼めば中に入れてくれるだろう――そんな思考が、一気に吹き飛んだ。

 俺の視界の中。店の前に、鈴が立っている。それだけならば気軽に声をかけて、携帯電話のことを話していただろう。

 だけど、俺が見た鈴の姿は、いつもの元気の塊みたいなソレとは程遠くて。

 

「…………」

 

 ――その目から、涙が溢れ出していた。

 

「……鈴」

 

 思考も何もなく、ほぼ反射的に、気づけば彼女の名前を呼んでいた。その声が届いたらしく、俺の存在に今まで気づいていなかった鈴の肩がビクリと跳ね上がる。

 

「っ! い、いちか……? 」

 

 今まで聞いたこともないようなか細い声で、鈴は俺の名を口にする。

 

 ――その時、どこかから誰かの怒号が耳に入って来た。あたりを見渡して、その声の発信源を見つける。

 

「鈴……」

 

 怒った声は、目の前の店――つまり、凰家から聞こえたものだった。一度注意を向けると、今も中で誰かが言い争うような声が聞こえている。

 

「鈴、お前の親……」

 

 喧嘩してるのか、という言葉を言い切る前に、鈴の体が動いた。自分の家から、そして俺から逃げるように、全速力で走りだす。

 

「あっ、おい鈴!」

 

 いきなりの逃走に一瞬反応が遅れたが、すぐさま俺も駆け出し、鈴を追いかける。どういうことなのか、とにかく事情を聞かないと……!

 

 

 

 

 

 

「……なんで、追いかけてくるのよ」

 

 ――結果として、200メートルほど走った後、俺は公園の中で鈴の腕をつかむことに成功した。普段ならすばしっこい鈴を捕まえるのは至難の業なのに、こんなに早く追いついたということは、やっぱり相当参っているらしい。

 

「……あんな泣き顔見せられて、黙って帰れるわけないだろ」

 

「…………」

 

 いつもの鈴なら『勝手に見たのはそっちでしょ』と減らず口のひとつでも叩いてくるはずだ。それが今は、ただ力なくうつむいて黙ったままでいる。

 

「……話してくれないか」

 

 なんとなく、鈴が泣いていた理由の予測はついていた。そりゃ信じたくないけど、俺の足りない頭で思いつくような理由なんてひとつしかない。ここで事情を尋ねることが、他人様の家の事情に首を突っ込むようなことだというのもわかっている。……それでも俺は、鈴の口から言葉を聞きたかった。少しでも彼女の感情のはけ口になれれば、少しでも彼女の力になれればと、そう思わずにはいられなかった。

 

「…………」

 

 黙ったままの鈴を連れて、公園のベンチに腰掛ける。鈴ももう逃げるつもりはないらしく、そのまま隣に座ってきた。

 

「……うちの両親さ」

 

 ――離婚するかもしれない、と。その言葉を聞いて、予想していたとはいえ、俺は頭を鈍器で殴られたかのような衝撃を感じたのだった。

 

 

 

 

 

 

 ――もし鈴の両親が離婚すれば、鈴は母親の方に引き取られることになり、まず間違いなく中国に帰ることになると鈴は言った。

 何とかしたかった。……でも、子供の俺に、友達の両親の離婚を止めるなんてこと、できるわけがなかった。親父さんもお母さんも、ちゃんとした理由があって離れようとしているんだろう。詳しい事情も知らない俺が、踏み込んでいい領域じゃない。

 ――結局、俺は無力だった。あの夜以降、鈴はまた元の明るい鈴に戻った。学校でも友達と楽しそうに話しているし、はたから見れば元気そのものだ。でも事情を知っている俺には、鈴がどこか無理をしているようにも見えた。

 ……守りたいものがあるのに、そこに手が届かない。そんな自分が、どうしようもなく情けなく思えた。

 だけど、そこで腐るわけにはいかなかった。力がなくても、まだ年端のいかないガキだったとしても、何か必ずできることがあるはずだ。そう思った俺は、必死に考えて、とても単純な結論に至った。

 

「鈴! 一緒に帰ろうぜ」

 

「あれ、アンタから誘ってくるなんて珍しいわね一夏」

 

「ああ、ちょっと面白そうな店見つけたんだ。だから2人で寄ってみないかって思ってな」

 

「そうなんだ。どんなお店なの?」

 

「それは行ってからのお楽しみだ。ほら行くぞ」

 

「わわっ! ちょっと腕引っ張らないでよ!」

 

 ――結論。鈴と一緒にいる時間を増やす。それが、俺にできる精一杯だった。今まで帰る時間がたまたま同じだった時だけ一緒に下校していたのを、ほぼ毎日に変えた。休み時間も、鈴がひとりでいるときはかなり積極的に話しかけた。休日にも鈴の家に立ち寄る機会が多くなった。当然、クラスのみんなはそんな俺の行動を怪しんだ。特に弾は相当しつこく、別に付き合ってるとかそういうわけじゃないと納得してもらうのに骨が折れた。あいつ曰く、

 

「本当かよ? だって最近のお前と鈴、本物のカップルでも敵わないってくらい長い時間一緒にいるだろ」

 

とのことだ。……確かにそうだと思った。

 

 

 

 

 ――そうして、しばらく日々が過ぎた後のことだった。

 

「それでさ、その時千冬姉が……」

 

 ここ1ヶ月で恒例となった下校時の寄り道。いつものように会話のネタを振るのだが、今日は鈴の様子がおかしい。俺が何か言っても『うん』とか『そう』しか答えてくれないし、足取りも重そうだ。

 

「……鈴? どうかしたのか」

 

「…………」

 

 鈴は何も言ってくれない。ひょっとしてどこか具合でも悪いのだろうか。だとしたら寄り道につき合わせてる場合じゃない。

 

「気分悪いのか? だったら――」

 

「……もう、いいわよ」

 

「え? 」

 

「……もう、無理してあたしに気を遣わなくていいって言ってるのよ」

 

 そう言って鈴は立ち止まり、俺の顔を見つめる。……また、あの時の弱々しい目をしている。

 

「あたしが寂しい思いをしないようにって、アンタがこうしていろいろやってくれてることには感謝してる。実際、あんたと一緒にいる時間が増えたのはうれしかったわ。……けど、もういいの。あたしなんかにこんなにかまってくれなくていい。一夏には一夏の人付き合いってもんがあるでしょ。バイトだってあんなに頑張ってたじゃない」

 

 ……鈴と毎日一緒に帰れるように時間を合わせるということは、必然的に夕方のバイトが不可能になるということだ。まさか『友達が帰る時間が遅くて、それに合わせるので今日は働けません』なんて言うわけにもいかないからな。

だからバイトをやめた。俺の生活パターンを知っていた鈴が、そのことに気づかないはずがない。

 

「……あたしは、一夏の負担になりたくない」

 

 ――ああ、確かに負担になっていないと言えばそれは嘘だ。

 

「だから――」

 

「……だから、そんな悲しそうな顔されて、黙ってはいそうですかって言えるわけないだろ」

 

 鈴はひとつ、勘違いをしている。

 

「え……?」

 

「あんだけ仲のよさそうだった鈴の両親が離婚するのは嫌だ。俺と鈴が会えなくなるのも嫌だ。……けど、一番嫌だったのは、お前が泣いてたことだった」

 

 自分が今、相当恥ずかしいことを言っているのは承知している。でも、今は覚悟を決めて思いの丈を鈴に伝えなければ。

 

「鈴にはいつも元気に笑っていてほしいんだ。あの日の夜みたいに、ひとりで泣いてる姿なんて見たくない。だからさ、俺みたいなやつでも、誰かがそばにいれば少しは辛い気持ちを薄くできるって思ったんだ」

 

「だから、そうしてくれるのはうれしいけど、でも――」

 

「俺が損をしてるって? それは違うぞ。こうして鈴と一緒に話したり、寄り道したり、遊んだりするのがすごく楽しかった。俺も十分得をしていたんだ」

 

 鈴の目が大きく開かれる。俺の言葉に驚いているのだろうか。

 

「い、ちか……」

 

「確かに、俺にとって他の友達やバイトは大事なものだ。……だけど、今はそれ以上に、鈴のことが大切なんだ。だから……その、お前の、そばに……」

 

 ああ、もう限界だ。恥ずかしすぎて声が出ない。というか俺はもう少し言葉を選べないのか。まるで安っぽい昼ドラみたいなセリフしかしゃべれていない気がする。

 

「…………」

 

 鈴は再び黙り込んでいる。俺の気持ちはちゃんと伝わったのだろうか。うつむいているから表情が見えないぞ。

 

「…………ば」

 

 ば?

 

 

「ば、ばっかじゃないのアンタ!! よ、よよよくもそんなは、恥ずかしいセリフを言えるわね! しかも最後照れて言えてないし! そんなに顔赤くされたらこっちまで恥ずかしくなるじゃない、もうっ!! ほんとにもうっ!!!」

 

 うがー! と急に騒ぎ出す鈴。どうしよう、悲しそうな顔はしてないけど、なんか変なスイッチ入れてしまった気がする……

 

「おい、落ち着けって」

 

「落ち着けるわけないでしょ! とにかく、あたし帰るからね!!」

 

 引き留める間もなく、鈴はすたすたと早足で去っていこうとして……10メートルほど離れたところで、急に立ち止まった。

 

「おーい、どうかしたか? 」

 

「一夏。30秒間目を瞑りなさい」

 

「は? いきなり何言って――」

 

「いいからっ!」

 

 距離を離したまま、何やら妙な指示をしてくる鈴。……というか、10メートル離れたまま会話するって結構周りに迷惑な気がする。

 

「……わかったよ。ほら、目瞑ったぞ」

 

 このまま30秒、とりあえず待ってみることにする。

 

 ――10秒。鈴はいったい何してるんだろ。

 

 ――20秒。ああ、退屈だ。

 

 ――25秒。あと5秒。我慢だ俺。

 

 ――30秒。

 

「ほら、30秒経ったぞって冷たっ!?」

 

 急に頬に冷たいものを押し付けられ、思わず一気に目を開く。そうすると当然西日のまぶしさをもろに食らうことになり、一瞬俺の視界には何も映らなくなる。

 

「あは、きれいに引っかかってくれたわね」

 

 さも愉快そうな鈴の声が聞こえる。くそ、これで俺の視力が下がったらどうしてくれようか。

 

「いきなり何するんだ鈴――」

 

 文句の一つでも言おうかと口を開いたとき、視界が元に戻った。

 それと同時に目に入って来たのは。

 

 

 

「……ありがとう、一夏」

 

 八重歯をちらつかせて、満面の笑みを浮かべる鈴の姿だった。……さらに補足しておくと、俺の鼻先10センチという超至近距離で、である。

 

「っ!? 」

 

 心臓が跳ね上がった。当然だ、普段はあまり色気を感じないとはいえ、鈴はかなりの美少女だ。そんなやつの笑顔を、こんな近くで不意打ち気味に見せられたらんだから。

 

「じゃあね」

 

 手を振りながら鈴が今度こそ去っていく。その姿を見えなくなるまで眺めて、深呼吸を数回してようやく体が正常に戻った。

 いつの間にか左手に握っていたジュースの缶を見る。さっき鈴が頬に押し付けてきたものだろう。

 

『ドリアンサイダー』

 

 俺の大嫌いな味のものだった。

 

「鈴のやつめ……」

 

 地味な嫌がらせをしてくるもんだ。……でもまあ、とにかく俺の気持ちは伝わったみたいだから、そこは安心かな。

 

 

 

 

 

 

 それからの鈴は、もう自分にかまうななどということは言ってこなかった。俺の寄り道のネタが尽きてくると、今度は鈴が主導することになり、買い物につき合わされたりすることも多々あった。その時の鈴は本当に楽しそうだったし、俺もそうだったから、問題なんてなかったのだけれども。

 ……その一方で、鈴の両親の仲はどんどん悪い方向に向かっていった。鈴から直接聞いたわけではないが、本人の顔を見ていればなんとなくわかることであった。

 ――そうして、いつしか季節は冬へと移っていた。




はい、というわけで過去編前編です。次回でたぶん終わります。


余談ですが、このハーメルンというサイトはにじファンとアルカディアのいいとこどりをしようというコンセプトらしいですね。アルカディアと言えば、1話あたりの推奨最低文字数が5000文字でしたっけ? 今回のこの話が空白入れて5209文字なので、足りてるか足りてないかってところですね。


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