IS 鈴ちゃんなう! 作:キラ
それと挨拶が遅れてしまいましたが、お気に入り数600件突破に関して読者の皆様に大感謝です。
『それでは各選手、規定の位置についてください』
試合開始を目前にして、それまでざわついていたアリーナの空気が静まりかえる。ギャラリーの注目をその肌で感じながら、シャルロット・デュノアは眼前に立つ対戦相手の姿をじっと見つめている。
織斑一夏と凰鈴音。自分から近づいていったとはいえ、彼らは転校してきたばかりのシャルロットを快く受け入れ、仲良く接してくれていた。デュノアの家に引き取られて数年、同年代の友人に恵まれなかった彼女にとっては、それはとてもうれしくて、感謝すべきことだった。
……だが、今はそんなことを気にしてはいけない。一夏と鈴は、紛うことなき『倒すべき相手』なのだから。
「以前、教官がおっしゃったことを覚えているか? 『これより学年別トーナメントまでの私闘を一切禁止する』――」
「『決着ならそこでつければいい』、か。……ようやくその時が巡ってきたわけだ」
互いに睨み合いながら言葉を交わすラウラと一夏。詳しい事情は知らないが、この2人にもシャルロットと同じく、戦うための確固とした理由があるのだろう。
「シャルロット」
火花を散らす一夏たちの様子を無言で眺めていたところ、同じく口を開いていなかった鈴が声をかけてきた。戦闘前であるがゆえか、その声には普段とは違う重みが感じられる。
「悪いけど、勝たせてもらうから」
その言葉を合図にするかのようなタイミングで、試合開始を告げるブザーが鳴り響く。瞬間、誰よりも速く動いたシャルロットは、鈴に照準を合わせてライフルを連射する。すぐさま回避行動をとられたため、数発掠った程度でほとんどダメージは与えられなかったが、それでも鈴の行動を数秒間縛った時点でこの攻撃の目的は十分に達成されている。
「……ふん。相変わらず教官の真似事か。無様な芸の域を出ないな」
「あいにくと、これしか披露できるようなネタがないもんでな!」
少し離れた場所で、既にラウラと一夏が激突している。彼女の一番の狙いはあくまで織斑一夏を倒すことであり、それさえ邪魔しなければ一緒に戦う上で問題はない。ゆえに、シャルロットが行うべきことは、鈴を一夏から引き離すように誘導することだ。
「連携はとらせないよ」
ラウラ・ボーデヴィッヒの実力は1年生の中で間違いなくナンバー1だ。戦力的に劣っていると感じた一夏たちは、まず間違いなくコンビネーションプレイに勝機を見出してくるはず。事実ラウラはシャルロットとの連携の練習をしようともしなかったので、その点は自分たちのチームの明確な穴であるのは間違いない。
だが、それならば相手に連携など取らせなければいい。1対1の勝負に持ち込んでしまえば、こちら側の弱点はなくなったも同然だからだ。
「……ふーん、やっぱり最初からあたしと一夏をバラバラにする魂胆だったわけね」
「それが最善の策だからね。タッグマッチの趣旨には反しちゃうけど、僕も本気で勝ちたいと思っているんだ」
だから、相手に100パーセントの力を出させないようにしたまま――
「そう。でもこっちも手間が減って助かったわ。アンタが勝手に最高の舞台を整えてくれたから」
「……え?」
一瞬、勝負の最中だということも忘れて呆けてしまう。……それだけ、今の鈴の発言はシャルロットの予想の斜め上を行っていたのだ。不敵な笑みを浮かべている分、負け惜しみや狂言にも思えない。
……この状況が鈴たちにとって都合がいいものとは到底考えられない。パートナーが遠くに離れてしまっている状態では、連携なんてとれるはずがない。
なのに彼女は最高の舞台が整ったと言った。それはつまり、単純に考えてしまえば――
「連携なんて最初からやろうとも思ってないわ。各々好きに戦ってガンガン行く、そういう作戦だしね」
*
「……さて、どうなるかしらっと」
トレードマークの扇子をぱたぱたと扇ぎながら、更識楯無はモニター越しに一夏たちの試合の様子を観戦していた。本当のところはアリーナの観客席で直に見たかったのだが、直前まで生徒会関連の雑務が残っていたため出遅れてしまった次第である。他にもたくさんの生徒が、彼女と同じくモニターに映し出される映像に釘付けになっている。
「お、一夏くんうまく避けたね~」
AICという強力な武器を持つラウラのシュヴァルツェア・レーゲンに挑む一夏を心の中で応援しながら、楯無は先日の彼らとの会話を思い出していた。
『簡単に言ってしまえば、織斑一夏くんに連携プレーは期待できません』
『……事実ですけど、そこまでばっさり言われると結構辛いです』
『そもそも、それを踏まえたうえでなんとかしようと思って練習してるのに……』
『違う違う、そういう意味じゃないわ。私が言いたいのは一夏くんが下手ってことじゃなくて、彼の戦い方を考えれば相方とコンビネーションをとるのは良くない策だってこと』
『俺の……』
『戦い方? それってつまり……ああ!』
首をかしげる一夏とは対照的に、何かに気づいたように手を叩く鈴。
『迂闊だったわ……なんでこんな当たり前のことがわかってなかったのかしら』
『なんだ? わかったんなら教えてくれよ、鈴』
『簡単に言えば、アンタがアメーバ並みの単細胞だってことね』
『簡単に言い過ぎな上に意味不明なんだが……つか、アメーバ並みって何気に相当馬鹿にしてないか?』
『何よ、そこまで言うならミジンコ並みの単細胞に訂正してあげなくもないわよ』
『そんなありがたみのない訂正はいらねえよ! あと、ミジンコは多細胞生物だからな!』
『はいはい、夫婦漫才はそこまでにしてね。私が置いてけぼりになっちゃうから』
『んなっ……』
楯無が口にした『夫婦漫才』の一言で黙り込む2人。しかもちょっと下を向いて顔を赤らめ、ちらちらと互いの顔色を窺っている。……噂にたがわぬ初々しさ、これは弄りがいがありそうだわ、などと思ったのは秘密である。
『話が進まないから私が説明します。一夏くん、キミは織斑先生の現役時代の動きを真似て戦っている。それは間違いないわよね』
『は、はい。ち……織斑先生ならこう動くだろうなっていうのをイメージしながらやってます』
『本来、
『……ええっと』
『だからと言って模倣をやめろというわけじゃないわよ? それは今の一夏くんの最大の武器なんだから。ただ、織斑先生の真似をすることに全神経を集中している脳に連携プレーまで意識させるのは容量オーバーもいいところなのよねえ』
『アンタの連携が前より下手になってるのもそのせいね。練習を続けるうちに模倣に対しての集中力が上がったせいで、他のことまで気が回らなくなっちゃったのよ』
『なるほど……自分のことなのに全然気づかなかった』
楯無と鈴の解説を聞いて、一夏もようやく自身のウィークポイントに気づいたらしい。そうかそうかと納得したように頷いている。
『感心してる場合じゃないわよ。アンタが連携できないことがわかっても、それで試合に勝てるようになるわけじゃないんだから』
『む……確かにそうだ。むしろ唯一勝てる要素だと思ってた部分が消滅しただけだよなあ……。更識さん、何か打開策とかってあります?』
『そうねえ……』
アドバイスを求める一夏に対し、ニッコリと笑みを浮かべながら楯無は次の言葉を告げたのだった。
『一夏くんが1対1でラウラ・ボーデヴィッヒに勝つ。期待値は低いけれど、キミの無限の可能性を信じてみるのもありかもしれないわね』
――そして現在。一夏は楯無のアドバイスとも言えない言葉の通り、ラウラを打倒すべく必死に刀を振るっている。一度AICに捕まってしまえば致命傷は避けられない、まさしくギリギリの戦いだ。
「さあ、気合いの見せどころよ、一夏くん」
楯無が一夏と接触した理由は2つある。ひとつは、世界で唯一の男性IS操縦者という色々なところから狙われ得る立場に適応できるだけの、自分自身を守るための力を身につけてもらうための準備だ。今後彼にそのことを指導をする際、前もって交流を持っていた方が事を簡単に運びやすい。生徒会長として、イレギュラーな生徒の手綱をしっかり握っておくことも仕事のひとつなのである。
そしてもうひとつは、更識楯無という少女の個人的な感情によるものである。
先月末のクラス対抗戦で、彼女は織斑一夏の戦う姿を初めて目にした。ISに触れて日の浅いはずの少年が、代表候補生を相手に立派に対抗している光景を目の当たりにして、彼女は驚くと同時にこう感じたのだ。
――この男は、果たしてどこまで伸びるのか。それを見極めたい、と。
*
「当たれっ!」
標的めがけて甲龍の砲門から放たれた衝撃砲は、惜しくも紙一重のところで回避される。――試合開始から5分。鈴とシャルロットの戦闘は、いまだ互いに会心の一撃を与えられないままの状態が続いていた。
「ま、一筋縄じゃいかないわよね……」
2週間前のシャルロットとラウラの戦いを近くで見た時からわかっていたことだが、彼女の射撃技術と状況判断力はかなりのものだ。でなければ、1対1で圧倒的な強さを誇るAICを巧みに操るラウラを前にして、時間稼ぎなどできるはずがないのだから。正直、今挙げた2つの分野においては、シャルロットは確実に鈴の上をいっていると認めなければならないだろう。
「だからって、負けるつもりはさらさらないけど」
2つに分かれていた双天牙月を連結し、次の攻撃の体勢に移る。……この試合における鈴の仕事はただひとつ、シャルロット・デュノアの打倒のみ。ゆえにそれ以外のことは考えない。離れた場所でラウラと戦っているであろう一夏のことも気にしない。
……悔しいが、今の鈴ではラウラ・ボーデヴィッヒに勝つことはできない。でかい口を叩く分、彼女の実力はまさしく本物なのだ。
だからこそ、一夏に彼女の相手を任せた。白式の零落白夜、絶大な威力を持つあの斬撃が当たりさえすれば、勝利を手繰り寄せることも可能だから。
……もちろん、ラウラもそこは警戒してくるだろうから、零落白夜をヒットさせるのは至難の業なのは間違いない。ただ、それでも鈴はその可能性に賭けることを選んだ。一夏の成長速度と、彼の『絶対にラウラに勝ってみせる』という気概を信じる。……そう、決めたのだった。
*
「くっ……」
緊張感に煽られ、思わず右手の雪片弐型を取りこぼしそうになってしまう。そんな自分に心の中で喝を入れながら、白式とともにラウラ操るシュヴァルツェア・レーゲンに肉迫する。
「ちっ、ちょろちょろと目障りな……!」
ラウラの声には苛立ちが含まれているものの、その戦いぶりは冷静そのものだ。遠距離では肩の部分に取りつけられた大型のレールカノン、中距離ではワイヤーブレード、近距離ではワイヤーブレードとプラズマ手刀の合わせ技。……そして、いかなる時でも最優先で警戒すべきAIC――慣性停止能力。特別なエネルギー波を対象に当てることにより、あらゆる物体の動きを止めるというそれは、一度食らえばその後の攻撃をもろに受け、致命傷になりかねないというとんでもない代物だ。
AICのエネルギー波を飛ばすのは、おそらく右手、左手、そして眼帯をしていない右目の3つ。ここまでの戦いから、おそらくそれ以上は用意されていないと考えていい。
「っ、はあっ!」
プラズマ手刀を雪片で弾き、シュヴァルツェア・レーゲンの本体を狙う……が、ワイヤーブレードがカウンター気味に放たれようとしているのに気づき、すぐさまその場から離脱、体勢を整える。
「やばっ……」
攻撃をかわして息をつく暇もない。すでにラウラの左手がこちらに向けられようとしているのが目に入り、反射的にスラスター翼の推力を急増、加速。すんでのところでAICによる拘束を免れた。
「まだ避けるか、貴様……!」
試合開始から何分経ったのかは確認する余裕もないが、とにかく俺はここまでAICを一度も食らっていない。前進、後退、横移動、加速、停止、旋回。白式に備わった高い機動性をフルに使い、エネルギー波のことごとくを回避している。正直、自分でも驚くほどに体が正確に動いている気がする。
……だが、それではまだ足りない。AICを避けているだけでは、勝つことはできない。攻撃を、ラウラに零落白夜の一撃を与えない限りは、結局はエネルギー切れで負けることになる。
というのも、回避できているのはAICだけで、プラズマ刃やワイヤーブレードによる切れ味鋭い攻撃はもう何度か受けてしまっているからだ。すべての攻撃をかわせればそれが一番なのだが、それができない以上、より危険な技だけを避け、残りは甘んじてダメージを食らうしかない。
一方、俺からの攻撃はラウラに一度も届いていない。というより、そもそも攻撃する機会すらまともに与えられていない。
「くそっ……」
ちくしょう。わかってたことだけど、やっぱりこいつ、めちゃくちゃ強い。
「悪あがきはここまでだ」
雪片弐型を構えた俺に向けて、ラウラが右手を上げる。AICか、なら――
「甘い!」
だが、ラウラの一喝とともに発射されたのはワイヤーブレード。あの野郎、今の右手はフェイクだったのか……!
その一瞬の認識の齟齬が、決定的な対応の遅れへとつながる。大半のワイヤーは雪片で振り払ったものの、捌ききれなかった2本が右足に巻きつく。直後、ラウラがそのワイヤーを引き寄せたことで、俺の体は完全にバランスを崩してしまった。
「終わりだ」
再び両手を突き出すラウラ。間違いない、今度こそAICで俺の体を完全に止めるつもりだ。そうなれば最後、おそらくあのレールキャノンで確実にとどめを刺してくる……!
――負けるのか?
こんなところで、やられてしまって構わないのか。俺という人間を真っ向から否定してくるようなやつに、何もできずに。……俺を信じて今もシャルロットと戦っている鈴の期待を裏切って、このまま負けて。
――いいわけ、ないだろうが!
「……!!」
刹那、脳裏にある映像が浮かんできた。純白のISが、己の刀を自由自在に操る姿。……それは一瞬にして消え去り、続いて思考が急激にクリアになった。雑念、混乱といった余分な考えがすべて頭の中から抜け落ち、同時に『今自分がとるべき行動』のイメージがはっきりとわかる。この窮地を打破する方法が、不思議なほど明確に理解できる。
そのイメージ通りに右腕を動かし、零落白夜を発動させ――
*
ラウラ・ボーデヴィッヒが織斑一夏を過小評価していたのは紛れもない事実だ。2週間前とは比較にならないほどの動きを見せ、彼女の猛攻撃をここまで耐えてきた彼を『偶然ISを動かし専用機をもらっただけの素人』と評して油断していたのは、間違いなくラウラ自身のミスである。
ただ、それでも彼女は自分の勝ちは揺るがないと思っていた。たとえAICがかわされようとも、シュヴァルツェア・レーゲンの武器はそれだけではない。事実、ここまで彼女は一夏に反撃らしい反撃も許さないまま攻め続け、じわじわとシールドエネルギーを削ってきていた。
……そして、今の一連の攻撃で、確実に終わるはずだった。相手の目論見を崩したうえで、避けられないはずのタイミングでAICのエネルギー波を2つ放ったのだ。織斑一夏の実力では、これに対処することは不可能だと、彼女は確信していた。
だが、しかし。
「馬鹿なっ……!?」
白式の持つ刀が光を帯びたかと思うと、次の瞬間には彼女の撃ったエネルギー波が消滅させられていた。確かにあの機体には、『刀に触れたあらゆるエネルギーを消し去る』というワンオフ・アビリティーが備わっているはず。だが、近距離から放たれた見えないエネルギーの線2本にピンポイントで刀を当てられるわけが――
……そんな彼女の思考は、右肩に襲いかかってきた衝撃によって遮られた。
「な………に?」
気がつけば、ラウラめがけて突き出された白式の刀が、レールカノンごと右肩の装甲を抉り取っていた。同時に絶対防御が発動し、シールドエネルギーが大幅に削り取られる。
すぐに距離をとろうとするも、まともに一撃を受けたせいで体勢が崩れているために初動が遅れる。その間に、すでに白式は刀を引き、第2撃を放とうとしていた。
……間に合わない。自らの機体の性能を良く理解しているラウラだからこそ、次の一撃で自分が敗北することがわかってしまう。
「なぜだ……」
――なぜ、この男がこんな動きをすることができる。刀ひとつでここまで完成度の高い攻撃ができる人間など、それこそ私の知る限り教官しかいない。
――なぜ、この男が教官の技をここまで模倣できる? こんな男が、あの人の名誉を汚した男が、なぜ……!
――認められるものか。私の方が強いはずだ、私の方があの人の近くにいるのにふさわしいはずだ、私の方が、私の方が……
――私の方が、あの人に『なれる』はずだ!
激情が彼女の体を駆け巡る。それに呼応するかのように、シュヴァルツェア・レーゲンの中の何かが胎動し、その姿を変えていく。
「あああああっ……!!」
ISの形状変化による激しい痛みに苛まれながら、ラウラは自分という存在が得体のしれないモノに呑まれていくのを感じていた。
一夏、謎の覚醒(ちゃんと理由は考えてありますが)。対鈴戦の時もわりとおかしな成長具合を見せていましたが、今回のラウラ戦ではさらにおかしなことをやっています。
そしてラウラはVT発動。次回の冒頭、白式の零落白夜の一振りで決着……みたいなことにはなりません。このタッグマッチで描きたいことは大体次回と次々回に集約されていますので、今回はある意味繋ぎ回です。
そろそろ2巻の話も終わりが見えてきました。プロット的には、タッグマッチまでがこの作品の起承転結の『起』にあたっています。というわけでまだまだ序盤なのですが、きちんと完結できるように頑張りたいです。