IS 鈴ちゃんなう!   作:キラ

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第13話 タッグ結成

 物心がついた時には、すでに父親はいなかった。祖父や祖母、兄弟、姉妹――いわゆる親族と呼ばれる人たちも存在していなかった。

 ただ、わたしの傍には母さんがいて、何人かの友達がいて。それで十分幸せだった。こんな日々がずっと続いていけばいいと、そう思っていた。

 だけど、たったひとりの家族だった母さんが死んでしまった瞬間、わたしの人生は大きく歪んでしまった。わたしの父親だと名乗る人物が現れ、身寄りのないわたしを引き取った。……でも、彼は『愛人の子』であるわたしを娘としては扱わなかった。ただ、自分の会社の発展に役立つための『使える駒』として利用した。

 わたしの役割は、ISのテストパイロット。検査で高い適性が出たのだから、確かに適任なのだと思う。

 

「どうして、こうなっちゃったのかな」

 

 変わらないものなんてないということは、子供ながらに理解はしている。だけど、急に自分がデュノアという大企業の社長の隠し子だと明かされ、愛情のひとつも与えられない環境に放り込まれている現状には耐え切れなかった。

利用されるだけなんて嫌だ。ちゃんとわたしを見てほしい――それでも、逆らう術はどこにもなくて。結局、父親の命令通りに動くしかなかった。

 

 ――初めてISに乗ったとき。僕はどんなことを思ったのだろう。

 

 父の部下の人の指示に従い、気の進まないままISを身につけて。そのまま屋外に出て、デュノア社の私有地で動作の確認をさせられた。

 ……でも、最後に『飛行』の動作を行ったとき。それまで抱いていた暗い感情が、どこかへ消え去ったような気がした。

 ――どうにもできない力に縛られている自分が、空を自由に飛び回っている。手を伸ばしても届くはずのない青い大空に、今なら簡単にたどり着ける気がした。

 それは、今までに味わったことのない感覚で。

 ……できることなら、ずっと感じていたいと思ってしまうものだった。

 

 

 

 

 

 

「このっ……!」

 

 戦闘開始から数十秒。焦ってはいけないと頭では理解しつつも、俺の心は妙にざわつき始めていた。

 

「ふん……」

 

 ラウラがこれまで見せた武器は2つ。両手首から伸びるプラズマの刃と、肩と腰に搭載された合計6つのワイヤーのような剣。特にワイヤーブレードの方はまるで意思を持つかのように器用な動きをするため、相当厄介だ。

 これらに対してたった一本の刀で挑むだけでも困難を極めるのだが、それ以上に俺を不安にさせているのが、先ほどからラウラの表情が1ミリたりとも変化していないことだ。感情の一つも読み取れない無表情。それが彼女の余裕を表しているようで、どうにも不気味に感じられる。開始直後に俺にあっさり接近を許したのも、俺の実力を確かめるために故意に行ったものではないのか。

 

「っ、はああっ!!」

 

 雑念を振り払うように声を上げ、雪片弐型でプラズマ刃を払う。今は余計なことは考えるな。相手がどんな奴だろうと、勝負が始まった以上、俺のやることは千冬姉の技を模倣するだけだ。

 両手両足に巻きつこうとするワイヤーブレードを紙一重でかわし、ここぞとばかりに雪片を振り上げる。まずは一撃与えて、それから――

 

「……よくわかった」

 

 その言葉とともに、ラウラの口元がかすかに吊り上がる。……瞬間、異変は起きた。

 

「なっ……!?」

 

 振り上げた白式の腕が、動かない。まるで存在するはずの勢いを奪われてしまったかのように、体全体が石のように固まってしまっていた。

 

「やはり私の推測した通りだ。貴様は『弱い』」

 

 直後、プラズマ刃による一撃が容赦なく襲ってくる。……痛みと混乱で、論理的な思考ができない。わかるのは、あいつが何かしたことで俺の動きが止められたということだけ。

 

「がっ……」

 

 ワイヤーブレードが体に絡みつき、完全に拘束される。もうこれで俺の負けは決まったようなものだ。……だが、ラウラは攻撃をやめようとはしない。プラズマ刃をしまい、わざわざ素手で俺の体を殴り、そして蹴り続ける。

 鈍い痛みが体全体に行き渡る。このまま攻撃を受け続ければいずれは白式が今の姿を維持できなくなり、もしラウラがそれでも俺をいたぶるのをやめなければ……

 

「一夏!!」

 

 聞きなれた声が聞こえたと思った瞬間、ラウラがワイヤーによる拘束を解き、上空を見上げる。まだなんとか動く体に喝を入れて、俺も彼女の視線の先を追う。

 ――視界に入ったのは、シャルロットがライフルを構え、ラウラに照準を合わせて引き金を引く姿だった。すぐ近くに俺がいるのに、その動きには一切の迷いがない。事実、弾は俺には掠りもせず、回避しようとその場から離れているラウラに向かってのみ降り注いでいるのだから、シャルロットの射撃の腕は相当のものなのだろう。

 

「一夏! 大丈夫!?」

 

 ぐいっと体が引っ張られたかと思うと、そのまま何者かに抱きかかえられる。……何者か、とは言ったが、まあ十中八九さきほどの声の主で間違いないだろう。

 

「鈴……悪い、サンキューな」

 

「しゃべれるくらいには元気みたいね。あともう少し遅かったらと思うとぞっとするわ」

 

 予想通り、俺を運んでくれているのは鈴だった。俺がラウラにやられかけているのを見て、シャルロットともに飛び込んできてくれたようだ。……本当に、助かった。あのままだと間違いなく潰されていた。

 シャルロットの方に目を向けると、武装を入れ替えながら間髪入れずにラウラへの射撃攻撃を続けていた。その勢いは圧巻だが、それでもラウラの機体に傷をつけられていない。さらに、銃弾のいくつかはさっきの俺の体と同じようにその動きを止められている。

 

「AIC……厄介ね」

 

「……鈴、お前あれがなんなのか知ってるのか」

 

「知識の上ではね。でも今は説明してる暇はないわ。アンタをアリーナの外に出したら、あたしもシャルロットに加勢しないと――」

 

 と、鈴が険しい表情で俺に語りかけていたその時、アリーナのピットが開かれた。

 

「そこまでだ!」

 

 アリーナへ入ってきた人物の威厳のある声が響き渡り、ラウラもシャルロットも動きを止め、その女性の方へ目を向ける。いつもと変わらぬスーツ姿でそこに立っていたのは……

 

「千冬姉……」

 

「……思ったより早かったわね。うれしい誤算ってとこかしら」

 

 世界最強の俺の姉、織斑千冬が、生身のまま臆することなくラウラを睨みつけていた。鈴の発言からすると、どうやら誰かに頼んで千冬姉を呼んできてもらったみたいだ。

 

「模擬戦をやるだけなら構わん。だが、すでに抵抗できない相手を害意をもって必要以上に傷つけることは教師として認めるわけにはいかないな」

 

 ラウラは何も言わず、ただ千冬姉を言葉を聞いている。やっぱり千冬姉の言うことにはちゃんと従うみたいだな。

 

「ボーデヴィッヒ。気に入らないものを力のままに捻り潰すのは赤ん坊のやることだ。お前が自分の意見を通したいのなら、どうするべきかをよく考えてみろ」

 

「……了解しました、教官」

 

 肯定の意を示して、ISの展開を解除するラウラ。それを見て、シャルロットの方もラファール・リヴァイヴを待機状態に戻した。

 千冬姉はちらりと俺たちに目を向けてから、宣言するように声を張り上げた。

 

「これより学年別トーナメントまでの私闘を一切禁止する。決着ならそこでつければいい」

 

 

 

 

 

 

 すぐに保健室に運ばれた俺は、そこで自分の身体と白式に異常がないかチェックを受けた。

 

「……とにかく、大事にならなくてなによりだ」

 

「本当に心配しましたのよ?」

 

「ああ。箒もセシリアも、ありがとうな」

 

 アリーナの一件は瞬く間に学園中に広まり、珍しく放課後の部活に顔を出していたらしい箒とセシリアはすぐに俺のところに駆けつけてきてくれていた。2人とも、俺の怪我が軽い打撲で済んだことに心底ほっとしている。……まあ、打撲でも十分痛いんだけどな。最悪のパターンにならなかっただけマシというわけだ。

 

「でも、白式の方は1週間使用禁止か……トーナメントまで約2週間。痛いわね」

 

「一夏は少しでも経験を積まなくちゃいけないのに、それができなくなるのは辛いね」

 

 一方、最初からこの場にいた鈴とシャルロットは、すでに今後の方針に関することに考えが移っている。

 ……先ほど山田先生に白式の状態を確認してもらったところ、そこまで深刻ではないものの、結構なダメージを受けていることが明らかになった。同時に1週間の間白式を展開することを固く禁じられた。下手にダメージを負った状態で無理をさせると、ISが変な方向に成長してしまうらしい。教科書で明確に禁止されているダメージレベルには到達していないが、それでも機体を大事にしたほうがいいという山田先生の判断には文句をつけるところもなかったので、素直にうなずいたのである。

 

「しかし、実際やばいよな……」

 

 鈴とシャルロットの言うとおり、トーナメントを前にして練習できる期間が半分に削られたのは俺にとって相当の痛手だ。他の専用機持ちと比べて明らかにISと触れ合った時間が短いのだから、少しでもISというものに慣れておかないといけないのに。

 白式が使えない間は打鉄を借りてみようかとも思ったが、それだと折角積み上げてきた感覚が狂ってしまうような気がする。あの2つの機体では性能に差がありすぎるからだ。白式のできる動きと、打鉄のできる動きは全く異なっている。

 

「ま、おいおい考えていくか。体のほうは一晩寝ればちゃんと動くようになるだろうし――」

 

 ドドドドドドド……

 

「……なに? この音。なんか地面揺れてるんだけど」

 

 鈴の声に、全員が顔を見合わせる。まるで何かが集団で走っているかのような音はどんどんこちらに近づいていて、それに合わせて地響きも大きくなって……

 

「織斑くん!!」

 

 直後、大量の女子生徒がなだれ込んできた。なんだ、何事だ? 俺に用事があるみたいだけど……

 

「これ読んで!」

 

 一番手前にいた女子が、鼻息を荒くして俺に1枚の紙を渡してくる。内容を確認すると、今月末の学年別トーナメントは2人1組のタッグマッチ方式に変更になったということらしい。ふむふむ、なるほど。タッグか。

 

「って、タッグだと!?」

 

 めちゃくちゃ重大な変更だろ、これ。もっと早く通達するべきなんじゃ……という文句はひとまず置いといて。

トーナメントがタッグ方式になったということを知った人たちが俺のところに来た、ということは。

 

「私と組もう! 織斑くん!!」

 

 女子数十名による大合唱。やっぱりそういうことか――!

 

「待て一夏! 組むなら私とにしないか」

 

「こほん。一夏さん、わたくしと組んでくだされば優勝間違いなしですわよ」

 

「え、えっと……僕も、一夏と組んでみたいかなーって」

 

「一夏! 当然あたしとよね!」

 

 さらに鈴や箒たちまで自分と組めと詰め寄ってきた。ここで『俺は誰とでもいいんだけどなー』なんて言った暁には、血で血を争うことになりかねない勢いだ。

 なので、是が非でも答えを決めなければならないのだが――

 

「……誰と組むかっていわれたら、やっぱりあいつしかいないか」

 

 少しだけ考えて、結論を出す。おそらく、この判断に間違いはないはずだ。

 

「俺は鈴と組むよ」

 

「ええーーっ!?」

 

 当然返ってくるのは『なんで!?』という声の数々。その傍らで鈴がガッツポーズをとっているのを見ながら、俺は自分の考えを説明する。

 

「理由は2つ。まず、俺の白式は近接戦闘しかできない癖のある機体だ。タッグを組むなら相方はそれをフォローできるオールラウンダーが望ましい。で、鈴の甲龍はその条件を満たしてる。2つ目の理由は、俺は1週間白式を起動できないからペアでの連携をとる時間がかなり少ない。そうなると、これまで何度かタッグを組んでそこそこ戦えた鈴を相方に選ぶのがベストなんだ」

 

 山田先生との試合は俺のせいで情けない結果になったが、その前の正体不明のISとの戦闘の時はそれなりに連携もとれた。だから、やはり今回は鈴を選ぶべきだろう。気心も知れているから、いろいろ相談もしやすいしな。

 

「……まあ、そういうことなら」

 

「仕方ないね。正論だし……」

 

 みんなも渋々ながら納得してくれたらしく、そのまま保健室から出て行った。箒やセシリア、シャルロットもうなずいてくれている。

 

「ふふん。アンタもなかなか見る目があるじゃない」

 

 満面の笑みで声をかけてくる鈴。俺に選ばれたことでこんなに喜んでくれるというのは、まあ素直にうれしい。

 

「……やるからには優勝するつもりだぞ、俺は」

 

「当然。アンタの場合、あのボーデヴィッヒにもリベンジしなくちゃいけないしね」

 

 ……ああ、その通りだな。ラウラには、きちんと借りを返さなければならない。あいつが誰と組むのかはわからないが、どうなるにせよ、俺と鈴のタッグで必ず勝ってみせる。

 

「織斑くん、ちょっといいですか?」

 

 再び保健室に来客。今度は山田先生だった。

 

「山田先生、どうかしたんですか?」

 

「はい。織斑先生からの伝言です。少し話があるから、夕食が終わったら自分の部屋で待機しておくように、とのことです」

 

「はあ……わかりました」

 

 千冬姉から話がある、か。タイミング的に考えればラウラのことなんだろうけど……あの2人、昔に何があったんだろうか。

 

 

 

 

 

 

 その日の夜のこと。シャルロット・デュノアは自室にて思案にふけっていた。同じ部屋の中には同居人であるラウラ・ボーデヴィッヒもいるが、彼女はいつも通り自分をまったく意に介していない。

 

「……どうするべきなのかな」

 

 意図せずして考えが口からこぼれてしまったが、やはりラウラには何の反応もない。

 ――シャルロット・デュノアは、父親であるデュノア社の社長の指示によりこのIS学園に転入してきた。

 デュノア社は量産機ISのシェアが第3位であるものの、いまだに第三世代型の機体を開発できずにいるため、他国との競争に遅れてしまっている。欧州連合による統合防衛計画『イグニッション・プラン』の次期主力機を決めるトライアルでデュノア社の機体が選ばれなかった場合、フランス政府はデュノア社からISの開発許可を剥奪するつもりらしい。

 つまり、デュノア社が生き残るためには次のトライアルで結果を出すしかない。そのためには、第三世代型のISの開発を急がなければならないのだが、いかんせん時間とデータが足りない。

 そこでシャルロットに下された命令が『世界で唯一のイレギュラーである織斑一夏の機体のデータを最優先、それができなければ他の専用機のデータを盗むこと』だった。つまりデュノア社は、他の国が作り上げたものを利用してでも第三世代型を早急に完成させる、という結論を出したのだ。

もちろん気は進まなかった。しかし、父親の命令に従うことに半ば慣れてしまっていたシャルロットは、IS学園に転校し、指示通りに初日から織斑一夏に友好的な態度をとった。結果としてそれは功を奏し、現在では仲のいいクラスメイトという関係になることができている。

 ……だが、おそらくこれ以上は近づけない。彼女にそう感じさせたのは、彼の周りにいる少女たちの存在だった。彼に好意を寄せ、もっとそばにいたいと願っているであろう彼女たちの間をすり抜けて一夏の心を自分に向けるのは不可能だと思ったのだ。

 放課後、一夏がトーナメントの相方に鈴を選んだことで、シャルロットは計画の遂行を断念した。もともと『友人の機体のデータを売りつける』という行為を嫌っていた彼女にとっては、今日の出来事は踏ん切りをつけるいい機会だったのかもしれない。

 

 ――これでいい。友達を利用するなんてことはしたくない。

 

 だが、そう思いつつも、彼女の心には別の考えがくすぶっていた。

 ……このままいけば、デュノア社は解体されるか、他の企業の傘下に入ることになる。そうなれば、シャルロットもISのパイロットではなくなる。新しくフランスのIS開発を担うことになる企業も、ライバル企業であったデュノアの人間を使いたいとは思わないだろう。

 それで、いいのだろうか。

 鈴に問いかけられたことで、シャルロットは自分が初めてISに乗った時のことを思い出していた。同時に、自分がISに乗りたい理由も見つけた。

本当に近くにあったのだ。近くにありすぎて、今までそれを忘れてしまっていた。

 ――空を自由に飛び回った時の、あの晴れやかな気持ち。それを感じていたいから、幼かった彼女は『またISに乗りたい』と思った。

 その気持ちを、二度と味わえなくなってもいいのだろうか。……それは、やっぱり嫌だ。

 データを盗みたくはない。でもISには乗り続けたい。ならば、どうするべきか。

 

「……結果を出すしかない、か」

 

 簡単な話だ。シャルロット・デュノアという存在を売り込めばいい。このIS学園で実力を見せつければ、デュノア社が倒れた後に彼女を拾ってくれる企業が現れる可能性が出てくる。

 そして、今度の学年別トーナメントは、そのための絶好の機会だ。必ず勝たなければならないし、そのためにできることはしておくべきだ。

 

「………」

 

 ……これは、一夏たちへの裏切りになるのかもしれない。それでも――

 

「ボーデヴィッヒさん」

 

 同居人に声をかける。何かの本を読んでいる彼女は、何の反応も示さない。

 

「大事な話があるんだけど」

 

 そこまで言って、ようやく視線をこちらに向ける。相変わらずの、他人に関心を持たない無表情。その周りすべてを拒絶するような空気に対して、シャルロットは臆することなく次の言葉を告げた。

 

「学年別トーナメント、僕と組んでくれないかな」

 




というわけで1年最強コンビが誕生してしまいました。果たして一夏&鈴コンビはこの2人に勝つことができるのか……なんとか皆様に納得していただけるような展開にしたいです。シャルの心理についてはあまりうまく描写できなかったのですが……


原作との変更点は、タッグの組み合わせの他には千冬についてです。原作だとあんまりラウラについてフォローしてくれなかったので、この作品では少しだけそのあたりを変えるつもりです。

次回はようやく鈴がメインの回になりそうです。

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