IS 鈴ちゃんなう!   作:キラ

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更新遅れて申し訳ありません。戦闘シーンになるといつも以上に文章が浮かばなくなる+大事なシーンなのでいい出来にしたい、という思いがありなかなか執筆が進みませんでした。なので間隔があいたわりには文章が短いです。


第17話 なにがなんでも

「な、なんだ……!?」

 

 ラウラの叫びとともに起きたシュヴァルツェア・レーゲンの突然の変化に、俺は突き出そうとしていた雪片弐型を思わず止めてしまう。

 二次移行……には見えない。いくら俺がISに関して学が浅いといっても、目の前で起きていることの異様さくらいは判断がつく。

 ISの装甲に紫電が走り、徐々にその形を失い、溶ける。そして粘土のようになったそれらは、ラウラの全身を包み込むように再構成されていく。

 最後に、それの右手の部分に刀が構築され――

 

「っ!?」

 

 変形が終わるのとほぼ同時に、俺に向かって斬りかかった。反射的に雪片弐型を攻撃に合わせ、受け止める。襲いかかる衝撃に顔を歪ませながらも、俺は相手の武器の形をはっきりと見定めた。

 

「やっぱり、『雪片』だよな……」

 

 散々映像を目に焼き付けてきたんだ、見間違うはずもない。白式の刀とどことなく似ている敵ISの得物は、千冬姉の暮桜が振るっていた『雪片』そのものだ。

 そして、雪片を手にして息つく暇のない猛攻をしかけるその動作も、まさしく暮桜のそれと同じ。……つまり、『模倣』だ。

 

「上等だ……やってやろうじゃねえか」

 

 ラウラとそのISに何が起きたのかはわからない。だがどんな事情があるにせよ、俺が負けるわけにはいかないということだけは絶対に変わらないんだ。

 

 

 

 

 

 

「何よあれ……」

 

 交戦中だったシャルロットと鈴は、予想だにしなかった事態にしばし呆然としていた。いったいあれはなんなのか――必死に頭の中の知識を掘り出して、シャルロットはひとつの答えにたどり着く。

 

「まさか、VTシステム……? でも、あれは開発も使用も何もかも禁止されているはず……」

 

「……でも、多分それで正解よ。あのIS、完全に千冬さんの動きを真似してる。ボーデヴィッヒの意思で動いていないことだけは確かだわ」

 

 鈴の言葉は正しい。VTシステムとは、過去のモンド・グロッソの部門受賞者(ヴァルキリー)の動きをトレースするシステム。それを使えば、当然あのブリュンヒルデの戦い方を模倣することも可能だ。

 

「でも、どうしてそれがシュヴァルツェア・レーゲンに……?」

 

「さあね。そればっかりはドイツのお偉いさんにでも聞いてみないと。それより今は……一夏! さっさとそこから離れなさい! 試合は中止、というか相手の反則負けよ!」

 

 開放回線で一夏に呼びかける鈴。その直後に、アリーナ全体にも試合中止、および観客の避難を促すアナウンスが流れ始めた。

 

『………』

 

 だが、その声が聞こえているはずの一夏は、何の反応も示さず戦いを続けている。逃げるどころか、時には相手の懐に潜り込もうとまでしているのだ。

 

「一夏、どうしたの? 今のボーデヴィッヒさんはVTシステム、つまり織斑先生の動きを模倣するシステムに取り込まれていて、何をやるかわからない状態なんだ。だから――」

 

 危険だよ、というシャルロットの言葉は、回線越しの一夏の返答によって遮られた。

 

『終わってない』

 

「え?」

 

『まだ、勝負は終わってないんだ』

 

 その答えに、シャルロットは少しの間あっけにとられる。だが、自分の言葉が足りなかったから言わんとすることが伝わらなかったのだと思い直し、改めてより詳しく状況を説明する。

 

「一夏、VTシステムは使用が禁止されているんだよ。それに、今一夏と戦っているISは、もうボーデヴィッヒさんの意思とは関係なく動いている。こんなんじゃ、もう勝負としての形をなしてないことくらいわかるよね?」

 

『………』

 

 ……だが、彼女が何を言おうとも、織斑一夏は一歩も引こうとはしない。今度こそ、シャルロット・デュノアは絶句した。

 

「どうして……」

 

『……ごめん。わがままだってのはわかってる、けどどうしてもここで止まるわけにはいかないんだ。あの時守られるだけだった俺の今の姿を、あいつにはちゃんとわかってもらわなくちゃならないんだよ』

 

「『あの時』……?」

 

「もうやめときなさい、シャルロット。あいつ変なところで頑固だから、ああなったら何言っても聞きやしないわよ」

 

 今まで黙っていた鈴が口を開く。その表情は、怒っているような、笑っているような、とにかくなんだかよくわからないもので。

 

「一夏!! 勝ちなさい! 負けたらハーゲンダッツの大きい方30個おごってもらうんだからね!」

 

 それでも、この少女が一夏を信じているということだけは、不思議なほどはっきりと理解できたのだった。

 

「……わかったよ。でも、本当に危なくなったら何としてでも止めるからね」

 

「それは当然」

 

 最低条件を提示して、シャルロットも一夏の戦いを見守る姿勢に切り替える。

 

「まだ君のことはよくわからないけど……きっとそこに、君の『ISに乗る理由』があるんだよね? 一夏」

 

 

 

 

 

 

「ここは……」

 

 気がつけば、ラウラは深い闇の中にいた。

 

「あ……」

 

 手足の自由がきかないのを認識するのと同時に、急に視界が開け、彼女の瞳に何かが映りこむ。

 ……それは、織斑一夏が激しい剣戟を繰り広げている光景。そして、その相手は。

 

「私……なのか? 何がどうなって……」

 

 いくら突然の事態に混乱しているとはいえ、優秀なISパイロットであるラウラが事態を把握するまでにさほど時間はかからなかった。

 

「VTシステム、か。私としたことが、気づかなかったとは情けない……」

 

 己の注意力の欠如を責める。……それとともに、ラウラは先ほどの感情を乱していた自分の姿を思い出していた。

 

――私の方が、あの人に『なれる』はずだ!

 

「ああ……そうだったのか」

 

 自分でも驚くほど、すんなりと事実を理解し、受け入れることができる。ラウラ・ボーデヴィッヒが織斑一夏を憎んだのは、彼が織斑千冬の大会2連覇を妨げたからではない。もちろんそれも理由のひとつだが、本当の、一番の原因は――

 

「……私は、うらやましかったんだ」

 

 自分を鍛え、どん底から救ってくれた織斑千冬。そんな彼女に憧れた、もっと近づきたいと感じた。

 

「だから、もっと強くなりたかった。そうすれば、きっと教官は私を見てくれると思ったから」

 

 ゆえに、彼女は織斑一夏を憎んだ。千冬と似た戦い方をする、千冬の近くにいる少年を忌み嫌った。

 

「なぜあんな軟弱な男があの人の傍にいるのか。……気に食わなかった。だから、あの男を倒せば、教官もきっと――そう考えた。……なんのことはない、私はただ甘えていただけだったのだ。もっと自分を見てほしいと」

 

 そして、VTシステムなどというものに取り込まれ、尊敬する千冬のコピーにされる始末だ。織斑一夏を憎む資格など、今の自分にあるはずもないと自嘲するラウラ。

 

「醜いな……この左目と同じだ」

 

 ラウラが一度『失敗作』という烙印を押される原因となった金色の瞳――通称『越海の瞳』。それを自分自身に重ね合わせ、彼女は暗闇の奥深くへ――

 

「………」

 

 その時、今も戦い続けている織斑一夏の表情が目に入った。織斑千冬の動きを完璧にトレースした機体に押されているはずの彼の瞳は、しかし。

 

「こいつ、まだ……」

 

 織斑一夏とこのVTシステムは、同じ対象を模倣している。だが一方は未熟な人間、一方は機械だ。単純に考えれば、彼が模倣の完成度で勝れるはずがない。

にもかかわらず、一夏の目には諦めの色など微塵も見えない。目の前の敵と堂々と対峙し、全力で刀を振るっている。

 その姿に、いつしかラウラの視線は釘付けになっていた。

 

 

 

 

 

 

『一夏!! 勝ちなさい! 負けたらハーゲンダッツの大きい方30個おごってもらうんだからね!』

 

 単純計算で1万円相当か……はは、すげえ出費だ。最近バイトもやってないし、そんな大金払えるわけない。鈴のやつ、それをわかってて言うんだからたちが悪い。

 まったく、そんな約束吹っかけられたら……

 

「ますます負けるわけにはいかねえよな……!」

 

 上段右からの斬撃をしっかりと受け止め、満身の力をこめて弾き返す。そのまま反撃開始……と行きたいところだが、敵も俺の動きを読んでいたのか、瞬時に雪片弐型の軌道から離れると、そのまま白式の背後をとるように移動してくる。

 

「ちっ……」

 

 再び雪片の連撃が襲いかかり、俺は防戦一方に陥る。さっきからこれの繰り返しだ。少しペースを掴みかけても、すぐさまその反撃の芽が摘まれてしまう。完全に後手に回ってしまっているのだ。

 白式のシールドエネルギーも残り少ない。先ほどまでのラウラ戦で大半を使い切ってしまっている。加えて相手は『千冬姉のコピー』と来たもんだ。正直かなり苦しい状況なのは間違いない。

 さっきのAICを打ち消した時のような動きができればいいのだが、あれは俺自身もなぜあそこまで完璧なイメージができたのか不思議なくらいのものだ。当然、今はもうできない。

 

「それでも……」

 

 ――どんなに相手が完成度の高い模倣をしてきたところで、所詮あいつは俺の理想の姿を真似ているだけだ。同じ模倣なら、俺が勝てない道理はない。

 

「証明するんだ」

 

 生まれてこの方、ずっと千冬姉に守られてきた。それはあの誘拐事件の時もそうだし、今だって、まだまだ俺はあの人に迷惑をかけてばっかりだ。

 ……ただ、そんな未熟で馬鹿な俺みたいな人間でも――

 

「少しは前に進んでるんだってことを、きっちり証明してやる」

 

 『大切な人を守りたい』なんて、今の俺が言うんじゃただの戯言になってしまう。だからこそ、俺はここから一歩も二歩も前に向かって踏み出さなきゃならない。

 ……そのために、まずは『織斑一夏』を否定しようとするやつを納得させられるような戦いを見せなくちゃな。ただの意地なのかもしれないが、それでも俺にとっては譲れないことだ。

 

「はあっ!!」

 

 雪片と雪片弐型がぶつかり合い、火花を散らす。続いて互いにほぼ同時に刀を引き、同じ動作で第2撃を放つ。……だが、コンマ1秒だけ向こうの方が速い。

 

「まだだ!」

 

 まだイメージが完璧じゃない。想像しろ、最強の姿を、無敵の剣捌きを。目の前の模倣はあくまで参考にするだけだ。それを『本物』の動きに昇華できれば、絶対に勝てる!

 

「もっと……」

 

……少しずつ、少しずつ。剣戟の衝撃に耐え、再び刀をぶつけ合うたびに敵の動きに対するタイムラグが減っていく。でもまだ届かない。だけど絶対届かせる。

 

「もっと速く!」

 

 

 

 

 

 

「うわ、すご……」

 

 一夏と疑似・暮桜の戦いをシャルロットとともに見守っていた鈴は、本当に無意識のうちにそんな言葉を口から洩らしてしまっていた。……それだけ、あの2つの機体の攻防が凄まじいのだ。

 ほぼ完璧にブリュンヒルデの動きをトレースしているVTシステムに対し、一夏が必死に追いすがる――最初はそうだった。だが、刀を一振りするたびに彼の模倣のレベルがどんどん上がっていき、今ではもうほぼ互角にまでなっている。普通ならあり得ない成長速度なのは間違いないだろう。

 

「……でも時間がないわね。決めるならさっさと決めないと」

 

 もうじき教師たちの乗ったISがアリーナ内に突撃し、VTシステムを発動させたシュヴァルツェア・レーゲンとラウラを止めに入るだろう。そうなれば、一夏の勝負も中途半端な形で終わってしまう。ゆえに、決着をつけるための時間は残りわずか。せっかく一夏のわがままを通したのだから、鈴としてもちゃんとした結果が出なければ満足はできない。

 

「それにしても、あいつってやっぱり重度のシスコンよね。ちょっと妬けてきたわ」

 

 半分冗談、半分本気でそんなことを思う鈴。なにしろ一夏ときたら、連携をとろうとしたとしてもパートナーである彼女の動きが見えていないのだ。いつだって、戦闘中の彼の頭にあるのは姉の戦う姿なのである。

 

「……む、そう考えたらなんかムカついてきた。見てなさいよ一夏、今度の水族館デート、さんざんこき使ってやるんだから」

 

 ……まあ、一夏とのデートをどうしようかという楽しい想像は、この勝負をきちんと見届けてからにするべきだろう。思わずにやけかけていた顔を引き締め、鈴は再び一夏の戦いに集中するのだった。

 

 

 

 

 

 

「………!!」

 

 より速く、より正確に、より力強く――一撃ごとに完成度を増していく織斑一夏の戦闘を、ラウラ・ボーデヴィッヒはずっと見つめていた。

そして、彼女自身が『弱い』と断定した男の動きを、織斑千冬の猿真似だと言い切ったその剣筋を……『美しい』と、そう感じてしまっていた。

 

「私、は……」

 

 それで何が変わるのか。心にぽっかりと開いてしまった大穴が埋まってくれるとでもいうのか――確証なんてあるわけがない。それでもラウラは、もう一度彼と戦いたいと強く思った。未知の可能性を感じさせる男の力を、自分自身の手で確かめたいと。

 ……そうすれば、何か大事なものがつかめるような、そんな気がしたから。

 

「だから、あとは私がやる」

 

 暗闇の中、ラウラは遥か遠くへ手を伸ばす。純白のISをしっかり見据えて、目一杯、ありったけの力を込めて、まっすぐに。

 そんな彼女の願いに応えるかのように、ISのコアが鼓動を打ち始め――

 

 

 

 

 

 

 黒いISの姿が、再び変わる。少女の体を模していた装甲が溶け出し、まるで巻き戻し再生を見ているかのように本来あるべき形に戻っていくのを、俺は食い入るように見つめていた。

 

「………」

 

 やがて現れたのは、ドイツの第三世代機『シュヴァルツェア・レーゲン』と、そのパイロットであるラウラ・ボーデヴィッヒ。……間違いなく、この試合の俺の相手だ。

 

「見苦しい姿を晒してしまったな」

 

 ただ、以前と違っている点が2つある。ひとつは、シュヴァルツェア・レーゲンの装甲がところどころ剥がれてしまっていること。VTシステムとやらから元の姿に戻った弊害なのかもしれない。

 そしてもうひとつは、俺を見るラウラの目に、憎悪といった悪感情が一切感じられないことだ。今彼女が発した言葉にも棘はなく、ある種不思議なほどに穏やかな調子のものだった。

 

「……気にするな。それより、早いところ決着をつけちまおうぜ」

 

「同感だ。そのために私は戻ってきたのだからな」

 

 ラウラがプラズマ手刀を展開するのに合わせて、雪片弐型を構える。……白式のエネルギー残量はあと少し、ラウラの方も機体の外観から考えてこちらとそう大差はないだろう。

 だから、勝負は次の一撃で確実に決まる。

 

「もうちょっとの辛抱だ。頑張ってくれよ、白式」

 

四肢に力を込め、戦う準備を整える。……正真正銘、これが最後の攻防(ファイナル・ラウンド)だ。

 




少し短いのですが、ここで区切っておきたかったので今回はここまでです。次回で決着、そして後処理から2巻の内容終了までいく予定です。

ラウラのVTは解除されました。少々無理があるんじゃないかと思われましたが、装着者の治癒を白式が行っていたことを考えると、ISコアにはまだまだ未知の力が秘められている、つまりこのくらいは可能なはずだと解釈し、こんな展開になりました。なんでこんな面倒な展開にしたのか、とかは次回のあとがきででも説明するつもりです。

更新が遅いため忘れ去られていると思ったので、水族館デートについて鈴の独白で話題に出しておきました。9話で約束しています。たぶん次々回かその次くらいがデート回になるはず……一応最近水族館に行ってきたので準備はばっちりです。

では、また次回も読んでくださるとうれしいです。

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