IS 鈴ちゃんなう! 作:キラ
……が、今回短くて4000字弱しかありません。すみません。
「あ」
食堂で夕飯を食べて、ひとりで寮の自室に戻っていた時のこと。思わず足を止めた俺の眼前には、小柄な少女が銀髪をなびかせている。
「………」
学園内でもっとも顔を合わせたくない人物であるラウラ・ボーデヴィッヒと、運悪く廊下で鉢合わせてしまった。その鋭い眼光を受けて、俺も自然と顔が強張る。
他の生徒たちが、俺たちを包む空気を避けるようにして足早に通り過ぎていく。……通路の真ん中でいつまでも睨み合ってるわけにはいかないか。ラウラに言いたいことはあったが、それは今ここで行うべきことではないだろう。
無言のまま、ラウラの横を通ってその場を立ち去ろうとする。だがそんな俺を引き止めるように、今まで黙っていたラウラが口を開いた。
「言いたいことがあるなら、はっきり言ったらどうだ?」
侮蔑と挑発の入り混じった調子の言葉を背に受け、俺は歩調を速めようとしていた足をいったん止める。……くそ、いい感じに煽ってくるな、こいつ。
「……お前、なんだって俺を嫌ってるんだ」
ラウラに背を向けたまま、『言いたいこと』を口にする。そっちがけしかけたんだ、ちゃんと質問には答えてもらうぞ。
「ふん、そんなことか。わざわざ説明せずとも自覚していると思っていたのだがな」
「だいたいの検討はついてる。一応本人の口から答えを聞いておきたいだけだ」
「……そうか、ならはっきり言ってやる。貴様は教官の『モンド・グロッソ』2連覇を妨げた。だから、私は貴様の存在を認めない」
……ああ、やっぱりそのことか。第2回モンド・グロッソの決勝戦。その日によくわからない連中に誘拐された俺を助けるために、千冬姉は試合を棄権した。ラウラは見た感じ千冬姉をかなり慕っているようなので、尊敬できる『教官』の経歴に泥を塗った俺を憎んでいるのだろう。
俺としても、あの時の自分は情けなかったと自覚している。……いや、あの時だけじゃない。昔からずっと、俺は千冬姉におんぶにだっこの状態のままだ。
――だけど。
「確かにあれは俺が悪かった。……けどな、お前にどう思われていようと、俺はあの人の弟でい続けるつもりだ」
「っ!!」
背後からの殺気が一気に膨れ上がる。……が、それも一瞬のこと。すぐに平静を取り戻したらしいラウラは、俺に一言残してそのまま歩き去って行った。
「貴様の意見など知ったことではない。……私は私の思うままにやるだけだ」
*
「一夏、いる?」
部屋に戻ってしばらくした後、ノックとともに聞こえてきたのは意外な人物の声だった。
「どうかしたのか? シャルロット」
ドアを開けると、少し困ったような表情をしたシャルロットの姿があった。今日は転校初日だし、俺の部屋に来る前にルームメイトといろいろ話すこともあると思うんだが。
「……いや、その。少し居心地が悪くて、部屋から逃げ出してきちゃった」
「居心地が悪いって、ルームメイトに問題でもあるのか?」
セシリアのサンドイッチの一件で、シャルロットがかなり性格のいい子だというのはわかっている。そんな彼女が耐えられないような相手って……あ、心当たりがひとりいた。
「……ボーデヴィッヒさん、なんにもしゃべってくれなくて」
「やっぱりあいつか……」
まあ同じ日に転校してきたんだから同室になるのも当然か。人当たりのいいシャルロットでも、さすがにあの氷の女王には敵わなかったらしい。
「事情はわかった。そういうことならゆっくりしていってくれ。もうじき鈴と箒も来ることになってるし、4人いればちょっとしたゲームでもできるだろ」
「ありがとう。一夏は優しいんだね」
「……いや、そんな大層なことじゃないだろ」
ニコっと笑うシャルロット。その仕草に少しどきりとしたが、悟られないようにして彼女を部屋に招き入れる。
――そう時間のたたないうちに再びドアがノックされ、鈴と箒が入ってきた。
「あれ、なんでシャルロットがいるの?」
「部屋から避難してきたんだってさ」
2人に軽く事情を説明した後、俺は頼んでいたことの結果がどうだったかを尋ねる。
「……それで、セシリアはどんな様子だった?」
放課後、俺はセシリアに真実を告げた。足りない脳みそで必死に考え、できるだけ彼女のプライドを傷つけないような言葉を使ったのだが、それでもすべてを聞いたセシリアは顔面蒼白で走り去ってしまったのだった。なので、鈴と箒にセシリアの様子をうかがってきてほしいと頼んでいたのだが……
「……明かりもつけずに部屋の隅に座ったまま、なんか壁に向かってぶつぶつつぶやき続けてたけど」
「ルームメイトは『あの部屋にいたら私もおかしくなっちゃう』と言って他の部屋に逃げていたな」
……どうも、想像以上に傷は深いらしい。
「なんだか、聞いた感じだと軽くホラーだな、その光景」
「実際に見た感じだと完全にホラー映画の1シーンだけどね」
鈴の言葉にさらに不安を煽られる。……うう、やっぱり最初にセシリアの料理を食べた時点で素直に感想を述べるべきだったんだ。下手においしいなんて言ってしまった後に本当のことを告げるのがいかに残酷なことか。いまさらながら後悔の念が押し寄せる。
「……ま、明日あたりにあたしからもフォロー入れとくからさ。そんなに落ち込むんじゃないの」
「私も、一緒に料理の練習をしないかと持ちかけてみよう」
「あんまりできることはないと思うけど、僕も協力するよ」
「……ああ、ありがとう」
みんなの優しさが心に染みる。改めて友達って素晴らしいと感じた瞬間だった。
――その後は、鈴の持ってきたUNOを4人でプレイして就寝時間まで過ごした。
「緑のドロー2! そしてUNO! さあ箒、2枚ドローだ」
「そうはいかないぞ。私は赤のドロー2。これで鈴が4枚ドローだ」
「甘いわね。ならあたしも赤のドロー2。シャルロット、6枚ドロー」
「……ごめんね一夏。ワイルドドロー4で黄色にするよ」
「な、なんてことだ……勝利寸前で10枚ドローとは」
結果は俺の惨敗だったが、楽しかったから良しとしよう。他のみんなも笑ってたし、有意義な時間だったと思う。……特に印象的だったのが、シャルロットが鈴みたいに大きく口を開けて笑っていたこと。今日何度か見た彼女の笑顔は清楚なイメージだったので、あんな顔もするんだと少し意外に思った。
――でもなんとなく、その笑い方が一番彼女に似合っている気がした。
*
夜。シャルロット・デュノアはベッドに横になったまま、今日の出来事を振り返っていた。
唯一の男性IS操縦者の織斑一夏の実力は、正直あまり高いとは言えなかった。射撃にまったく対応できていなかったし、味方の武器の特性もうっかり忘れてしまっていたようだ。もっとも、数ヶ月前まで自分がISを動かせることを知らなかったのなら当然のことだが。
……ただ、一夏と対戦した山田真耶副担任の『織斑くんは勢いをつけると怖いですからね。なので早めに決めさせてもらいました』という発言や、模擬戦を観戦していた生徒たちの『織斑くん調子悪かったみたいだねー』『前はもっとすごかったもんね』などという声から考えると、彼の能力を判断するのは早計すぎるのかもしれない。
「……でも、いい人なのは間違いないよね」
転入してきたばかりのシャルロットへの対応を鑑みるに、一夏は親切なタイプの人間なのだと彼女は考えていた。
――そんな彼を、自分は騙して利用しようとしている。
親からの命令とはいえ、自分の行おうとしていることに嫌気がさしたシャルロットは、心に葛藤を抱いたまま徐々に眠りに落ちていくのだった。
*
俺には、幼いころの記憶がほとんどない。
一番古い記憶は、いつの間にか両親がいなくなってしまった時のもの。目の前が真っ暗になった感覚が襲ってきて、体中から力が抜けて。……とにかく怖くて、怖くて、怖くて。このままずっと暗闇から抜け出せないような気がした。
『大丈夫だ』
途方に暮れて泣いていた俺を、誰かが優しく抱きしめた。とても暖かくて、とても力強い。そんな感じがした。
『お前は、必ず私が守るから』
*
「………ん、あ」
時計を見ると、短針がちょうど6のところを指していた。
――久しぶりに、小さいころの夢を見た。昨日ラウラにあんなことを言われたからだろうか。
右腕に付けているガントレットをなんとなく見つめる。これが白式の待機状態であり、俺が念じればいつでも武装を展開できる。
「……もう何年前になるんだっけ」
夢の内容を思い出す。
『お前は、必ず私が守るから』
あの言葉に、どれだけ救われたか。千冬姉の努力が、どれだけ俺を支えてくれたか。
――だから、俺はその姿に憧れた。俺も千冬姉のように、誰かを守れる人間になりたいと願った。自分は守られてきたのだから、その分大切な人たちを守っていく義務がある。そしてそれは、きっと素晴らしいことだと、そう思った。
「………」
もう一度ガントレットを見る。これは――白式は、俺が偶然手に入れた『力』だ。どうして俺に扱えるのか、今でも理由はさっぱりわからない。
でも、そんなことはどうでもいいのかもしれない。重要なのは、この力で大切なものを守れるようになるかもしれないということ。……いや、絶対に守れるようになってみせる。
決意を新たにして、ベッドから体を起こした。
「よし、今日もなんとか頑張ってみるか」
タイトルの『歪み』が何を指しているのかというのは、まあご想像にお任せします。
鈴の出番が少ないですが、この作品では一夏の『守る』に代表される心の内面にも踏み込んでいくつもりなので、今回はそっちの描写を優先させてもらいました。一応、物語のラストにもかかわる重要な部分なので。