IS 鈴ちゃんなう!   作:キラ

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8月後半は更新できないと言ってたような気がしますが、気のせいでした。僕にしては思ったよりも執筆がはかどっているので、今日もこうして最新話を投稿します。


第14話 恋は盲目

「織斑、いるか」

 

 夕食後に自室で教科書を眺めていると、ノックとともに千冬姉の声が廊下から聞こえてきた。山田先生に伝えてもらった通り、俺に話があるからやって来たようだ。

 

「こんばんは、織斑先生」

 

 無意味に出席簿で叩かれることのないように、きちんと『先生を部屋に招き入れる生徒』としての対応をとる。学園に入って2ヶ月半、ようやくこの距離感にも慣れてきた。それまでに何度制裁を食らったかは……まあ、考えないようにしよう。

 

「今日はお前の姉としてここに来た。だから家にいる時と同じ話し方で構わん」

 

「あ、そうなんだ。じゃあ千冬姉、お茶でも淹れるから適当に座っててくれ」

 

 お許しが出たので、コミュニケーションの型を『弟モード』に変更。自然体で話せるというのはありがたい。この前気まぐれで買った茶葉がなかなかおいしかったから、千冬姉にも飲んでもらって感想を聞いてみよう。

 

「……モンド・グロッソの試合映像か」

 

 机に置いてあったDVDに気づいた千冬姉がつぶやく。……やっぱり、今でも俺がそれを見るのは嫌なんだろうか。クラス対抗戦の後に何も言ってこなかったから、少し気になっていたのだ。まさか、俺が千冬姉の真似をしていることに気づいていないわけはないだろうし。

 

「セシリアに借りたんだ。クラス対抗戦が終わったら返そうと思ってたんだけど、別にこのくらい差し上げますわって言われてそのままもらっちまった」

 

「そうか」

 

「……怒ったりしないのか?」

 

 日本茶を用意しながら会話しているので、千冬姉の表情はうかがえない。だから、俺はおそるおそるながらもストレートに尋ねてみた。

 

「お前が必要だと思ってやったことだ。実際間違った練習方法でもないし、私が怒る理由などないさ」

 

「……そっか」

 

 いつもより少しだけ柔らかい千冬姉の声を聞いて、ほっと胸をなでおろす。本人からの許可も出たし、これで本当に心置きなく模倣ができる。

 

「やるからには、完成度の高い偽物になるよ」

 

 軽口をたたきながら、千冬姉の前に淹れたてのお茶を差し出す。

 

「………」

 

「……千冬姉?」

 

 どうかしたのだろうか。さっきまで普通にしゃべっていた千冬姉は、俺に目を向けたままぽかんと口を開けて固まってしまっている。我が姉のこんな表情を見るのはひょっとすると初めてかもしれない。

 

「俺、何か変なこと言ったか?」

 

「……いや、なんでもない。お前も言うようになったなと感心していただけだ」

 

「なんだよそれ。言っとくけど本気だぞ? 今度のトーナメントだって優勝狙ってるし」

 

「当然のことだ。特にお前は専用機持ちなのだからな。あまり無様な試合は見せてくれるなよ」

 

 ……うん、いつもの自分にも他人にも厳しい千冬姉に戻ったみたいだ。安心安心。

 

「わかったよ。……それで、ここに来た用件はなんなんだ?」

 

「……そうだな。無駄話はここまでにして、本題に入るとしよう」

 

 日本茶を少しすすってから、千冬姉はゆっくりと口を開く。

 

「第2回モンド・グロッソが終わった後、私はドイツ軍で教鞭をとっていた時期がある」

 

「ああ、それは他の先生から聞いたよ。……ラウラとも、その時知り合ったんだよな?」

 

「そうだ。私が指導している内にあいつは次第に頭角をあらわしていき、最終的にはIS専門の部隊の中で頂点に立つまでの力を身につけた」

 

 軍の一部隊のトップ……どうりで強いわけだ。あいつが他の生徒を見下したような態度を取るのも、軍人としての意識があるが故なのか。休み時間にスイーツの話で盛り上がっているような集団は、軍隊とは程遠いだろうし。

 

「だが、私はラウラに教え損ねたことがある」

 

 千冬姉の声のトーンが僅かに下がる。彼女を良く知る人間にしかわからない、珍しく落ち込んでいるサインだ。

 

「ひたすらにIS操縦者としての実力を身につけるよう指導し続けた弊害か、あいつは『力』というものに固執し過ぎている節がある。……言うなれば、それ以外にモノを測る尺度を持たないということだ」

 

 ……そういうことか、と納得する。確かに、今までのラウラの行動を考えると、そう説明されるのが最もしっくりくるような気がする。

 

「私を慕ってくれるのはありがたいことだが、『力』だけが『強さ』だと思っているままでは問題だ。なんとかしたいとは思っているのだが……」

 

 うまくいかないんだな、と、千冬姉の歯切れの悪い話し方から推察する。……まあ、見るからに頑固そうだもんな、あいつ。一度決めたら突っ走ってしまいそうなところは、俺の周りにいる女友達との共通点かもしれない。

 

「だいたいの事情はわかった。教えてくれてありがとう、千冬姉。……だけど、なんで俺に話してくれたんだ?」

 

 今まで自分の仕事のことなどについては一切伝えてこなかったような人が、どういう風の吹き回しなんだろう。

 それに対する千冬姉の回答は、実にあっさりしたものだった。

 

「ラウラがあそこまでやった以上、お前も立派な関係者だ。事実を知っておく権利がある。それだけだ」

 

 いつの間にか湯呑みを空にしていた千冬姉は、そのまま『邪魔したな』と言い残して部屋を出て行った。

 ……まあ、理由はどうであれ、千冬姉が自分自身のことを語ってくれたのはうれしい。ちゃんと俺のことを弟として見てくれていると思えるからだ。

 

「………」

 

 ただ、少し先ほどの話で引っかかっていることがある。ラウラが力こそ強さだと考えていて、圧倒的な力の象徴である千冬姉を慕っているということは理解できたが……

 

「本当に、それだけなのか?」

 

 俺に向けられた、ラウラのあの怒りの表情。あそこまで俺を嫌っているのには、もっと別の要因があるような気がする。

 

「……まあ、今は関係ないのかもしれないな」

 

 ラウラの心の中身なんて、それこそラウラ本人にしかわからない。ついでに言うと、さっき千冬姉の言っていた『強さ』の意味に関しても、今の俺には答えを出せない。だから、『力』を答えだと思っているラウラのことを馬鹿にすることもできない。

 ……だが、あいつに負けられない理由ならある。

 

「さて、宿題やるか」

 

 湯呑みを片付けて、勉強するための準備を始める。今日はちょっと量が多かった気がするので、早めに取りかかることにしよう。間に合わなかった、なんてことになればもれなく頭に手痛い一撃がプレゼントされるしな。

 

 

 

 

 

 

 翌日。

 

「シャルロットがボーデヴィッヒと組んだですって!? どういうことよそれ!」

 

「ああ、さっき本人から聞いた……って、息苦しいから襟首つかむのやめろ」

 

 2組にいる鈴に先ほど知った情報を伝えにいくと、予想通りのリアクションが返ってきた。あんまりでかい声を出すもんだから、いまだに耳がキンキンしている。

 俺が割と本気で呼吸困難に陥りかけているのに気づいたのか、鈴は俺の首をぶんぶん振り回すのをやめて手を放す。

 

「ごめん、あんまり驚いたもんだからつい……。それで、なんでそういう事態になってるのよ」

 

「俺も詳しいことは知らない。朝のHR前に『ボーデヴィッヒさんと組むことにしたから』ってシャルロットに言われただけだしな。……冗談には見えなかったけど」

 

「……ずいぶんあっさりしゃべってるけど、アンタ納得できてんの? シャルロットがあのボーデヴィッヒとペアを作ったのよ」

 

 怪訝な表情で俺をにらむ鈴。淡々と事情を説明する俺の態度が気になっているようだ。

 ……そりゃあ俺だって驚いてるし、納得もできていない。だけど――

 

「シャルロットがラウラと組むのは俺も嫌だと思ってる。けど、別にルールに反してるわけでもないから止めるわけにもいかない。……それに、シャルロットにもそうするだけの理由があるんだろうしな」

 

 きっと、シャルロットは『ISに乗る理由』を見つけたんだと思う。そう判断した理由は、彼女が俺にラウラと組むことを告げる時に見せた目が本気だったからだ。俺への申し訳なさなどは一切見えない、何か覚悟を決めたような顔つきだった。普段温厚なシャルロットにそんな表情を見せられた以上、俺には何も返す言葉がなかったのだ。

 

「……まあいいわ。アンタの言うとおり、あたしたちが何を言ったところでペアが変更されるわけじゃないし。それよりはどうやってその2人に勝つかを考えるべきね」

 

 渋々ながらもうなずいた鈴は、話題を試合自体に関することに移す。こういう切り替えが素早いのは鈴の長所のひとつだ。

 

「セシリアは箒と組んだみたいだけど、そっちは気にしなくていいのか?」

 

「箒はアンタが倒せるし、セシリアはあたしがなんとかするから問題なし。……こう言っちゃなんだけど、やっぱり専用機持ちとそれ以外の差はかなり大きいわ。油断するつもりはないけど、あたしとアンタは戦力的にはトップクラスなのよ」

 

 1年生で専用機を持っているのは、俺、鈴、セシリア、シャルロット、そしてラウラの5人。つまり、トーナメントのペアで2人とも専用機持ちなのは俺たちとシャルロット&ラウラだけということになる。……自分で言うのもなんだが、おそらく俺たちは優勝候補なんだろうな。千冬姉に無様な試合を見せるなと言われたのもうなずける。

 

「ちなみに野球で例えるならあたしたちは大学野球、シャルロットたちはプロの球団ってとこかしら」

 

「待て、かなりきつくないかそれ」

 

 ほとんど勝てないって言ってるようなもんじゃないか。……というか、そもそもなんで野球に例えたんだ。

 

「経験の差ってこと。あたしたちと向こうのペアの戦力を表すにはちょうどいいと思うけど」

 

「……たしかに」

 

 実際、今のままだと勝てる道理はない。実力的にはおそらく鈴とシャルロットがどっこいどっこい。だが俺とラウラの間に決定的な戦闘力、そして経験の差がある。

 

「ま、ボーデヴィッヒはチームプレイなんて頭にないだろうし、あたしたちに勝機があるとすれば連携プレイね。だから今すぐにでも練習したいんだけど……白式が使えない、と」

 

「すみません」

 

「アンタのせいじゃないでしょ。とにかく、今日の夜は一夏の部屋で作戦会議。異論はないわね」

 

「ああ、わかった」

 

 反対する理由もないので、素直にうなずく。自分のことが好きな女の子と自室で2人きり、というのは少しどきどきするが、妙なことでも起きない限り互いを変に意識することもないはずだ。そのあたりは、何年も幼馴染の関係を続けているという経験が生きているわけだ。

 そう、妙なことでも起きない限りは……

 

 

 

 

 

 

「さて一夏。あたしがアンタの部屋で見つけたこれはいったいなんでしょう?」

 

「……写真集ですね。いろんな女の人の写真が載ってるやつ」

 

 その日の夜、俺は男として人生最大のピンチを迎えていた。紅茶を淹れている間に、鈴がタンスの裏に隠していた写真集を発見してしまったのだ。これが意味するところは、つまり。

 

「つまり、この本を読めばアンタの趣味が丸わかりってわけよね」

 

「……やめてください、お願いします。中は見ないで、死ぬほど恥ずかしいから」

 

 土下座して懇願するも、鈴の顔はますます愉悦に歪んでいる……のだが、頬がちょっと赤くなってるのはああいう写真集に耐性がないからだろうか。

 

「拒否権はなし。……あれ、なんか角を折ってるページがあるわね」

 

「っ! だ、だめだ鈴! そのページだけは開けないでくれ!!」

 

 それを開けたが最後、どうなることか――

 

「そういうわけにはいかないわ。き、きっちり……アンタの好みのタイプをチェックしてやるんだからっ」

 

 やめてくれ、俺にとってもお前にとっても不利益な結果にしかならないから! ……という必死の説得も空しく、鈴は折り目がついたページを開いてしまった。

 

「………」

 

 鈴の体がぴしりと固まる。視線は開かれた写真集のページに釘付けになっている。……ああ、だから見られたくなかったんだ。だってそのページには――

 

「……え? こ、これって、このページの女の人って……」

 

「……お前にそっくりだろ? ツインテールだし、顔のパーツも似てる。だから弾が俺に見てみろって押し付けてきたんだ。……俺も、鈴が成長したらこんな感じになるのかなって思いながら見てた」

 

「……そ、そう、なんだ。ふーん、へえー。あ、あたしに似てる人を、ね……」

 

 そこで会話が途切れる。……だから嫌だったんだ。あのページを鈴に見られたらこうなることは容易に想像できてたんだから。

 

「………」

 

 鈴は俺の方をちらちら見ながら、自身を守るように腕で体を抱いている。……馬鹿野郎、襲ったりなんて絶対しねえよ。

 ……ともかく、なんとかこの妙な雰囲気を壊さなければ。お互いに相手を意識し過ぎて、まったく会話ができない状態になってしまっている。

 

「そ、そういえば、弾から借りたド○クエのことなんだけどさ」

 

「な、なにかしら」

 

 露骨な話題転換。適当な話のネタになってくれたド○クエに感謝しつつ、俺はぎこちないながらも会話を再開させる。鈴も食いついてきてくれたので、とりあえず場の空気を変えることには成功した。

 ……ただ、ド○クエからゲームの話に向かったせいで、当初の目的であったトーナメントの作戦会議はまったくできずじまいだったのは大きな問題だが。

 

 

 

 

 

 

「どういうつもりよ弾! 一夏にあんな本渡すなんて!」

 

 自分の部屋に戻った後、鈴は即座に友人である五反田弾に電話をかけ、携帯越しに怒鳴り声をぶつけていた。ルームメイトのティナは何があったのかと驚いている様子だが、今の彼女にとっては知ったことではない。

 

『なんだ、見つかっちまったのか。どうだ、そっくりだったろ』

 

「ええ、確かに似てたわね。でもあたしが聞きたいのは! なんで! 一夏に! あれを貸し付けたのかってことなのよ! おかげで変な雰囲気になっちゃったじゃない!」

 

『うわっ、そんなに大声出すなよ。耳が痛いだろ。……だいたい、変な雰囲気になったんならいいじゃないか。一夏がちゃんとお前のことを女として意識してるってことだろ』

 

「……っ、それは、そうかもしれないけど」

 

 ……弾の言うことには一理ある。一夏が鈴によく似た女性の水着写真などを見ていたということは、多少なりとも彼女のことを『幼馴染』の枠からはみ出して認識していることを意味する……のかもしれない。

 

『だろ? 俺は一夏が鈴のことをちゃんと意識してくれるようにと思ってあの本を渡したんだ。むしろ感謝してほしいくらいだぞ』

 

「……まあ、一応お礼は言っておくわ。でも、ちょっと手段が過激すぎると思うんだけど」

 

『そうか? 俺は別にエロ本でもいいと思ったんだが』

 

「っ!? い、いいわけないでしょうがこの変態! じゃ、じゃあね!」

 

『おい、ちょ――』

 

 弾の返事を待たずに通話終了のボタンを押す。彼女が欲しいならまずその性格を直しなさいよね、などと思いつつ、鈴はベッドにぱたんと倒れこむ。

 

「……意識、してくれてるのかな」

 

 そうだとしたら、たまらなくうれしい。思わず布団を抱きしめながら顔がにやけてしまう。

 

「えへへ……」

 

「……まーた始まった。恋は盲目って言葉を考えた人は天才ね」

 

 同居人の冷め切った声も、盲目少女には一切届かないのであった。

 




写真集のくだりは最初は本当にエロ本にしようかと思っていました。だけどそれはいくらなんでも……と考えなおしました。弾も久しぶりの出番でしたね。電話越しだけど。

次回はシャルロット絡みの描写の補完と、あとは主に勝負に備える一夏と鈴が中心になると思います。

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